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10話 エディの訪問

10.


 食事を初めて、どれくらい時間が経っただろうか。すでにテーブルの上にはほとんど料理が乗っておらず、酒のあてになるナッツや燻製肉などがいくつかあるだけだ。


 そして腹を満足させた僕たちは、第二ラウンドと言わんばかりに、浴びるように酒を飲んでは騒々しく会話をしている。


「だからあ、わらわは言ってやったんじゃ。家を継ぐなぞ、たくさんいる弟連中にやらせればよいと! なんでわらわがあんな大変そうなことせねばならぬ。わらわはみんなで楽しく魔王討伐に行くんじゃ!」


「いや魔王討伐は楽しくないでしょ。でももったいないなあ。当主になってればディオーレ家の金も権力も思うがままじゃん」


「そんなもんいらん! わらわほどの力があれば、自分ひとり生きていく分にはなんの不自由もないわあ!」


 酔っぱらって呂律も回らなくなり始めたカナンに、僕は苦笑いしながら相槌を打つ。


「そういうお主も一応ちゃんとした貴族なんじゃから、孤児院なんて開かなければ豪遊出来たろうに」


「そうなんだけどね。でもほら、僕の高潔な精神がさ、慈善事業をしろと脳裏で囁いてきたんだよ」


「お主に高潔な精神なぞあるものか」


 ぐいっとグラスを傾け、入っていた度数の高い酒を一気に飲んだカナンは、もはや会話が成立しているかどうか分からないような有様だ。テーブルにうつぶせるようにしていたが、とうとう顔まで下ろして寝息を立て始める。


 僕はそれを見て苦笑しながら、自分のグラスに入っている酒を飲み干した。店員を呼んで追加を頼むと、カナン以外の二人に視線を向ける。


 僕の隣にいるフェンは、カナンよりも先に眠りについた。今も頭に生えた耳をペタンと倒し、すうすうと寝息を立てている。もともと旅で疲れていたのもあるだろうし、カナンの煽りで無理やり酒を飲んだことも影響しているだろう。来年には成人なので一口くらいいいかと見逃したが、フェンは結構酔いやすい性質なのかもしれない。


 そしてもう一人、カナンの使用人であるエディはというと……。


「……ずっと僕を観察してたみたいだけど、どうだった?」


「――!」


「いや、そこまで露骨だったらさすがに気づくよ」


 目を見開くエディに、僕は苦笑いを見せる。


 先ほどからほとんど喋っていないかったエディは、お酒も最初の一杯だけで、それ以降は果実水を飲んでいた。そして基本的には主であるカナンの様子を見守り、ときおり僕に鋭い視線を向ける。


 実際、僕が言ったほど露骨な仕草だったわけではないのだが、敵意にも近い視線を向けられれば嫌でも気づくというものだ。


 こちらを警戒するように見るエディに、僕は問いかける。


「主に近づく不届き者が危険人物じゃないか見定めてたってところ? それで、お眼鏡にはかなった?」


「……お嬢様と危険な任務に就く者がいれば、素行や実力に問題がないか確認することは使用人の義務です。そういう意味で言えば、あなたは素行の面で十分な人物とは言えないですが」


「手厳しいね。あ、ちなみにフェンだけど、もちろん任務に同行させるわけじゃなくて、何とか王都に帰そうと思ってるから、エディのチェックはいらないよ」


「……承知しました」


 エディはそう呟くと、グラスの果実水を一息に飲み干し、空のグラスをテーブルに置く。そして椅子から立ち上がり、僕に無機質な目を向けて言った。


「カナンお嬢様も眠ってしまわれたので、夕食はこれで終わりとしましょう。宿は私たちと同じところに部屋を用意しているので、案内します」


 僕はその言葉に、まださっき頼んだお酒が来てないんだけどと思いながら、そんなことを言えばただではすまなそうな空気を感じて口をつぐむ。そして会計をしに席を離れていったエディを見送り、ため息を吐いた。


 ――危険な任務に、好意的でないパーティメンバーと。僕の未来は前途多難だなあ。


 困難な先行きを嘆いていると、やがてエディが戻ってきて、主であるカナンを優しく背負う。それを見た僕もフェンの小さな体を抱き上げると、エディに続いて店を出た。


 それからは、気まずい無言の道中である。一人ずつ人を抱えた僕たちが通りを歩くさまは、随分と周囲からの注目を集めていただろう。


 しかし、そんな移動も長く時間がかかることはなかった。食事を取った店にほど近い場所で、背の高い宿を前にエディはその足を止める。そのまま僕についてくるように告げると、中に入って受付で一言二言会話し、階段で上階の部屋へと向かった。


 豪華な調度に感心する僕を無視し、カナンとエディ、そして僕とフェンに分かれた部屋を案内すると、エディはそのまま自分たちの部屋へ消えていく。


 ――愛想はぜんぜんないけど、さすが大貴族の使用人だけあっててきぱきしてるなあ。


 僕はエディの仕事ぶりに感心しながら、フェンを落とさないよう気をつかってホテルの部屋へと入った。中には落ち着いた質の良い家具や調度が配されており、旅の疲れを癒すのに十分すぎる部屋だ。


 僕は窓際にある大きなベッドに近づき、腕の中のフェンを起こさないようゆっくりと下ろす。そして部屋の中央のテーブル脇に背嚢を置いて、横のソファに腰を下ろした。


 ――王都を出てからまだ二日目だけど、なかなか濃い時間だったな。フェンが来たのには驚いたし、カナンと再開して美味しいご飯も食べて。お酒飲むのも久々で、なかなかいい心地だ。


 僕はこの二日間を思い起こし、体にたまった疲労を吐き出すようにふーっと息を吐いた。まだまだ任務は始まったばかりで、これからどれだけきつい道のりになるか分かったものではない。今日くらいは豪華な部屋でゆっくり休もうと、そう思った瞬間だった。


 コンコンコンと、部屋の扉がノックされる。


 僕は扉の方を振り向いて、なんだと首を傾げながら立ち上がる。そして扉の前まできて、なんとなく嫌な予感を抱えながらドアノブを回す。そっと開けた扉の向こうに見えた人影に、僕は愛想笑いを浮かべた。


「やあ、さっきぶり。……どうかしたかな、エディ」


「あなたに少し、確認したいことがあります。――ついてきてください」


 そして、感情を抑え込んだような表情のエディに従い、僕はおとなしく部屋を出て後についていくのだった。




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