0 上月 明星 こうづき あかり
「ただいま」
青いランドセルを背負った少年は、鈴王寺と書かれた門を潜りながら誰にともなくそう呟くと足を止め、左手にある大きな楠の葉の音を聞く。
いつの頃からか
それがこの少年、上月明星のルーティンだった。
学校で嫌なことがあっても、多少不調を感じてもこの葉音を聞き、風に吹かれると元気になった。だから 明星はこの場所を「パワースポット」と呼んでいる。
明星が右手にある庫裡へ足を向けると、客殿の玄関前を掃いていてた10歳上の兄、副住職の輝星が掃除の手を止め明星を見た。
「おかえり」
作務衣姿の兄は、箒を持ったまま足早に明星の方に来ると、ランドセルの上から何かを払い落とすような仕草をした。
「今日ね、運動会の練習したんだ。今日のリレーの時には転ばなかったよ。兄ちゃんのお守りのおかげだよ」
明星が首元から、乱暴に紐を引っ張り出す。その先には小さなお守り袋
「あれ?破れてる?」
「お前、乱暴に扱うからだろ?」
「ごめん、兄ちゃんがせっかく作ってくれたのに……」
「ま、男の子なんてそんなもんだろうな 俺もそんなんだったから」
兄に慰められて 明星はニッと笑い、兄の手から箒を取り上げる。
「手伝う!」
毎日、掃き清められているのだろう。客殿前の大玄関は汚れているようには見えないが、兄は塵取りに向かって箒で何かを掃き入れるようにする。そして、明星はまるで何かが掃き入れられているかのように 時折、面白そうに目を輝かせる。
「今日はお客さんが大勢来たの?」
「うん?まあな 明星にも何か視えるのか?」
「ううん ホコリが舞ったり弾けるのが見えるだけだよ」
「そうかい」
この町中の小さな寺、鈴王寺は口コミでお祓いの効果絶大と囁かれ、お祓いに訪れる”お客さん”も多い。
そして、この年若い副住職がお祓いの助手をするようになってからは、一層”客”が増えた。
流石に常連は住職を差し置いての指名は憚られるのだろう。
「ああ、そうそう、副住職さんもご一緒に」
ついでのように常連に副住職を指名されて住職である父が苦笑いすることもしばしばだ。
明星は裏の竹林に兄が塵取りの中身を放りに行くのについて行く。竹林に背を向けた兄は弟の頭を払うように撫でる。
「新しいお守り、作ってやんないとな」
「オニイサマ お願いします」
明星が腰から大きく頭を下げると ランドセルの中身が飛び出した。
うん、男の子あるある である。