1.兄が欲しいとは言ったけど
「…え、今、なんて…?」
学校から帰り、家で母お手製のほかほかご飯を味わっていた私は母から飛び出た衝撃の発言に思わず聞き返した。フォークに差していたチキンのソテーがポトリと皿の上に落ちる。母は相変わらずニコニコしたまま、もう一度先ほどの言葉を繰り返した。
「ええ、だからお母さん、再婚しようと思って」
そっか。ようやくお母さん、再婚に踏み切ったのか。お父さんが亡くなってから、ずっと一人で私のことを育ててくれたもんね。お母さんには幸せになってほしいからいい相手が見つかって良かった…て、そうじゃなくて!
「いや、そこもびっくりなんだけど、そうじゃなくてその次…!」
「ああ、貴方にお兄ちゃんができるって話?」
やはり私の聞き間違いではなかったようだ。母は間違いなく私にお兄ちゃんができると言った。
「…お兄ちゃんってあのお兄ちゃん?」
「どのお兄ちゃんだか分からないけど、そう、お兄ちゃん。兄弟ができるのよ。血は繋がってないけどね」
「…マジか」
この年になって兄弟ができるとは思いもしなかった。しかも、兄。私よりも年上ということは少なくとも15歳以上の人間ということだ。
…気まずい。非常に気まずい。年頃の男女がいきなり一つ屋根の下で過ごすとか、気まずいにもほどがある!しかも、生まれてこの方、ずっと一人っ子だったから、兄がいるという環境が想像つかない。年下ならまだ面倒を見ればいいだけだし、何となくどうすればいいのか分かる。でも、妹って…どうやったらなれるの?
「あら?喜ぶと思ったのに…。ほら、以前、言っていたじゃない。お兄ちゃんが欲しいって」
少し残念そうにそう述べる母。私はその発言に頭を抱える。確かに、兄が欲しいとは言った。でも、憧れは憧れであって、実際に兄ができると言われると色々と考える要素が多すぎる。手放しには喜べない。
「いや、確かに言ったけど…。あれはその場のノリって言うか…ほら、よくあるじゃん!人の兄弟の話を聞いていいな~ってなるやつ!たまたま友達のお兄さんの話を聞いていいなぁと思っただけで、まさか本当に兄ができるなんて思わなくて…」
私がそう言うと母は不安げな表情で私を覗き込んだ。
「…嫌?」
いけない!いつも私のことを第一に考えて行動してくれていた母のことだ。ここで私が嫌だと言ったらせっかくの再婚の話を断ってしまうに違いない!
私は慌てて首を横に振った。
「い、嫌じゃないよ!?ただちょっと気まずいっていうか…どうしていいか分からないだけで…。お母さんには幸せになってほしいと思ってるし、お母さんの再婚は嬉しいと思ってるから!」
私がそう言うと、母はホッとしたように笑って良かったと呟いた。きっと私が再婚を受け入れてくれるのかかなり心配していたに違いない。
それにしても、母が再婚か。…父親となる人は一体どんな人なんだろうか。母のことだから変な男性を捕まえてくることはないとは思うけど。娘として、母をきちんと幸せにしてくれる人なのかどうかは気になる。
「その再婚相手ってどんな人なの?」
「王宮務めでね、政務官をされていらっしゃるそうよ。陛下からの信頼も厚くて、かなり重要な仕事を任されている人なの」
「それは凄いね」
貴族という階級は消えたものの、一定の職種や収入によるヒエラルキーというものはまだ残っている。王族がいるこの国で、王宮に努めるということはかなりのエリートとされている。その中で国王にも認められている人物と言ったら、それはかなりの上級国民だ。流石は母、捕まえてくる男のスペックが半端ない。
「…まぁ、驚くのは無理もないわよね。でも、安心していいわ。みんなとてもいい子よ。きっと貴方のことを大切にしてくれるし、快く受け入れてくれると思うわ」
聞き間違いかな?今、不穏なワードが入っていたような気がするんだけど…。
「…みんな?」
「ああ、お相手の方、息子さんが6人いらっしゃるのよ」
「ろ、ろろろ、6にん!?」
それはつまり一気に6人の兄が私にできるということ!?
「ええ。長男は確か25歳で王宮の騎士団で働いてるわ。次男は24歳で王宮の薬師だそうよ。三男と四男はなんと双子なんですって!23歳で、三男が王宮の魔導士で四男が文官みたいよ。五男は18歳、六男は15歳二人とも貴方と同じ学校に通っているんですって。六男の子は貴方と同じ年だけど、生まれは貴方より早いからお兄さんになるわ」
「なに、そのエリート集団…」
社会人組全員王宮務めとか、将来有望すぎる。そんな人たちが自分の兄になるとか考えただけで申し訳なくなってくるんだけど。…え、大丈夫かな。私、お母さんの足引っ張る存在にならないかな。こんな平凡な娘でも受け入れてもらえるのかな…。
「凄いわよねぇ。私も初めて聞いた時はびっくりしちゃった。彼本人もとてもできた人だし、この人なら第二の人生を共に歩んでもいいかなぁと思ったの。貴方のお兄ちゃんが欲しいって夢も叶えられるし」
「お母さん…」
そうだよね。お母さんが選んだ人なんだからきっといい人に決まっているよね。ここはお母さんの目を信じてあげなきゃ。
「とにかく一度向こうの人たちと会ってくれないかしら。それで貴方の気持ちを聞かせてちょうだい」
「うん。わかった」
こうして私は母の新しい再婚相手と、その息子たちであり将来の兄とあるであろう人達と会うことになった。