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第6話 三対三

 グーグルマップのナビに従って、同じような店が立ち並ぶ一角に足を踏み入れる。この辺りは比較的大人っぽいところが多いのだと思って歩いていると、すぐに指定された店の前に着いた。

 木製のドアを開けて中に入ると、店員が寄ってきて「お待ち合わせですか?」と声をかけられた。


「ええ、六人で席を取ってあると思うんですが……」と聡子が言いかけたとき、奥から聞き慣れた声が飛んできた。


「聡子! こっちこっち」


 美咲はすでに酔っているらしく、聡子に手を振りながらへらへらと笑っている。それなりに混んでいて、ざわついている店内だ。

 他のテーブルの客たちは気にも留めないだろうが、本名を大声で呼ばれ、知り合いがいたらどうするのだと恥ずかしくなり、聡子は小走りで美咲がいるテーブルに向かった。


「男性諸君、お待たせしました。今日の隠し玉、一倉聡子さんでーす!」

「いよっ!」


 美咲が勿体つけるように言うと、向かい側に座っている男性三人が掛け声と拍手で聡子を迎える。美咲以外の全員と初対面の聡子は、ぺこぺこと頭を下げつつ、手前の席へ腰をおろした。



 ゆかり、綾、麻里亜の三人を自宅まで送り届けたあと、一人になった車内で反省会を開いていた聡子は、スマホが着信中であることにすぐには気づかなかった。あっと思ったときにはすでに切れており、待ち受け画面には「美咲」と文字が表示されている。

 高校時代クラスメイトだった美咲は、聡子が働く芸能事務所・ノルンに就職したらどうかと勧めてくれた親友だ。

 高校卒業後も、学生の頃はわりと頻繁に会っていたので、大学に入ってから出来た友だちよりも、むしろ美咲と一緒に出掛ける方が多かったくらいだ。

 だが、ここ二年ほどはお互い仕事が忙しく、ラインの返事も、聡子はもう一ヶ月以上出来ないままだった。

 その美咲が電話を掛けてくるなんて、緊急の用事に違いない。そう思った聡子が折り返そうとしたとき、美咲から二度目のコールがきた。


『もしもし、美咲?』

『よかった~、繋がって! 聡子、今日はもう仕事終わった?』

『うん、ちょうどみんなを送り届けたところ。どしたの?』

『ねぇ、久しぶりに会いたくない? これから新宿まで来られないかな』

『今から? 急だなぁ。うーん、明日は早いんだよね。土曜日はどう?』

 

 急に会いたいなんて、困りごとでもあるのだろうか、だが美咲の声は明るく弾んでいる。

 何か理由があるのだろうとは思いつつも、ひとまず聡子はそう提案した。美咲が息を吸い込む音が聞こえ、聡子は予感する。美咲は「今」自分を必要としているのだと。


『……実はねぇ、今から合コンなんだけど、一人ドタキャンした子がいてね』

『えぇ……、私そういうの苦手だし』

『だからこそだよ! 聡子、和也くんと別れてからもう何年も彼氏いないでしょ』


 いきなり和也の名前を出され、聡子は胸の奥がズキンと疼くのを感じた。和也のことは、正直どんな顔だったかさえ思い出せないほど、印象が薄い。

 和也だけではないのかもしれない。今までに付き合ってきた、いわゆる「彼氏」「恋人」と呼べる関係になった何人かの相手のことを、聡子はほとんど憶えていない。

 好きじゃないのに付き合っていたのかと問われれば、そうかもしれないとしか答えられないほど、聡子は恋愛というものがよくわからなかった。

 一緒にいて楽しい、同じものを見て綺麗だと思い、同じものを食べて美味しいねと笑い、同じものを見て愛しいと溜め息をつく。

 そんな感覚になったことはないし、相手の姿、声、考え方……。どれ一つとっても、聡子の心に残るような相手はいなかった。

 当時はさんざん悩んだものだ。「私はどこかが欠落してるんじゃないか」と。

 だから、和也にだけではない。過去に付き合ってきた男たちに対し、聡子は負い目のようなものをいまだに感じ、それを引きずっていた。

 だが、『片翼の悪魔』を一緒に語ってくれるディアスだけは違う。自分はいま、たぶんディアスに恋をしかかっているのだ。

 会ったことなどもちろんない、顔も知らない相手なのに。これから発展するかどうかなんて、まったくわからないというのに。


『聡子? ごめん、和也くんの名前なんて出すべきじゃなかったね』


 美咲の言葉に、聡子ははっと我に返る。


『えっ? ううん、そんなこと全然……』


 「どうでもいいよ」とは言えなかった。美咲は昔からそうだ。面倒見がいいといえば聞こえはいいが、おせっかいでなにかと人の領域に踏み込んでくる。美咲のことは好きだし、過去の恋愛では、何度か相談に乗ってもらったこともある。

 だからこうして出会いの場に誘われることは、ありがたいとは思う。

 Cherishは間違いなくこの秋ブレイクするはずだろうから、その直前くらいまでに出会いがなければ、またこの先何年もきっと一人だ。


 いや、だから一生オタクでいるんだってば、と言いたい気持ちも山々だが、聡子はどうしても、美咲が困っているのを無視できないと思った。


『……場所は?』

『来てくれるの? 恩に着ます! じゃあ、この電話切ったらお店の情報送るね!』

『あ、あたし車だからね!』


 アルコールは飲めないよ、と言おうとしたのだが、そろそろ待ち合わせの時間なのだろう。聡子が参加できると喜んだ美咲は、はきはきと明るい声で言って一方的に通話を終えてしまった。

 そのすぐあとに送られてきたのは、学生が行くような安い居酒屋ではなく、リーズナブルだがおしゃれなイタリアンで、聡子はやれやれと思いながら、再び新宿を目指してアクセルを踏み込んだ。



 ごく一般的な三対三の合コンのようだった。

 美咲と会うのは一年ぶりくらいだろうか、聡子は隣に座る美咲とたくさん話したかったが、合コンという性質上、そうもいかずにもどかしい気持ちでちびちびウーロン茶を飲んでいる。


「緊張されてますか?」


 美咲ともう一人の女性は、それぞれ正面の男性と盛り上がっている。必然的に聡子も向かいの男性と会話する雰囲気になり、相手が気を遣って話しかけてきた。


「えぇ、すこし。あまりこういう席には参加したことがないので」

「僕もです。友人にどうしてもと頼みこまれまして」

「本当は違う女の子が来るはずだったみたいです。いやいや、申し訳ないです……」


 容姿に自信があるわけじゃない。オタクだからなのか、頭の中はわりと常に騒々しいが、面と向かって誰かと話す場面では、それも相手が男性となると、聡子は途端に無口になる。

 美咲の知り合いで、積極的に合コンに参加しようという女性の方が、かわいかったのではないか。

 聡子は目の前の男性一人にすらうまく視線を固定することもできず、美咲の頼みとはいえ、やっぱり遠慮すればよかったと後悔しはじめていた。


「そっか、逆にラッキーだったな」

「……えっ?」

「普段は合コンなんて縁のない僕たちのような人間が、いくつもの偶然を経て出会った。それって運命だとは思いませんか?」


 臭すぎる! と噴き出してしまいそうになったが、男は真剣な瞳で自分を見つめている。

 顔は悪くないし、何より声がイイ。口説き慣れていそうですぐには信用できないが、落ち着いた低音ボイスでそんな台詞を言われると、そんな気がしてくるところが声ヲタの怖いところだ。

 たとえば、この合コンで言うと、あとの二人には何も感じるものはない。だが、相手の懐を探るようにして話しかけてくるこの男の言葉には、妙な説得力がある。違いは声がいいかどうか。それだけだ。


「お待たせしました、マルゲリータとディアボーラのLサイズです!」

「きゃあ~っ! おいしそう!」


 もっと早くにこのお店を知っていたら、ユリちゃん、アヤちゃん、マリルちゃんと四人で来たかった。


 美味しいものに目がない聡子の歓声で一気に華やかなムードになり、右奥の席に着く(みお)が、一緒にテーブルに届けられたカッターでピザを人数分に切り分ける。


「一倉さん、飲み物は何にしますか? ていうかそれウーロン茶?」

「私、今日車なんですよ」


 聡子のグラスが空になっているのを見て、さっそくメニューを見せてくるイケボ。聡子は目が回りそうだった。


「え~、残念だなぁ。ここのカクテル美味しいんですよ」


 だって、自分はディアスが好きかも知れないと気づいたばかりなのだ。それなのに別のイケボに目移りして、なんてふしだらなんだろうと思う。

 でも、仕方ないのかも。目の前のイケボは顔もイケてるから。やだやだ、私のバカ。ディアスさんの声の方がずっといいじゃない! 


 さっき美咲から言われたことを思い出す。『和也くんと別れてから何年も彼氏いないでしょ』。希未子からはこう言われた。『せめて三十までには結婚してほしかった』。


 もう! 私だって困ってるのよ! そしてゆかりの言葉。『サトコさん、好きな人いますか?』。


 酔ってもいないのに、三人の顔と言葉がぐるぐる回るようだ。

 あぁ、どうしよう。ディアスさん、私はどうしたらいいの? 

 そこへ低音のとびきりイケボが流れ込んでくる。


佐々野涼(ささのりょう)といいます。改めてよろしく」


 テーブルの向かいから手を伸ばされ、聡子は思わずその手を握った。佐々野の大きくて温かい手のひらは、ほんのすこし湿り気を帯びていた。

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