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1.プロローグのようななにか

初投稿です!よろしくお願いします。

『昨夜午後十一時すぎ、新宿区在住の女子高生が外出した後、行方不明になりました。女子高生は午後八時頃から友人とカラオケに向かい、友人と別れたあと連絡が取れなくなったということで、警察は──』


 全く最近物騒な事件ばかりね。

クロックマダムを口に突っ込みながらそう言ったつもりだったのだが、マーチャンには「アァ?」と聞き返されてしまった。


 モモイロインコの寿命は四十年、御年三十のマーチャンはまだまだ現役バリバリ、豪放磊落な怪鳥であるし、私が生を受けた十六年前から変わらぬ凶暴さ加減を今現在も遺憾なく発揮している辺りを考えるに、今の言葉は単純に私の言葉に対して出たパブロフの犬的条件反射反応か、或いは単に私を馬鹿にしたいかの何方かであろう。


 クロックマダムを嚥下し、珈琲の水流で胃まで流し込む。


 現在六時と三十分を少し回ったほど、余程の大事故が起きなければ遅くとも七時には教室にたどり着くことが出来るだろう。


 歯を磨き髪を梳き、食器を水に浸けマーチャンに餌をやる。


「じゃ、行ってきます、マーチャン」


 アァ、とまた聞いているのか聞いていないのかよく分からない声を上げたマーチャンを背に、扉を開け家を出る。


 昨日夜更かししたからかしら、少しばかり眠いわ。



 欠伸を噛み殺しながら通学路を歩き、時折すれ違う小学生達に愛想たっぷりに微笑みつつ、腕に巻かれた時計で時刻を確認する。余裕綽々、同級など軒並みお未だにねんねしている時間だろう。


 何故私がこんなにも早く学校に辿り着きたいか、その理由は一つに尽きる。

単純に、一人の時間が好きだからだ。別段友人と過ごす時間を嫌っているわけではないが、時には人波から離れて孤独を貪り耽溺するのも大切だろう。


孤独の中でしか、自分自身を豊かに深めていくような濃密な時間は得られない、というやつだ。



 家と程近い高校を選んだ故、学校までは三十分もかからずに着いてしまう。さて、今日は何をしようか。


訳も分からず図書室で借りた人体デッサンの本を読み漁り知見を深めるのも良い、もしくは教室にいつの間にか居着いた愛猫のにゃんちゃんと戯れるのもまた楽しいだろう。


うきうきとうわついた気分はしかし、教室の戸を引いた瞬間あっけなく崩れ去った。


「────あら」


 本来誰もいないはずの教室、まして誰もいないはずの自分の席に、見慣れない人影が突っ伏している。

特徴的な丸眼鏡を脇に置き、普段は編まれている檜皮色の髪が、まるで乾いた血のように机上に広がっていた。


 見た目だけだったら日曜サスペンスね、私はさしずめ第一発見者。

不謹慎なことを頭の端で考えつつ、扉から離れて真っ直ぐ己の席、もとい殺人現場に向かう。


「乙石さん。乙石摩耶ノ子さん、ごめんなさい。起きて頂戴、ここは私の席で──」


 脳内を渦巻いていた苛立ちは、彼女の体に触れた途端一瞬で霧散した。



 冷たい。冷た過ぎる。生物の持つ体温がまるでない。


 心臓が跳ねた。まさか、と思いつつ、反射で手を引き剥がし、彼女の手首に押し当てる。脈、脈はあるはず────ない、ない?


 そんなはずはない。というか、有り得ない。状況が意味不明すぎる。同級生が、己の席で死んでいる、なんて下手なホラーでも見た事ないわよ。


 冷や汗の滲んだ額を拭い、彼女の体を揺さぶる。弾みでうつ伏せになっていた体が席にふんぞりかえる形になったが、それも私の行動に対する物理的反応で生物的な反射では全くない。


 死んだように──というか死んでいる可能性が高いのだが──目を瞑るあどけない顔に触れ、軽く開かれた口元に手をかざす。

嘘、嘘、息して──ない。


 ぐるぐると体内を埋め尽くし始めた感情を持て余しながら、それでも一縷の可能性を賭けて、そろりと胸に耳を当ててみる。

お願い、お願い……私の望みとは無関係に、返ってきたのは布と肌が擦れる微かな音だけ。


嗚呼────


「ほんっとうに、ほんとに、死んでるのね……!」


 嗚呼、まさか、こんな白昼に、こんな白昼に───



 完璧な屍人と巡り合えるなんて……!

私は、相当ついているらしい。

 緩み切った口角を隠すことなんてこの興奮の最中では無意味。


 胸に耳を押し当てていた勢いそのままに、まだ死後硬直が始まっていないであろう冷えた体に腕を回し、思い切り抱き付き──



「う、わっ⁉︎何するんだねこの変態!」



 もう一切の反応を見せない筈の彼女が、私を思い切り突き飛ばした。

勢いよく机に頭を打った私を他所に、女は悪質犯罪者でも見るような目付きで私に嫌悪感を露わにする。

その表情は生きる人間そのもので、私の興奮も混乱も知ったこっちゃない、とでも言いたげだ。


 互いに異形の者に鉢合わせてしまったような目付きで、私たちは暫し睨み合う。



「なん、で……生きてるの……?」

「何で、死人に思いっきり抱き付けんだよ……」



 これが、私こと三本木深幸と乙石摩耶ノ子の、最悪の出会いだった。

最後までお読み下さってありがとうございます!

続きが気になるという方は、

是非この作品を★★★★★にして下さるととても嬉しいです!ブックマーク、感想も頂けると泣いて喜びます!


ここから下は話の都合上本文に入らなかった用語説明のようなものです。本編と合わせてお楽しみいただけると幸いです!


マーチャン

(まーちゃん):

深幸が飼っているモモイロインコ。モモイロインコにも根気よく指導したら言葉を喋るようになるが、マーチャンは「アァ? 」もしくは「ゴメンネー」しか喋れない。


パブロフの犬

(ぱぶろふのいぬ):

ソビエト連邦の生理学者イワン・パブロフの行った実験。犬に餌を与える際、ベルを鳴らしてから与えるようにすると、次第にベルの音を聞いただけで犬が唾液を分泌させるようになった、というもの。この文脈ではマーチャンが深幸の声全てに対して条件反射的に声を上げているので、深幸は普段から相当頓珍漢なことを言っていると思われる。


ニャンチャン

(にゃんちゃん):

三毛猫。雄。オスの三毛猫はとても希少だが、高校に住み着いたが最後、ただの癒し要員として駆り出されている。


三本木深幸

(さんぼんぎ・みゆき):

本作の主人公。好きな映画はサメが襲ってくる系のやつ。


乙石摩耶ノ子

(おついし・まやのこ):

本作の主人公。好きな映画は動物と飼い主が心を通わせる系のやつ。

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