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64 天に帰る数多の魂たち

カースドラゴンの動きが止まった。

空を見上げて身じろぎもしない。

ただ一点を見つめている。

まるでそこに目を逸らせない存在がいるかのように。

光は、最初は細い糸が空から垂れているようだった。

けれどその糸は紐のようになり、さらにだんだんと太く、広がっていく。


それにつれてわたしの魔力が勢いよく吸い取られる。

この魔法は一度使ったらすぐにわたしの制御下を離れる。

そして誰かがその手綱を握る。

そしてその誰かが終わらせるタイミングを決めている。

この魔法は言ってみれば『召喚術』なのではないかと思っている。わたしの魔力を生贄に、異世界の神の力を呼び寄せているのではないかと。

わたしをこの世界に送り込んだ地球の神様の力を。あるいは神様自身を。


となるとわたしは乗っ取られるというか神降し(かみおろし)みたいな状態になっていることになるわけで。

結構危ない橋を渡っている気がするけれど、わたし自身が制御できる魔法ではきっとこのカースドラゴンはまだ手に余る。


まだ、わたしは力が足りない。

助けたい人たちがいても自分の力だけで助けられなくて歯がゆい。

決して浄化魔法の習得も、勇者一行での旅での実戦の日々も、内心怒り狂っていても手を抜いたつもりはなく一生懸命取り組んできた。

魔王城で過ごすようになってからは過保護にされつつも、なんだかんだ浄化で魔力を限界まで使い切ることが多く研鑽を積んでいた。

それでもまだまだ足りていない。

訓練も、経験も、魔力も魔力量も。

でもしのごの言ってないでやれることをやらないと。

だから今回は覚悟を決めて誰かの力を借りることにした。額に汗が浮かび、体の力が抜けそうになり、意識も遠くなりかけるけれど唇を噛んで耐える。

ここで耐え切らなきゃ、この人たちを救えない!


わたしの体をぎゅっと抱きしめる腕を感じた。

わたしの体を支えている魔王が「頑張れ」と励ましてくれている。

彼がしっかり腕で支えてくれていなければ、間違いなくわたしは力の入らない膝からくず折れて倒れているだろう。感謝をこの大仕事が終わったら伝えよう。

なんて、今更ながら『魔王に励まされている聖女』っておかしな話だなとくすりと笑ってしまった。


やがてその細い糸だったものは巨大な光の柱となり、ゆっくりとカースドラゴンを飲み込んだ。

光の向こうでカースドラゴンの形が崩れていく。



"あたたかい"

"やっと解放される"

"もう痛くない…"



安堵したようなやわらかい雰囲気の声が聞こえてきた。あの人たちが浄化されて魂を閉じ込める牢獄から解放されようとしている。



"悪い夢を見ていたみたいだ。頭がすっきりしている"

"やあね、とっくに体なんて無くしているのよわたしたち"

"あぁ、そうだったね。やっと終われるんだ俺たちは"

"あの人は先にいったのかしら…"


"リディア、俺はここにいる"



声が後ろから聞こえた。

振り返ると見たことのない若い精悍な男性が立っていた。でも声は聞き覚えがあった。



"バート! あなたどこに居たの? もう先に向こうに旅立ったのだと…"


「あ…」



過去の幻視で見たオーガにされたバートという剣士だ。柱の中からは一つ光の珠が出てきた。もしかしてリディアさんという人の魂だろうか。



"オーガ仲間数人で逃げ出して助けを呼びにいったんだが途中で自我を失って完全にオーガになってしまったみたいでな。さっき眼帯少年にぶっ殺されるまでずっと人間だったことも忘れて森を彷徨っていたんだ。間抜けだよなぁ"



そうか、さっき旧道で倒したのがバートたちだったのか。倒されてもすぐ天国に行かずにわたしたちに付いてきたのは、もしかしてこの女性や他の魔物化した人たちが心配で?

バートが光の柱の方に歩き出した。そうして歩きながら振り返りわたしに話しかけてきた。



"聖女様にお願いがある。逃げた森の中に連中が後生大事にしていた箱を埋めたんだ。俺たちは中身は知らないが何か役に立つかもしれない。命懸けで持ち出したものだ。活用してくれたら嬉しい"



「…はい、必ず見つけます」



"頼む。…これで心残りはもうない。一緒に行こうリディア"



彼は人の姿を失い光の珠となってもう一つの光の珠と共に光の柱へと入っていった。


そしてカースドラゴンを飲み込んでいた光の柱は鮮烈に光を放ち消えた。

そこにカースドラゴンの姿はなく、その場所には数百はあるだろう光の珠が浮かんでいて、順にふわりふわりとわたしへと近づいてきた。

わたしの周囲をくるりと周り終えるとこれまた順に空へ向かい消えていく。

きっと捉えられていた魂がお礼を言ってくれているのだと思った。異様な光景なはずなのに全然怖くなくて、むしろ感動して涙ぐみながら彼らを見送り、全員が空へと帰って行くのを見届けた。


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