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63 迷える魂に救済を

戦闘回です。

ゲーデがそっと自らの右眼の眼帯に手を伸ばした。



「ゲーデ、右眼は使うな。あのカースドラゴン、異常な数の気配がする。これ相手に使うとお前の魔力をごっそり持っていかれる」



魔王がゲーデに忠告してそれをやめさせた。

ゲーデは右眼から手を引き、腰の剣を抜き前衛として対峙した。



「ゲーデの魔眼は魔力を使っているの?」

「そうだ。一体にかけるごとに必要だ。またあいつの魔力総量は少ないため、対象が大量となると魔力枯渇を起こし危険な状態になる」

「彼を保護した時はその枯渇状態でね。ああなってしまう前に止めないとね」



彼が保護されたのは魔眼の力に目覚めて力を大量に使った後。その後生死の境を彷徨ったというから、魔眼の扱いは度を過ぎれば諸刃の剣となるようだ。

使い勝手が良いからといって乱発すれば自らに返ってくる。

だから魔眼に頼ってばかりでは身を崩すため剣も扱っているそうだ。



「お前、先程あのカースドラゴンを見て様子がおかしかったな。なにがあった?」



わたしは明らかに怯えていただろうから当然な質問だ。さっきのことを胸が痛くなりながら思い出す。



「…たくさんの声が聞こえたの。それも数えきれないほど。どれも恐怖や助けを求める声だった」

「なるほどな。ここにはあれ一体のみ。無数に底に落とされただろう魔物はみな文字通りあれが喰らったのだろう。大量の魔物を喰らい、そして魂があの体内に取り込まれたまま溜め込まれた。おそらくはその声をお前が感じとったということだ」

「……」



悲しく残酷な蠱毒の結果生まれたカースドラゴンを見れば姿勢を低くして、地響きを立てながらこちらに近づいてきている。



「俺の魔法で倒すことはできるが、聖女の浄化や勇者の光属性の攻撃でなければ、痛みや苦しみをもたらすと言われる」

「なら、あなたは魔法を使わないで。わたしが浄化する。もうこれ以上に辛い思いをあの人たちにさせたくないから」

「わかった。移動や防御は俺に任せてお前は浄化だけに集中しろ」

「わかった。ありがとう」

「礼を言う必要はない。俺が自分から役目を選んだのだから。ではゲーデそれからヴラド、お前たちはあれの動きを牽制しろ。そしてリンカが浄化魔法を使う時間を稼げ」

「「はっ」」



わたしは浄化魔法を唱え始めた。

素早くゲーデが最も対象に近い前衛、ヴラドがその少し後ろの中衛、わたしと魔王が後衛に位置取った。

こちらの指示が終わるのを待っていたかのようにカースドラゴンが瘴気のブレスを放つ。



「散れ!」



各々がブレスに巻き込まれないように回避し難を逃れた。

しかしわたしが羽織っていたフード付きのマントの端に、瘴気ブレスの火の粉のような残滓がついた。

するとその部分は硫酸でもかけられたようにドロリと溶け落ち息を飲んだ。

火の粉程度でこれなら直撃したらと思うとぞっとする。



「すまん! 少し飛んだようだな。怪我はしていないか?」



わたしは顔を恐怖でこわばらせながらうなずいた。

そこをヴラドが見ていたようで茶々を入れてきた。



「ちょっと陛下? 僕らの救いの女神様、聖女のリンカちゃんをもっと大事に扱ってくださいませんこと?」

「ガタガタうるさい」

「ちょっと陛下、僕に自分の落ち度による怒りをぶつけないでくださいます?」

「ヴラド、余所見するな」

「ゲーデまで僕に酷くない?」



軽口を叩いている間にもカースドラゴンは二人にまたも瘴気ブレスを吐き出した。

ブレスに溜めは必要なく、すぐに放てるようだ。

ああいった大技はゲームだと何ターンかごとにしか出せない仕様だけれど、こちらは無制限なのか配慮はしてくれないらしい。

しかし動き回る二人には回避され当てられない。

そこで戦法をかえて自らの肉体で襲い掛かり、噛みつこうとし、脚で踏みつけようとし、鋭利な爪で引き裂こうとしてきた。

それも実力者である四天王の二人はやすやすとかわす。



「僕たち魔族に瘴気のブレスが効くのかはわからないけれど、ツヴァイが知りたがりそうだね〜」

「ヴラド、実験体になってみる? ツヴァイが喜ぶかも」

「ええっ怖っ! どうしたのゲーデ、僕たち仲のいい仲間じゃないか!」

「ふん…」

「あ、あれ? なんか怒ってる?」

「自分の胸に聞いてみろ」



四天王ふたりがなにやら会話しているけれどよく聞き取れない。会話しながらもふたりはそれぞれ回避するのをやめ、今度はこちらの攻撃の番とばかりにカースドラゴンに迫った。

ゲーデは剣をカースドラゴンの右前脚に一閃し胴と切り離した。しかしすぐさま瘴気がその部分を覆うと再生してしまった。



「斬っても意味がないか」



カースドラゴンが邪魔な存在を屠るべく噛みつこうと長い首を動かしゲーデを襲うも避けられる。

距離を取ったゲーデに対して、カースドラゴンは長くしなりのある、鎧に覆われたような尾を強襲する。回避途中の宙に浮かぶゲーデは身動きが取れない。

「当たる!」と思われた尾に素早く飛びついた影があり、尾の動きが静止した。もはや尾の持ち主すら止められないだろうほどにスピードがのっていたのに。



「もう、世話がかかるんだから。助けに入った僕にお礼を言ってくれてもいいんだよ?」

「自分で回避できた」

「もう〜、反抗期かい?」



ヴラドは尾をポイッと捨てると姿が見えなくなった。そして次の瞬間、カースドラゴンが横に吹っ飛んだ。高速で移動したヴラドがカースドラゴンを蹴り飛ばしたのだ。

吸血鬼ってそんなパワータイプだっただろうか?

あの細身の優男からは想像できない。



「吸血鬼は魅了や変身など対人間への能力が多い。しかし身体能力と再生能力が高く強靭な肉体も持っており肉弾戦に向いている」



魔王の説明を聞きながらも空想で描かれるイメージや夜型の体質や気だるげな言動からかけ離れた目の前の光景に非常に違和感がある。



「僕は魔法を使って優雅に戦いたいのだけれどままならないものだね」

「ドラゴンを蹴り飛ばすヴラドが優雅とかない」

「ゲーデ〜?」



そうしているうちに、余裕そうにカースドラゴンを相手取る二人の時間稼ぎのおかげでわたしの術が完成した。

実のところ、実戦で使ったことがない最上級魔法だ。

詠唱が長く、隙が多いために、(勇者パーティでは勇者のウィル以外にわたしを守ってくれそうな者はいなかったので危なくて使えなかったため)魔王との戦いでも使わなかった。

また大量の魔力を使うためにエルグラン王国での訓練期間のかつてのわたしには魔力量が足りなかったし、経験を積んでからも発動したら即魔力枯渇の危険があった。

しかし、今なら使える自信がある。

あれから度々濃い瘴気の浄化をこなしてきたせいか、魔力量が増えた。そして魔力も増えた。


ましてや今のわたしには、志しを同じくし、信頼できる仲間がいるのだから何の心配もなく全力で魔法を使える。


だからきっと大丈夫。

わたしは天を仰ぎ両手を広げた。



「迷える魂に救済を…聖なる祝福(ホーリーブレス)!!」



カースドラゴンに天から一筋の光が差した。


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