8 ダライアスでの邂逅
今回は短めです。
オルトロスのいた森はすっかり浄化され様変わりしてしまった。
薄暗く不気味だった雰囲気はどこへいったのか、雨上がりのような緑の香りがするさわやかな空気。
生い茂った鬱蒼としていた木々は葉が落ちたようで地面にわさっと溜まっていて花が咲いているのがちらほらある。
浄化しただけなのに、新陳代謝が促進されて枯れかけの元気がない葉を落とし若返ったようだ。
そして魔物の気配が一切なく、野生動物は魔物に占拠されて元からいなかったため、動物や虫の鳴き声がなく静かな森。
静かすぎて落ち着かないくらいだ。
ウィルはこの一件以降考え込んで口数が減った。
やっぱり森の浄化のせいだろうか。
森は戦闘がなかったおかげでさくさく進めて夕暮れ時にはダライアスに着いた。
ダライアスは街の中を川が流れていた。
街の中と外をボート型の船が行き来しているのが遠目からもわかる。
ウィルによればこの川から引いた水路が街中に張り巡らされた独特な作りで風情ある観光地らしい。
基本的に馬車は街中で使用禁止。
徒歩かボートで移動しなければいけない。
大量に荷物があるならボートを利用する。
見た感じははヴェネツィアに似ている。
街の入り口の門にも鎧を着た人物が左右に立ち人が出入りしている。
とくにパスポート的な物の確認はしていないようでわたしたちでも問題なく入れそうだ。
わたしたちはウィルは冒険者のフリでわたしは魔導士のフリをして堂々と門から入った。
この世界、冒険者がいて冒険者ギルドもある。
冒険者憧れる。ファンタジー世界の夢の職業だと思う。
聖女より冒険者をやりたかった。
なにはともあれ街の中には入れたけど、入ってすぐの広場に足を踏み入れて驚いた。
広場から真っ直ぐ伸びる大通りには商店が多く立ち並び、街の中心に向かっている。
活気があり周りを見ても人、人、人。
さっきまでいた森とは真逆で騒がしく落差が大きくちょっと怯んでしまう。
この騒がしく人の多い街で人ひとり探すのは骨が折れそうだ。
「この賑やかな雰囲気はまさにフェルディナンドの好みそうなところだ。リンカ、まずはひと休みしよう。疲れただろう? 彼を探すのはそれから考えよう」
「うん、ありがとう…疲れた」
ウィルって自然と気遣いできて紳士だ。
「とりあえず近くのカフェにでも入ろう」
まだ夕食には早い時間のため軽く休憩しようと通り沿いのオープンテラスのカフェに足を運ぶ。
紅茶となにかお腹に溜まるものが食べたい。
サンドイッチがいいな。
「君の瞳はエメラルドに勝る美しさだよ、イザベラ」
うっわキザなセリフだな、と聞こえた誰かの言葉に対して思ったらウィルが足を止めある一点を見ていた。
「口がお上手ね、王子様」
視線を追うとテラス席に座る一組のカップルが目に入る。
女性は輝くような金髪の美女で、胸が大きく腰が細くお尻が大きく脚が長いという理想的な体のラインが強調された魅惑の身なり。
男性は赤髪に上機嫌の笑顔の美青年で、明らかにセレブだとわかる質の良さそうな白いシャツにベスト、パンツスタイル。
「フェルディナンド」
隣にいるウィルから初めて聞く低さの声が聞こえてびびる。
あの爽やか好青年がこんな声を出す…だと。
「殿下は今度は『夜の蝶』か。『夜霧亭』のイザベラだろあれ」
「この前は『歌姫』のアイリーンだろ。僕もオペラ座にせっせと通ったんだけどなぁ」
事情通な通行人が相手を教えてくれた。
そして無駄な知識も。
そしてどうやらこのキザな男が、例の…
するとフェルディナンドと呼ばれた赤髪のカップルの片割れの男性はこちらに振り向き、エメラルドのような緑の目を見張った。
「は!? お前…ウィルか?」
どうやら本人が瞬殺で見つかったようだ。
えええ、街について5分足らずで見つかるなんて奇跡ある?
しかも女性口説いてる最中。どういうタイミングだ。
フェルディナンド氏は正面の女性に向き直り笑顔で話しかける。
「ごめんねイザベラ。わたしの旧い友人だ。旧交を温めるお誘いを無下にはできない。また後でね、可愛いひと」
「ふふ、楽しみにしておりますわ、殿下」
フェルディナンド某は美人なおねえさんの頬に口付けて席を立ち、男性を呼びつけて会計を指示していた。使用人かな。
「お待たせ、近くに宿をとっているからそこで話そうじゃないか。ウィル、それから…可愛いお嬢さん」
わたしの全体を軽く確認するとわたしたちを促すように歩き出した。
護衛だろう4人の男性がわたしたち3人の周りを囲む。
まぁ王子様だもんね、お付きの人くらいいるか。
それにしてはウィルにお付きを付けていなかったのを見るに扱いの悪さを覚える。
第二王子様、大事にされてる。
往来の注目を浴びながら4階以上ある石造りの白い壁の明らかに高級宿とわかる外観の建物にむかう。
ドアマンの開けた両開きの入り口を潜り目を見張る。
天井の高い玄関ホールを通りには上からシャンデリアがいくつも吊るされ中には火が灯されて明るく照らされている。
フェルディナンド氏が先程の使用人らしき男性に支持を出し宿の従業員に話しかけていた。
一行は入り口正面にある階段を登りスイートルームに違いない豪華な客室に足を踏み入れ、ソファーを進められた。
フェルディナンド氏とウィルが向かい合わせに座り、わたしはウィルと同じ長ソファーに腰掛ける。
メイドさん?が紅茶を運び終わるとフェルディナンド氏は人払いをし、この場にはフェルディナンド氏にウィル、わたし、フェルディナンド氏の護衛をしていた2人が扉の前に立った。
彼らは国に所属している騎士だそうだ。
「まったく、驚いたよ! なんだってお前こんなところにいるんだ。魔王の支配地域に到達した頃だと耳にしていたのに」
あれ、ずいぶん砕けた話し方だ。
こっちが素なのかな。
さっきのキザったらしい感じでくるかと思ったのに意外だ。
お姉さん相手は猫被ってたのか。
「色々あってね。事情は話したいと思っているしできれば君の力を貸して欲しい。しかしまずは彼女を紹介したい」
「オレの力だ? ま、それはさておきそちらのお嬢さんはやはり」
「ああ、聖女のリンカだ」
「はじめまして、リンカといいます」
わたしは立ち上がってお辞儀をした。
こちらの世界ではカーテシーと言う西洋式の礼のほうが近いのだけど、わたしは咄嗟にはこちらが出てしまう。
すると今度はフェルディナンド氏が立ち上がり跪いてしまった。
片膝を床につけるアレだ。
「これは失礼致しました。わたしはロンバルディ王国第二王子、フェルディナンド・ロンバルディです。さきほどの無礼な当方の振る舞いをご容赦くださいますようお願いいたします」
わたしは固まった。
そんなかしこまられたことは初めてでどういう態度を取ればいいのかわからない。
無礼とは何のことを言っているんだろう。
お嬢さんと呼んだこと? 言葉を崩した話し方のこと?
それともお姉さんを口説いてたこと? いやあれは関係ないな。
個人的に引いただけだ。
「聖女猊下、どうされましたか?」
困惑したフェルディナンド氏の声が聞こえる。
いやこちらも困惑なんですが。
「…そう、だな。そう頭を垂れて至高のお方として接するのが本来あるべきなのが我々の立場だ。それをあのような術を…」
「どうしたウィル?」
訝しむフェルディナンド氏。
「僕を殴ってくれ、フェルディナンド」
「なんでだ!?」
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