7 勇者ウィリアムの追憶(勇者サイド)
僕は、衝撃を受けていた。
ここ数日で19年の人生における価値観が、常識がひび割れ、崩れていく。
叔父の悪辣な行い、魔王の矛盾した行い、この世界の歪さ。
どれも考えたことがなかった。
どうして気づくことができなかったのだろう。
彼女が声を上げてから、ずっと反芻している。
衝撃を生み出した彼女は口元を引き攣らせて女神ウララの祭壇を見つめている。
リンカは瘴気が目視できるようだ。僕は気配を感じ取れはするが見えはしない。
これも聖女としての能力だろうか。
きっと彼女にしか見えない世界を捉えているのだろう。
ウィリアム・エルグラン。
これが僕の名。真名は別にある。
初代国王となった勇者から1,000年続く王家の、第37代国王であった父の嫡子として生を受けた。
エルグラン王家は初代以来脈々と受け継がれる光の属性の魔力をもっている。
初代は魔王討伐のため神からの加護により光属性を授けられ、見事魔王討伐を叶え勇者と呼ばれた。
代々血を引く子に孫に受け継がれた力であり、世界でこの属性はエルグラン王家に連なる者しか持っていない。
魔王とその配下に絶大な威力を発揮するこの力は人々から敬われ、エルグラン一族の象徴でもある。
魔王が現れた時、その力がもっとも強い者が、勇者として剣を奮い討伐してきた。
もっとも王族で強い光属性を持つ者は世代を経るごとに減少している。
それどころか持つ者の方が稀になってしまい王家の長年の懸念材料となっている。理由が分からないのだ。
これは国家機密でもある。
僕は生まれたその時から絶大な魔力をもっていたらしく、この世代で勇者となるならば間違いなく僕だとみなされて教育を受けてきた。
勇者の一族の蓄えてきた知識、戦闘技能を物心ついた頃から学んだ。
国王の嫡子であるから同時に将来国王になるための学びもした。
学ばなければならないことは数多にあり大変な思いはしていたが苦ではなかった。
父を、王妃である母を、先祖代々の勇者を王を、尊敬していた。
その人たちの想いを受け継げるのだと喜びを覚えていた。
両親は夫婦仲がよく、僕に厳しくも愛情を持って接してくれていた。
城のバルコニーから国王一家で年の初めに手を振ると開放された広場に集まった人々は歓声を送ってくれた。
為政者としては善政を敷いていたようで国民に愛されていた。
子ども心にとても誇らしかった。両親を愛していた。
未来は希望に満ち溢れていた。
でも、僕が10歳の時、二人とも亡くなった。事故だった。
二人が乗った馬車が土砂崩れに巻き込まれた。
大雨が原因の川の氾濫によっておこった災害現場の視察の帰りだった。
父の異母弟である叔父上が臨時に国王となった。
僕が王位継承権第一位だったが、幼すぎるということで叔父と議会が揉め、結果僕が20歳の誕生日を迎えるまで叔父が最高権力者となった。
議会の父上を支持していた貴族議員は僕を国王にしたがった。
今は幼くても皆で支えればいいと。
数年経てば成人を迎えるのだからその間だけ摂政でも置けば問題ないと。
しかし叔父上は「過去の文献からして200年以内につぎの魔王が現れている。もう200年だ。いつ現れてもおかしくない。ならばウィリアムはまず魔王討伐に備え勇者の役目に専念した方が良い」と問題提起。
議会も一理あると臨時と条件付きでこれを承認したのだ。
叔父は勇者としての学びを僕に優先させた。
僕は素直に従い勇者に必要な知識も剣技も魔法も磨いた。
帝王学はもう粗方修めていたのでさして問題は感じなかったのもあり特段不満はなかった。
実戦も必要と直属の騎士団の部隊を与えられ魔物討伐に度々繰り出した。
その名も『光王騎士団』。
貴族議員たちがぜひにと名づけ会議で発案し正式に名称承認された。
選抜されて集められた団員は光栄だと喜んでくれた。
「平民も殿下を応援していますよ! 勇者で未来の国王陛下、初代勇者王みたいだってカッコいいって老若男女の憧れです」
そんな話を打ち解けた部下たちと野営で焚き火を囲みながらした。
魔物による被害は惨たらしく、力不足を痛感し、より強くならなければと身が引き締まり、精進した。
魔物の特性、効率的な倒し方、光属性の魔力でできること、勇者と魔王の戦いの歴史など。
戦い方に重きを置き、歴代の勇者がどう魔物や魔王と戦ったかという指南書や勇者の手記などできる限り読んだ。
勇者や魔王に関する知識なら自分の右に出る者はいない。
そう自負していたし周りも認めてくれていた。
昔から魔王が現れると異世界から聖女が召喚される。
そして勇者と共に魔王を打ち倒してきた。
聖女の召喚は聖教会が魔王の出現を確信し、エルグラン王国に召喚の儀式の要請がされてエルグラン王国で行われる。
聖教会は世界中の教会をまとめる立場の宗教界の総本山だ。
創造神を祀る『アウレリア教』を含むすべての宗教はその下部組織。
聖教会の教えではこうだ。
異世界からきた聖女は慈愛の心を持ち、自ら人々のため戦いに赴いた、と。
でもその信じてきた常識は根底から間違っているのかもしれない。
現実は異世界から召喚した少女を従属させて戦いへ送り出していた。しかも身内がだ。
そしてそもそも異世界人に世界を救わせようという行いそのものが異常なのだと。
魔王も単純な悪ではないのではないか、と。
―――僕は森の浄化、場所を浄化させることができるなど知らなかった。
どの文献にも載っていなかった。
知らないことがある。
知識が足りていない。
おそらくは重大な情報が欠落している。
誰かの手心により隠されているのか。
はたまた歴史の中に埋もれたのか。
僕は知らなければならない。
どんな深淵を覗くことになるかわからない。恐ろしい。
だが、もしも僕が、あるいは一族が、世界が見えていないことがあるのなら僕は知らなければ。
きちんと、自分たちの世界のことを。
彼女と話をしよう。
彼女が抱く違和感にきっと手がかりがある。
彼女の方が僕よりずっとずっと、見えている世界は広い。
最後まで読んでいただきありがとうございます。