34 精霊の谷
「ここは『精霊の谷』と呼ばれる地だ。その昔、ここは精霊の楽園だったらしい」
そこは神聖な地として近隣の村落に住む者から崇められ、人の踏み入らない深い山奥にあった。
染み出した湧き水が川を作り、その流れが滝となって谷へと流れ込み滝壺に落ちる。高い位置から落ちる滝は途中から霧となり虹がかかっていた。
滝壺のある、岩場が左右にそびえ立つ谷の底には草木が生い茂り、彩り豊かな花々が絨毯のように広がっている。その両脇の岩場の表面には透明な鉱物が散見され、内側がシャボン玉のようにマーブル模様の七色に輝いている。
そして驚くべきことに岩の塊やその透明な鉱物がフワフワと浮いている。
この世界に召喚されて魔王討伐の旅をして大陸を縦断し色々な自然環境下を移動した。草原では夜に魔力の粒を空に放つ光るスズラン、湿地には葉っぱがテニスコートくらいの大きさの蓮の花、山全体が炎に包まれた火山。異世界の不思議な光景を見ては驚き感動してドキドキした。元の世界では絶対に見られない景色に感動しては「さすが異世界」と思ったものだ。
しかしここはその中でも今まで見た中で圧倒的一位だ。言葉では言い表せない。
「はぁ…」
あまりの幻想的な美しさにため息しか出ない。
ゲームの画面ではこういう背景はざらにあるかもしれない。けれど自分の目で見た大自然の美しさは、感動は、比べ物にならない。
遠くで滝の水音が聞こえる。どこかで小鳥もさえずっている。それ以外は静かだ。
こんな場所があったのか、立っているだけで癒される。
「気に入ったか?」
「うん…。綺麗な場所だね。物語の中にいるみたい」
「わかる気がするな。ここはこの世界に置いても相当に珍しい環境だ。それこそ本や、伝説の類の。ほれ、岩場に透明な箇所があるだろう? あれは精霊石だ」
「あれ、全部?」
「そうだ。あれによって精霊の力がこの谷を満たしているため、こういった人智を超えた光景が見られる」
谷の規模は広く、ここからではどこまで続いているのか終わりが見えない。しかし見える範囲全ての左右の岩場に精霊石が見える。以前に見た女神ウララの祭壇の精霊石だったあの祭具だって、かつてはあの森全体に加護を与えられる力があった。森をまるごと清浄な気配に保ち、守っていた。
これほどの量があるなんて、この場所はどれだけ強い力があるのだろう。この場所では何が起きても不思議はないと思う。
「ここで食事は格別だと思わないか?」
「うん、すごくいい!」
わたしたちは草花の上に何も敷かずにそのまま座った。魔導書にしまっていたお昼ごはんの入った籠を取り出して蓋をあけると、布に包まれた入れ物がある。
取り出して淡いピンク色の布の包みを取ると、紙に包まれたサンドイッチが出てきた。
「おいしそう〜」
ベビーリーフとローストチキンにマスタードソースがかかったものと、ベーコンとチーズとトマトのサンドだ。
飲み物はガラスの瓶に茶色の液体が入っていて、コルクで栓がされている。コルクを取って中を一口飲んでみると冷やした紅茶だった。冷えているのがまた美味しい。朝から昼までちゃんと冷えているとはこの魔導書ことアイテムボックス、温度管理も優秀なようだ。そして使用人の人たちの心配りがうれしい。外を動くなら冷たいものが飲みたいだろうとわざわざ冷やしてくれたのだろう。
サンドイッチは2種類ともぺろっと平らげた。
味はもちろん美味しかった。
そしてこの美味しいサンドイッチを美しい景色を見ながら食べるのがものすごく美味しかった。
幸せな時間だった。
紅茶で喉を潤しひと心地つきながらまた景色を眺めて見回した。
「ずいぶんと美味そうに食べていたな」
魔王は話しかけずにわたしを見ていたようだ。景色に見入って気づかなかったものの、食べてる顔を見られていたことが今更恥ずかしくなってくる。
「そ、そりゃあ美味しかったもの。あなたは食べられなくて損してるね」
恥ずかしさを軽口で返すと「そうでもないさ」と返してくる。
「俺の分も幸せそうな顔をしてるやつがいるからな」
さらっと言われてしまったがこれは、かなり、くるものが…
こいつ、わざとなのか、それても素で言っているのか…
おのれ魔王…
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