18 いつかこの国も
ゼルマはヨーロッパの女性名のようですが、変更せずにそのままいきます。
「中庭で何をするんですか?」
「綺麗にしようと思って」
「お、お掃除するん、ですか?」
「ううん、浄化しようと思って」
この2人、双子だそうだ。
背が同じくらいだから年齢差はなさそうだと思ったけど予想通りだった。けれど精神年齢は兄のゼルマがだいぶ上だろう。
わたしが中庭に向かうと言ったら「ジョゼフィーヌは仕事に戻って。聖女様は僕とアルマが手伝う」「アルマ、わかったね。では聖女様、なんなりとお命じください」とテキパキと場を仕切っていた。
君は将来出世して管理職になりそうだね。
そういうわけでジョゼフィーヌとは食堂で別れた。そのお見送りは大変深いお辞儀で頭に被った布の端が床につきそうだ。そんなにかしこまらなくていいのに。
中庭で特に2人にしてもらうことはないのだけれど、もっと話がしたかったからいい機会だと思って同行してもらってる。
「あ! あの、お城の中をお姉さんがきれいにしたんですよね? みんな、驚いてました。あんなに広いお城をぱっとできるなんてすごいって!」
「僕もさっき外から帰ったのですが、瘴気がなくなっていて驚きました。聖女様はこれ程大規模な浄化もできるのですね」
「魔力を使い切っちゃってフラフラになっちゃったけど、なんとかね」
「でも、すごいです!」
「ええ、…本当に」
アルマにはキラキラとした尊敬の目を向けられて照れてしまう。ゼルマはこちらを観察するような目だ。どういう感情だろうな。頭の良さそうな子だからあれこれ考えを巡らせているのか。
そして、アルマのいうみんなとは使用人の人たちのことだろうか。思いがけず出会ったジョゼフィーヌのような布に覆われた人たちがたくさんいるのだろうか。
この二人は布を被っていないけど、布の有無について聞く気はない。気にはなるけどわざわざ隠していることをつつかれたらわたしは嫌だ。
「使用人のみんなはジョゼフィーヌさんみたいにわたしに姿見せるのは困るのかな?」
「そうだと思います。この城の規律は古い時代のものを遵守しているそうなので、使用人はみんな完全に裏方に徹するよう教育されています。使用人の取りまとめはツヴァイ様がなさっているので、執事長や侍女長はツヴァイ様に姿を見せますが、それもなるべく私語を挟まないように努めているようです」
「そこまでしなくても… わたしはもっと気軽な会話を交わせる間柄がいいんだけど」
「…よろしいのですか? 失礼なのでは?」
「全然。エルグラン…は扱い悪かったから会話はしなかったけど、ロンバルディ王国では使用人の人たちとも会話してたよ」
「しかし、ずっとこうしてきた訳ですし変えるのは難しいかと…」
「外の世界は時代が変わって常識も変わったんだと思う。この城も邪神をどうにかしたら、瘴気のない普通の国になるんじゃない? そうしたら外とも交流するようになるだろうから、いつまでもこのままではなくて変わることになるんじゃないかな」
「普通の国に… そんな日が、来ると?」
「うん、きっとね。いつかは」
「…うん、お姉さんがついてるから、きっとくるよね。そうだよね。ね、ゼルマもそう思うでしょ?」
「……」
一生懸命なアルマに説得されたゼルマは呆けたようにして「本当に、そんなときが…」と小さな声に出していた。
この魔王城にいるのだからきっと2人も魔族だろう。
見た目よりきっと長く生きているだろう彼にこの地に邪神も瘴気も、あるのは当たり前なのだろう。それがない普通の国になる時代が現実になるにはあまりに遠すぎる夢物語に感じているのかもしれない。
その姿にやれるだけのことをしようと、決意を新たにした。
「さて、やっぱり中庭も瘴気すごいね…」
建物から出たわたしの視界には大地からモワモワと立ち昇る黒い瘴気。やはりさっと空気だけ浄化したところで瘴気をたっぷり蓄えている土から延々出てくるのだろう。
女神ウララの祭壇跡もこんな感じで浄化しても浄化しても湧いて出たっけ。あの時はキリがないから大規模魔法やったら森全体が別の森のようになったなぁ。さすがにここの瘴気を溜めに溜めてる中庭はあんなパターンになったりはしないだろうけどやり方は同じでいいだろう。
まずは杖を取り出した。大規模に魔法を使うならやはり増幅装置のこれは必須。さて、次に範囲は中庭全体。森ほどは広くないから、魔力は全回復してないけど倒れたりはしないだろう。
「あ、2人は建物の中に避難して。あなたたちも魔族なんだろうし、浄化魔法使うと痛い思いさせちゃうから」
「は、はい」
「お姉さん、がんばって!」
ちょこちょこと駆けていく小さな2人を微笑ましく見送り、わたしは魔法を唱えた。体から魔力が想像以上にごっそり持っていかれた。
「ホーリーレイン!」
中庭に光が空から降り注ぐ。
光は雨粒のように大地に染み込み、一面が光に包まれる。眩しくてしばらく目を瞑り、そろりと瞼を開いた。
中庭の大地に瘴気がなくなっていた。
成功したようだ。これで中庭で植物を育てられるはずだ。部屋に飾る花以外にも野菜だってできるだろう。どこから野菜を調達しているのか知らないけれど、これで新鮮なのがすぐに手に入るようになる。
「ふぅ…」
「おかしいな。休んでいるべき者が出歩いているようだが?」
「はっ!」
後ろを振り向くと魔王が腕を組み、明らかに不機嫌な顔で仁王立ちしていた。
まずい、休めと言われていたのに思うままやってしまった。あれだけ派手に中庭が光ればそりゃ気づくよねー
「部屋に戻れ、そしてベッドから出るな、部屋から出るな。わかったな?」
「はい…」
部屋に入るのを見届けるべく同行する魔王に背後からの圧を感じながらわたしは自室へとすごすごと帰ることになった。建物の影でアルマがオロオロしていて、ゼルマが宥めている。2人は休め命令は知らなかったのにびっくりさせてしまったなぁ。巻き込んでごめんね、あとで謝るね…
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