3 二人、焚き火を囲んで
焚き火を挟んで勇者とわたしは向かい合っていた。
あのあと日暮れが近いということで勇者とわたしは目視できる森に向かった。
ちなみにあの仮面の人物は彼も知らないらしい。
どうしてわたしたちをここに転移させたかはわからない。
そして焚き火につかえる枝や木の実を集め、川の近くで野宿することにした。
そして今は食事を終えてひと心地ついたところだ。
食事中はお互い黙っていて虫の鳴き声がよく聞こえた。
魔物がいると虫の鳴き声すらせずひっそりとしているからきっとこの森には魔物はいない。
魔物がいると気を張っていないといけないがこの様子だといても野生動物程度だろうから気が楽だ。
落ち着いて話すにはいい。
ややあって先に相手が話しはじめた。
「まず、僕のことはウィルと呼んでくれ。君とはまともに会話したこともなかったから君からしてみれば信用に値しない相手だろう。…国王陛下は僕の叔父だしね。でも、君とは良好な関係でありたい」
そういえば国王と親戚とは聞いてたけどかなり近い親戚だったんだ。
彼のことは善良な好青年だと思っている。
温室育ちなのか猜疑心とか危機感なんかが足らないかなって思うところはあるけど。
「わかった、ウィルと呼ぶね。訂正させてもらうとわたしはあなたのことは信用できる人だと思っているよ」
「ありがとう。しかしまずは謝らせてもらいたい。我が国の国王ならびに…」
「謝らないで。あなたは当事者じゃない。あなたが悪いわけじゃない」
「わかった。このことはいずれ必ず当事者たちに償いをさせると誓う」
いずれ、といっても今後わたしはウィルの故郷、エルグラン王国にわたしは帰ることがあるかな。
「従属の術は完全に解除されているのかい?」
「うん。でも真名を知られているからまたかけられるかもしれない」
真名とは本名のことだ。
わたしの『リンカ』という名前も本名じゃない。
本名は『まどか』。『一ノ瀬 円』。
リンカというのはリィンカーネーションからとった偽名。
まどかと意味合いが近いから覚えていた。
この世界では真名は命同然の意味をもつ。
真名を知られてしまえば呪い殺されたり、洗脳も簡単にできる。
わたしのように従属の術なんていう人権のない状態にされても反抗できなくなる。
だからこの世界では真名は名付けた親なり保護者なり以外には、伴侶、親友、などの本当に信用信頼している相手にしか教えない。
教えるということは『命を預けるほど、あなたを信頼している』というとても重い意味を持つ。
そのため、普段名乗っているのは誰もが偽名なのだ。
ネットやアプリゲームのユーザー名のようだ。
ウィリアムも本名ではないはずだ。
「真名はいつ知られてしまったんだい?」
「召喚されてすぐ。礼儀正しく名乗ったら、すぐさま術をかけられたよ。わたしの世界には真名やら魔法やらはなかったからそんなことになるとは思わなかった」
わたしはふつうに本名を名乗った。
本名を名乗ることの危うさや真名のことについてその場の誰も教えてはくれなかった。
物知らずの異世界人を簡単に利用できると喜んだだろう。
「ウィルは故郷に帰るつもり?」
「まだ帰らないよ。君はエルグラン王国に帰る気はないのだろう? 君を1人にしてしまう。一緒にいるよ」
「いや、わたしのことはいいから…」
「だめだよ、1人放ってなどおけない」
わたしに都合がよくてなんだか悪いなと思うが一緒だと心強いからお言葉に甘えよう。
「ありがとう。お言葉に甘えて一緒に行動させてもらうね。それから…エルグラン王国にはあなたも帰らない方がいいよ」
「君の身が危険なのはわかってる。だから真名の件を解決できない限り近寄らないよ」
「いや、あなたも危険だよ」
「僕?」
「国王命令であの2人、魔王を倒したらあなたを始末しようとしてた」
「!!」
ウィルの表情が強張りそのままうつむいて黙ってしまった。
無理もない。ショックだろう。
勇者でみんなの希望の星なのに役目を果たしたら身内に殺されるところだったのだから。
彼は深い溜息をついてこわばった顔をあげた。
「どうやって知ったんだい?」
「目の前でベラベラしゃべって2人で打ち合わせしてた」
油断しきってたからねあいつらは。
「どういった方法の予定だったんだい?」
「ベドネウラって花の根っこからとれる猛毒をあなたの食事に混ぜる予定だった」
わたしが逆らえないからって『協力しろ、魔法を使って解毒して助けようとするなよ。痛い目みたくないだろ』って脅迫してきた。
「君に心からの感謝を。君が魔王城で立ち向かわなければ僕は最期まで気づかなかっただろう。君のおかげで僕はいまも生きていられる」
「どういたしまして」
「…それにしてもベドネウラとは。ほんのひとつまみで致死量になる劇薬だ。そうか…僕をそれほどまでに疎んで…」
彼は眉をひそめて目を瞑った。叔父さんから狙われたんだから色々な感情が湧いているだろう。
「国王が叔父さんだっていうけど、仲悪いの?」
「…疎ましく思っているのではないかという素振りを時には感じた。『ウィリアム、君は勇者としての責務に専念し、王位は自分に任せたほうが良い』『自分の娘と結婚すればすべてこの国はうまくいく』と何度か打診されたが断ってきた。…僕の父は前国王だった。現在の国王である叔父は僕の父の異母弟に当たる。10年前に父と母が事故死して、まだ幼かった第一王位継承者である息子の僕ではなく第二位の叔父が臨時に国王になることになった。僕が成人である20歳を迎えたその日に僕に譲位するまではという条件を貴族議会が決めて。僕が成人を迎える前に死亡した場合、叔父は正式に国王となる」
動機は王位か。強い執着を感じる。
ウィルによると高位貴族30人で構成された貴族議会は国の重要な決定を下す際に意見でき、強い権限をもっているそうだ。
貴族議会で過半数の支持を得られなければ国王だろうと勝手な決定は下せない。
暴君が現れた場合に備えた安全装置の役割なのだとか。
王位を正式に手に入れたかった国王はウィルを最初は王位継承権放棄を促したり、娘を使って懐柔しようとしたのだろう。
でもうまくいかなくて亡き者にしようとしたということか。
魔王討伐なんて命を落としても不思議じゃないのだから利用しない手はない。
死亡の経緯は仲間の証言のみで確定させる腹づもりだな。
魔王を倒したが勇者は力尽きた、とでもする予定といったところか。
そういや謁見の間で国王のそばに娘いたな。
そういや王女って言ってた。
父親と同じくこっちを奴隷扱いして見下した目と発言もらってたわ。
『この様な醜女をわたくしのウィルと同行させねばならないとはわたくし耐え難いですわ!なんたらかんたら』とケバいほど濃い化粧した同い年くらいの女がいたわ。
「リンカは、元の世界に帰りたいのかい?」
「うん、でも帰り方がわからない。でも魔王倒したら帰すって話だったけど実際に倒したとしてもあの国王が聞き入れるとは思えないし、約束守るか怪しいと思う。だから自力で帰る手段見つけようかと思ってる」
「…たくましいね」
ウィルは目を丸くしている。
こちらの女性はお淑やかな人が多いようだからこういう考えは珍しいのかもしれない。
「…エルグランは僕たちは当てにできない。それならば伝手を頼りたいが…」
「が?」
「まずは…ここがどこだか把握しよう」
夜も更けてきたため明日に備えて寝ることにして、神聖魔法で結界を張った。
この結界は邪悪な存在を通さないから魔物避けになる。
魔物はいなそうだけど念のため。
旅の間は野宿のたびに張っていたから張らないと落ち着かないのだ。
ちなみに普通の動物は通れる。
野生動物は警戒心強いからまず近寄らないだろうけどあり得なくはない。
ウィルが一晩寝ずの番をするからわたしは寝るようにという。
明日はきっと歩き回ることになるから交代で休もうと言ったのだけど押し切られた。
明日は彼に回復魔法をいっぱいかけようと誓い眠りについた。