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21 嘘つき魔王と異世界救います

この話で第一部終了です。

「ホーリーキュア」



 騎士たちの石化を解いたわたしは彼らに感謝された。そして自分たちの不甲斐なさを悔しそうにしていた。

 石化は初見殺しだからしょうがないと思う。

 気にしないでと言っておいた。


 その石化をさせた本人は気を失い目覚める気配なく地面に横たわっていた。

 メデューサから人に戻った際に裸だったので騎士の一人からマントを借りて体に掛けてある。

 メデューサの正体はまだ10代前半だろう年齢の少女だった。

 ピンクブロンドの胸まである長い髪に、白い裸、顔は目を瞑っていてもわかる可愛らしさ。

 こんな子が魔物に自ら変貌したなんて…



「こいつをどうするつもりだ」


「僕が責任を持つ。連れて行くよ」



 リュシオンが問うとウィルが保護を名乗り出た。



「…まぁ情報は引き出せるかもな。ロンバルディ(うち)に連れ帰る許可はとるけどもお前やリンカちゃんをまた狙うぞ。いいのか」


「それはわかってる。でもせっかく命を助けられたこの子をまた邪神信者たちの元に行かせたくない。それに甘いことを言ってるとは思うけど邪神信者たちの言い分も聞きたい。…知りたいんだ。僕ら一族が見えていなかったものを」



 リュシオンは目を細めたものの何も言わなかった。

 メデューサの少女を騎士の一人がマントに包んで背負い、一行はすぐそこの出口へと進んだ。

 いよいよ出口をくぐり外に出る。

 外は月の輝く満天の星空だった。

 誰からともなく安堵のため息が出た。

 あたりはまだ山の中のようで星空を切り取るように山の輪郭が黒く鎮座している。



「ここはどの辺りだろう。わかるかいフェルディナンド」


「さっぱりだね。こう暗くちゃ位置がよくわからない。まぁ星の並びからしてあっちが北だから…」



 その時、突然立っていられないほどの風が巻き起こった。

 そしてよろけたわたしはさらに目の前に飛弾した火球の爆風に煽られて地面から両足が浮いた。


 火に照らされたウィルはわたしへと手を伸ばしていて、その動きはスローモーションに見えた。

 一瞬、お互いの指先が触れた。

 けれど彼の手はあと少しで掴めない。

 宙に投げ出され、体が落ちてゆく。

 みんなの姿が遠ざかる。

 空が狭まり、周りは暗い壁になる。


 もしかして、わたしは谷に落ちたのか。

 空には火の明るさに照らされたワイバーンが飛ぶ姿が浮かんでいる。

 みんなが崖すれすれにきて叫んでいる。

 危ないからさがって。


 そんな中、黒い影がひとつ谷に落ちてきた。

 小さな点だったそれは徐々に大きくなってわたしに近づいてくる。

 その男はいつも平然としているその顔を真剣なものに変えている。

 そして追いつき手を伸ばしてきた。

 わたしも手を伸ばした。

 彼はその手を掴み力強く握ってわたしの体を引き寄せ二人の体が密着した。

 もう片方の手を腰に回してわたしを抱き締めるとその綺麗な目でわたしの目を見て口を開いた。



「もう大丈夫だ、リンカ」



 わたしはたったそれだけで「あぁ、なにも心配いらないんだ」と安心して意識を手放した。








            *







 目が覚めると知らない天井だった。

 わたしはベッドに寝かされていて室内は薄暗い。 

 顔を横に向ければ離れた壁際のサイドテーブルにに小さな灯りが灯っている。

 ランタンらしきものにあるその灯りはよく見れば浮いてフヨフヨとわずかながら上下に動いている。

 なんだろうあれは。

 この世界の灯りといえばロウソクの火や魔法の『ライト』しか見たことがないのだけれど、あれはどっちでもなさそうだ。ロウソクは立てられてないし、ライトは一定の高さを保って浮くからあんな動きはしない。


 考え事をしたせいかぼんやりしていた頭がはっきりしてきた。

 わたしは谷から落ちたはずだ。


 手を見ても傷ひとつなかった。

 動かしても痛みはない。

 体のどこも痛くなかった。

 わたしはベッドから起き上がった。

 服は聖女の白いローブのままで履いていたブーツはベッド脇の床にきちんと揃えて置いてあった。

 杖もベッドのすぐ横に立てかけてある。


 ベッドから降りてブーツを履いて杖を持ち、歩いてみるものの体におかしなところは感じない。

 睡眠をとったことでむしろ疲れが取れて元気だ。

 体感的に5時間は寝ている。

 窓があるようなので近づいてカーテンを少し開けると朝日が地平線から昇ってくる時だった。

 その朝日に照らされて浮かび上がる建造物をしばらく眺め…カーテンを再び閉めた。

 …見覚えがあった。

 前に見た時は外からだけだったけれど高く聳え立つあの塔や城壁の上にあるドラゴンの像、知っている。

 …確かめよう。

 わたしはなるべく物音を立てないように扉を開け部屋を出た。



 ツルツルとした黒い床石の廊下は慎重に歩いてもコツコツと靴音が響いた。

 黒い床に黒い壁、澱んだ空気、生き物の気配のない静けさ、そしてたどり着いたこの扉。

 あの時とは違い、わたしひとりで大きな漆黒の両扉を押し開けた。

 黒一色のその謁見の間は一歩足を踏み入れるとよく靴音が響いた。

 その広い室内の奥にはいつか見たままの玉座があった。

 ただあのときその玉座にいたこの城の主はいない。



「目が覚めたか」



 後ろにこの城ーー魔王城の主、魔王ことリュシオンが音もなく現れた。

 聖教会にいた時と同じくアメジスト色の瞳がこちらを見下ろしてくる。



「…あれからどうなったの? ウィルたちは?」


「魔王城にいることは驚かないんだな」



 軽く目を見張って魔王が驚いた反応を見せたあと、面白そうに口の端を上げた。



「あいつらは無事だ。お前を火球で吹き飛ばしたワイバーンはすぐに飛び去った。その後は谷に降りようとしていたが道がなく断念したようだ。山を下りてロンバルディに向かって動いている」


「そっか、無事でよかった…」



 彼らは窮地を脱出したようだ。

 ロンバルディ国内に入ったし国まるごと勇者の味方だ。そう敵も襲えないだろう。

 とりあえず心配はいらなそうだ。

 谷のこともわたしを探してくれようとしたのだろうけど、リュシオンが飛び込んだからひとまず大丈夫だと判断したんだろう。

 あとでどうにか無事を知らせたい。

 しかしまさか出口でワイバーンに襲われるとは思わなかった。

 あれも邪神信者がけしかけたのかな。



「お前が気を失った後、転移の術でこの城まで飛んだ。お前を寝台に寝かせたのが日付が変わる頃、今は夜明けだ」



 自らわたしをベッドに運んでくれたようだ。

 上掛けをかけてくれたり靴もきれいに揃えて置いてくれたりしてくれた姿を想像するとなんともいえないむず痒さがある。



「…助けてくれてありがとう」


「礼はいい。その代わり少々俺につきあってもらおう。見せたいものがある」



 彼はわたしを追い越し謁見の間を「ついて来い」と先導して進みはじめ、わたしはその後ろをついて行く。

 謁見の間を突き進み以前魔王討伐で対峙した時よりも玉座に近づいていく。

 この部屋自体もこの城で一番濃密な瘴気で満たされていたけれど、近づいて行くほどにさらに濃く重苦しくなっていく。

 そうして近づいて玉座の後方に魔法による隔離された空間があることに気がついた。

 濃い瘴気が覆い隠していてしかも薄暗いのもあり気づかなかったようだ。

 その空間まで辿り着き覗き込むと一人の人物が横たわり目を瞑っていた。

 その容貌は、ここまで案内した男に瓜二つだった。



「これが俺の本体で、その中には邪神が封印されている。今動いているこの俺は魔法で作り出した仮初の体だ。そして本体のいるこの空間を隔離しているのが『女神エールヒルデ』の結界だ」


「これが…ずいぶん小さいね」



 女神が張ったという結界は畳2つ分、大人の男性が3人も横になればいっぱいという程度の広さしかない。それが円形のドーム型に男を中心に広がっている。

 わたしが使う聖女の結界よりも小さい。



「1000年前はこの城全体に広がる大きさだったが、崩壊が進みここまで縮んだ」



 城ひとつ分からここまで小さく…あきらかな変化に危機を感じる。

 よく見るとこの空間も少し歪で不安定そうだ。



「お前、元の世界に帰る手段は見つかったのか?」


「…まだ」



 唐突な質問だけど正直に答えた。



「なら帰る手段が見つかるまでここに住め」


「は!?」



 住め? 魔王城に??



「衣食住は提供する。望みがあればできる限り叶えよう。そして邪神の信者もここまで手は伸ばせない。身の危険もなく安全だ」



 あ、いいなそれ。

 安全な環境はとても欲しい。



「だから俺に協力しろ。お前のその聖女の力を使って俺を助けろ」



 驚いてまじまじと相手の顔を見た。

 真顔で冗談を言ってる顔ではない。

 真剣だ。



「俺はむざむざ邪神に復活されて滅びるなどごめんだ。足掻(あが)いてやる。だからやれることは試したい。今まで色々手を打ったがうまくいかなかった。だが聖女であるお前の協力があれば起死回生になるかもしれん」



 この人は諦めていない。

 世界が彼を魔王として裏切っても、封印がぼろぼろで刻一刻とタイムリミットが迫っていても、意地でもきっと最後まで。



 この気持ちは感動とか絆されたとか色々あるんだろうけれど、ただ彼の力になりたいと思った。

 本当はきっと教皇の話を聞いてから心は決まっていたんだろう。

 わたしは彼に体ごと向き合った。

 かつて魔王討伐のためにきた魔王城の謁見の間という場。

 ここでするのがちょっとおかしく思いながらわたしは右手を差し出した。



「よろしく、魔王。お世話になります」


「ああ、よろしく頼む、聖女様」



 わたしたちは笑顔で握手をした。

 こうしてわたしの魔王城での生活が始まった。











第一部 おわり


第二部に続きます。

また第二部からタイトルを変えます。


『魔王城での聖女生活~異世界に聖女として呼ばれましたが実は世界を守ってた魔王を聖女の力で助けます~』


となります。

第二部もどうぞよろしくお願いします。


お読みいただきありがとうございます!

本文の最後にあるとおり、第二部からタイトル名を変えます。

今後もよろしくお願いします。

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