20 待ち受ける者
戦闘回です。
わたしたちは洞窟内を出口を目指して無言で走る。
聖教会本部に残してきたロンバルディのみんなは大丈夫だろうか。
向こうも襲撃を受けているかもしれない。
侍女のアンナさんや従者のリーノは戦えないだろうし、ロンバルディの騎士だって少ない。
教皇がたぶん手を打って護衛をつけてくれてるんだろうけど心配だ。
それにウィルの様子も心配だ。
神話を聞いてかなり動揺していたけれど、教皇に逃がされてからとても話しかけられる雰囲気じゃない。
常識がひっくり返ったんだから無理もないだろうけれどなんだか思い詰めているように見える。
世界の真実を知らなかったことや、魔王の正体を知らずに戦おうとしたこと。
そのことで自分を責めているような気がする。
フェルも時々ウィルに視線を向けている。
わたしと同じく心配しているのだろう。
ここを抜けたらロンバルディ王国に出るわけだけれどわたしたちはどう動いたらいいだろう。
身を寄せる先としては……聖教会はこんな状態だからしばらく近寄らない方がいいだろう。危険だ。
かといってロンバルディ王国にお世話になるにしてもウィルとわたしの居場所が邪神信者にバレてしまったから迷惑をかけてしまう。
そして、わたしはどうしたいか、だ。
前はただ「元の世界に帰りたい」だけだった。
でも教皇の話を聞いてから気持ちが揺らいでいる。
理不尽な扱いをされてこの世界に腹を立てていたけれど、もっと理不尽な扱いをされている人がいた。
それでもみんなのためにがんばっている。
それを「ほっとくのか」。
「出口だ」
前方を走る騎士の誰かの呟きが聞こえて目を向けると光がポツンと見える。
言葉通り洞窟の出口だろう。
ほっと息をついたけど後ろのリュシオンが鋭い声で「誰かいる」と発してみんなが足を止めた。
火の光を逆光にして白いローブの人物が一人立っていた。
「勇者、聖女、『創造神ゲオルギウス』様の障害となるお前たちをここで排除する」
意外にもその声は高く、まだ子供か女性の様に思えた。
その言葉を口にした人物の小さな手には、黒い球体が乗っていた。しかし完全な球体ではなく少し欠けている。
「精霊昌…じゃなくて昌石?」
精霊昌の抜け殻、昌石。
その欠けたものは女神ウララの祭壇のあった森にいたオルトロスが飲み込んでいた。
あの時のものより小さくて色も真っ黒だけどたぶん同じものだ。
あの時のものと同じという確信はあの中に瘴気を感じるからだ。
ウィルがしてくれた話を思い出した。
『精霊昌の内包するその精霊力は時間経過や、内包した力を使い切ればなくなってしまう。そうするとただの透明な石、昌石になる。そして昌石はビビ割れたり欠けたりして壊れると機能が変わる』
『変わる? どうなるの?』
『こんどは周囲にある精霊力や魔力などの力を吸収して溜め込んでしまう。これは瘴気を取り込んだんだろう。この辺りは瘴気は薄いけれど長い年月をかけて溜め込んだ。そして瘴気を宿しているものを飲み込むと生き物はそれから瘴気を取り込んでしまう。弱い動物、たとえネズミだろうと強力な魔物に変化する』
ローブの人物は手にしたそれを自分の胸に押し当てた。すると欠けた昌石は体に沈んでいった。
「何!?」
「自らの体に取り込んだ!?」
白ローブは悶え苦しみ出した。
体を捻り痛みでもあるのか唸り声を上げていたがその体がその内から出た黒い靄に包まれていく。
黒い靄はその全身を覆い膨らんでいく。
背中がぞわぞわとする。
みんなもその嫌な気配を察知したようで武器を構える。
そして黒い靄が霧散してそれは現れた。
人の形をしたそれは長いピンクブロンドを波うたせ、全身が青白い肌……ではなく青白い金属に覆われている。
その全体は見えないけれど背中には鳥のような黄金の翼が生えているようだ。
そして甘さのある美しい顔立ちのその眼はーーー
「メデューサだ! 目を見るな!」
リュシオンが警戒の声を上げて慌てて視線を外した。
危ないところだった。
一足遅かった騎士全員が石化してしまっていた。
メデューサ。
それは髪が蛇で目を見ると石化してしまう魔物。
波打っているように見えた髪は蛇だったのだろう。
…人が魔物になった。
衝撃的な光景だった。
可能性としてはあり得た話だ。
魔族は人が瘴気の影響でなったんじゃないか、なんて仮説も話し合った。
自ら瘴気入りの昌石を取り込んだ目の前の本人は、人間を捨ててまで魔物になった。
そこまでして叶えたい願いが勇者と聖女の抹殺で、世界の滅亡なのかと思うとやるせなかった。
「リンカ! 辛いだろうけど戦おう」
「…いけるか? 無理なようならさがっていろ」
ウィルと、リュシオンが声を掛けてくる。
そうだ戦わないとやられてしまう。
まだ動揺していたけれど気持ちを切り替えて目の前の相手を考えた。
RPGゲームでは石化防止のアイテムを飲んだり身に付けたりしていたけれどこの世界にはそういうものはなかった。
状態防止の魔法はあるけれどそれは神官の魔法でこの中にはいない。
わたしの神聖魔法はかかった後に解除はできるけど予防はできない。
つまり石化は予防はできないけど、もしそうなったらわたしが解除できる。
わたしさえ石化しなければ全滅はしない。
ただ目を視界に入れずに倒すのは相当難しいはずだからどうしたものか。
神話だと盾に映った敵の姿で居場所を把握して倒したとかだったかな。
でも残ったメンバーは誰も盾をもっていない。
アニメやラノベなんかだとどうやって倒したっけ……思い出せない。
でもとりあえずは騎士たちの石化を解除しておこう。
「ホーリー…」
唱えようとしたらメデューサが翼をはためかせこちらに急接近してきて中断させられてしまう。
リュシオンはわたしの腰に左腕を回し、抱えて横に跳んだ。
でもメデューサは方向転換してこちらを追いかけてきた。
もしかしてワイバーンの時のようにわたしを標的にしている?
それを背後からウィルが攻勢をかけようとするもののメデューサは背後を振り向いたため彼は慌てて顔を背ける。
その奥の方では距離を取ったところでフェルが何か魔法を唱えている。
メデューサの意識がウィルに向いたそのタイミングでリュシオンから魔力の流れを感じた。
そして間髪入れず無詠唱で魔法を放った。
前触れなく現れた巨大な柱のような氷は5本。
その全てがメデューサに直撃した。
無詠唱で魔法を使うことは不可能、歴史上誰もできていないと聖女講座で教わった。
なのにいまそれをやってのけた男は涼しい顔で平然としている。なんてことないように。
格が違う。
邪神を自らの体に封印したと聞いて人間にできるのかとちょっと疑問に思っていた。
なんてことはない。
彼は魔法にとんでもなく長けた天才なのだろう。
この魔法の才能、ある意味で魔王と呼ばれるにふさわしい。
そしてあの氷の魔法の巨大さ。
これは敵にかなりのダメージのはず。
メデューサの顔を見ないように足元から視線を徐々に上げていくと青白い肌…金属らしいものがヒビが走りポロポロと落ちている。
さながらメッキが剥がれるように表層だけが。
その下から見える肌は人間の皮膚の色だった。
「そうか、まだ魔物化が不完全なんだ! 瘴気が体に馴染みきってないんだろう。これならまだ人に戻せるはずだ!」
人に戻す。
考えてもみなかったけどできるようなら試したい。
「どうする?」
「剣で斬ったら殺してしまう。僕らで動きを止めよう。そこをリンカが神聖魔法で瘴気を払ってくれ」
「わかった」
意外にもリュシオンがウィルに方針を尋ねてわたしが止め担当になった。
フェルはどうした、と思ったらさっき唱えていた魔法が完成したようだ。
「癒しの祝福」
暖かい光に一瞬包まれて体にうっすら膜ができた感覚がする。
「これで一回は石化が防げるはずだよ」
フェルが親指を立てていい笑顔で言ってくる。
わたしたち全員に掛けたようだ。
でもあれは神官が使う魔法のはずなので彼は神官ということになる。チャラいキャラと合わない。
「いくぞ」
リュシオンが再び氷の柱を無詠唱で複数出し相手に飛ばす。そこにウィルが走り出す。
メデューサは氷を避けながら洞窟の壁側に下がっていく。
「緑の戒め」
またフェルが魔法を使ったようでメデューサの足元から草の蔓が伸びてきて体に巻きついた。
メデューサはもがくもののふり解けないのか身動きがとれなくなった。
洞窟内に植物が生えるとは思わず目を見張る。
「リンカ!」
ウィルの声に応えて神聖魔法を放つ。
メデューサはウィルを睨みつけた。
目が合ったのだろう。
ウィルを覆っていた石化防止のフェルの魔法が消えた。
「ホーリージャベリン!」
槍型の光輝く魔法は勢いよくメデューサの胸に当たり、全身を覆う青白い表層部分が弾け飛ぶ。
そこに右の手のひらに光の魔力を纏わせたウィルが駆け込みメデューサの胸に自分の右手を叩き込んだ。
「人に戻れ!」
硬いものが砕ける音がした。
メデューサから昌石のバラバラになった透明な破片が飛び散った。
メデューサだったものはその異形の姿を変貌させ、愛らしい人間の少女の姿になってくずおれた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
あと1話で第一部が終わりまして、そのあと第二部に入ります。




