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19 魔王の誕生

今回も世界の核心に触れるお話となっております。

 空気が張り詰めていた。

 みんなが口を開こうとして、ためらっている。

 初代勇者の親友と同じ名前、同じ特徴の容姿の男、リュシオン。


 「1000年前の勇者の親友リュシオンとはあなたなのか」、と。


 本人ならば、その身のうちに、目の前に邪神がいる。

 しかし、封印されたはずの人物がなぜここに、と。



「邪神の信者はその後どうした?」



 張り詰めた空気の中、リュシオンは話の続きを促した。

 …そうだ、そもそも邪神の信者について説明を受けていたのだった。

 気になるけれど語りを再開して歩み出した教皇にわたしたちはついて行く。



「…邪神を封印したのち、『ゲオルギウス』を信仰していた者たちは二つの意見に割れました。片方は"守られた世界を守ろう"と考えました。片方は"ゲオルギウスの希望のままに世界を滅ぼすべきだ"と考えました。前者の勢力が覇権を握り、後者の勢力を危険視し抹殺しました。しかし生き残りがいたようです。水面下で後者の勢力は密かに組織化して今も虎視眈々と目的を果たそうとしているのです」



「その前者が現在の聖教会、後者が邪神を信仰してる襲撃者ってことか。なるほど、だから聖女のリンカちゃんが邪魔なのか」



 「邪神の目的の障害で天敵だからね」とフェルが納得したように頷いている。

 とくに聖女は瘴気に対しての特化型だ。

 魔物相手ならともかく人間相手では戦闘能力がほとんどない。

 防御の結界は魔物には効いても人間は素通りできる。瘴気をもつほど内に悪どいものを持っていなければと注釈がつくけれど。

 せいぜいが攻撃魔法をぶつけて気絶させるくらい。

 だから勇者より殺しやすいと考えて優先して襲ったんだろう。

 そして聖女を始末したあかつきにはきっと次は勇者の番だ。



「…前者の者たちは、現在の聖教会を造った。ならばなぜ邪神のことを何も伝えていないのです。そして『創造神アウレリア』とは何者なのですか?」



 ウィルと同じくわたしも『創造神アウレリア』は疑問だった。

 創造神は邪神に堕ちたゲオルギウスだ。



「創造神が邪神となった。それは荒廃した世界で疲弊していた人々にはあまりに酷でした。だから新たな『創造神アウレリア』という架空の神を据えて人々の荒んだ心を安定させることにしたのです」



 『創造神アウレリア』は実在しない。

 みんなそれを知らないで架空の神様を信じている。

 それは当時の人たちの心の穴は埋めて救ったかもしれない。

 だけど今の人たちが真実を知ったならそれは心に絶望を与えてしまうのではないだろうか。

 


「そして嘘に嘘を重ねました。そもそも世界を滅亡させようとしたのは『魔王』という生まれながらの悪であった、と。神が堕ちて邪神になったことをなかったことにしたのです。例え嘘であろうとも、誰かを救える嘘はある、そう考え当時の聖教会は歴史を書き換えたそうです」



 嘘で嘘を塗り固めて、本当の歴史を、世界を救った英雄を歴史の闇に葬った。

 みんな呆然とした顔をしていた。

 あまりのことに事態をすんなりと受け入れられない。



「…しかし想定外のことが起きました」



 話はなおも続く。

 この上まだ何かあったのか。

 教皇は地下洞窟の暗い空を仰ぎ見た。



「邪神を封印し世界は救われました。しかしその平和はたった200年で終わりを告げました。… 『女神エールヒルデ』の施した封印が損傷し邪神が復活しそうになったのです」


「たった200年で…」


「なんでだ…女神が命をかけた封印だろう?」



 ウィルとフェルが問いかける。



「邪神自身の放つ瘴気があまりに強く、封印の内側から蝕んでいたのです。このままでは邪神が復活してしまう。勇者一族はすぐに気づきました。異世界の神もまた『聖女』を遣わしてくださった。協力してくれる仲間も集まりました。かくして『魔王討伐』が行われました」


「待ってください! なぜ『魔王討伐』なのですか。それは作り話だったのでしょう。実際は『邪神の復活阻止』ではないですか!」



 嘘の歴史をまた重ねた行いにウィルは悲鳴を上げるように非難した。



「人々は嘘の歴史を信じきっていました。聖教会は『魔王が復活した』と公表しました。人々に邪神の話を勇者一族が説明しても信じてはもらえず、聖教会に訂正を願っても聞き入れられはしませんでした。勇者は表向き魔王討伐として行動することになってしまいました」


「…リュシオン本人はどうしたのです。封印が解けかけて意識はあったのでしょう?」


「かの御方は意識が戻り体も自由に動かせるようになっておられました。身の内に邪神を留めたまま封印の地にて勇者一行を待っていた。しかして勇者一行が『魔王討伐に来た』。…かの御方は事態を察したのです。『自分が魔王だ。世界を救いたければ自分の心臓を剣で貫き殺すがいい』と、そう自ら魔王を名乗り胸に剣を受けたそうです。そうして弱体化した邪神ごと再びリュシオン様は女神の残した封印の影響を受け眠りにつきました」


 

 それは初代勇者アーサーが親友ごと邪神を封印した手順と同じ。

 封印は勇者と聖女の力で邪神を弱体化させなければ成功しなかった。

 その状況さえ再現できればいいと、そのためにとった芝居。

 魔王に仕立て上げられて歴史の闇に葬られた英雄。

 彼は事態を察し感情全てを飲み込み、邪神の復活阻止のために動いた。



「壊れかけた封印はまだ効力が残っていたので再封印はできました。しかし『女神エールヒルデ』の壊れかけた封印の修復はできませんでした。人間には手のつけられない高度な魔法陣だったのです。だから邪神を弱体化させるため、器であるお方ごと討つ。そして再び邪神の力が回復して目覚めるまでの間だけでも平和を享受する。そう延命措置をとり、目覚めるたびに魔王討伐を繰り返し、それが現在まで続いています」



 それが『魔王討伐』の真実。



「しかし…」


「ウインドブレード」


「伏せろ!」



 静かな術の詠唱が洞窟内に響き、わたしの頭を手のひらで抑えつけたたリュシオンの声に全員地に身を伏せた。

 風が強く吹きぬけて髪が乱される。

 洞窟の壁に風魔法が大きな音を立ててぶつかり、硬い岩石が落下する音がした。



「そして、修復されなかった封印は徐々に崩壊が進み続け近々完全に壊れる。その時『創造神ゲオルギウス』様は復活される。我らの真の神が1000年の悲願を叶え世界を滅ぼすのだ」


「追いつかれたようだな」



 わたしたち一行の後ろに新たな集団が現れていた。

 


「その障害となる勇者と聖女は排除する」



 白いローブの神職の男は高らかに宣言すると、自身を取り巻く黒装束や黒いローブを着た者たちをけしかけた。



「ここは我らが! お下がりください!」



 ミハイルさんたち聖騎士が後方に駆け反対に後方にいたロンバルディの騎士たちと入れ替わった。

 後方に素早い動きで迫る黒装束たちを聖騎士たちが迎えるべく各々武器を構える。

 その聖騎士たちに向けて敵の黒ローブが火の攻撃魔法を放つ。

 しかしそれは水の障壁の魔法によってすべて防がれる。

 水の障壁の消えたそこに黒装束が突っ込み聖騎士たちと切り結ぶ。



「そこな白ローブ、貴殿はトライデン枢機卿か。邪神信仰者だったとはな」



 トライデンと呼ばれた白ローブは神職者が身につけている色付きのストラは着けずに、ローブの胸部分に刺繍された金色の邪神の紋章を見せつけていた。

 枢機卿ってことはかなり高位の神官で委員会にいる立場。

 そんな上層部にも邪神の信者がいるとは根の深さは相当だ。

 この隠し通路も上層部しか知らないと説明されたのだけど枢機卿なら知っていただろう。

 それにこんなに早く気づいて追ってくるなんてわたしたちの動向を逐一把握できる近いところにも仲間がいるってことだ。

 気がついていないだけで色々なところに信者はいるのかもしれない。



「ゲオルギウス様を邪神などと愚弄するな! 人々を欺いている貴様ら聖教会こそが邪悪な存在だ! ゲオルギウス様こそが正しくその有り様を認めない者たちが間違っていると言うのになぜわからんのだ!」


「確かに聖教会は人々に嘘をついてきました。その点についてはわたしも正しいとは言えません。しかしかの神が望むからと諾々と追従し滅亡を望む者に正しい正しくないと非難されるいわれはない。世界を存続させるためならわたしは世界中から悪と罵られようとそなたら邪神信仰者すべてを排除する」



 教皇は強い眼差しでわたしたちを見た。



「この場はわたくしども聖教会の者で抑えます。みなさまは隠し通路を使いお早くお逃げください。そして勇者ウィリアム様、聖女リンカ様、…このような形でではありますがお二人に世界の真実をお伝えできて良かったと思っております。どうか、どうか、…この世界を見捨てないでください」



 彼は深く深く頭を下げた。

 この人は世界に嘘をついた聖教会を本心では間違っていると思っていて、それでも今ある世界を守るために覚悟を持ってしている。

 やり方はどうかとは思うけれど、この人はこの人で世界のために一生懸命なのだろう。そう感じた。



「…みんな行こう。教皇様、ご武運を。またお会いしましょう」



 ウィルが軽く頭を下げてみんなを促し走り出した。フェルもまた頭を下げて走り出す。

 「お世話になりました」とわたしも伝えて後を追うとリュシオンが無言で背を守る位置でついてきてくれる。

 教皇はリュシオンに何も言わず頭を下げたまま見送った。

 その背中が洞窟内の暗さによって見えなくなるまで。


お読みいただいてありがとうございます。

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