113 リビングデッド
間が空いてしまいすみません。
お待たせしました。
「とんでもないことしてくれるね。君、ほんとに人間?」
困った顔をしたイェフは自身の回復に必要な瘴気をなくしたというのにまだ余裕があるように見える。まだ彼の力はつまびらかにされていない。回復手段を絶ってもわたしたちに負けない自信があるのだろう。
「まだ人を捨てたつもりはない」
答えた魔王が炎の魔法を無詠唱でイェフに放った。速い。流れ星の様に一筋の尾を引いて一直線にイェフに向かった。
しかし高速の炎の魔法をイェフは横に移動して避けた。回復手段を失ったため当たるわけにいかなくなったようだ。
「素直に倒されれば苦しまずに楽にしてやるが?」
「それ悪役のセリフじゃない? 素直に聞く気にはならないな」
魔王は次々に炎の魔法を飛ばし、イェフは走りながら避け続ける。攻撃は当たっていないからダメージはないだろうけれど体力は削られているはず。このままではいずれ倒される未来が待っている。でもこのままで終わる様には思えない。魔王も考えは同じのようだ。
「貴様、何を狙っている?」
「こういうことだよ!」
イェフは手を翳した。その先には邪神信仰の騎士たちが横たわっている。
「僕の役に立てることを喜びなよ」
彼は手のひらから瘴気を放出し、騎士だった骸たちに吸い込まれていく。するとガシャガシャと鎧の擦れる音を鳴らし、死せる騎士たちが身を起こし立ち上がった。その姿勢は傾いでいて強制的に動かされた人形のようであり自意識や生気を感じない。不気味さに鳥肌が立つ。
「リビングデッドか。死体を瘴気で動ける人形にしたようだが、それをどうする? 俺たちにはそんなもの何の脅威にもならん」
「そうだろうね。でも戦えない者にとっては恐怖の対象だ。だから」
リビングデッドたちの囲む様に床に魔法陣が浮かび上がった。これはもはや見慣れた転移の魔法陣だとすぐに分かった。
「上にある街中にこれが現れて暴れたらどれほどの恐怖の感情を生むだろうね」
「! つまり瘴気を発生させ自らが取り込む算段か」
「なんだと!?」
テオドール王子が血相を変えシャルロッテ王女が小さく悲鳴を上げた。
阻止しようと魔王と四天王の3人が魔法を放つ、あるいは駆けつけようとするも魔法陣は発動し、リビングデッドたちは姿を消した。ひと足遅かった…!
「ガエル、機動力のあるお前と魔獣たちで街に跳びリビングデッドを殲滅しろ」
「御意!」
魔王がすぐさま転移の魔法陣を展開しガエルが呼んでいたフェンリル2体、スレイプニル、グリフォンと共に魔法陣に飛び込み姿を消した。
「がはぁっ!? 神子さ、ま?」
今度は悲鳴が上がりそちらを向けば神官のクイールの腹にイェフが手をめり込ませていた。クイールはまだ息があった様だ。回復させる気だろうか。
「君も最期の餞に使ってあげよう。嬉しいだろう?」
イェフは手を引き抜くと数歩後ろに下がった。クイールは手足をバタバタと動かしもがき苦しみ助けを求めるように腕を伸ばした。その先にはメトセラール公爵がいる。
「ブラーム兄さん、兄」
彼は裏切り者と罵り、畏怖と妬みを長年抱いていた従兄に窮地に手を伸ばした。助けを求めるかのように。邪神への信仰が深かった身で神子に使われたならば喜びそうな物だったがどういう心境だったのか。ブラーム・メトセラールにはついぞ分からなかった。
そこで言葉は途切れ、腹から湧き出た瘴気が全身を包んだ。
ここで我に帰った。今なら浄化が間に合い止められると神聖魔法を使おうと魔力を練った。
「あ…!」
わたしはめまいがして倒れかけ、腕を突っ張りなんとか上半身を支えた。そこにテオドール王子がわたしの肩を起こし抱き止めてくれる。
「どうしたリンカ嬢!」
「…魔力の枯渇状態ね。街一つ地脈ごと浄化したのだもの、無理もないわ。魔力をこれ以上使っては命の危険があるでしょう」
かなり魔力を使った自覚はあったものの限界だったか。自分で自分のキャパシティがわかっていなかったようだ。いまこの浄化が間に合うはずだったタイミングに力尽きたことを悔しく思った。
「リンカ、休んでいろ。俺たちで相手どる」
「そうそう、僕たち強いからリンカちゃんは特等席で見学してて」
わたしとテオドール王子、女神様の前にヴラドが立った。クイールからわたしたちを守る様な立ち位置に。そしてクイールだったものに剣を一閃したゲーデがさらにヴラドの前に構えた。
「胴を切ったけど再生した。まとう瘴気が濃いから手強いかもしれない」
「神子サマ謹製だからそこらの魔物とは違うということかな。いいね、僕たちもそこらの者ではないからおあつらえ向きだ」
そうして瘴気が消え現れたのは一人の男性。一見すると魔物ではない。けれどその人型が内包する瘴気は凝縮されており、それは非常に強い魔物だと聖女の目をもって理解した。
「は…? 冗談でしょう?」
ヴラドの乾いた声が響いた。酷く動揺しているのがその身体の震えから伝わってくる。こんな彼は初めて見る。どうしたというのだろう。
「君はとっくに死んでいるはずだろう、ゲーデ」
ヴラドが呼んだその名は、今も四天王の彼が継いでいる。そして今もこの場にいる。ならば目の前に現れたこの男性はーー
「お父さん…?」
右眼に眼帯をつけた四天王のゲーデは、目の前に現れた男性をそう呼んだ。
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