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110 不死身の神子

お待たせしました。

予想外な提案にみんな動きを止めていた。こちらは倒す気でこの神子を追っていたというのに彼はこちらの考えがわからないのだろうか。一番に切り返したのは魔王だった。



「笑えん冗談だ。俺たちは貴様を倒しに来た。交渉の余地があるとでも?」

「そっちの都合はどうでもいいかな。僕はついさっき手駒を失ったから新しい手駒が欲しい。君たちは強い。ばらつきはあるけど。頭も悪くなさそう。そこに転がっているのよりずっと使えそうだ」

「断る。手駒として使い捨てるのがわかりきっているのに配下になるはずがないだろう」

「そっか、残念。配下になったらお姉さんとも一緒にいられたのに」



わたしをみてにこにこしているイェフが考えていることがわからない。本気なのか(たわむ)れなのか。



「ーーそもそも、貴様世界を滅ぼすと抜かしたな。この俺の前でよくもまあ言ってくれる。生かしておくわけにはいかん」

「はは、怒ったの? そうだよ。僕は世界を滅ぼす。お父様の望みを叶えるんだ! 絶望と憎しみの底にいながら身動きできないお父様の代行者として世界と、生きとし生ける者たちをみんなみんな殺しまわるんだ!」



両手を広げ、高らかに宣言する彼の姿は狂気と純粋さが同居した危うさを感じた。



「だからね、配下にならないならお前が一番邪魔。怒れるお父様を捕えて自由を奪った大罪人。そしてお父様の望みを妨害し続けているお前だよ、リュシオン」



イェフはうっすらと笑い、魔王の名を呼んだ。彼が何者かわかっているんだ。ならわたしたちが何者なのかもわかっている。なら、どうして…



「はっ、俺が誰かわかっていたなら配下になると答えたところで殺す気だったろうに」

「配下になると答えたら苦しめて殺してあげたよ。でも僕の誘いを断ったからもうそんな優しく終わりにしてあげない。もっともっと、いっそ殺してくれとすがりたくなるくらい苦しめてあげる。ふふふ、あははっ」



イェフはそれは楽しそうに声を上げて笑った。狂ったかのようなその姿に背中を悪寒が走り恐ろしくなった。

しかしその笑い声を切り裂くように3つの影が躍り出た。

一人は剣を横なぎに一閃し胸元を切り裂いた。

一人は剣で斬られよろめいた隙に長い脚を脳天に叩き込み石造りの床を対象ごと陥没させた。

一人は跨るグリフォンの鉤爪で身体を上下に引き裂いた。ゲーデ、ヴラド、ガエルが一撃を入れたのだ。

明らかに致命症な傷を負ったイェフ。しかしそれでも彼はその場に崩れ落ちることなく平然とその場に立っていた。

少し距離をとり三人は構えを崩さない。



「やっぱり手ごたえがない」

「僕の蹴りの一撃はベヒーモスも粉砕するんだけどねぇ」

「俺様のグリフォンの鉤爪とてそうだ! 二つにされても死なんとは、幻影か?」

「いえ、物理的な感触はありました。それに二つには別れましたが、瞬時に再生したと見受けられます」

「ヴラドの目に見えたなら確かだ。腹立たしいけど動体視力はいいから」

「酷くないです?」



軽口を叩きながら意見交換をし敵の弱点を探っているようだ。



「回復速度、あるいは再生能力だかが段違いなわけか? ならば」

「「「これならどうだ」」」



三人の姿が消えたと思うとイェフを中心に突風が吹いてきた。続いて激しい斬撃、打撃音、鷹の鋭く高い鳴き声が聞こえた。まさか、三人は高速でイェフに攻撃を加えているのだろうか。その周辺の床はヒビ割れ土煙が舞った。激しい一方的な戦いは突如途切れた。三人が一斉にその場を離れたのだ。直後、その場に黒い(もや)、瘴気が発生した。その中心にはイェフ。



「痛いなぁ、3対1とか卑怯でしょ」



イェフは颯爽と服の裂け目から覗く全身の傷口を晒しながら歩いてくる。その傷口は瘴気が流れ込みたちまちに塞がりすぐに滑らかな肌になった。瞬き一つの間に傷の面影はなくなっていた。



「…俺様たちも人外な自覚はあるが、次元が違うな」

「瘴気で回復は魔獣も魔族もしますが、こんな速度では不可能ですね…」

「回復が早すぎる。致命症を与えても死ぬ前に回復する。これはもう、不死身」



息を呑んだ。

そんなことって…どうしたらいいのだろう…



「女神アールストゥ様!」

「!」



テオドール王子の声に我に返り、わたしは女神アールストゥ様とテオドールのところに向かった。




               *




俺は女神アールストゥの元に駆け寄りその身を抱き起こした。女神の体に温かみは感じない。人の身体とは違い血液は流れていなくて体温はないようだ。呼吸もまたしないのだろう。胸の上下は見受けられない。顔を見るとまぶたを閉じており、この姿だけでは眠っているのか死んでいるのかも見分けがつかない。だがきっとまだ無事なはずと思い声をかけかた。



「女神様、女神アールストゥ様! しっかり、お気を確かに」



何度も呼びかけ、肩も叩いた。すると閉ざされていたまぶたが上がり、エメラルド色に輝く瞳が現れた。宙をさまよった瞳はテオドールの顔に焦点を結び目を見張った。



「テオ、ドール…」

「はい、俺です! 妹も無事です! お加減はどうでしょうか?」



女神はそれを聞き安堵のため息をついた。



「シャルロッテを助けに来てくれてありがとう、テオドール」

「間違えています、あなたも助けにきました」



女神はキョトンとすると嬉しそうに笑んだ。



「そうだったわね、ありがとう。うれしいわ。くすぐったい気持ち。ああ、それに彼女たちも来てくれたのね」



目で見なくともわかるようだ。彼女たちとはリンカたちのことだろう。自分のいる地下神殿に来てほしいと言っていた。



「ええ、一緒にあなたとシャルを助けに来てくれました。彼女に回復魔法を…」

「女神アールストゥ様、わたしに回復魔法をかけさせてくださいっ」



駆け寄ってきたリンカ嬢がすぐに診てくれようとするも女神が待ったをかけた。



「いいえ、いけません。神子に対抗できるのはリンカ様、貴女だけよ。そして対処できるのも。わたしに力を割かせるわけにいかないからそれは駄目」

「いえ、でも…」

「いいの。それより聞いて、リンカ様。貴女はご自分の力を活かしきれていない。違って?」

「あ、はい。そう思います。…わたしは」



そこでわたしは言い淀んだ。自分が聖女だと名乗ることにためらった。テオドール王子がいたから。まだ正体をはっきり告げていなかったから。彼も察していても追及しないでいてくれたから。

でも、はぐらかすのはずるい行為だと今気づいた。

彼のことは信用できると思ったのに、信用してくれている彼に自分の都合で誤魔化すのは裏切りだと思った。だから正直になろうと口を開いた。



「わたしは、聖女の力を扱いきれていません」

「リンカ嬢…」



テオドール王子が驚いた後、グッと口を引き結び笑みを浮かべた。わたしの気持ちは伝わったようだ。

その様子に女神は微笑ましいとばかりの瞳を向けた。



「ええ、そうね、人の身には強大な力だから無理もないわ。でもわたしは聖女の力の一端の使い方を貴女にお教えできると思いますの」


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