109 イェフの提案
お待たせしました。
わたしに親しみを抱いてくれたただの少年だと思っていた。見た目は別れた時と変わらず幼さを感じるはにかんだような笑顔。そのさっきと変わらない態度がこの状況では違和感があまりに大きい。
「あなたが、"神子"。城の使用人じゃなかったんだね…」
「なんだって? 使用人? うちの城は未成年の使用人は雇っていないぞ!」
「君は面識があるのか? いつ、どこで?」
テオドール王子とメトセラール公爵がわたしの言葉に反応した。そういえば城内でもヴラドのはべらした使用人の中にも子どもはいなかった。そもそも居るはずのない存在だったようだ。
でも公爵の発言は妙だった。彼は神子に会っている。
「公爵様、王妃様の部屋にカサンドラさんと入った時、そこで会っていますよ…」
「それを知りうるならばあの部屋に侵入したのは貴殿らか。なるほど。しかし、神子と会っている…? わからん」
記憶を探るように一点を見つめる公爵は嘘を言っているようには見えない。本当にわからないようだ。
「まさか、記憶を消されてる?」
「あるいは認識できないようにしているかだな。10年、この城に潜伏し正体に気づかれないなどそうでもしなければ難しい」
魔王がわたしを背に庇うように一歩前に立った。わたしと"イェフ"の視線は遮られ魔王が彼と対峙した。イェフは拗ねたような表情を浮かべるも仕方なさそうに答えた。
「どっちも正解。みんな僕を認識できない。すれ違いに当たらないよう避けようとかはするけど、僕がどこの誰か考えることはできない。そして仮に会話をしたとしてもその言動を忘れてしまう。そう僕を構成したんだ。うまくやっただろう?」
「チィっ」
構成? 引っかかったけれど舌打ちに注意が行った。テオドール王子とメトセラール公爵が悔しげな顔を浮かべていた。ずっと目先に居たというのにわからなかったのだから無理もない。
「けど、君たちには効かないみたいだ。もう、こんなの初めてで困ったよ。けど、ふふふ、うれしくなっちゃった」
「うれしい?」
疑問が口をついて出ればイェフはキラキラと目を輝かせた。
「僕の力を跳ね除けられる力のある存在は初めて会うよ。面白いなぁ。どのくらい楽しめるかな?」
その反応に新しいおもちゃを与えられた幼い子どもが浮かんだ。背中がゾッとした。これからこの少年は遊ぼうとしている。わたしたちで。
するとわたしの顔色を見たイェフが取りなして来た。
「いやだなぁ、お姉さんを傷つけるつもりはないよ」
「え?」
「ほら、『きみに危険が向くことにはならないよ』って言ってくれたでしょう? お姉さんは僕を傷つけないって約束してくれたもの。だから僕もお姉さんを傷つけない。誰かに優しくされたら優しくするようにって教えられたからね」
廊下で口にしたわたしの言葉を約束と捉えている?
あれは敵だとは思っていなかったから、ただ気の弱そうな少年を落ち着かせるためにとっさに言っただけなのに…
なんだか罪悪感のようなものが浮かんでくる。心に棘が刺さったようなーーー
「リンカ」
「っ!!」
魔王に名前を呼ばれハッとして顔を向けた。
彼は振り返ることなくいつも通りの落ち着いた声色で言った。
「あれは俺たちで対処する。お前は女神を頼む」
「けど…」
わたしを戦いから遠ざけるためとわかった。わたしが心を乱しているから。でも一緒に戦った方がいいはずだ。直接攻撃するのは難しいだろうけど回復や支援系の術を使うだけでも違う。反論しようとするも先手を打たれた。
「女神が危ないため回復させる必要がある。それはお前でなければできない」
「それは、そうだけど…」
わたしが納得しきれていないとわかり一呼吸おいて魔王はもう一つの理由を告げた。
「それから、お前を奴に近づけたくない。あれは異常だ。通常の生命とは違う。ゲオルギウスの子という自称もあながちホラでは無さそうだ」
「っ!」
永い時を渡り歩いて来た魔王が警戒している。いままで戦った魔獣とは訳が違うんだと、わたしは不安な気持ちで魔王を見た。すると魔王は振り返りわたしに不適な笑みを向けた。
「俺を誰だと思っている? 任せろ」
自信に溢れた言葉を放ち魔王は前進し、イェフに近付いていった。
「自称じゃなくて事実だよ。というか話どこから聞いてたの?」
「うちの配下により初めから全て筒抜けだ。よくやったゲーデ」
「うん。もう鎧脱いでいい?」
ゲーデは全身鎧を己の剣で切り刻み脱ぎ捨てるとさっぱりしたという風に肩や首を回した。
「敵ばかりのなかギリギリまで正体を悟らせないとは凄いではないか! 隠密行動の才も磨きがかかっているな!」
「こんな程度は初歩だ」
「念話を繋いだまま隠密行動は神経を使うでしょう? 素直に褒められるといいですよ」
敵を前に普段通りの態度の四天王の3人。しかし彼らは油断なく緊張感をもっていた。ゲーデの剣撃を受けたもののダメージがないーーーそんな敵を舐めたりはしない。
そんな中、イェフは全員を見回すとあっけらかんと提案してきた。
「ねぇ君たち、戦う前に聞いてくれる? 女神を渡して。渡してくれたら戦わないであげる。それで僕の配下になって世界を滅ぼそう?」
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