108 先刻ぶりの再会
「シャルロッテ!!」
「お兄様!!」
騎乗していたグリフォンから飛び降りたテオドール王子が座り込むシャルロッテ王女に駆け寄り抱きしめた。
「無事で良かった…!」
兄の言葉にシャルロッテ王女も涙を堪え目をぎゅっとつぶり抱きしめ返した。ヴラドに同乗してきた王子の部下の騎士も胸を撫で下ろしている。しかし王女はすぐに何事か思い出したようで目を開け兄から離れると必死に訴えた。
「お願いです! 女神様と、カサンドラさんを助けてください!」
王女の視線の先に瘴気に包まれる人影がぼんやりと見えた。テオドール王子は妹を安心させるように穏やかに語りかけた。
「ああ、わかってる。お前を瘴気から庇った恩人を見殺しにはしないさ。俺たちにはそれができる人がついている」
「え、お兄様どうしてわたしを庇ったことを…」
シャルロッテ王女の驚きの声を上げるのと同じくして、わたしは唱えていた神聖魔法を瘴気に包まれ苦しみの声を上げる女薬師カサンドラに向けて放った。
「ホーリージャベリン!」
光り輝く槍が飛んでいき瘴気を切り裂き中心にいた人影、黒い靄に全身まとわりつかれるカサンドラに突き立てられた。光の槍に吸い込まれるようにカサンドラにまとわりつく黒い靄が手足の先から中心部へとすっと引いていく。辺りに漂っていた瘴気もまた同時に光る槍に吸い込まれる。ものの数秒で全身から黒い靄がなくなり、辺りにあった瘴気も一切なくなった。そして光の槍は役目を終え砕け散った。身体から力が抜けたカサンドラはその場にくず折れる。
「これでもうこの人は大丈夫です…」
魔物化する前に間に合って良かった。
「…部下を助けていただき、感謝する」
メトセラール公爵が感謝を口にし近づいてきた。その足取りは確かながら青白い顔をしている。腕の傷口からかなりの血が流れてしまったのだから無理もない。その目はわたしを見つめ、何か悟ったように目を伏せた。瘴気を消して見せたのでわたしの正体に気が付いたのかも知れない。
「メトセラール公爵、失礼します。ーーホーリーヒール」
公爵の失った右上腕に回復魔法をかけた。右腕の傷口はこれで塞がり出血は止まったはず。驚きの表情を浮かべ公爵は自分の腕を見た。
「なんと、痛みがなくなった。出血も止まったようだ。このような即効性のある回復魔法は初めてだ。…さすがですな」
「いえ、力足らずで…失った腕も再生できれば良かったのですけど」
「とんでもない、ありがとうございます」
そんな中、ヴラドが静かに体を寄せてきた。
「公爵閣下、これ以上はお身体にさわります。後は僕たちにまかせ、お休みください」
「いや、わたしも戦う…と言いたいが、足手まといなのであろうな。そして、わたしでは仇に一矢報いることも叶わぬだろうことも、わかっている。実力の違いは天と地ほどあるのは肌で感じた事実である。ーーで、あるからして、ここは退き、殿下方と我が部下の防衛を担おう」
公爵は残った右手の拳を震えるほど握りしめ耐えていた。激情を理性で抑え込み冷静に状況判断したのだ。
「仇を、わたしたちの仇討ちを貴殿らに託す。頼む」
「承りました。必ず」
「では公爵、手負とはいえ、まだまだ動けるだろう? 公爵とカレル、二人で妹を頼んだぞ。」
「殿下!?」
「テオドール殿下、まさかあなたも戦われるつもりですか? 王位継承者の自覚がおありか?」
テオドール王子が戦う姿勢を見せ、部下の騎士カレルが慌て、メトセラール公爵が目を釣り上げる。重症を負っているとは思えない迫力ある目つきに、叱られたのは自分ではないのにすくみ上がった。
しかし慣れているのか当の叱られた本人はどこ吹く風。
「さすがにそこまで自惚れてはいない。ーーー女神を放ってはおけない。俺程度では戦いの役に立たんが、せめて御身を守ってみせる」
女神アールストゥは少し離れた場所で微動だにしない。存在を保っているからまだ生きているようだけれど気配が希薄になっていて危ない。人間でいえば瀕死だろう。
「わかりました。ここに結界を張ります。ーーホーリーエリア」
この場に広めの神聖魔法の結界を張った。六畳の一部屋くらいは範囲があるので充分な広さだろう。ここには意識のないカサンドラに重症の公爵がいて動けない。女神を連れて来る方がまだ容易のはず。
テオドール王子と公爵が目を見張る。
「結界か!? 清浄な力を感じる」
「先程カサンドラを救ったのと同種のものですな」
「はい、これで瘴気はこの中にいれば防げます。みなさんはここで体をやすめていてください。テオドール王子、女神様をこちらに運んでください」
「なるほど、わかった。女神もここなら守りやすいだろう。よし、俺は女神を担ぎここに戻ってくる」
「殿下お一人では…! 自分も参ります」
「カレル、ここには万全に戦える者がいない。頼む、ここでシャルを守ってくれ」
「っ、了解しました。ご無事のお戻りをお待ちしております」
「大袈裟だ、ちょっとそこまで行って帰って来るだけだぞ?」
「…テオドール王子、女神様を頼みます」
「ああ、任せておけ。では後でな」
王子が女神アールストゥに向かい駆けて行く。その後ろ姿を見送り、わたしは"神子"と呼ばれる少年へと向き合った。
少年はにこりと笑った。
「お姉さん、ううん、リンカさん、また会えたね」
「イェフ…」
亡き王妃の部屋の掃除係だったはずの少年は、短い金髪の前髪から覗く金色の瞳を細めて嬉しそうに、無邪気に笑った。
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