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106 邪なる者と復讐者の戦い

間が空いての投稿となりました。お待たせしました。

またいつもとは違う曜日と時間での投稿となりまして見つけづらかっからごめんなさい。

ひらりひらりと涼しい顔で放つ魔術をかわす仇をメトセラールは注意深く観察した。憎しみに任せ考えなしにつっこんでは千載一遇の機会を逃すと考えたからだ。放った氷の槍を軽やかに避けた体の重さを感じない対象は呑気に尋ねてきた。



「ねぇ、他に攻撃手段はないの? 飽きてきちゃった」



あくびをする対象に悪意は感じない。ただただ本心を口に出しているのだろう。ならばあえて乗ってやろうと風の魔術で渦を生み出し対象を中心に竜巻状にした。



「ふーん、それから?」



竜巻内に無数の氷の刃を生み出し、竜巻に乗ったそれらは中心に向かって加速し襲いかかった。



「へー、面白い」



楽しげに避けて遊んでいる。この化け物にとってはこの程度の魔術はお遊びか。ならばと今度はその中に雷を落とした。はたして効果があるかは疑問だが。



「ははっ、障害物が増えてより面白くなった」



これもやはり効かないらしい。あとは火の魔術をつかえるが使ったところでなしのつぶてだろう。



「貴様は何者なのだ?」

「ん? 僕に聞いているのかな?」

「わたしは父の持つ遺産すべてを相続し、邪神信仰者らにも探りを入れたがはっきりと断定できておらん。"神子"と呼ばれているがその由来もだ。貴様、これほど魔術を喰らっても平気でかわす。人の身体能力では無理だ。人外か?」

「うーん、半分当たりで半分ハズレかな」

「半分とは?」

「ふふっ、素直に教えてしまうのはつまらないから、僕に一撃入れられたら答えてあげる」

「いいだろう」



それを横目にクイールとカサンドラは魔術を発動直前で止め、睨み合っていた。クイールは苛立たしく裏切り者に詰問した。



「カサンドラ、失望したぞ。公爵については以前から裏切りの疑惑を抱いていたが」

「やっぱり。言葉や閣下を見る目つきから、もしかしたらそうではないかと思っていたのよ。閣下に行動を注意なさるよう進言していて正解だったわね。少しは時間を稼げた」

「ふん。父親の後を継いでから領内を厳しく管理し、我らの活動にあれこれ口を出しては杜撰だとして許可を出さないことがしばしばあった。王に近づき特権を得てオーランドを傀儡政権にし乗っ取ると豪語していたが、先代までの方針と違うため真意は別にあるのではとな。カサンドラ、貴様は我らに幼少の頃から加わった。公爵にはわたしから紹介した。信心深い同志だと信じていたのだが、よもや貴様らグルだったとはな。いつから公爵の手先だった?」

「最初から。閣下に出会ったのちに無関係なふりをしゲオルギオス教に入信したのよ。わたしはね、家族を失い隣村に引き取られた。貰われた先の家では労働力として一日中働いた。時々どうしようもなく家族に会いたくなって廃村になった実家跡にきて泣いて過ごした。そんなある日、一年目の命日に閣下に出くわした。そこでわたしは事件の真相を知り、閣下の元で手足となり復讐者になることを誓った!」



カサンドラは圧縮した風をクイールに放った。それはクイールの風の魔術に相殺され、2人に強風が返ってきた。



「何をいう。奴も我ら側、加害者側だ。復讐対象だろうに!」

「そうよ。わたしは亡くなった全ての人に懺悔を捧げている閣下の言葉であらましを知り、殺意を持って護身用に携帯していたナイフで襲いかかった。けれど所詮10にも満たない子どもの力、簡単に手首を捻り上げられた。喚くわたしの事情を察した閣下は『殺すのは自分が復讐を遂げてからにしてくれ。その後ならば、君に差し出そう』と言った」

「では、奴も殺すと? 忠誠を誓っておきながらか!?」

「ええ、約束を閣下は守るとおっしゃった。だから

閣下に全身全霊で協力し、本懐を遂げた暁には…!」

「はっ、貴様狂っておるわ!」

「その言葉、邪神を崇めるあなたにそっくりお返しするわ!」



今度は火の魔術を互いに放ちすんでのところで互いにかわす。クイールは右袖が焼け、カサンドラは左の頬を掠め編み込まれた髪が一部焼け髪型が乱れた。

クイールとカサンドラの実力は拮抗しているようだった。もし万が一敗れるなどとなったら……崇拝する神子様の面前で失態を演じるのは憤死ものである。そう苛立つクイールは確実に勝利を呼び込むため、ある手を用いることを考えた。



「カサンドラさん…、メトセラール公爵…」



二人の決死の戦いを前に見守ることしかできない。戦う力のない自分がもどかしくシャルロッテは歯噛みした。女神様の依代になるくらいしか自分にできるお役目はなく、女神様の力を代わりに行使することもできない。なんと中途半端なことか。

けれどせめて戦いの邪魔にならない位置に移動したい。あの太い円柱の陰がいいか。右膝を立て、音を立てないよう神経を使いそろりと立ち上がろうとするも漆黒の球体が飛んできた。



「ふん、そういえばまだ使える手駒があった。我らの道具となり、裏切り者たちをなぶり殺すのだ!」



クイールがカサンドラを相手取りながら、懐にまだ持っていた瘴気石をシャルロッテに投げたのだ。その速度は早く、長く寝込んで足腰の弱くなっていたシャルロッテに避けられるわけもなかった。

当たる、瘴気を浴びる。

過ぎた瘴気を浴びれば魔物化してしまう。

シャルロッテは意味がないとわかっていても、とっさに腕で頭をかばい目をつぶってその時に備えた。しかし、その時は来なかった。

床にガラスが落ちるような硬質な音がし、目を開けると目前には編み込まれた髪が解けた女性ーーカサンドラの背中があった。



「無事ですか? 王女殿下」



振り向いたカサンドラの額からは血が伝い、その周囲を黒い(もや)が渦巻いている。カサンドラがシャルロッテをかばい、瘴気石をその身で受けたのだ。驚愕にシャルロッテの目が見開かれた。



「ど、どうしてあなたがわたしをかばって…!」



震えるシャルロッテの声にカサンドラは申し訳なさそうに微笑を浮かべた。



「殿下と侍女殿には酷いことをしましたから、罪滅ぼしのようなものです」



カサンドラ越しの視界の向こうでは、クイールが想定外な出来事に驚きの表情を浮かべていた。



「罪悪感で己の命で他人をかばったのか!?」



信じがたいといった面持ちの神官の頭上に雷の魔術が降り、体から焦げた臭いを放ち白目を剥きくず折れた。その向こうには魔術を放ったメトセラール公爵が顔をしかめて声を上げた。



「カサンドラ!!」



カサンドラは黒い靄に全身が包まれ姿が見えなくなっていた。しかし抵抗しているのかうめき声が聞こえる。



「よそ見しちゃ駄目じゃないか」



カサンドラに注意がそれてしまったメトセラール公爵を"神子"は見守ってはくれなかった。右手を掲げると、なにをしたのか公爵の左腕を上腕から切り落とした。



「くっ」

「ふふ、油断大敵だね」



痛みの声を上げる公爵をあざ笑う"神子"なるものの視界に、己の胸から飛び出る剣が見えた。



「かはっ」

「お前もな」



背後で囁かれた声に腕を振ると、騎士鎧のヘルメットが吹き飛び、己を差し貫いた男の顔を拝めた。いや、見た目には少年と言っていい年齢の男の。



「陛下の手をわずらわせるな、餓鬼(がき)



そこには邪神信仰者の騎士鎧に身を包んだ魔王配下の四天王、ゲーデがいた。


お読みいただきありがとうございます。

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