105 メトセラールの過去
今回は長いです。メトセラール公爵の過去の話が大半ですが、ショッキングな内容が含まれています。ご了承ください。
2年後にリニが娘を産んだ。父親になった実感はすぐにはわかず、成長と共についてきた。やれ寝返りをうった、つかまり立ちをした、言葉を口にしたと、リニから聞き、実際に目にして。
妻との会話は婚姻当初から少なかったが、娘が産まれてからは少し増えた。そして表情が柔らかくなったように思う。
「旦那様も…以前より柔らかくおなりです」
「そうか? …そう見えるか」
リニとの会話は短くお互い口下手なのは変わらない。しかし信頼であったり、親愛の情のような穏やかな心の関係が出来上がっていた。そして共通の心配ごとが娘の体の弱さだった。よくせきが止まらなくなり熱を出し何日も寝こむ。
「幼い子にはよくあることです」
「しかし、顔を真っ赤にさせて苦しんでいるのだ。なんとかしてくれ」
お抱えの医師に見せ、子どもはよく熱を出す。ただの風邪だと処方された薬を飲んでも良くならない。他の病も疑ったが病名ははっきりわからず。そこで医師が提案したのが転地療養だ。環境を変えれば何かしら快方に向かうかもしれんと。
苦しそうな娘をなんとか救いたく妻と話し合い、療養先として評判が良い他領の村に妻と娘で行くことにした。自分は留守番で領地の仕事をし、ひと月後には休暇をとり会いに行く予定を無理矢理立てた。当主である父にその申し出をする「お前が行く必要はない」と嫌な顔をされたが。父は孫娘に興味を示さず無関心、赤子の時に見た以来会おうともしなかった。それよりも近々大事な客人が来ると珍しく嬉々として語っていた。
出立の日、馬車への見送りに行くと妻がためらいがちに言葉をつむいだ。
「旦那様と長く離れたことがなかったのでおさびしゅうございます…」
「それは…そう思ってくれるか。…そうだな、わたしも、さびしく思う。ひと月と言わずなるべく早く会いに行く。待っていてくれ、リニ」
「はい…お待ちしております」
「リシェ、向こうでお母様と仲良く過ごしていなさい」
「はい、おとうさまもはやくきてください。3人でもりでどんぐりをひろいたいです」
「リシェは向こうでもどんぐりか。あまりリスの食糧を奪ってはいけない」
「…わたしはどんぐりから虫が出ないか心配です」
娘のコレクションでの恐怖体験を笑い合ってしばしの別れを惜しんだ。1週間後に向こうに着いたと手紙が届き、そして次の1週間後、わたしは永遠に2人を失った。
"フェルカークの惨劇"
のちに地名にちなんで呼ばれたそれはフェルカーク村を襲った大規模な魔物の襲撃事件。普段シカやキツネなどの住む穏やかな森からなぜか凶暴な魔物が溢れ出し村に雪崩れ込み人々を襲い殺戮の限りを果たした。領主の私兵だけでは手が回らず国から派遣された騎士団と共に殲滅したのが2週間後。駆けつけたそこは破壊された家屋と血の跡のみが残された絶望的な状況だった。生き残りは命からがら馬で逃げられた数名のみ。その中に知った顔はいなかった。
呆然としたまま2人が宿泊していた建物跡に向かうとそこには見覚えのある小さな靴が片方転がっていた。4歳の誕生日に自分が娘に送ったものだった。それのそばにはどんぐりがふた粒転がっていて、こんな時にもどんぐりを持って逃げようとしたのかと思い、靴を握ってその場にうずくまって動けなくなった。
どうやって戻ったか記憶にないが屋敷にかき集めた遺品とともに帰った。玄関ホールの階段を上がって2階に上がると父が外出から帰ったようで歓喜の声を上げ階段を上がってきた。
「はははっ! ようやくかの御方をお迎えできる!」
「父上…、ただ今戻りました」
「む、おお、どこかに出ていると思ったら帰っていたか。喜べ! 我々のお仕えすべき主がこの国に入られた!」
「ああ、客人が来ると言っていましたね… それより父上、ご報告がーー」
「さっそくフェルカークで神殿跡を壊し瘴気を発生させお力に変えられた! これでさらに大望へと近づくぞ!」
「いまなんと?」
フェルカークで瘴気を発生させた? 父の客人が?
フェルカークのあのおぞましい事件は人為的なものだというのか。リニとリシェはその犠牲に?
目の前が真っ赤に染まって見えた。
「なんだ? フェルカークの件はかの御方が力を手に入れるために行った。ああ、お前には詳細は言っていなかったな」
「フェルカークにリニとリシェが療養に向かうとご報告しましたよね。事が起こる事を知っていらしたのですか? なぜ、なにも教えていただけなかったのですか! 知っていれば、わかっていたなら2人を失わずに済んだ!!」
「あ? ああ、そういえば行くと言っていたか。なに、ならばまた妻を娶ればいい」
「は?」
何を、言っているんだこの人は。換えが効く部品のようにリニのことを言っている。
「それに病弱な女児など不用だ。次の子は健康な男児をーー」
「ふざけるな!!」
あまりに怒りを覚えると頭に血が上り、体が勝手に動くと初めて知った。気がつけば父の肩を強く押していた。そして大勢を崩した父は階段を転がり落ち、頭を強く打ちつけ動かなくなった。
わたしは、呪った。家の信仰、父、そして自分を。
自分の家が邪神信仰をしていたから惨劇を起こす手引きをした。父の人の心のなさと狂い具合。そして興味がないためにろくに家の信仰や父の行いを知ろうとしてこなかった愚かな自分。妻と娘を亡くしたこの事件のようなことを自分の家は代々行ってきたはずだ。人ごとのように考えていただけで自分は加害者側。妻と娘を殺したのは、自分のようなものだ。
「ーーー王につまびらかにしよう。そしてメトセラール家の罪を明かし、潰そう」
そう思い立ち、夜だというのに王に面会を申し入れた。密室で全てを告白した。家のこと、父のこと、今回の事件のこと、失った妻子のこと。国王と王太子は静かに聞いていた。話が終わると国王に問いかけられた。
「ブラーム・メトセラール。ならば、妻子の仇はまだ取れておらんな。どうだ、告白ついでに仇を取るまでわしの下でスパイとして連中の中で情報を得て報告するのは。全てを掌握し、徹底的に潰すために其方の立場や権力を総動員するのだ」
「しかし、わたしの罪はあまりに重くーー」
「メトセラール、わたしも国王に賛成だ。お前の家のこと、お前なしでは罪を一から十まで国が把握するのは無理だ。お前が実情を調べて罪を暴き出し、"かの御方"なる事件の首謀者を見つけ出さねばさらなる犠牲者が我が国ならびに他国にも出るだろう。それは、阻止せねばならない。頼まれてくれないか、メトセラール」
確かに現時点で自分は家の悪事や領内の信仰者の総数を一部しか把握していない。当主を継ぐ段階で全容を知らされる約束になっていたからだ。父は死んだため正確な引き継ぎはできないが、このまま父を手にかけたことを伏せていれば自動的に自分が当主の座につき、一族の者たちが報告に上がり情報がいくらでも入ってくるだろう。そうすれば領内の全容を知ることは可能だろう。
「…時間をいただけますか。5年で家も領内も掌握します。そうしましたら再び御前に伺い、生涯忠誠を捧げます。その代わり、"かの御方"なる仇を討った暁には、全てを差し出しましょう」
そうして心を殺し、仇を討つまで偽りの自分を演じることにした。5年で家と領内を手中に収めた。聞いたところによると父より独裁的で支配的なようだが知ったことではない。いつか全て潰すのだから容赦などしなかった。
国王は代替わりしたが新王も事情を知っているため忠誠を誓った。おかげで文官、のちに宰相となるほどこき使われたが、国内で邪神信仰者や"かの御方"に関連していそうな件には積極的に関われた。父が死んだ後、当の客人はうちに姿を現さなかったため正体は掴めなかったのだ。だが28年経ち、ようやく、ようやく仇に出会えた。
「28年前? なにかあったかな?」
「ああ、覚えていないだろうな。貴様にとっては些末なことであったのだろう。だがな、被害者はいつまでたっても憎しみを忘れはしない!」
仇である"神子"を狙ったメトセラールの氷の魔法は避けられた。神子は平然とした顔で追撃してくる氷の魔法を避け続けた。クイールがメトセラールを背中から狙い魔法を唱える。
しかし、そこを背中から風の魔法の刃で切り付けられた。傷を受け振り返ると、それをやったのは女薬師カサンドラだった。クイールが怒声を響かせる。
「カサンドラ! 貴様も裏切り者か!」
「お前たちの仲間になどなった覚えはない。わたしが忠誠を誓うのは公爵閣下のみ。わたしはね、フェルカークの生き残りだ。閣下の元で父と母と兄の仇を討つこの時を待ち望んでいた!」
「ちっ、騎士ども、何をしている! さっさとこやつらを切れ!」
指示をだすも物音がせず、辺りを見回すと全員倒れ伏していた。目を丸くした王女以外。
「貴様がやったのか小娘!?」
「きゃっ」
王女に向かって魔法を放つとカサンドラが間に入った。
「あなたの相手はわたしだ」
「カサンドラ!! ならば貴様から先に始末してやる!」
お読みいただきありがとうございます。
おもしろかったと思っていただけたらぜひブックマークや評価をお願いします。
執筆のモチベーションが上がります!




