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103 救援、または脅威

炎の壁が消え、床に倒れる女神アールストゥの姿が現れた。衣に燃えた様子は見られないことから炎のダメージはなかっただろう。女神を地に臥させたのは投げ入れられた瘴気だった。



「神殿にたどり着く道に瘴気はありませんでした。シャルロッテ王女殿下に悪影響がないよう、すべて貴女が取り込んだのでしょう? ただでさえ魔法陣から地下に注がれた瘴気で弱っていたところにさぞ効いたことでしょう。そして今のがとどめとなった。もはや起き上がる余力はない。貴女の負けです」



神官クイールが嬉々とした勝利宣言をしても女神はうめき声をあげるのみで身動きができない。

シャルロッテは信じたくない光景に、恐ろしさに体が震えた。ずっと自分たち家族を、街を見守ってくれていた温かく優しい女神様が命の危機にある。消滅させられてしまう。悪しき者によって。

けれど希望はまだある。兄が必ず自分を探しに追って来てくれる。どんなに危険だろうと誰に止められようと姿を消した自分を助けに必ず来る。そういう兄だ。そして、きっと一緒にあの方、聖女のリンカ様も兄の力になってくれる。見ず知らずのわたしを助けてくれた優しい人だからきっと。

兄とリンカ様と、お仲間の方々が来てくれたらきっときっとなんとかなる。だから時間を稼ぐのが自分にできる最善で唯一の方法だ。



「さて、女神を拘束しましょうか。カサンドラ」

「ええ、けれどわたしの魔法で女神を拘束できるのかしら?」

「それはやってみないとわからないですね。あなたの腕の見せ所です」



縮こまった心を奮い立たせシャルロッテは声を上げた。



「め、女神様を神子とやらに捧げるのですか?」



一斉に視線が集まり、嘲笑しながらクイールが肯定した。



「そうですよ。神子様が手を煩わせることなく女神が取り込めるように我々が手足をもいで献上するのです」

「そのために何十年もかけてメトセラール家は功績を立て、城に上がり邪神信仰者を潜り込ませ、女神様に瘴気を送り込み、今度は神子などと僭称(せんしょう)する者に女神様をっ…」

「神子様と我々を愚弄するか小娘!!」

「うぁっ!」



敵の注意を女神様から自分に向けさせるため、わざと(あお)った。しかし想像以上に逆鱗に触れてしまったようで、クイールに頬を張られ痛みが走った。



「神子様を僭称だと二度と口にするな!! あのお方の尊さの前にはお前など塵芥(ちりあくた)! これよりお姿を拝見することは本来なら許されることではない!!」



激昂したクイールははたと思いついた顔をし言い放った。



「そうだ、どうせこの小娘はここに案内し、女神を誘い出した時点で用済みだ。ならば神子様のお目汚しとなる前に処理してしまおう」



その目は狂気を宿し、シャルロッテは自分たちの理屈の通じない違う理の中で生きる人なのだと人生で初めて実感した。

クイールはシャルロッテに腕を伸ばした。その身を肩に担いだ騎士から引きずり下ろすべく腕を掴む。しかし、その腕を横合いから掴む腕があった。



「なぜ止める、公爵」

「そなたこそ王女殿下に何をしようとしている、クイール」



いつの間にか、クイールの横にメトセラール公爵が立ち、シャルロッテを掴む腕を抑えていた。声からも顔からも何の感情も伺えない。けれど、母は"メトセラール公爵は味方だ"と言っていた。ならば、彼は自分を助けに入ってくれたのか。期待と不安を込めた視線を向けるも公爵は神官クイールと対峙したままでいる。



「神子様を侮辱したのだ、この小娘は! そして我々のこともな。そのため処理しようとしたまでだ」

「王女殿下は神子様のお好きにしていただく手筈であったであろう。勝手をするつもりか? カサンドラ、お前も何故止めぬ」

「申し訳ありません。ですがクイールの言い分も同意する部分もありましてそれも良いかと思い」

「まったく、献上品が減るであろう。短気はするものではない」



公爵が自分を献上品と言った。演技だろう、でも一抹の不安が襲う。まさか公爵は裏切っていて向こう側だったらーーー



「それに、女神を拘束せぬのか? 手際が悪い。ならば私がーー」

"その必要はないよ。すぐに行く"



声が降りてきた。これは念話だ。女神様と同じように離れたところからこちらに声を届けている。そしてこの場に強い力を持つ"なにか"が突然現れた。転移してきたのだろう。

それは、こう名乗った。



「やぁ、待たせたね。僕が神子だ」


お読みいただきありがとうございます。

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