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102 地下神殿の女神

荘厳な彫刻が施された白亜の大きな扉は見上げると首を痛めそうな高さがある。一階のみの王宮の屋根より勝るだろうこの扉を1000年以上前の人々が造り上げたとは恐れ入る。ここに来るまでに長く続いた塔と階段もまたそうだけれど、女神のためと努力と汗を捧げた信仰心は計り知れない。

その信仰を捧げた女神の元に悪しき目的を持つ者を連れて行かなければならないことに酷い罪悪感が募る。



「王女殿下、感傷に浸っているところ申し訳ありませんがわたしたちも急いでいます。扉を開けてください」

「はい…」



女薬師カサンドラに促され自分を担ぐ騎士に床に下ろしてくれないか視線を向けるも取り合ってはくれない。カサンドラや神官のクイールにも視線を向けるもそちらも同じく。身動きできないように捕まえておかなければ逃げると見ているのだろう。逃げたいけれど10数人に囲まれているこの状況ではすぐ捕まえられてしまうだろうからその心配は必要ないだろうに。

しかたなく肩に担がれたまま上体を起こし、きつい体勢で女神への最後の関門である扉を開けるべく担ぐ騎士を所定の位置に誘導した。扉の彫刻の2箇所に太陽のレリーフがある。右手と左手をそのレリーフにそれぞれ合わせた。



「おおっ、扉が自ら開いた!」



シャルロッテを女神の契約者と判断した大扉の太陽の形をした魔法陣が扉を開けたのだ。このような高度な魔法の仕掛けの知識は現代の人間にない。古代の人間にはそのような知恵があったのか、あるいは女神の授けたものか。しかし、その女神アールストゥを守る最後の関門は開かれ、敵の侵入を許してしまった。



「おお…、美しい…」



誰からともなく感嘆の声がこぼれた。

大扉の向こうには白亜の床、壁、天井が輝き、地下とは到底思えない明るさだ。床から天井を支える巨木の様な等間隔に並ぶ柱は、まるで白樺の森の中にいる錯覚をさせる。地下神殿は人が触れてはならない神秘的な森を思わせ、女神に敵対する彼らをもってしても恐れ(おのの)かせた。

しかし怯む一行に神官クイールが叱責した。



「我々の使命を思い出せ。この先に、かの女神がいる。皆、よくよく警戒して進め。弱体化したとはいえ神の一柱だ」

「「「はっ」」」



喝を入れられた一行は気を取り直し、辺りを見回しながら扉をくぐり先に進んだ。巨木の様な柱の間を進み白亜の森の奥に奥にと分け入れば、床まで着く裾の衣をまとう女性が一人静かに待っていた。背を向ける女性は長く豊かな紅茶のような赤茶の髪を緩く編み床まで着きそうだ。こちらが来るのを待っていたと言わんばかりに緩やかに振り向いたその女性は、美しく優しげな顔立ちを無表情にこちらをまっすぐ見た。



「貴女が女神アールストゥか。お初にお目にかかる。我々を出迎えてくださり感激で胸が震えます。ここまで何の危害も与えず我々を迎えてくださるとは、想定以上に貴女には人質が大層大切なようですね」



女神アールストゥ、その目の前の美しい女性を形取った神は何の反応も示さずただこちらを見つめた。



「アールストゥ様、申し訳ありません…! わたしが不甲斐ないばかりに…このような侵入者を招き入れさせてしまい…」



シャルロッテが謝罪の言葉を述べれば女神は視線を彼女に向け、微笑んだ。"あなたは何も悪くないのよ"と、いつも語りかける明るい声が聞こえるかの様だった。そして、まるでもう覚悟を決めているようにシャルロッテには見え、口元から出そうになった悲鳴を手で覆って喉の奥で殺した。

シャルロッテから視線を外した女神が右手をこちらに素早く翳した。その動きに神官クイールが反射的に声を上げた。



「撃て!!」

「やめてっ!!!」



シャルロッテの悲鳴を掻き消し騎士たちが女神に向けて腕を翳し、攻撃魔法を放った。風の魔法が女神に一斉に向かい、そしてその体を、引き裂き、その体は、ーーー土の色合いを見せ、パラパラと散らばった。



「な、に?」

「ガァっ!?」



動揺する一行、そして横合いから飛来する複数の岩石。それらに何人も騎士が命中しくずおれた。

シャルロッテを肩に担ぐ騎士にもそれは飛来し、大きく横に跳び岩石を避け、続けて2度、3度と跳んで避けた。



「その子から手を離しなさい」



女神アールストゥの声に顔を上げると女神が厳しい顔をして自分を捕まえる騎士に集中的に攻撃を向けていた。先ほどの女神だと思っていた姿の物は、女神の作った土人形だったのだ。敵の意識を集め、本体による奇襲を成功させるための罠。彼らもシャルロッテさえも女神本人だと思い込み、狙いどおりとなった。

だが、それをシャルロッテを担ぐ騎士は手練れなのか女神の攻撃をかすめさせることすらさせず全て避けてしまう。女神アールストゥの眉間に皺がよる。



「ウォータージェイル!」



そこに女薬師カサンドラの水の魔法が女神アールストゥに向かい撃たれた。女神はすんでのところでそれを避けた。"ウォータージェイル"は水牢、水の球体の中に対象を閉じ込め捕獲、あるいは窒息させる術だ。今回の目的は前者だった。



「あの御方のため、捕獲させてもらいます!」

「「ファイアーウォール!!」」



まだ動けた騎士たちが一斉に術を使い、女神の周囲を広範囲に渡り炎の壁で何重にも取り囲み閉じ込めた。女神といえど、ここから抜け出すには残り少ない力をさらに消費しなければならなそうだ。それに神官クイールが笑みを浮かべた。そして懐に手を入れると漆黒の球体を取り出した。それは禍々しい気配を纏っており、すぐに女神アールストゥはそれの正体を察し眼を見開いた。



「逃れられぬ状況で、瘴気を浴びたらどうするかね?」



炎の壁の中に瘴気石を投げ入れ、クイールは術を唱えた。



「神の雷よ、裏切り者の女神に鉄槌を!!」



禍々しい紫の稲妻が出現し、瘴気石を貫き砕くと、溢れ出た濃密な瘴気が女神アールストゥに襲いかかり、炎の壁の中は漆黒となった。


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