12 聖女アスカの日記
お読みいただきありがとうございます。
翌日は朝食を国王一家ととった。
家族用の食事の間は20メートルは長さがありそうなテーブルが置かれていて実際にこういう状況で食べているのかと感心した。
一番奥が上座でいつもは国王陛下が座られるそうだけど、今日はその90度左隣の席に王妃様と横並びに座っている。
わたしとウィルに配慮しているからかと思ったら、わたしに配慮しているのだとウィルとフェルに訂正された。
なぜと思ったら聖女は別格だからだそうだ。
現人神のような感覚で見る人も珍しくない程には特別で、全世界の国主よりも上位者らしい。
正直上座にわたしを座らせたいらしいがわたしがそういった扱いを好まないとフェルから聞いて国王はこういう形にしたらしい。
「父上としては『これ以上は譲れない!』と譲歩できるギリギリの線まで下げた扱いらしいからこれ以上の雑な扱いは望まないでね」などと釘を刺された。
席には国王夫妻のほかに第一王子のエドゥアルド殿下も並んで座っていた。
わたしたちは昨日のようにウィルは国王陛下、わたしは王妃陛下の対面に座りわたしの右隣にフェルが座っている。
全員が席につくと給仕が飲み物をグラスに注ぎ、皿に盛られた料理が運ばれ食事がはじまった。
朝食はコーンポタージュと焼きたてのバケット。
ゆで卵にカリカリベーコン、少量のサラダ、ヨーグルト。
日本にいた頃は朝は食べていなかったけど、この世界にきてからは習慣化され毎日なにかしら食べている。
食べると朝からしゃっきりするのでこの方が体の調子がいい。
向こうでは不健康だったのかもしれない。
「食事をとりながら聞いて欲しい。今後のことだ。我が国で御二方を保護するのはもちろんだが、聖教会にも報告し公認を受けたい。その上で公式に表明したい」
「なるほど、聖教会に公認されればエルグラン王は手出しできなくなり二人の安全性がましますね」
聖女の保護責任者は聖教会だ。
聖教会が決めて連れて来させた人物なので、聖女がしたことの良いことも悪いことも最終的な責任をとるのは聖教会。
いってみれば聖女は派遣社員だ。世知辛い。
なので保護者公認ならエルグラン王は手が出せなくなる。
「しかし自国のことながら恥ずかしくも彼女が虐げられていた状況を聖教会は放置していたのです。信用してよいものでしょうか?」
そうね、その辺どうなのかな。
把握できてなかったのか、それとも把握していて放置していたのか。
わたし自身は聖教会の使者だという神官には召喚された直後にしか会っていない。
その後様子を見に来たり、調べたりしたのだろうか?
みんなも思うところがあるようで難しい顔をして思案している。
「真意はわかりませんが聖女様を苦境にいる際にお守りしなかったのは確かです。聖教会に正式な使者を送り此度の件の不手際を追求しては?」
黙って一連の流れを見ていた第一王子殿下がド直球な発言をしてきたが、それ喧嘩腰すぎない?
「使者を送るのは良いとしてそうした不躾な物言いは避けるべきだぞ、エドゥアルド。国主としてはもう少々柔軟な対応を心掛けた方が良い。軋轢を生みやすいからな」
「はっ、失礼しました」
父である国王陛下が諭しエドゥアルド殿下は素直に引き下がった。母である王妃陛下は息子の様子を伺うように見ている。
隣のフェルを伺ってみると紅茶に口をつけていた。
静かで食器の音がまったくしなかった。
育ちのよさを今更ながら感じる。
彼はカップをソーサーに戻すと口を開いた。
「使者を向かわせ高位の方々のみ集まっていただきお伺いを立ててみてはどうでしょうか。内々に話せば些少は軋轢は減らせるかと愚考いたします」
「ふむ、それならばまだましか」
まぶたを伏せて顔を上げずに控えめな提案をした。
提案は通り、使者の件は決まった。
「ウィリアム殿下とリンカ様には聖教会からの返事までは宮殿でごゆるりとお過ごしください。城下町に出たいようでしたらあらかじめお伝えいただければ護衛は付けますが自由に散策していただけます」
「わかりました。ありがとうございます。体を動かしたいので訓練場を使わせていただきたいですが良いでしょうか」
「どうぞお好きな時にご利用ください。フェルディナンド、ご案内しなさい」
「わかりました。ウィル、よければこの後すぐ案内するぞ」
「ああ、頼むよ」
「リンカ様は『聖女アスカの日記』をご覧になりたいとのことなので後でお部屋にお持ちします」
「ありがとうございます。では今日は部屋で過ごします」
フェルが言っていた400年前の聖女の日記。
そこには元の世界に帰る手がかりがあるかもしれない。
食事が終わりウィルとフェルは連れ立って部屋を出ていった。
その姿を横目で見ながら部屋に戻ろうと椅子から立とうとしたところでエドゥアルド殿下がふたりの後ろ姿を見ているのが気になった。
『聖女アスカの日記』は全12巻の大作だった。
部屋に文官さんがカートに乗せて持ってきて何事かと思ったが冊数が多いし重要文化財でもあるので落とす事なく大事に運びたかったのでこういう形になったらしい。
…一冊だけかと思っていたんだけどそうだよね、日記なら筆まめな人なら何冊にも渡るよね。わたしの見通しが甘かった。
気合いを入れて第1巻を手に取った。
予想の通り日本語で書かれている。
これまた異世界あるあるでこの世界の文字も言語も違うのに、会話も読み書きも召喚されたときからマスターしていた。
古語や今はもう廃れて使われていない言語も問題ない。
ちなみにこの世界の言語は世界共通で魔王や四天王も同じだ。
以前魔王側から今はもう亡き国に手紙が届いたそうだが共通語だったそうだ。
ただし国によっては廃れた言語をなんらかの形で使っているらしく、このロンバルディ王国も王家関係は古いこの辺りで使われてた言語から名付けているそうだ。
日記を読みすぐ把握したのは、聖女アスカは日本人の女子高生で18歳でエルグラン王国に召喚されたこと。
それからアスカさんの本名は、佐藤澪。
大学受験を控えていたのに無駄になったと憤慨している。
地方の国立大にいこうとしていた頭の良い人だったようだ。
そしてこれだけ継続して日記を書いたのだからコツコツ真面目に勉強や聖女のお仕事に向き合ったのだろう。
この頃のエルグラン王は彼女を丁重に扱ったようで、半年ほど聖女教育にかけ、他国にも勇者パーティーに相応しい人物を問い合わせて10人で魔王討伐に向かったらしい。
これでも少数精鋭にすべく選抜したらしい。
なんとうらやましい。
呼ばれるなら400年前がよかった。
エルグラン王国からは勇者アレクサンダーと聖女アスカ、ロンバルディ王国からは魔導士フェデリコ、あとは知らない複数の国から
神官ルイ、精霊士ステファニー、剣士ヘルト、魔導士ツヴァイ、槍使いミケル…
ん?
ツヴァイ。
記憶に蘇るのは魔王配下の四天王、氷の魔法を使う白い男。
白い髪に白い長衣をきたあいつは、ツヴァイと名乗った。
まさか、という考えが浮かぶ。
さらに読み進めると勇者パーティーは順調に旅を続けて各国の凶悪な魔物を倒しながら北を目指していく。
ツヴァイという人物は白い髪に黄色の目の一匹狼らしい。
仲間と馴れ合わず効率を重視し感情は不要という考えのため意見の違いからよく仲間と揉めたらしい。
そして理知的で冷静、魔導士としては魔力が強く超一流。
顔もいいし性格さえ良ければ惚れていたかもしれない、とアスカは評している。
アスカさん自身はパーティーメンバーのフェデリコといい感じになったようだ。青春していらっしゃる。またもやうらやましい。
いよいよ魔王の支配領域に入ったようだが、当時の支配領域は現在よりも北にあったようだ。
400年の間に国がいくつか滅んだようでやるせない。
一年と少し掛かって魔王城にたどり着いた彼らはやはり四天王と戦っている。
ただ、四天王の記述で気になる相手がいる。
魔獣使いガエルという筋骨隆々なガタイのいい男だ。
わたしたちも魔獣使いのガエルという男と戦い倒している。
同一人物?
それとも名前を継いだ子孫だろうか。
そしてついに魔王と対決する。
魔王は黒髪に紅い目の美丈夫。
美形かは顔を見てないのでわからないがわたしが会った魔王と色合いは同じだ。
時間をかけて剣や槍や魔法や精霊の助力で魔王を弱らせていき、最後は勇者の剣に胸を貫かれついに倒した。
亡骸は聖女がありったけの神聖魔法を放ち消滅したそうだ。
こうして世界から魔王や魔族は消え、人々は平和を手に入れた。
魔物はそこかしこに出没はするが弱体化し被害は大幅に減った。
魔王の支配下にあった地は瘴気が濃く残されたままになっており、人には住めない環境のため亡国の再興は断念され避難民たちはそれぞれ世界中に散らばって新天地で暮らしていくことになった。
聖女アスカ自身は仲間の魔導士フェデリコと生きていく道を選び、このロンバルディ王国で夫婦となった。
フェデリコは実家の伯爵家を継ぎアスカは伯爵夫人になり、仲睦まじい夫婦となり子供や孫にも恵まれた。
幸福な人生だった。
これが『聖女アスカの日記』の全容だった。
残念ながら帰る手がかりはなかった。
ただ、意味深な記述が最後の日記帳、第12巻にいくつか書かれている。
晩年に人生を振り返って思ったことのようだ。
それは3つ。
一つ、魔王討伐ののちそれぞれ故郷に帰ったがツヴァイは消息不明になっていたがどうしたのだろう。
一つ、魔王を倒した際に自分たちは全力を出し尽くして限界だったが、魔王は瀕死という感じには見えなかったにもかかわらず勇者の剣に貫かれた。
一つ、帰り方について一切誰からも何も聞かされなかったが、帰る手段は本当にあったのか。
聖女アスカのいた時代をを200年前から400年前に変更しました。




