95 黒い魔法陣の術者
先週はお休みしましておまたせしました。
いつもより早い時間の投稿です。
テオドール王子は亡き王妃の部屋のドアノブに手を伸ばすも寸前で引っ込めた。
「おっと、術で開かないようになっているのだったか」
「人によってはだ」
「殿下、そのままドアノブをひねってください。僕の予想では殿下は入室できます」
「? なら、いくぞ」
なぜかヴラドは王子は術が無効化される対象だと考えているようだ。王子が不思議そうにしながらドアノブを回すと問題なく扉が開いた。
「…扉に術はかかったままなんだろう? なぜ俺は開けられたんだ?」
「術をかけた側が殿下はいつでも入れるようにしているのでしょう」
「…メトセラール公爵がか? どういう魂胆…ああ、あれか、息子である俺なら母の部屋に出入りする頻度が高いだろうから、術をかけているのに気づかれる可能性が上がる。するとあれこれ探られるとまずいと考え、はなから術が発動しない対象にしておいたとかか?」
「ああ、お前様はやりそうだな!」
たしかに王子は気に掛かったら細かく調べそうだから相手は嫌がりそうだ。
「自分でもそう思う。ただ残念ながら俺は魔法系の資質が低いから気づかない気もするが」
「うーん、公爵ですか。首を突っ込まれるのを嫌がったのはそうでしょうが…」
「どうしたヴラド? うんうん唸って」
「いえね、情報収集で違った側面が見えてきてねーー」
「おい、情報交換は後だ。魔法陣を覆う絨毯を剥がす、手を貸せ」
部屋の絨毯の上で魔王が腕を組んで待ち構えていた。気になる話題だったけれど魔法陣に用があったのだからそちらを先に済ませよう。みんな話を切り上げて室内に入り絨毯の周囲に集まった。
「すまんすまん! これを切れ目を見つけ剥ぐのだったか?」
ガエルとテオドール王子が側近と共に絨毯を手で撫で切れ目を探し、花の模様と下地の境目を探るといくつかの位置に指先を差し込んだ。境目を見つけたようだ。絨毯の中心部を端から捲り上げ、直径2メートル程を円形に取り除くと、石づくりのゆかに二つの魔法陣が現れた。
神聖な気配を漂わす白くわずかに発光する魔法陣と、それを同じ大きさで上から覆う嫌な気配のする漆黒の魔法陣だ。
「白いものは地下神殿に行く女神アールストゥの力で作られた魔法陣。黒いものは瘴気を感じる。そちらは邪神信仰者側に作られた魔法陣だろう。白は黒に押さえ込まれ、一部は破壊され瘴気が流れ込む道ができている。地下に、女神に瘴気を流し力を失わせている手段がこれだ」
「待ってくれ、どちらも転移の魔法陣なんだろう? 黒いほうに白いのを壊す力があるのか?」
王子の疑問はもっともで、転移する機能だけだろうにそんなことできるのだろうか?
すると魔王は目を細めて魔法陣を見つめた。
「通常はそうだ。しかしこの魔法陣の術者は嗜虐性のある者のようだ」
「嗜虐性?」
「地下神殿へ通じる転移の魔法陣の上にあえて別の転移の魔法陣を設置した。これは下にある魔法陣を屈服させたいという征服欲からする自尊心の高い術者がする行動だ。"己の方がお前より優っているぞ"とな」
「あえて同じ場所に魔法陣を置いたのは見た事がなかったから疑問だったがそんな理由か!」
「いるよねー。やたら他者に張り合う鬱陶しい輩」
「おたくは剣士かと思いきや魔法にも造詣が深いんだな。なぁリンカ嬢?」
「えっ、あ、はい、そうみたいです」
「おいそこ、無駄話をするな」
突然王子に話しかけられ驚いた。さっき思い出話をしたから距離感が縮まって話しかけ安くなったのかな? と、魔王が割って入り続きの解説を始めた。
「そして黒い転移の魔法陣、ここには外から瘴気石が送られてくる。それを術者が受け取り、瘴気を黒い魔法陣に取り込む。黒い魔法陣は力を増し、強大な力に圧迫され白い魔法陣の構造が破損する。その結果、黒い魔法陣から瘴気が白い魔法陣に流れ込み、転移の機能で地下へ行き、女神を瘴気で汚染する。それを繰り返し繰り返し行い、徐々に女神から力を奪っていったのだろう。遅効性の毒を獲物に注ぎ弱っていく様を見て、命を狩るその時を指折り数えて待っているのさ」
なんとも背筋の寒くなるやり口だ。いくら女神とはいえは恐ろしい思いをしているのではないだろうか。
「嗜虐性ね、確かに性根が歪んでいる。魔法陣の術者は誰だ、女薬師か、それとも男神官か?…」
ここでわたしはひとつ引っかかった。黒い魔法陣には瘴気が利用されているようだけれど、今まで邪神信仰者で瘴気を魔法に使っていた者はいなかったな…
瘴気を使うのはいつも自分や他者を魔物化するときだった。魔法にも転用できたのか。
「女神アールストゥ様と繋がりがある王女殿下は事情はご存知ないでしょうか?」
「そうだな、シャルロッテは女神から何か聞いているかもしれない。起きているなら会えないか使いを出そう」
妹とはいえ事前に訪問を知らせる必要があるため従者が一人使いとして退出した。
「王女殿下はあれから容体はどうでしょうか?」
「熱が下がり落ち着いているとリュフト侯爵邸から帰った際に聞いているから大丈夫だ。気を遣わせたがリンカ嬢のおかげで妹はもう心配ないさ。ありがとう」
「あ、いえ、元気になってよかったです。王女殿下とはあれから会話はされましたか?」
「いや、眠っていたからまだだ。そろそろ起きてるだろうから隠し事をきっちりこの兄に根掘り葉掘りつまびらかにしてもらわなければな、ふふふ」
どうも長年あれこれ秘密にされたためご立腹のようで目が座っている。
「あの、病み上がりですからお手柔らかにしてあげてくださいね…?」
「仕方ない、恩人のお願いとあらば聞かないと。ぎっちり問い詰めるのは明日からにしよう」
ごめんなさいシャルロッテ王女。猶予は今日の分しかないようです。それでも秘密にしていたのは事情があったからだと思うから、なるべく粘って王女の猶予期間をもぎ取るべくがんばることにした。
「ま、まあまずはちゃんとお食事をとってもらって体力を回復させてからで」
「ああ、そうさな、あいつの好きな苺のケーキでも用意するか! ずっと薬膳食だったから大好きな甘いものが恋しいだろうからな」
「いえ、病み上がりにケーキはちょっとーー」
バターをふんだんに使うケーキは胃がついていかないだろうからもっと胃腸に優しい物から、と止めようとすると大きな音を立てて足音が近づいてくる。
「殿下!!」
使いに出した従者が血相を変えて扉を開けたままだった部屋に飛び込んできた。ただごとではない雰囲気に場の空気が引き締まる。
「何ごとだ?」
「お部屋に向かったところ、シャルロッテ王女殿下がおられません! 部屋の中では侍女が、部屋の前では騎士が倒れています!」
「シャル!?」
異常事態に王子が部屋を飛び出し、わたしたちも後を追った。
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