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91 王妃の部屋と暗躍する者たち

テオドール視点からはじまり、最後は元の視点に戻ります。

地下神殿入り口への転移の魔法陣が子どもの頃からさんざん出入りした母上の部屋にあるだと?

想定外の身近な場所に絶句した。



「…部屋のどこに?」

「床に転移の魔法陣があるのです。むやみに人目に付かぬように絨毯で覆い隠してあります。実は切れ目が絵柄に沿って入っていまして、そこを剥がせば床の魔法陣が目視できましょう」

「…あの花のたくさん描かれた絨毯では床に這わなければ到底気づかなそうです。実行すればマナー違反で手を棒で叩かれてしまったでしょう」

「ふふ、うまくやったでしょう? 使用人にも国王陛下にも殿下方にも、誰にもバレませんでしたし」



ウインクをしてイタズラの成功を喜ぶ子どものようににやっと笑う伯父に苦笑した。もしかすると母もさんざん自室に出入りしても気づかない俺や父の姿に同じ笑いを浮かべていたのかも知れない。



「元々は立ち入りできぬよう結界が張られた閉ざされた部屋でした。それを改装して自室としたのです。そうすることで自分で見張りや神殿への出入りがし易くなり一石二鳥になりました。私も神殿に向かうには人目を避けて入室していましたが、妹を訪ねただけに見える状況になり気が楽になりました」

「見張るとは見事な忠誠心と褒めるべきか。しかし物騒な物言いですね。神殿を嗅ぎ回る盗賊でも出たのですか?」

「ええ、そのようです」



茶化した合いの手に不穏な返答がきた。それはもしかして協力者たちが追っている者たちだろうか。



「邪神信仰者、ですか?」

「ご明察です。数十年前からあの城には侵入者が頻繁に入り込み秘密裏に処理されてきました。その者たちの体には共通の印が肌にありました。胸のところに丸の周りをひし形で囲っている図形のタトゥーです。その者たちは邪神信仰者だと、世界の裏を知っている者は知っています」

「…待ってください。もしや母や伯父上はその者たちに狙われて危険な目に合っていたのでは?」



神殿へ行ける血族の者はいわば入り口への鍵。力づくで従わせ女神へ神殿に招き入れさせようと拉致を企てられていてなんら不思議ではない。



「それは先祖代々の宿命でした。他にも女神の力を欲する不届きものは数知れずいましたが最後まで秘密を守るのが私たち一族の家訓であり誇りなのです」



今まで一族のそうした身を賭した献身によって女神は守られ、王家の預かり知らぬ裏側でこの地は平穏を築いてきたのか。

 


「話を戻しますがその邪神信仰者たちが活発に城の地下神殿への魔法陣を探し始めたのは約50年前からです。その頃は魔王支配領域拡大によりこの地に王家が転居してきた時分です。国内各地で魔物や瘴気がらみの事件が立て続けに起きましたが、この一連の黒幕は邪神信仰者たちではないかと私は考えています」

「時期が合いますからね、可能性はかなり高そうです。しかし、城に頻繁に侵入するのは部外者には難しいはず。ならば…内通者が?」

「私はそう愚考します。あまり考えたくはありませんが城の内部に詳しい者が手引きしているのではないでしょうか」

「…目星をつけている人物が俺にはいます」

「その人物のお名前をうかがっても?」

「…メトセラール公爵です」

「あの方ですか。その先代が陞爵して国内の立場を強くしていったのは同じ時期ですね。しかし、今代の彼は…」

「どうされました? メトセラール公爵が何か?」

「ええ、妹は"彼を信用できる人物"と称していたのです。それに私から見ても国に真摯に尽くす仕事ぶりでしたから…いえ、これ以上はやめておきます。個人的な印象なので殿下に余計な迷いを生んでしまうかもしれませんから。私は私で探ろうと思います」

「母上が?」



それは意外なことだった。母と公爵は事務的なやり取りをしている姿しか見たことがなかった。

母が信用できると言っていたなら彼を疑うのは間違いなのだろうか…

いや、国内の重大事件の時期に家の格を上げ、国の実権を握り、俺を見張るなど先代・当代の動きが怪しいのは確かなのだから揺らぐことなく引き続き探っていこう。



「母上が亡くなってから女神と接触できていないとのことですが、なぜ妹のシャルロッテに女神は宿り接触できたのでしょうか? それに俺もまた母の血を継いでいる以上は血族なのですがなぜ俺ではなく妹だけと繋がれたのでしょう?」

「その点については私にもわかりません。しかし"血の契約を王女殿下と結んだ"という発言からして、私たち血族とした契約とは別に、王女殿下個人と契約されているのではないかと。なにかお心あたりはありませんか? 私が接触出来なくなった日であるステファナが亡くなった日に、なにか王女殿下だけにあったことはありませんか?」

「母上が亡くなった日に…」



そういえば母が病をおして妹だけを部屋に呼び長時間二人きりになった時があった。そのあと数時間後に亡くなったため最後に別れの言葉を送ったのかと思っていたが、もしかしてあの時になにかあったのだろうか?

帰ったらシャルに聞いておく必要がありそうだ。



「他には何か聞きたいことはありませんか?」

「魔法陣を使った神殿への入り方をお教え願えませんか? 女神に訪問するようにお言葉をもらっていまして」

「もちろんです。しかし女神様にお会いできるとは喜ばしくも羨ましいですな。ぜひ私のこともよろしくお伝えください」

「ええ、なんでしたらそちらの手土産でも持って行きましょうか?」



和やかに行き方を聞き終わるとまた伯父が「他には質問は?」と問われ次の質問をしようとしたところ、突然横の剣士が口を開いた。



「部屋に結界は現在張っているか?」

「結界? 母上の部屋に結界など張っていないぞ」

「結界ですか? 魔法陣には隠蔽の魔法をかけ見ただけでは何も描かれていないように見せていますが」

「ちがう。部屋の扉だ。何か結界を張っているか?」

「いえ、妹が嫁ぐ前でしたら立ち入り禁止の結界が張ってありましたが、嫁いでからは今日まで何も結界は施してありません。妹に自室に結界を張ると煩わしいと嫌がられましてそのままです」



剣士の片眉が少し上がった。

結界とは聞いていない話だ。わからないが、何かあちらであったのか?








亡き王妃の部屋でゲーデを通じて念話でテオドール王子とリュフト侯爵の会話を聞いていたわたしと魔王は顔を見合わせた。

あの結界は王子も王妃の身内のリュフト侯爵も知らない。では誰が張ったものなのか。

すると魔王に急にわたしの腰を抱えられた。



「きゃっ」

「静かに。誰か来る」



彼は部屋の大きなクローゼットに素早く近づき、扉を開けると一緒に入りまた扉を少し隙間を開けて閉めた。クローゼットの中は亡き王妃のドレスだろう衣服がハンガーから所狭しと下げられていて、あまり空いているスペースがなく魔王に抱えられたまま体が密着している。

動転していると扉を開ける軋んだ音が響き誰かが部屋に入ってきた。


お読みいただきありがとうございます。

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