89 魔法陣と手がかりを求めて
途中からテオドール王子視点になります。
テオドール王子とシャルロッテ王女の実の母親の王妃は10年前に病で亡くなっている。そして夫である国王は後妻をもっていないためこの部屋はそれからずっと主人のいない空室だ。
「入口の扉には立ち入りできないよう術で結界が張られていた。術を解くか無効化するアイテムを持たなければ通れない」
「そんなものがあったの? …そんな素振りなかったけど解いたの?」
「術の仕組みが見てとれたから扉をくぐる時のみ無効化した」
「…そうなんだ」
初めて見てすぐに術の仕組みを理解して対策したようだ。あいかわらず魔法に無敵すぎる。
「結界を張っているのは王家なのか、はたまた敵なのか。王家ならば亡き王妃を偲ぶために余人の立ち入りを防ぐためといったところだろう。敵ならばこの魔法陣を隠すためなのだろうが…」
そうか、王妃の部屋だからといって王家側が張ったとは限らないか。それはあとで王子に聞かなければ。
「それにしても、どうして王妃の部屋に魔法陣があるのだろう?」
「王妃が邪神信仰者と繋がっていたとは考えにくいな。そもそも女神と接点があるあたり連中とは相反する立場だろう」
「それなら亡くなってから魔法陣は設置されたのかな?」
「おそらくは。しかしなぜわざわざここなのかが気にかかる。使われていない部屋ならば他にあるだろうし使わなくなったとしても王妃の部屋は人の出入りが想定できる。家族なり清掃人なりが入ってもおかしくない。発見されるリスクがある場所に魔法陣を設置するのは不可思議…この部屋である必要がなにかあるはずだ」
魔王は魔法陣があるであろう床を見つめた。
「絨毯を剥ぐか」
「ダメでしょ!? バレるでしょ!?」
「それは敵に? それとも王家に?」
「どっちにバレてもまずいよ!」
床全面に貼り合わせてあるホテルの床のようなタイプだ。剥ぐとなると一部だけ切り取る形になるだろう。それは破壊行為だ。
敵にバレたら襲われそうだし、王家にバレたらお説教どころじゃないだろう。損害賠償とか請求されるかもしれないし問題人物として出禁にされて城を追い出されるかも。
「バレたらバレたで構わんが。なにかしら動きがあるだろうからな」
「構いなよ」
「仕方ない。お前に免じて見送ってやろう」
「見送り? ねえ、諦めるんじゃなくて見送り?」
「それから気にかかるのは、何に利用しているかだな」
あやしい発言をはぐらかされたような気がするけれど、それはそれとして横に置いておく。
「…鉱山跡では瘴気を溜め込んだ瘴気石を魔法陣を使って転送していたようだったよね」
「40年前はそうだ。鉱山が完全に手放されたのはそれからもっとあとだろうが現在は放棄されている。この出口だけ残していても意味がない」
「それもそうだね…」
たしかに一方通行の片方が使えないんじゃ意味がない。すると魔王がまた手元にある布の魔法陣に魔力を流した。そのことでその出口である床の魔法陣が絨毯ごしでも遮られることなく強くはっきり形が分かるほど光った。さっきより多く魔力を流しているようで魔法陣から魔力が出てくるのがはっきりわかる。しかしこれほど多いのはまずいのではないだろうか?
「ねえ、こんなに魔力を流したら誰か気がついてここに来るんじゃない?」
「まぁ慌てるな。魔法陣の作りをしっかり確認するためだ」
体感的には十秒くらいだろうか、魔力を流した魔王は光る魔法陣を見つめ魔力の供給をやめた。そして念話を使用してヴラドを呼んだ。
"お前の部下達、オーランドに入っているな"
"ええ、あちこちで邪神信仰者を嗅ぎ回っていますよ"
"これから指示した地点に向かわせろ。転送の魔法陣があるはずだ"
"へぇ? 御意に"
魔法陣があるとはどういうことだろうか? ここ以外にもあるということだろうけれど…
念話を切り上げた魔王に質問しようとすると頭の中に声が響いた。
"王子がこれから面会する。回線を繋げておく"
ゲーデが護衛としてついていったテオドール王子に動きがあったようだ。母親である亡き王妃の兄に面会するとは言っていたけれどずいぶん早い。無理を言って急遽押しかけたのだろう。
「お久しぶりです、伯父上、いえ侯爵。突然押しかけてしまい申し訳ありません」
「いえいえ、殿下が会いにきてくださり嬉しく思います。急ぎの仕事もありませんからご心配には及びません。どうぞ我が家だと思い気楽になさって下さい」
「ではお言葉に甘えて」
母の兄であり伯父のリュフト侯爵には子どもの頃に可愛がってもらった。
母が存命だった頃には母と幼いシャルロッテと共にお茶会に招かれて、歳上の従兄弟達と剣や馬やらで遊んでいた。ときに仕事を抜け出してきた伯父とつるんで敷地内で木登りをし、なっている木の実を取り一緒に食べて後々母と伯母に「男たちだけずるい」と嫉妬まじりに叱られた。
堅苦しい王宮のストレスを思い、発散させるためにあえてあのように振る舞ってくれたのだろう。温かな思い出として記憶と心に残っている。母が亡くなってからは俺は瘴気や王城のことばかりだったので足が遠のいてしまっていたが。
「それで、お話とは何でしょうか? 緊急とのことでしたが」
「母と、アールストゥ様に関するあらゆること全てについて、です」
にこにこと朗らかに笑んでいた伯父の表情が引き締まった。
俺は王城であったことと、昨日運命的に出会った協力者たちの話を始めた。
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