11 ロンバルディの国王一家
ダライアスを出発し一路王都を目指してわたしたちは北上している。
王都への街道は整備されていて馬車の揺れが少なく快適だ。
馬車は内装が品良く整えられ座席もクッションが効いて体への負担が少ない。
わたしたちは馬車3台と護衛騎士に周りを固められて進んでいる。
先頭の馬車にウィルとフェルディナンド、2番目の馬車にわたしとお付きの侍女さん、3番目に他の侍女や従者が乗っている。
ちなみにカフェでお金を払った人はフェルディナンドに子どもの頃から支えている従者という身の回りのお世話をする人らしい。
名前はリーノ。乳母の息子で乳兄弟だそうだ。
この世界、王侯貴族は乳母がいるのが当たり前だそうでウィルもいたらしい。
わたし付きになった侍女さんはアンナさんという20歳の女性だ。
子爵家の出身でフェルディナンド殿下のお墨付きの有能な女性らしい。
わたしの看病の甲斐甲斐しさや身支度の手伝いの手際の良さ、そして落ちついた物腰の柔らかさなど納得の有能さだ。
「聖女様、明日の昼には王都に着く予定ですので今日はこの町の宿に泊まります」
わたしの体調に気遣ってゆっくり馬車を走らせてくれたそうで余裕をもってスケジュールを組んでくれたらしい。
ありがたいことだ。
「わかりました。それからわたしのことはリンカと呼んでください」
「ありがとうございます。光栄です。喜びのあまり舞い上がってしまいそうです。ではわたしのことはフェルとお呼びくださいリンカ様」
いっきに愛称呼び? ウィルも愛称で呼んでないのに距離急に詰めすぎじゃないか女たらし。
「フェルディナンド、リンカに粉をかけようとしたら斬るよ」
「リンカ様に力を抜いて楽にしてもらおうというおれの気遣いをわからないかなぁ友よ」
ウィルのマジな声の釘さしにもどこ吹く風で調子良くしゃべる。
彼なりのわたしの緊張をほぐそうという優しさのようだ。
「わかりましたフェル殿下、お気遣いありがとうございます」
「呼び捨てにしてもらってかまいませんよ。言葉づかいももっと気安い感じにしてもらえるとわたしが喜びます」
「フェルディナンド」
「…それはおいおいで」
王都ロンバルディーアの魔物対策の城壁にかこまれた街が見えたのは予定通り翌日の昼頃だった。
城壁の上には見張りもいて国旗らしき旗も掲げられている。
門番にわたしたちの話は通っていたようですんなり街に入れた。
車窓から見た街は石畳がしかれ綺麗に建物が整然と並んでいる。
そこかしこの家屋の軒下に鉢植えが下げられ花が咲いている。
見上げれば上階のバルコニーにも鉢植えから花がみえる。
王都は別名『花の都』と呼ばれ色とりどりの花が年中見られる場所として近隣の国々に知られているそうだ。
『花の都』の名は比喩ではなく実際に飾っているのだ。
国の特産品が花だそうで、景観が良くなるというのと他国からのお客様への宣伝を兼ねている、とフェルが教えてくれた。
「花が他国に売れるのか。届いた頃には枯れないのか」と聞くと観賞用というより薬用に乾燥させて出荷する需要が多いのだという。
花が薬の材料になるとは思わなかった。
観賞用の生花としても長持ちする薬剤を開発してあるので隣国なら問題なく咲いていられるらしい。
道を進むと石畳を敷き詰めた綺麗な広場に出た。
そして広場の先には王宮が見える。
王宮の敷地内を馬車に揺られ宮殿入り口に着き馬車は止まり、扉が開けられ従者のリーノに手を貸され馬車を降りた。
ひと足さきに降車したウィルはこちらに歩いてきた。フェルは迎えた鎧姿の騎士と言葉を交わしてわたしが降車したのに気づいてこちらに振り返った。
「王と王妃が応接間にてお会いしたいとのことです。お二人ともよろしいでしょうか?」
「はい、僕はかまいません」
「わ、わたしもかまいません」
フェルもウィルも外向きの態度に変えるようだ。
事前に言っておいてほしい。アドリブには弱いのだ。
それに謁見の間ではなく応接間というのは非公式な顔合わせとすることなのかな。
わたしたちを隠す方向でいくのか、大々的に発表してく方向に持っていくのかは話し合い次第だ。
迎えにきた騎士が先導し、宮殿のなかを奥へと進んでいき廊下の内装の様相が変わった。
王族のプライベートスペースに入ったのだろう。
一行はひとつの扉の前で止まった。
「フェルディナンド第二王子殿下とお客人をご案内致しました!」
「入れ」
「失礼いたします」
先導した騎士がノックし室内に声がけすると落ち着いた低めの声が許可を出し、フェルが扉を開けわたしたち3人は入室した。
「父上、母上、本日はお時間をいただきありがとうございます」
「よい、フェルディナンド。座りなさい。御二方もまずはお掛けください」
応接用ソファーに案内されわたしとウィルは隣り合って長ソファーに腰掛けた。
ウィルの向かいには赤髪の40代と思しき男性、国王陛下。
わたしの向かいには茶髪の同じく40代と思しき女性、王妃陛下。
お二人ともフェルと同じエメラルドのような綺麗な緑色の瞳をしている。
フェルの顔立ちはお父さん似のようだ。
目元の感じがよく似ている。
わたしの90度右隣の一人がけソファーにフェルが座りわたしたちをお二人に紹介してくれた。
両陛下も名乗ってくださり、労いの言葉を掛けてくださった。
「御二方の経緯は聞いております。亡命の希望を受け入れます。どうぞ頼ってください。我が国は全面的に御二方の御力になりましょう。その上で申し訳ありませんがもう一度経緯をお聞かせ願えますか。重要なことですので紙に控えさせていただきたい」
「はい、では最初から詳しくお話しします」
一連のことをわたしたちはフェルに話したことと、それに加えて思い出したもっと細かい会話なども洗いざらい話した。
時間は瞬く間に過ぎ気づけば夕陽が応接間を照らしていた。
「ありがとうございます。着いたばかりだというのに長々とお話をさせてしまい申し訳ない。これで一旦仕切り直しましょう。…わたしも内容に動揺してしまい平静を保つのがつらい。夕食を共にしたいところではありますが旅の疲れもおありでしょうから今日はお部屋でゆっくりお寛ぎください。夕食も運ばせましょう」
「お言葉に甘えさせていただきます」
「ありがとうございます」
「ウィリアム殿下とお父上のお話しをする楽しみはまた後日にとっておきます」
「ふふ、楽しみにしています」
正直馬車移動の疲れがあったから助かった。
国王陛下からは気遣いを感じるしわたしたちの話を熱心に聞いてくれた。
そしてこのウィリアムへの情を好意的に感じる。
きっとこの方は信用できる、言葉通り力になってくれるだろう。
ウィリアムもわたしと同じ気持ちだろう。
嬉しそうな顔をしている。
「リンカ様、困ったことやご希望があればなんでもおっしゃってくださいな。なんだってお力になりますからね」
王妃陛下には涙ぐまれながら手を取られ優しく握られた。
王妃陛下はわたしにえらく同情してくれたようでその後それはもう気にかけてくれるようになる。
そして「フェルディナンド、貴方がしっかりお守りするのですよ!」と息子に言い聞かせている。
当の息子はたじたじになっているがそんなことお構いなしだ。
と、そこで扉の方からノックがあった。
「陛下、第一王子殿下がお越しになられました」
「おお、執務が終わったか。入れ」
「失礼致します」
扉から入ってきたのは茶髪に緑の目の20代前後だろう男性だ。
第一王子ということはフェルのお兄さんか。
「御命令に従い参りました」
「ああ、ご苦労、よく来たな。御二方に紹介しましょう。第一王子で王太子のエドゥアルドです。フェルディナンドの兄です」
「エドゥアルド・ロンバルディです。ウィリアム殿下と聖女猊下に置かれましてはお初にお目にかかります」
「ご丁寧なご挨拶痛み入ります。ウィリアム・エルグランです」
「こ、こちらこそはじめまして、リンカといいます。よろしくお願いします」
フェルのお兄さん、非常に真面目そうだ。
実の兄弟だそうだけど弟とは第一印象が真逆だ。
あとこちらは王妃陛下似の顔立ちだ。
「…フェルディナンド、戻ったのか。宮にはしばらく居るのか」
「ええ、友人たちが心配なので当分は居るつもりです」
「…そうか」
兄弟の間に微妙な空気が漂っているような。
フェルの雰囲気もいつもより硬い。
…仲悪いのかな。
「エドゥアルド殿下は政務をされているのですか?」
「はい、父の仕事を手伝っています。跡取り教育の一環でもあるのです」
「実務を経験すると身につきやすそうですね。お恥ずかしながら僕はそういった経験がないもので見習いたいです」
「…なにをおっしゃいます。魔物討伐という軍務をされておられるではないですか」
ウィルが空気を読んだのかお兄さんの気を逸らしてくれて会話…というよりは社交をしている。
無口なわけではないようだ。
堅物そうだしとっつきにくそうで無表情だけど。
そして愛想はなさそう。
フェルの方を見ればお兄さんとウィルの方を見ていたがわたしの視線に気づいたようでウインクを飛ばしてきた。
そういうのいいから。
さっきの硬い空気を霧散させたフェルは黙ってふたりを眺めていた。
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