85 謎の声と天啓
お待たせしました。
シャルロッテ王女から聞こえるけれどシャルロッテ王女の声ではない。王女の口は動いておらず、だいいち王女はいまだ健やかな寝息をたてて眠っている。不思議な状況に戸惑っているとみんなが隣室から入ってきた。
「リンカどうした!」
「シャルが光っている!?」
みんな異常事態と判断してやってきたようだ。魔王はすぐさまわたしを背に隠すように立ち、その左右にガエルとゲーデはいつでも飛びかかれる位置についた。その向こうからテオドール王子は王女をじっと見つめている。
「妙な気配がしたから愛らしい姫君の寝室に踏み込む失礼をしたのだけれど、これはこれは、どういうことかな?」
「瘴気は感じないな。敵意もない。では敵さんの仕業ではないか」
「かといって安心できる相手とは限らない」
うちの一派が敵ではないと判断を下している中、魔王が低く警戒するように声を上げた。
「なにものだ?」
"まぁ、これほど大勢の人間に一度に会うのは久しぶりねぇ。あらあら、そんなに怒らないで。わたしは悪い者ではなくってよ?"
「シャルから別人の声が…! しかしこれは…」
"ああ、テオドールね、大きくなった"
「なに?」
テオドール王子は意外と冷静に妹姫の置かれた状況を観察していたものの、謎の声の発言に面食らった声を上げた。しかしすぐに気を取り直しこちらから話しかけた。
「俺を知っているのか? あいにく人に憑依するなんていう幽霊の知り合いはいないんだが」
"ふふ、幽霊だなんてことはないから安心して。実体はないのだけれど生きてる存在よ。ただ力が弱くなってしまったから本当の姿で会えないの。残念だわ"
『人の妹に取り憑きやがって』と文句をのせて正体に探りをいれて幽霊扱いをしたのだろう。実体はなく生きている、そして力を失くしている、というと浮かんだ可能性はーー
「まさか…、あなた様は神の一柱でしょうか?」
今はいなくなってしまったはずの神さまではないか、わたしと王子の考えが一致したようだ。王子は先ほどとは打って変わり丁寧な口調に直してお伺いをたてた。
"ええ、そうよ。わたしは地の女神アールストゥ。永くこの地を守護しているものよ"
テオドール王子、ヴラド、ガエル、ゲーデが片膝を立ててひざまずいた。魔王一派の3人はもはや人外とはいえ神に対して不敬をはたらくわけにはいかないと思ったようだ。わたしも慌ててそれにならおうとしたら手首を魔王に掴まれ止められた。女神様にたいして立ったままではさすがに魔王と聖女といえどあまりに不敬ではないだろうか。
「ね、ねぇ、女神様に失礼でしょう?」
「俺たちはその女神たちが力足らずだった代わりに世界のため貢献しているんだ。ようは後始末を押し付けられている立場。俺とお前が膝を折る必要はない。そうだろう、女神アールストゥ?」
"ええ、貴方の言うとおり貴方達がわたしに礼をとる必要はないわ。苦労をかけてごめんなさいね"
「い、いえ…」
確かに創造神ゲオルギウスの暴走を女神たちが止めていればいまごろ瘴気に悩まされることはなかったわけだけれど…
その暴走の発端は人間が関わっているのだからまったく責任がないわけじゃないのでは…
そうわたしが頭の中でぐるぐる考えていたこのとき、女神のわたしたちに対する接し方をテオドール王子が観察していたと後々魔王から聞いた。わたしの正体には気づいてはいたわけだけれど、魔王は彼の目にどう映ったのだろうと気にかかった。
「女神アールストゥよ、拝謁でき光栄です。しかしなぜ貴方様が妹の体に宿り、わたしたちにお言葉をかけてくださったのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
"ええ、わたしの力はまだ弱く、あまり長く話ができません。ですから手短に話します。質問に答えて上げる余裕はないので聞いていてください"
「わかりました」
「ならば先ほど長々と話さなければよかったのでは…ぐぅっ」
「ガエル、静かにしていましょうね〜」
「空気読んで」
失言をした者を二人がかりで締め上げ黙らせたようだ。これはガエルが悪いので二人がよい仕事をした。
ここからは女神の話を質問を挟まずに聞こう。
"まず、わたしはこの子と血の契約を結んでいるため繋がっています。ですからわたしの瘴気による不調がこの子に影響を与えて伏せらせてしまっていたのです"
女神がシャルロッテ王女と血の契約を結んでいるということは、両者はどこかで接点があったのだろうか? テオドール王子はわたし以上に気になっているようで眉を寄せているけれど、聞きたいのを我慢してぐっと堪えている。
"しかしあなたがこの子の瘴気を浄化してくれたことで、わたしの中の瘴気も一部浄化され、少々動けるようになりこうしてお願いをしに来たのです"
お願いとは何だろう?
"この地の下に、わたしが祀られている神殿があります。そこまで降りてきてわたしに会い、地脈を浄化してください。でなければこの土地は瘴気に完全に呑まれ、不毛の大地となるでしょう"
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