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83 シャルロッテ王女の治癒

今回は少し長めです。

テオドール王子が呼びかけると、妹のシャルロッテ王女の部屋の扉が内側から開き、侍女の若い女性が顔を覗かせた。



「テオドール殿下、お越しをお待ちしておりました。しかしながら延期にしていただきたいのです。姫様は早朝はお元気でしたが、徐々に体調を崩され現在は発熱されておりまして…」

「! シャルの熱は高いのか?」

「はい、高熱でして安静が必要だと医師が申しております」

「そうか…」



王女は寝込みがちとは聞いていたけれど体調が変わりやすいようだ。すると部屋の奥から弱々しい可愛らしい声が届いた。



「いいのよヘルダ… お兄様をお通しして。少し寝たら楽になったの。お顔を見たいわ…」

「はい、姫様…」

「…シャル、入るぞ。麗しの兄が顔を出しにきたぞ」



王女は熱で浮かされながらもテオドール王子とわたしたちを招き入れた。熱が出て辛いだろうにいいのだろうか? 部屋に入っていいのかためらっているとヘルダと呼ばれた侍女さんがそのわたしの気持ちを察して優しく話しかけてきた。



「姫様はいつ天に行くことになるかわからないからなるべく起きている間に大好きなお兄様のお顔を見ておきたいとおっしゃっているのです」

「そんなにお体が…」

「…姫様が体調を崩して寝込む日も時間も日に日に伸びています。医師や薬師や神官も何かの病か、あるいは毒も疑われましたが原因が分からず、体に良いとされる滋養のある食物や薬草茶を取り入れて自己治癒にかけているのですが思わしくなく… そのため悲観的になっておられるのです。それでも王子殿下にお会いするとお気持ちが上向きになるのでご本人が望まれたら会うと王子殿下とわたくしめとで取り決めているのです」

「テオドール殿下が気力の回復薬になっているんですね…」

「ふふ、そうですね。…あなた方は王子殿下が信頼しているお客人だとお聞きしておりますので遠慮なくご入室ください。姫様も喜んでお会いするとおおせでした」

「では、失礼します…」



部屋は淡い桃色が使われた家具が多く、カーテンも花柄で全体的に可愛らしい。続き部屋の寝室にはたくさんのレースを施された寝台があり、純白の寝具の真ん中にブラウンの少し癖のある長い髪の女の子が横たわっていた。そのすぐ側で猫脚の椅子に座ったテオドール王子がシャルロッテ王女の頭を撫でていた。

そのシャルロッテ王女はわたしたちを視界に収めると起きあがろうとしてテオドール王子に押し留められ、申し訳なさそうな顔をした後に赤い顔に笑顔を浮かべて話しかけてきた。



「紹介しよう、妹のシャルロッテだ」

「はじめまして、オーランド王国第一王女のシャルロッテといいます。こんな体勢でごめんなさい。お兄様にお力添えしてくださるのでしょう? 周りを振り回してばかりいるお兄様の無茶にお付き合いくださり感謝します」

「はい、よろしくお願いいたします。レディ」

「よ、よろしくお願いします」



ヴラドは貴族らしく上品に挨拶し、他三人は軽く顎を引いて返し、わたしは辿々しいものになった。

瞳が大きくまつ毛がふさふさ、くちが小さく、笑顔が可愛い美少女で、鈴が転がるような声とはこのことかと思う可愛らしい声。そんな少女が熱で辛そうなのに一生懸命平気なふりをして挨拶を返してくれて胸が苦しくなる。



「おいおい、お前は俺の母上か…」

「あら、事実でしょう? この前は異国で瘴気を浄化できる道具が開発されたと聞いて政務を秘書官に押し付けてお出かけになりましたでしょう? その前は聖教会に聖女様がいらっしゃっていると聞いて誘拐を企てているのをわたしがお止めしました。その前は魔物を捕らえて瘴気研究をするのだと騎士団を動かそうとなさいましたし」



聞き捨てならない話が聞こえた気がするけれど後で問い詰めるべきか。



「あー、あー、俺が悪かった。頼むからもうこれ以上お客人たちからの兄の評価が落ちるような過去の話を蒸し返さないでくれ」

「あら、ご自分の行動が問題があることは気づいていらっしゃっるのね?」

「その時は最高の決断だと思っているんだぞ? 本当に良いものは早い者勝ちだしな」

「いつもの冷静なおつむでちゃんとお考えになってくださいましね? っごほっごほっ」

「! ほら、安静にしていろ。熱がまた上がったんじゃないか?」



とてもしっかりしているお姫様のようで、子どものような言われように王子はがっくりと肩を落とした。

軽快なやりとりに仲の良さが伝わってくる。

しかし長く話して体力を使ったのか咳をしたあと息を乱している。やはり体調は良くないのがみてとれる。

そして一目見た時からその体に関することでわたしは動揺していた。挨拶が辿々しくなってしまったのもそれが原因の一つでもある。それはーー



"どうしたリンカ"



わたしの様子の変化に魔王が気付いたようで念話で話しかけてきた。



"うん、その… 王女の体調が悪いの原因がわからないって話だったでしょう?"

"医師や薬師ではわからないため病気でも毒でもないだろうと言うことだったな。わかったのか? お前がわかったと言うことは、つまりーーー"

"うん、この王女様の中に、瘴気が見える"



それは黒い(もや)のようにして体の内側全身に広がっている。その濃さは魔王支配領域内の空気中のよう。当然人の体の中にあっていい濃さではない。



"魔物化してないのがおかしいくらい濃いよ"

"体質的に瘴気に耐性が高いのかもしれんが、肉体的にもだが精神的にも耐性が高いのだろう。よく正気を保っていられたものだ"

"…助けたい"



シャルロッテ王女を瘴気の苦しみから解放したい。

わたしの聖女の力を使って浄化すればきっと体調が良くなるはずだ。けれど聖女であることは気づかれてしまうだろう。そうすればおそらくは邪神信仰者が目の色を変えて命を狙って来るだろうし、テオドール王子を始めオーランド王国の人や聖教会関係者も自分たちの陣営に取り込もうと動くだろう。それは怖い。

けれど苦しんでいる女の子を助けたい。



"リンカ。お前の望むままにするといい"



呼ばれて見上げれば、アメジスト色の瞳が見ていた。



"例え聖女だと知られてもお前のことは必ず守る。俺を誰だと思っている?"

"魔王様…"

"そうだ、その魔王様がついているんだ。どうとでもできる。俺を信じろ"

"…うん"



「では、僕の出番だね」



ヴラドが小声でこちらにウインクしながら親指を立てて見ていた。魔王一派は全員やりとりを聞いていたようで笑顔のガエルも無表情のゲーデもこちらに視線を向けていた。



「申し訳ありませんが、うちのリンカに王女さまのお手を握らせて頂いてもよろしいですか? 彼女は触った相手の体の悪いところを透視できる力を持っているのです」

「なんだと!? そんな便利な力があるなら早く言ってくれ! さあ、ここに座ってすぐに視てくれ」



ヴラドが嘘のわたしの力を説明すると早く早くと急かされテオドール王子が座っていた椅子に座らされた。王女は期待と不安がないまぜになった瞳を向けてくる。けれど弱々しい力で手を伸ばしてきた。希望にすがるかのように。

嘘をついている少しの罪悪感と共に王女の手を握り力を使った。



"ホーリーヒール"



王女の体が淡く光り、みるみる体内の瘴気が浄化されていく。



「これ、は…?」

「え…?」



テオドール王子もシャルロッテ王女も想像だにしなかった光景に驚きの声を上げた。

そして少しの時間をかけて、シャルロッテ王女の体内の瘴気は完全に消し去ることができた。光は収まり、目を丸くしている二人に向け告げた。



「…終わりました」

「な、なにがだ…?」

「か、体が軽いわ…」

「え…?」

「熱くもないわ、苦しくも、全身の焼け付くような痛みもないわ… わ、わたし、わたし…っ」

「シャルっ」



シャルロッテ王女の瞳から涙がはらりはらりと溢れた。テオドール王子はたまらず寝台に横たわる王女に駆け寄ると、泣きじゃくる王女を抱きしめて泣き止むまでその頭と背中を撫でていた。

わたしはそれを「良かった」と思いながら眺めた。


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