79 幽霊伯爵
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奥の通された部屋は応接室、あるいは高級ホテルのような上質なソファーやカーペットの内装が整えられており、シャンデリアに灯された火で温かい雰囲気に照らされている。
ソファー前の長テーブルには紅茶のティーセットが準備されており、クッキーやフィナンシェなどの焼き菓子が皿に盛られている。
ソファーを勧められわたしたちが腰掛けるとテオドール王子も腰掛けた。
「本当は食事の席を用意するつもりだったんだが予定が狂ったために急遽茶の席を用意させてもらったよ。甘い物はお好きかな?」
「失礼。僕は赤ワイン以外は受け付けないタチでして」
「ははっ なら肉料理が良かったか。ハシゴ酒するほどイケるクチのようだな」
驚いた。
ヴラドが昨夜に酒場を飲み歩きしたことを知っているようだ。ただの"異国の伯爵"のことをなぜそんな前から把握しているのだろう?
「驚きました、よくご存じですね? …それによく僕らに会おうとお思いになられましたね。貴方からしてみれば会いたがっている一客人でしかないでしょうに。お忙しいようですし、異国からの客人もたくさん順番待ちをしているそうではありませんか」
どうやらヴラドも同じ疑問を抱いたようでにこやかにしながらも追求していく。どうやら警戒心を抱いたようでいつもより柔和さは減っている。
その問いに、問われた側のテオドール王子の目が細められた。
「グリューフェルト伯爵。その名を部下から報告を受けて震えたよ。その名を知らない者はモグリだ。諜報界の"幽霊"を」
ヴラドの偽名は有名のようだ。
でも"幽霊"とは…?
「世界各国、数百年の間に度々その名を名乗る金髪の男が現れている。そしてその男が姿を見せた後にはその国で政変や事件が起きる、または事態が何かしら動いている。そして姿を消し行方は知れず。正体不明。つけられた通称は"諜報界の幽霊"、"幽霊伯爵"。まことしやかにささやかれる伝説の存在… その"グリューフェルト伯爵"が現れたなら何を置いても会うさ」
どうやら数百年、ヴラドはあちこちで何かしら動いて歴史の影で暗躍していたようだ。魔王側にとってメリットがあることなんだろうけれど、具体的には一体何をしていたのだろう? 邪神信仰者でも探っていたのだろうか。
テオドール王子は"幽霊"に続けて問いかけた。
「この国には港町にきて、それから旧道に向かったそうだね。残念ながらあんたらの俊足についていける者がいなくてその辺りから王都に姿を現すまでは行動を把握できていない。でも旧道近くにあった鉱山跡が綺麗に瘴気がなくなっていたという驚くべき報告を受けている。あの近寄るのすら自殺行為なほど禍々しい地がだ。俺はあんたらが何かしたと見ている」
彼は鉱山跡でわたしたちが何かしたとは考えているようだけれど、何をしたかは把握できていないようだ。
「…教えてくれ。わからないんだ、あんたらのことが。どんな力を持っていて、何が目的で、何をしようとしていて、何者なのか。このオーランド王国には何をしにきた?」
彼からしてみれば正体不明の謎の力を持った集団が自国で暗躍しようとしている。それは警戒もするだろう。でも、これはこちらの目的を伝えて、協力を取り付けるのにちょうど良いタイミングだろう。
みんなを見渡せばみんなも視線を交わしてうなずき返してくれた。
「では、僕からの要望を伝えさせてもらいますね?」
"幽霊"はにこやかな笑顔で口を開いた。
「僕たちはとある集団を追っています。それはあの鉱山跡を瘴気まみれにした悪しき連中です。邪神信仰者、と言えば殿下もご存じでしょうか?」
「邪神信仰者、噂には知っている。創造神アウレリアを否定し、己が崇める神を創造神とし世界の滅びを望んでいるそうだな」
「さすがは世界を股にかける殿下は情報通でいらっしゃる。この連中はほとんどの人が知らないのですが話が早くて助かります」
「知っているだろうが瘴気対策のために調べているとその者たちの情報も入ってきた。世界を滅ぼすために瘴気を広めようと各地で悪業を行っている者たちだ。我が国でもかつて"ワルプルギスの惨劇"というワルプルギス村で大量虐殺が起こった事件があった。その直前に、ローブを着た妙な一団を隣村の猟師が目撃している。それは邪神信仰者とされる者たちの紋章を身につけていたこともな。…その村は100年経ったというのにいまだ瘴気にまみれ閉鎖されている」
「むごいことです。ですがその連中が、オーランド王国の王城内に入り込んでいるようなのですよ。リュシオン、こちらに魔法陣を」
ヴラドが魔王を呼び捨てにしてギョッとして魔王を見ると、感情の読めない無表情で静かに懐から魔法陣の描かれた箱を取り出し、開けてテーブルに置いた。無表情なのが怖い。
「これは鉱山跡で見つけた箱ですが、転移の魔法陣が施されていました。その転移先を辿るとオーランド王城内を示したのですよ。つまりは王城内に邪神信仰者、あるいは関係者がいる可能性が高い。殿下には僕たちに協力してもらい、王城内に招き入れてもらいたいのですよ。お願いできますか?」
ヴラドはありのままのこちらの事情を話した。
しっかり説明したのはその内容については隠す必要のない正当な理由だからだと念話でヴラドが情報共有してきた。
ただ当初の予定通り、魔王一派だとかわたしのことについては伏せた。正体を言ったらややこしいことになりそうだしそれは仕方ないのだけれど、ちょっと心苦しい。
そう物思いに耽っているとテオドール王子が唸り顔を右手で覆った。
「待ってくれ。我が国の中枢に、そんな危険人物が入り込んでいると? 病で伏せる父や妹の近くに? なんてことだ…!」
「信じるのですか? 素直な子は好ましいですが僕のような怪しい者の言葉はもっと疑ってかかるべきでは?」
「信じるさ。"幽霊"は昔から協力した者に嘘をつかなかったと聞き及んでいる。そして暴いた情報は全て真実だったと。だから信じるさ。…それに俺にも思い当たる節がある」
王子は顔を上げるとわたしたちを見回した。
「今度は俺の事情を聞いてくれるか? オーランド王国の危機なんだ」
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