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10 星空の下で

「…なんであなたが」



 さっき水を飲んだというのに喉が急激に乾いて掠れた声が出た。

 魔王城で相対した時か、それ以上の緊張感、空気が重い。

 体に重くのしかかる。

 気を抜いたら意識を刈り取られ気絶しそうだ。

 背中側を取られているのもまずい。

 かといって指一本たりとも動かせない。

 少しでも動いたら命はないと本能が動くことを拒否している。

 背中に冷や汗をかく。


 ましてやあの時と違ってこちらはひとり。

 武器も装備もなく、相手がその気になればなすすべもなく命を落とす。

 言葉選び一つとっても迂闊なことは言えない。

 慎重に、相手を刺激しないようにしなければ。

 時間がかかれば誰かが異変に気づいて駆けつけてくれるかもしれない。



「言っておくが助けは誰も来ない。邪魔が入らないように結界を張った」



 ! 

 いつの間に。全然わからなかった。

 今もどう張ってあるのかわからない。

 わたしがバルコニーに出てから張ったんだろうか。

 破り方もわからない。

 魔法の使い手としての格が違いすぎる。

 逃げられそうにない。


 

「ああ、魔力の抑え方が弱かったか。…これくらい抑えればまともに話せるか、聖女リンカ」


「!」



 魔王から感じた圧迫感が大幅に減った。

 どうやら圧迫感の正体は魔王から漏れ出ていた魔力だったようだ。

 しかも自ら魔力を抑え込んでこちらに気を使った?

 それにわたしの名前を覚えていて驚いた。


 

「…どういうつもり?」


「なに、夢見が悪かったお前の気分転換に話をしてやろうとな」



 …ひとりにさせてほしい! むしろ気分転換を恐怖の圧迫面談にしている。

 なに? わざわざ魔王城からきて何を話す気?

 それにどうしてわたしの居場所がわかるの?

 あの森でのこともどういうつもり。



「どんな夢を見た?」


 …え。


「うなされたのは恐ろしい目に遭ったからか?」



 …問いじゃなく確認。

 理由を正確に把握してる。

 やっぱりあのときの火の玉は…



「お前は戦うのが恐ろしいか」


「…怖いに決まってるじゃない。命かかった戦いなんて」



 向こうで普通の女子高生やってたのに荒事に慣れてるわけがない。

 今日だって戦いの最中は必死だった。

 魔物と戦うようになってから、わたしはなるべく明るくテンション上げて振る舞うように心がけた。

 無理にでも虚勢をはって、元気なふりして自分を奮い立たせて、そうして日々を乗り越えてきた。

 そうしないと気を緩めたら泣きそうになるから。

 わたしはそもそもはネガティブ人間だ。

 人見知りでコミュ障で友達だっていないぼっちな人間。

 器用にこっちの世界にも人間関係にも順応できずにここまできた。



「ならば、元の世界が恋しかろう。この世界は死が蔓延っている。帰りたいのも当然だろう」


「…なにをひとごとみたいに。魔物が原因なケースはあなたに責任があるでしょう」


「お前は野生の猪の罪をその国の主が取るべきだというのか。野良のことなど責任は取れん」



 野良って。…魔物も魔王に絶対服従とか指揮下にあるかと思っていたけど違うのか。

 なら四天王はどうだろう。

 知性がある人型の魔の者を人は魔族と呼ぶ。

 野良でも魔物でもなく魔族の彼らは魔王の部下であり魔王の命令に従っていた。



「四天王は? あなたは彼らにさせた戦いの、国に戦争をしかけた責任はどうなの?」


「必要なことをしただけだ。ふん…そんなことをさせた責任はむしろ人間にあるとすらいえる」


「人間に…? どういうこと?」


「連中は忘却した。その無責任な行為の代償だ」



 忘却? よくわからないけどやっぱり人間の国への戦争は理由があるのか。


 

「忘れたってなにを?」


「…知りたいか?」



 あ。

 わたし、この世界に踏み込もうとしていた。

 さっさと元の世界に帰って縁を切ろうとしてるのに。


 「ふ…」っという吐息がこぼれた音を耳が捉えた。

 笑った?



「お前の元いた世界には勇者や聖女や魔王はいなかったのか?」



 内容は教えてくれないのだろうか。

 重要なことなのではないかと思い気になる。



「どうなんだ?」



 いいから答えろ、と言われている気がする。



「…いなかった」


「そうか。ならばこの俺はさぞかし奇妙な存在なのだろうな。この世界も」


「…そうだよ」



 なにが言いたいのだろう。



「この世界もかつてはそうだった」



 そうだった? なにが?



「勇者も、異世界からの聖女も、魔王も、いなかった」



 !? 

 この世界はもとからこうじゃなかった?



「なぜ今のような異世界人の少女だよりの不甲斐ない世界になったと思う?」



 なぜと問われても困る。

 答えなんて持っているはずがない。

 どうしてわたしにそれを問いかけるの。

 この世界の、根幹の、秘められた過去を見せてくるの?



「その理由に、お前が元いた世界に帰るための手がかりがあるかもしれんな」


「え?」



 思わず振り返ってしまった。

 雲に月の光が遮られあたりは暗い。

 その中でうっすらと見える黒い装束の黒い髪の男の紅い瞳が、こちらをただ見ていた。

 そこには敵意も殺気も威圧感もなかった。

 するとその瞳が優しく笑んだ気がした。



「では、風をひく前に部屋に入れ。また会おう」



 その男は再会を一方的に告げると夜の闇に溶けるように消えた。








 翌日、わたしは熱が出た。

 フェルディナンド殿下がお医者さんを呼んでくれて診てもらったところ、疲れが出たのだろうとのこと。

 自己分析としてはさらに昨夜の夜風が止めなのではないかと。

 予期せぬお客様が帰ってからも頭の整理がつかず、なおかつ魔力に当てられた影響で足腰がおぼつかずしばらくバルコニーから動けなくなっていたのだ。

 魔王城では動けたのに昨日は魔力に当てられた? なんでって?

 魔王城では怒りのあまりそういうのは気にならなかったのだろう。

 昨日は完全にあの存在にのまれた。


 薬を飲み、あとは安静に過ごせばじきによくなるそうだ。

 看病は侍女さんがつきっきりでついてくれた。

 水を小さな急須みたいな入れ物で飲ませてくれ、タオルで汗を拭き着替えさせてくれたりとかいがいしく世話してもらっている。

 体温計はないので正確にはわからないが38度は出ているのではないだろうか。

 小学生の時以来の猛烈な寒気に襲われ、意識朦朧として体は重く

ほぼ食べては寝てを繰り返した。

 3日目の朝にようやく熱が下がりその日一日大事をとってベッドで過ごした。


 3日目に、ウィルとフェルディナンド殿下が様子を見に顔を出してくれた。

 ずいぶん心配をかけたようで部屋の前でふたりとも侍女さんにわたしの具合を日に何度も確認していたそうだ。

 ちょっと気恥ずかしい。

 そして気にかけてもらって嬉しかった。

 それから見舞いだろうと寝ている女性の部屋に入ってはいけないとさすがに部屋には入らなかったそうだ。

 そこは配慮してくれて心から良かった。


 

「王宮に鳩を飛ばして返事がきました。王宮でぜひお会いしたいからウィルも聖女様もご足労ではありますがお越しください、と。体調が大丈夫なようなら明日にでも馬車で出発したく思うのですがどうでしょう?」


「熱が下がったのでわたしは大丈夫です」


「そうですか、良かった。では明日出発しましょう」



 つづけて「では馬車の中でも横になれるように座席をベッドに内装を変えなるべくお体に負担をかけずに済むよう整えますね」とか言い出したので、普通で大丈夫なんでやめてほしいと頼みなんとか魔改造馬車は回避した。

お読みいただきありがとうございます。

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