第47話 復讐の感情ってどうして維持されるんだろうね。疲れそう。
2/18分はあと一話投稿します。
平日18時土日祝12時投稿します。
「ずいぶんと変わったね。追いかけてこなかったら、君だと気づかなかったよ」
「そうかな」
「ああ。そういう座り方とか」
ジャコポの家で、木台を挟んで床に座っている。僕は知らないうちに、正座を崩して、膝を左側に統一して揃え、科を作るような座り方をしていた。
思ってもみないことを指摘されると、焦るとか、自身を疑うとかすると思っていたけれど、なぜか僕はそのことを受け入れて、あぐらに変えることもせず、そのまま彼と体面を続ける。
「まあ、いいじゃない」
「君がいいならいいよ」
部屋の奥には、先ほど彼が運んでいた木箱が積まれている。僕がそれを眺めていると、
「あれには、昨日の戦いで死んだ男の、身の回りの品が入っている」
僕はそれを聞いてぎょっとする。
「なんでだろうな。私にとって殊更に関係する奴じゃあ、なかったんだけど……。死んだと知った時、気づいたら、引き取ると手を上げていたんだ……」
彼の声が、疲れていることに、僕はそこで初めて気づいた。よく見ると、彼の目は充血している。唇の色が悪い。
「遺品は、希望したものが受け取るの?」
「ああ……そっか。最初から説明するよ。ちょっと待て」
彼は立ち上がると、奥の部屋に行き、色鮮やかなお茶のような飲み物を持ってきて低い木台の上に置いた。悪い、といって受け取る。
「死亡したものは、基本的に、その者と親しくしていた者が、遺産や仕事の利権などを引き継ぐわけだけど、みんながみんな、親しくするものがいるとは限らない。そのようなうちの一人に彼……、今回戦死した、かつて私とうっすら関係した者がいた」
「どういう関係性だったの」
「一言でいえば、私がいじめられた者で、そいつがいじめた男だ」
そういった彼の言葉には悲痛の色が混ぜられていることが、メルセスさんでない僕にも見て取れた。
ジャコポは、お茶を一口飲み、唇を濡らす。
「まあ、簡単に言えば、前に言った、戦士団の者たちが、戦士団に入れなかったものを見下す、という流れで起こった話だ」
「成人の儀を合格した民が、合格できなかった者たちにそこまで攻撃するのか」
「面と向かってはしないさ。攻撃というより、揶揄いとか嘲笑が多い。成人になって気が大きくなっているんだろう。私が通過した側だとしたら、いい気に成るのは想像できるから、今となっては彼らの気持ちもわからんでもないけれど、やられた身としてはたまったものではなかったよ……」
やられた側は、儀の結果が芳しくなかったうえでの被害だから、苦痛だろう。
「何度か……、私はその男と喧嘩のようなことをしたことがある。いや、喧嘩と呼べるかどうかわからないひどいものだったけれど。私は、うっぷんが溜まっていたのだろう」
彼は一度言葉を切って、呼吸のリズムを取り戻す。
「大丈夫か?」
「ああ……。話の時期っていうのは、私が受けた成人の儀の前後のことだ。
当時は、私はサンの扱いも擬態も、人より習得が遅く、運よくその時の成人の儀が私が120歳を超えたくらいの、年長組で受けられたから、技量は戦える最低ラインに間に合ったのだけど、正直開花で得た能力が、戦闘する能力に使いこなせなくて、落ち込んでいた。かつてはろくに音が消せなくてね。かろうじて音を聞き分ける能力には自信があって、相手の呼吸音とかを聞き分けてたんだけど、その自信も張りぼてだって気づかされた。大型のジャガーに、まるで声真似でもするかのように心臓の鼓動や息遣いを木々のざわめきに似せて擬態するやつがいたんだ。サンの痕跡もうまく擬態されていてさ。いい勉強になったよ……。そうして私は森のサンに強化された獣に挑んで、返り討ちにされた。今でも覚えているよ……大型のジャガーに馬乗りにされて、牙を肩につきたてられたあの感覚を……。だが、件の男は、私が獣に襲われているのを、助けてくれたんだ」
「いじめてきた男が、最初は助けてくれていたのか」
「そう。なぜか成人の儀の最中は私を守ってくれたんだ。私はそのままリタイアしてしまったけれど、彼はそのまま十分に、成果を出して、合格だと認められ、問題なく戦士団に配属された」
「どうして助けてくれたはずの男が、いじめてくるんだろうね」
「私が聞きたいくらいだけど……。その理由ははっきりとはわからない……。でもまあ想像はつくよ。憂さ晴らしさ。
私は成人の儀が終えた後独自で鍛えながら入団させてくれと直談判をした。戦士団に2度3度と、入団許可をもぎ取るために直談判しに行く中で、彼は入団試験という名の門前払い役を務め始めたんだ」
彼曰く、先輩に言ってわざわざお前を試す役を買って出たんだ、感謝しろよ、とのことらしい。
「最初は、私も助けてくれたものに再会できて、うれしかった。その男に力を付けたことを評価してもらえば、彼の仲間に成れるんだからな。もう助けられてばかりじゃないと」
「うん……」
「ああ、だが、それからの日々は悲惨だったよ。僕は、彼が僕を戦士団に引き入れるために訓練の先生に志願してくれたと思って、そこに行ったら、ただの戦士団生活の不満のはけ口にされたんだからな……」
「不満のはけ口」
「どうやら、戦士団というのは、最初の数年は、上下関係になじめないものにとっては、ひどく苦痛なことらしい。あそこでは、うでっぷしの強さが基本的に優劣を決める尺度になる。年齢が上だろうが、低かろうが、強ければいい。だから天才ならば、入団当初から上に立てる。英雄モンデリゴは、最初こそ陰に隠れて、やり過ごしていたみたいだけど、次第に彼の戦術が評価されたら、若くして幹部に成り上がった。そんな彼に憧れて、成人の儀をうまくやった者が、自分こそ天才だと息まいて戦士団に挑戦していくんだ……」
そこで、ほぼすべての若者が、鼻っ柱を折られて、単なる下っ端になり下がる。
「まあ、当たり前だ。長年サンを使いこなしてきた者たちに早々勝てる道理はない。サンは年齢が上がれば上がるほど、身体になじみ、総量は増え、技量は増す。総量が増えれば増えるほど、サンによる持久力も、瞬間的な爆発力も上がるのだから、50年やそこらサンに触れてきた者らの馬力だとかなわないんだ」
彼は人差し指でコツコツと木の台を叩く。リズムよく叩き続ける。
「高慢を叩き折られた彼らは、ひとつ上の、すでに叩き折られて環境に適応しだした先輩世代の民たちの使い走りにされて、上下関係を教え込まされる。これは昔からの連鎖的伝統らしい。といっても、戦士団は村の中では争いはしなかった。村の外に、訓練に出たり警備の見回りに出たりする時に初めて、暴力によるやり合いがなされるそうだ。私が一度目に入団試験に直談判しに行った時も、森の中だったし、その次から件の彼に試験を受ける時はいつも村の外に呼び出された。次第に、彼に、試験とは関係なく呼び出されるようになる……」
コツ、と最後に高く木の音がしたかと思うと、彼の指先は動きを止めた。実際に音を鳴らすのを止めたのか、彼が能力でかき消したのか、目視するまで判断がつかなかった。
「思い出すのも苦痛だ。身体が地に堕ち、草に埋もれた肌を虫が這う。立ち上がれもしない重傷の中、彼の高笑いが耳の中に残る。私がいくら身の回りの音を消せると言えど、記憶の中の彼の笑い声を消すことが出来ない。なんて使えない能力なんだ……」
その悔しさに滲むため息を最後に、少し間が空いた。僕はお茶を飲んだ。
「いつも彼が立ち去った後、なんとか立ち上がって、村に戻る。医者に傷をサンで直してもらう。医者の治療のお返しに、拙いサンの結集を渡そうとしたり、医者のサンの供給権を聖樹への祈ってみたり、雑用を引き受けてみたり。医者にはなんでこうも怪我をするのかと憐れまれたよ。でも、屈辱だったから事実は話さなかった。獣相手にサンの特訓をしているってね。なんで虐められている事を隠して生活しなきゃいけないんだって、鬱憤が溜まり、ろくに個人的な修練ははかどらなかった。
まあ、医者へのお返しに、彼の必要な道具を集めて運んでくる、って仕事が、今の運び屋の基礎になったから、どこに自分の最適なヒントが転がっているか、わかったもんじゃないね」
彼は苦笑する。
「私は、3度4度と彼に懲りずに立ち向かっていったのは、特訓の成果で彼を倒せるかもしれないという甘い希望と自分への過信ゆえだ。でもそれは無謀でしかなかったのは、後々わかることだった。私は成人の儀で満足な結果を出せなかった者、方や戦士団に入団出来た者。私は一人で、非効率的な修練に取り組むが、一方で彼は、戦闘を生業とする集団の波に揉まれて否が応にも成長していく。だから距離は離されることはあっても、縮まることはなく、私は5回目の挑戦が無駄だと気づいたときには、彼との接点を無くそうと覚悟した」
「もう、彼から呼び出されても無視したんだ」
「そんな感じだね。でも彼もしつこくしてくることはなかったよ。数年して戦士団の生活に順応して不満も溜まらなくなっていったんだろうな。私の方は可能性が無いことですっぱり諦めていたから、ほとんど彼のことを忘れ去ることが出来たと思いこんでいたよ。皮肉にも彼がコテンパンに私の心をへし折ってくれたおかげで、未練なく奥の生活に切り替えることが出来た」
「そっか」
「でも、なんでかな……。今更、彼が死んだことを知らされて、遺類品の分配の段になったとき、体が動いた。誰も、積極的に引き取るものがいなかったから、自然と私がそれをもらい受けることになったんだ。そこまでは良かった。でも、そのあと、彼の同期の戦士団の者たちに、少しだけ話を聞いた。それが良くなかった……」
彼の埋葬の式なのだから、彼の知り合い、それも長年戦友として同業として戦ってきた者はそこにいて、気に懸けていて当然だろう。
ジャコポは、これ以降、少しためらいがちに口を開く。しかしなかなか声を出すことは出来なかった。
そうして、ようやく声に出した言葉は、
「『あいつは「昔から謝りたい奴がいる」っていうのが口癖だったんだ』ってそいつらは言うんだ。私に『お前は知っているか?』ともたずねてきた」
「え……」
「違う……違う……私じゃあないよ。おそらく彼が未練に残した知り合いがいたんだろう」
ジャコポは拳を震えさせる。
「彼の同期たちに、私は何も知らないと答えると、彼らは、『そうか。でもまあ、お前からその謝りたいというやつに出くわしたら、あいつは毎晩何かに祈る様に懺悔していたと伝えてくれ』という。なんでそんなに毎晩悔やんでいたのか、と私が問うてみると『知らない。ただの自己満足だとしか答えなかったよ』と言われた」
ふぅー、っと細く息を吐き出して、肩を上下に揺らした。
「なあ、ユキ。お前は、毎晩祈る様に許しを乞うたことはあるか」
「いや……ないか」
毎晩というほど何かに思いつめたことはない。彼女と別れたときも、何日かに一度は、自分の身勝手さを思って、眠れないことはあったけれど、それも、許しを乞うことはなかった。
今はどうだろう。今僕は、村を滅ぼす片棒を担がされている。もし、このまま村を滅ぼすとなったら、僕はジャコポに、毎晩許しを乞うことになるだろうか。
「私も想像もつかない。そもそも私にそれほどの未練を残す男ではなかったはずだ。誰か聖樹を敬愛するように、親しみを持った関係性の者がいたんだろうよ……。その人にそれほどの後悔をして、何を許されたいと聖樹に願ったんだろう」
ああ、そうか。ここでは聖樹への祈りだった。神に祈りを捧げで許してもらう、みたいな言葉に僕は慣れ過ぎていたため、許しを乞う相手を勘違いしていた。でも、聖樹に許しを与える権限などあるのだろうか。この村ではそういった超越的な権威までもを聖樹が持っていると思われているのか。
「さあ……。もし、その許されたい相手が、ジャコポだったと仮定したら、身に覚えはあるかい。逆にジャコポの方は、その彼に対して何かつながりがあったとかは」
「ないね。きっぱり否定させてもらうけど……今でも恨んでいるくらいだ。でも、もし、もしだよ。かたくなに私が無視していたことが、彼を、懺悔のアリ地獄から解放してやらない結果に陥れていたのなら、どれほどスカッとすることか」
そういう彼の顔は俯き、目には昏い光を湛えている。
「でも、同じくらい、なんだろうな、気味が悪いというか、その情報を知ったことで、勝手に私が極悪人に仕立て上げられてしまったかのような、そんな悪評が自分の中で形成されていることを自覚するんだ。私は、完全な被害者でなくなってしまったことに、もしかすれば復讐を期せずして成し遂げていたことに、後ろ暗い喜びと息苦しさを重ねて獲得したような気がする」
僕は彼の気持ちがよくわからなかった。復讐などしたことが無いし、みじめになるまでいじめられたことは幸いにしてなかった。幸運故、言い方は悪いけど、弱者の気持ちがわからないのかもしれない。でも、彼が今、喜ぶことも悲しむこともできず、それでいて感情の奔流が渦巻き、手の付けようがないことをうかがえた。
「私は彼の悪意の被害を受けないように身を守っていたつもりが、実は、彼の救いを求める声を無視していた。攻撃していたのかもしれない」
「身を守る手段が、攻撃に変わっていた」
「攻撃を怖がるなんて、戦士団に入れなくて当然だったろうなあ……。でも、なぜか、復讐をしていた、と言われると気が咎めるというか、もちろん相手に腹いせをできて、過去の鬱憤を晴らせたような気がしないでもない……。でもそれ以上に何か僕がいまここまで明るく振舞っていられた根底のようなものを揺るがせにされたような、少し居心地悪くなってしまうような事実だと、そのことについて感じてしまったんだ……」
彼は俯くことを止めて、上を向く。まるで上を向き続けないと、何か弱った心をこぼしてしまうと心配するように、彼は息を切らし、言葉尻を湿らせていた。
「今日はごめんよ。ちょっと、まともに遊んでやれないみたいだ」
「いや……急に押しかけてきて悪かったよ……」
「それは大丈夫だ……またいつでも来てくれ」
彼はお茶をグイっとのみ、僕の空けた木のコップと一緒に、隣の部屋に片付けに行ってしまった。
僕は一人で取り残される。帰ってもいいのだろうけれど、挨拶せずに帰るのも気が引ける。彼の情緒が不安定である今だからなおさら、申し訳なく思う。
少し、足を崩してぼーっとした。先ほどのことを考える。もし本当に、あのいじめてきた男が、ジャコポに対して悔悟していたならば、100年以上それを思い続けていたのだろう。もし、ジャコポに対してでなくとも、誰かに対して毎晩気持ちをぶつけるほどに思い続けてきた。それは、この村の人々にとって普通のことなのだろうか。メルセスさんもテスェドさんへの懸想を500年くらい続けているような雰囲気だ(彼女は、テスェドさんが500年前に腕輪を作ったときの話を随分愛着を持って語っていたのだ)。百年単位で感情を募らせ続けて、飽きないのだろうか。エネルギーが切れてしまわないだろうか。
ジャコポは、いじめてきた男の悔恨に衝撃を受けて、完全に被害者側の立場から、加害者の側面に引きずり出されて、驚いてしまったようだ。それ以上は、彼の心の内は彼にしかわからない。
一つだけ聞いてみたいことは、ジャコポは、何かについて100年単位で感情を募らせることは出来るだろうか。僕は出来そうもないなと思った。
彼が戻ってきた。大分マシになった表情をしている。
「なんだまだいたのか」
「なあ、ジャコポは、片思いとか、誰かに謝りたいとか、100年単位で考えたことある?」
「無いな。というか、あの男の話を聞いて、ビビっているんだけど」
もしかすると、ショックなのは、アコンの民が長年の感情を持つことがあることへの不慣れにもあったのかもしれない。
「例えば……500年くらい片思いしていることとかは無いの?」
「……? そもそも片思いがどういうものかわからないんだけどさ。今回の許しを乞うのも、一方的に想っているってことになるから、そういうこと?」
「いや……違うけど」
どうやら、ユージェの言った通り、この村の通常は、恋愛感情など浸透していないらしいことだ。いや、『片思い』という言葉がないだけで、何か該当することがあるのかもしれないけれど、僕にはそのキーワードを見つける手段がない。
そして感情を維持し続けていることも、相当なじみの薄いことらしい。とはいえ、少なからず感情を募らせ続ける者も発生し得るらしい。
「ふむ。まあ、他には特にないっす。いや考え事の邪魔になるし帰りますよ」
「そっか、じゃあ、今度こそまたな」
彼は、拍子抜けしたような顔つきで、僕を見送った。僕は階段を下る。
村の道を歩む。
そしてまた、畑を横切る。戦士団はやはり、穀物を粉々にして撒き、耕す作業を続けている。
粉々にして、撒く。
僕はふと、昨日、戦士団の者たちが、枯葉剤に散っていく様を思い出した。胸が悪くなる。薬剤の煙が、アコンの民を追い詰める。逃げ場を無くした者たちの脳に入り込み、松果腺をダメにしてしまう。サンを暴走させてしまうのか、それに耐えきれなくなった体は塵となって消えていく。
粉々となって、撒かれる。
散骨というものを聞いたことはあるが、見たことはない。僕の常識では、土に埋めるか、燃やす、というのが死者の弔いの基本だと思っていた。
死者はどこに帰るのか。
聖樹信仰のこの村では、聖樹の中、というのが模範解答だろうなと想像する。
その正道を無視するかのように、灰になってしまった民は、悲しかっただろうか。悔しかっただろうか。
聖樹と一体になる道が、聖樹の根元に埋葬されるだけではないというのは、確かだろう。精神的に、無くなった民の気持ちは、聖樹のもとに集まる。そういうお思いがあれば、別につらくはないか。でも、無くなったものを見届ける人というのは、いつもつらいものだ。その方に何かしら未練がある場合、もう触れることのできない喪失感というのは、代替が聞かないという点で、僕たちはそれを埋めるのに、時間を費やす以上の最適解を知らない。
時間を費やせば、感情は薄れていくものだ、という認識がある。
では、ジャコポをいじめていたという彼、やメルセスさん、彼らに共通するものは何なんだろう。思いを募らせ続ける秘訣というか。彼については、又聞きしか知らないから、根拠はないものといっていい。メルセスさんの場合はどうか。他人の感情を察する能力をもつ点が特異だろうか。
わからない。それが一体何を示しているのかさえ分からない。
僕はどうしてこれほどまでに、感情を保ち続ける者に憧れるのか。それは僕が一番? よく知ってる。僕が感情を保ち続けたいと思う過去のとある一点に、未だこだわり続けているからだ。僕は後悔している。
かつて付き合ってた頃に、相手に対して永遠にも足りるような、愛情かなんらかの情を向け続ける人間でありたいと、僕自身が僕に期待していた。これは未練なのかどうなのか、自分では判断つかないのだけれど、とにかく、相手を思い続けることは僕の性格の問題か、人間の情動の限界か、無理だったんだ。無理だとわかれば、諦められるはずだった……。人は豹変する。時が経てば変わる。秋の空は七度半変わる。男子三日会わざれば刮目して見よ。千変万化。諸行無常。それは成長であり、麻痺であり、適応であり、堕落であり、進化である。諦めは進化と紙一重だ。
でも、事実、僕の目の前で、僕のできなかったことをやる人たちがいる。感情を持ち続ける。変わらないであり続けるという、不思議。
彼らは、人間ではないから、サンという強力な能力と、それを運用するだけの性能を持っているから、可能なのかもしれない。だからかつての僕は無理だったのも仕方ない。でも今では、僕もその一員で、曲がりなりにもサンを使うのだ。だからこそ、僕は与えたい人に熱量を与え続けるために愛情を永遠に燃し続け、その火に付随して揺蕩う煙のように形のない入り混じった想いの残骸を、捧げ続けられるようになるんだと内心わくわくするのだ。つまり過去の劣等感を克服できるんではないのか、と答えを探している。
……すこしだけ、まだ僕の中の最適解とはいかないような違和感はあるけれど、僕の中の僕を動かす原因となっているのはこのような考えだと思う。
であれば、僕が求める、感情を引き出し続けるモノの正体はいったい何なんだろう。意志などというモノであってくれるな。それでは、僕が意志薄弱みたいではないか。
僕は村を歩き続け、聖樹に戻ろうとする。頭の中では人の世から比べれば、永遠のような長さを生きる彼ら民たちに対する期待と疑問であふれている。
――あなたたちは、『先生』に引き出す手伝いをしてもらった、自己の意志を、今も変わらず、数百年と続けさせているんですか。
――あなたたちは、その意志というものの他に、どうしても消すことのできない感情にとりつかれていることはないですか。
僕は、誰かに対して、こう聞きたくてたまらない。
ただ、切り出せる知り合いが少ない。
訂正
冒頭の地の文
彼 → ジャコポ




