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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
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第46話 技術は子供、図体は大人、見た目は子供

2/17分はこれまで。

 随分久しぶりにこの固い寝床で寝た気がする。でも、昨日も同じように寝ていたはずだった。この寝床にもなれたな、という思いがある。



 昨日は長い一日を過ごした。濃密。僕は一年分の年嵩を一日で増してしまった気がする。記憶の質的には文字通りそうなのかもしれない。



 隣では相も変わらず院長が壁に向かって瞑想している。

 彼は、僕が帰ってきても驚きも、何かを尋ねもしなかった。彼は僕が、僕の中のエロデがここにいることについて、何を考えているのだろうか。



 そういえば、エロデと聞いて、テスェドさんの子供の名前と同じだと思った。彼女に、彼の子供なのか、と聞いてみたけれど、違うとだけ返ってきた。ごまかされただけかな。それとも同名というのはこの村において珍しくないのかな、と疑問に思う。



 昨日までと違い、僕には彼の練り上げられたサンの質を察知する能力が、エロデから分け与えられていることに気づいた。筋肉に覆われた院長コクレウスは、その物々しい風貌に負けないほど、サンの質は荒々しい暴風のように渦巻き、筋肉にまとわりついているのがわかる。それは、僕が彼と同居し始めたころから同じだったのか、敵の第二陣の気配にへの気の高ぶりによって起きていることなのかまでは、判別しようがなかった。



 僕は、時の流れがゆっくりになっていくのを感じた。これは恐怖である。気疲れともいえる。村が滅ぶ。その示唆を意識し続け、敵の第二陣が今にも襲ってくるのではないか、という恐れが、僕をずっと緊張させる。昨晩はよく眠ることが出来たと自分をほめてやりたいほどだ。それでも頭のどこかに、今後の悪い予感への懸念のような、恐れがずっとこびりついていて、僕は、未来に置かれているであろう村が滅びる事実に対し、それを知りながら何も出来ない自分への罪悪感と、誰かに糾弾されてしまうという被害妄想がむくむくと高まる。その地点に時期が到達するのを恐れて、そういう未来が不安になり、現在の僕の身の振り方にどうしようもない途方の無さを思い、あれこれ気を張る中で、燃え尽きそうな倦怠感の中に陥れられ、とてもゆっくりとした時の流れを感じる。もしかすると、今まだ敵の来ない束の間の、安心した現在への未練が、僕を縛り付けているのかもしれない。でも時間を止めることは出来そうもない。



 相も変わらず、瞑想し続ける院長の横を抜け、僕は外に出る。居ても立っても居られない、というのは事実だが、僕はもう自分が何かをできる、なんて気になることもない。あきらめだけが心を占拠した。あきらめだけが人生だ、などというには長く生きていないことは自覚している。ただ、過行く時間、バッドエンドとわかっていても、読み進めなければならない本を読むように、不安に駆られながら日々を過ごす。村の崩壊について知っているということは、すべてをあきらめて受けれ入れてしまうのも手だろう。そうなれば、不安なんてないはずだ。決まったことなのだから。けれど、そこに不安を感じている点で、僕は何かについて完全に諦めきれていないのかもしれない。こう考えられること自体がおかしさを感じるポイントだ。あきらめていない。でも本当に僕には何かする算段が思いつかないのだ。



 気晴らしだ。外に行こう。こうやってうじうじしていても、アコンの村の日々は変わらずに流れていく。子供たちは走り回り、果物をかじったり、木の棒でチャンバラごっこに興じたりする。ヴァンパと呼ばれる少年が、子供たちのまとめ役となり、時には率先してふざけて、大声で笑い合う。その方にはベルと呼ばれていたカラスもいた。



 僕は、自分のサンに対する能力の向上を自覚していた。普通の民と、子供たちの間に、サンをどれくらいまとっているか、がよく比較できるようになっていた。子供たちは垂れ流すようにして、制御できていない。一方大人は、人により練度はまちまちだが、たまにものすごく練り上げられた人が歩いていて、目を疑った。大体そういうものは、アンダーが膝丈であった。戦士団に要求される技量が高いことを実感する。



 僕は、ひとまずサンの観察はやめて、子供たちの腕に光る、腕輪の造形の違いを眺めた。ヴァンパはそれなりに太めのリングで、その身から三つの球がくりぬかれたデザインの物を付けている。ほかの子供たちも、大小それぞれの腕輪を付けているのだが、ヴァンパに比べて、相対的に無個性なような気がした。ヴァンパの腕輪に、最もサンが、密度高く込められていることが分かった。サンの能力に向上すると、木材の造形も繊細に、複雑化するのだろう。そんな、無生物が、ばかな、と思うかもしれないけれど、この腕輪はテスェドさんの能力が織り込まれているのだ。それくらいの遊び心があってもおかしくはない。それに、人によりデザインが異なるのが、もう何かその人物の気性に反応している気がする。まあすべて僕の妄想止まりかもしれないけれど。この場にヴァンパに対抗心を燃やすあの少年はいなかった。ユージェから何か言われて仕事しているのかもしれないな。彼女の名前を思い出して、少し胸が痛んだ。




 ふと、大人と子供の違いを考える。ヴァンパがリーダーを張る世代のグループは、もちろん子供だとみなされている。成人の儀が75~125歳の幅をもって行われ、それを過ぎれば大人になるという慣習がここにはある。であれば、成人の儀を超えないものは、服の丈が短いままのはずだ。しかし、ヴァンパ達の世代以外に膝丈の子供扱いされるものはあまり見ない。50歳くらいで一般に、サンが扱えるようになり、75歳くらいで擬態が出来るようになる、という常識からは、サンが使えても成人の儀を超えない者を子供というなら、ヴァンパよりも上の世代にも、サンが使えても、まだ子供という者がごろごろいるということになる。蕾ではなくなった子供。でも、村の人たちが、子供と見なすのは多くはサンの使えない蕾であり、ヴァンパ以外にサンの使える子供はいるように思えない。皆、蕾が終われば、子供扱いされていないような気がする。サンをかろうじて身に着けたように見える者たちの多くはそれでも、少なくとも丈は長い。ただ、戦士団でも奥でもないような気がする。もしかするとサンが苦手でもできる仕事を斡旋してもらえる『奥見習い』みたいな位置づけかとも邪推する。



 ということになれば、サンが扱えれば、半分大人という扱いなのかもしれない。だから、サンを扱えれば、丈が長くなり、半分大人扱いされる。サンが使えて蕾で無くなれば子供でなくなるのだが、本当の成人はもう少し先。なんだか成人式を経てもまだ扶養内にいる大学生みたいな立ち位置だなと思う。一方民たちがヴァンパに対して子供のように甘く接しているのを見れば、彼は特別枠なんだなとわかる。「ヴァンパは早熟の天才だから一応大人としてみなしてもいいけれど、まだまだガキだな」という含みがある気がするのだ。現に彼はまだ丈が短い。実際にいる『蕾ではなくなったが子供』だった。



 改めて確認するが、この村で子どもとは、守られるべき存在という意味で、大人は自己を守れる存在だとされているように見受けられる。でも、大人から子供は産まれないのだ。そういう意味で子供は単なる幼少期という時間軸の意味合いを含むのみだ。



 それに対して、蕾という言葉は、サンが使えるかどうかに関わる。先に述べたように、サンが使えても子供だというのは村の中で許容され得る考え方だった。蕾は単にサンが使えない状態と考えてよいのだろう。あれ、これはジャコポがもう言っていたのかな。でも今ようやく実感として理解した。ジャコポが言っていたサンの状態に関しての言葉は、枯れ、芽吹き、開花、結実……くらいだったか。サンの習熟度にもよるが、民たちは使ううちにこれらの段階を経る。蕾は単にサンの状態という観点から見た言葉に過ぎない。それが転じて、『まだサンも使えない子供』の隠喩として『蕾』と言われるだけだと感じた。



 僕以外にも、大人は子供を眺めて和んでいる。僕以外の大人は、仕事の休憩時間だろうか。濡れた洗濯物らしきものを小脇に抱えたおじいさんが、どこかへ行く。あれは乾燥係のおばちゃんのところへかもしれない。おばちゃんのところは繁盛するのだろう。この村は湿気が強い。温度も高いけれど、一度濡れたものを乾かすのは、時間がかかるだろうなと思う。



 と、僕の脇をすり抜けて、荷を担いでいくのは、ジャコポの後姿だった。荷物が邪魔で僕には気づかなかったのだろう。僕は彼の後を追いかける。声をかけてもいいのだけれど、こっそりついていくのも面白い。覗きみたいで悪趣味だろうか。まあ、でも、構わないだろう。ジャコポは、民家の集合する地帯を抜けて、畑の方に向かっていく。



 僕は彼を追う中で、畑の様子に目を惹かれた。戦士たちは、多くが医院で治療を受けている。死者は早朝に聖樹の近くの区画に埋葬されたという噂を住居の集まる場所で聞いた。今まで流行り病だといって恐れていた時は、サンを阻害される症状は出ていたけれど、死者は数人もいなかった。が、此度の争いで結構な数がなくなった。重傷者ものぞけば、今すぐに戦える戦士団は元の7割ほどだろうと聞く。つまり50人を超える死傷者が出ている。枯葉剤の恐ろしさを再確認する。



 僕は気の重くなる中で、それでも日々の生活を続ける戦士団の男たちを見やる。たまに布切れを腕や足に巻いたままの者がいる。彼らは木の鍬を持ち、畑に残るとうもろこしのような野菜の残骸を粉々にして、土に混ぜ、耕す作業をしている。おそらく次の種まきへの準備なのだろうと想像する。



 彼らの動作は、機械的で単調だ。そこに悲哀を覚えるのは、僕が背景に戦争を敷いてみ見ているからだろう。彼らの動作は日常のそれと変わらない。戦争であろうと、日々は進み、生活は途絶えることはない。彼らは食欲旺盛ではないだろうが、聖樹への税としての供物を作り続け、聖樹を崇拝する心で村を一つにまとめている。



 僕は見ていられなくなって、彼らの脇を抜け、ジャコポを見失わないように追いかけた。

 ジャコポが入っていったところは、みんなと同じ見た目の民家だった。彼の家かもしれない。と思っていると、彼が玄関辺りで振り向き、



「入りなよ」

 といった。



「あ、バレてる」



「まあ、そりゃあね」

 どうやら、家に道案内してくれていたらしい。



  


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