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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
55/65

第45話 殺されてもいいかな、と思う

2/17分は後1話投稿します。


平日18時 土日祝12時投稿

 彼女との訓練はその後すぐに終えた。あの後は彼女の方が集中力を切らしたのか、訓練をきりあげたのだった。彼女には戦士団の立て直しや、その他に団長としてやることがあった。僕の相手はそう長くできない。



 僕は、彼女にあることを伝える。これはせめてもの償いの気持ちだ。まったく不足ではあることは承知しているけれど。



「メルセスさん、森の中で敵の兵隊が、第二陣を準備している、又攻撃を仕掛けるつもりだ、などと話していることを盗み聞きしました」



 僕の身体で内なる彼女が提案したなどと、暴露できないのは、自己保身で申し訳ない。そう誰かに言い訳することしかできなかった。

 メルセスさんはそうか、とだけ言って、何かを決心したような顔つきになって、小走りで村の中心の方に戻っていった。



 僕は、知らず知らずのうちに気疲れをしていたのだろう。嘘をついた重圧もある。

 その場にへたり込んで、赤土に触れた。湿気があり、粘り気のある土質だと思った。



「おかえり~」



「うおっ」



 耳元で声がした。誰かと思ったら、ユージェが薄い笑みでこちらを見つめていた。



「こら。『うおっ』とはなんだ! 巫女様としての指導が身についておらんなっ」



「いや、驚かされた時の対処法なんて知らんし」



「言い訳しない」



 彼女はどこか上機嫌に見え、でも、何か僕にとって引っ掛かるものがあった。



「今までどこにいたの?」



「あたし? ああ、テスェドさんの死亡を看取ったあたりから、あんたにはあたしの情報がいってないらしいね?」



「僕に入る情報まで把握してんのかよ。こわ。ストーカーかよ」



「なんでも屋の情報力をなめてんじゃないの」



 どうだか。井戸端会議がこの世界も強いだけなのかもしれないと疑う。



「で、結局のところ、何してたんだ?」



「うーん、言おうかなあ。言わないでおこうかなあ」



「なにをもったいぶってるんだよ」



「いやね、あたしにメリットってないわけじゃない。皆何かのメリットがあるから行動をする。おしゃべりは自分が語って気持ちよくなりたいからするものだし、でも他人に情報を与えることは、それなりにテイクが無ければねえ。単純な話じゃない?」



「はあ、なにか僕にユージェを満足させられる引き出しがあるかどうかわからないんだけど」



「ふうん。そうかな。まあ、あたしが聞きたいこともユキが見ない間に、何かをしていたか知りたいだけなんだけどね」



「なんだ、そんなことか。別に脅されなくても話せるけど……」



「いやね、あたしがどれだけ、ユキの情報が欲しいか、ちゃんとわかってほしいかからねえ」



 そういった彼女は僕の隣で、地べたに座り込む。おしりをついて、足を伸ばして座った。僕は隣に胡坐を汲んで座っていた。そのことについてはお咎めが無くて、少しほっとしていた。



「めんどくさいから、聞きたいことは最初に言っておくわ。一つ目は、ユキは、どうして寝込んでしまっていたの。二つ目は、ビレアの森で何を見たの。最後はこれからどうするの」



 彼女は一気にまくし立てて僕に問うた。



「ちょっとまってまって、早すぎてわからない」



 彼女ははあ、とあきれたようなそぶりを見せて、僕にゆっくりと説明し直してくれた。

 そうして、その三つを理解して、悩む。



「そうだねえ。順に説明していくとして……」



「言いづらいの?」



「……」



 言いづらいわけではないと思う。何かためらう原因があるとすれば、実は記憶が一部無くて、それを取り戻した、という酷くわかりにくい話が間に挟まることである。説明が難しい。でもそれを隠すことでもないし、それを話さなければ、いろいろと僕の中の変化の説明が面倒になってくる。



「最初のことだけど、寝込んでいたのは、調子が悪かったころに、テスェドさんの訃報が重なってショックを受けたからだよ」



「ふうん」



「で、ビレアの森には、僕がというより、僕の中の誰か知らない女が、僕を導いていったんだ。そこで敵の兵士らを殺した」



「ユキの中の誰か? それは院長の前に現れたっていう……はあ?兵士を殺した?」



 彼女は僕のセリフをシャドーイングするように反復しながら驚きを見せる。



「僕じゃないよ」



「でしょうね。その女はユキの身体を使うの?」



「うん」



「ユキが女に譲ったの?」



「いや……、僕は内心で戦いに加勢しなきゃいけないって正義感があったんだ。でもビビッて動けなかった。その心の隙から彼女は僕の代わりに意識の表層に出ることが出来たらしい。どうやら僕が気持ちを許している時しか出られないらしいんだけど」



「へえ。でもどうしてユキの中にそいつはいるんだろうね。今もいるの?」



「え、うん。出て来てくれるかな?」



 ――。

 反応がない。



「今は出てこないみたいだ」



「ねえ、それって本当にあんたの言う、誰か知らない女なの? ユキの隠されていた本性が出てきたとか……」



「いや、勝手に潜在意識殺人犯に仕立て上げないでくれる? ……でも。隠れた本性っていうのは表に出てきたのは確かかもしれない」



「やっぱり」



「殺人はしてないから……」



「じゃあなんなのよ」



「前世の記憶の欠けていた部分を取り戻したんだ」



「はあ?」

 


 まあ、理解は出来ないよねえ。



「簡単に言うと、僕自身も気づいていなかったんだけど、僕は一部、記憶喪失だったみたいなんだ。簡単に言えば、前世を僕は20年生きてこちらに来たと思ったんだけど、本当は21年生きていた。その最後の一年間の記憶を取り戻したんだ」



「ふむ。理解ができない。生まれ変わったことが無いから」



「確かに~」



 僕も他人に言われたら何のことだ、ってなるだろうなと思う。



「というか、あんた20歳くらいだったの」



「あれ言ってなかったっけ」



「言われたような気もするし、しない気もする。でもほんと弟と同じくらいなのね。印象からしても……」



 表情は愁いを帯びる。



「なに、お姉ちゃんとか呼ばれたいわけ」



「きも」



「ああ、安心したよ」



 メルセスさんなら危なかったかもしれない。



「でも、ユキの中に、失われていた物を取り戻せたんでしょう? それって結局なんなの?」



「あぁ……その……」言いよどむ。うん。一番面倒な説明だ。



「ん?」



「失……恋みたいな……ものです」


 期待していた恋を失った。理想が高すぎたのかもしれない。


「……失恋? んー? 相手にされなかったってやつ?」



「まあ、大体」



「……っぷははは!」



「はいはい……」



「わざわざ取り戻したものが、そんなつらいことだったなんてね。思い出さない方が良かったんじゃない?」



「いや、まあ思い出してよかったよ。前にユージェが言っていた、恋愛する人はどういう人か、って質問に正確に答えられるようになったし」



「ふうん? 言ってみ?」



「恋愛する人はいないだろうなあと」



「へえ。なんで?」



「恋愛に懲りたんだと思う」



「あたしはあんたが今までどういう文化で暮らしてきたかわからないから何とも言えないけど、やりたくないならやらなくていいんじゃない。その程度のものでしょ」



 その程度のもの。まあその通りなんだろう。

 そうしてこの話題は終わった。



「それで、最後のことだけど、僕はこれから、何をすればいいかわかっていない。というか今までも、何も考えずにここまで来てしまった」



 葛藤が起きて、自分が罪の意識に追い込まれていることは考えた通りだけれど、それとは別に、僕がこれから何のためにこの異世界で生活していこうか、という気持ちも特に無くなってしまった。恋愛をしたいと思わなければ、別に男に戻る必要性も今は特に考えなくなった。男女の差は、男女の扱いの差が起こる社会においてそれを意識させられるだけであって、僕は今帰属意識が宙ぶらりんだから、あんまり誰かとかかわることに置いて、男でなくなった不便を感じていないのだった。



 と、以上が僕にとって意識的に浮かんだ理屈である。それを意識しつつ、僕の口から出た言葉はそれと相違する意見だった。



「でも、隣国を見て回りたいと思う。この村との違いを知って、この世界が僕の知っている世界とどう違うのか知ってみたい気持ちがある」



 僕は、ユージェに対して、今まで意識的に考えてこなかった思いを述べた。これは口について出てきた言葉であり、発話してから僕は僕の言葉に驚いていた。

 僕のなんとなく死にたくない理由は、知的好奇心を満たしたいというものだったのだ。



「そっか。じゃあこの戦争を乗り越えないとね……」



 彼女は口角をわずかにあげて、目じりを少し下げる。優しそうな笑みが浮かんだ。



「……次は君の番だけど。僕から聞きたいことは一つだけだよ」



「あれ、良いの? 三つでも、五つでも答えるよ」



「え、そんなに答えてもらえるの。どうしようかな」



「なんか視線がうざいから、やっぱ無し。一個だけでもありがたく思え」



「なんなんだよ……」



 ユージェはしばしば前言を翻す。

 困ったものだ……わ。

 それでは単純なものも単純じゃあなくなってしまうわ。



「ユージェ……言ったでしょう、無駄なことはしてはいけないと」



「――ッ!」



 彼女は急に飛び下がった。僕の意識も急に後ろに引き下げられる。



「な、お前、ユキの言ってた女だな、なぜ今出てくる。あいつはお前に席を譲ってないだろう」



「そうね。あの子は私に強いて譲ったわけではないわ。でも強いて拒んでもいない。私のことを都合の良い存在だと思っているみたいだもの」



「……都合のいい?」



「そう。あの子とは利害が一致している。私はこの村を滅ぼして自由の身になる。あの子は巫女の責務を放棄して隣国に旅をする」



「滅ぼすだと。やはり院長の言ってたことは本当なんだな」



 彼女は、身体を低くし、上目で睨め付けてくる。隙を窺い、抜け目なく周囲の逃走経路を把握しているみたいだった。



「あらあら、そんなに怖い顔しないでちょうだいな。私とあなたの仲でしょう?」



「お前なんて、知るか!」



「いいえ、あなたは、私に会ったことがある。あなたの心の礎石に私の爪跡が残っているもの」



「心の礎石だ?」



「単純なこと……、ユージェ。私はすぐわかったわ。あなたはあの頃のまま、純粋だものね」



「んな……。あたしのすべては、この村で何でも屋として生きる中で培ったものだぞ、誰もおまえになんて影響すらうけてないよ」



「あらあら、そうかな。ユージェ。あの頃、いつも私たち話し合っていたじゃない、私の村の無駄なことへの愚痴と、あなたの周囲の子供たちがいかに無神経で愚かであるかってことへの愚痴を交換してさ」



「あの頃? 愚痴? なんのことを言っている……?」



「だから……、あなたがまだ何でも屋をできるはずもなかったくらい昔。あなたが齢20にも満たない、聖樹の根の下での生活」



「そ、れ……は……」



「あ、思い出してきた? うれしいよ」



「……エロデさんなの……」



「ああ、うれしいわ。名前も思い出してくれるなんて」



「嘘……、あなたは死んだはず。先代巫女さまがどれほど悲しんで遺骸を埋葬したか」



「そういうこともあったわね……彼女ももう亡くなってしまったのよね」



「だから、おかしいじゃあないか! 死んだ者が死に際を覚えているなんて!」



「ふふ……この村で死んだ者がどこに行くか知らないの?」



「死んだ者は……聖樹と一体になるけど、……もう生き返ることはないはずよ」



「そこは私も不思議なのよね。まあ生き返る仕組みは放っておきましょう。でも生きかえってしまった事実は認めるしかないんじゃない」



「意味分かんない……っ」



「ふふ……」



 ユージェは、逃げることを考えて気を抜くことをしなかった。彼女は何でも屋として、トラブルが起きたときの最終手段は逃げることを選択し、これまでそれで死に至る魔の手は全て回避してきたといっていい。それくらい、彼女は敵意に敏感で、一人で気高く生きてきたのだ。



 そのユージェを、エロデと呼ばれた彼女は、まるで割れ物に障るような優しい手つきで、気づけば繋ぎとめ、後ろから抱きしめるようにしな垂れかかる姿がそこにあった。

 ユージェは、驚愕に身を固くし、首だけを後ろ側のエロデの方に向ける。



「そんな……」



 ふと思う、なぜ僕はこんなにユージェのことを、解像度を高くして観察できているんだろうと。その疑問は、浮かんだ次の時には解消される。



 この知識は、彼女――エロデが聖樹と一体化する中で、同様に死して一体化した者たちの集合的な意識に触れ、その断片に垣間見た知識であり、僕はそれを彼女から受け取っているのだ。彼女が僕を侵食するように、僕も彼女の意識に溶け合うような感覚がある。まるで僕が僕でなくなっていく感触。



 昨晩の夕食に何を食べたかを忘れてしまったとき、僕らは記憶力の低下を憂うだろう。でももし完全に身に覚えのないものを、食べていた、と母親に言われた時、どう思うだろうか。ぞっとするか。夕飯の席についた記憶すらない。そして最近、母親に言われたそのメニューを食べた記憶もない。でも、家族のだれに聞いても、いっしょに食べたという。



 その僕は本当に僕なのだろうか。そう考え悩むことだろう。

 そのような、記憶の混流が、僕と彼女との間に起き、僕はこの村に二か月よりも前、数百年の間存在していた気がしてくる。そして、食べたことのない夕飯を食べたのが、僕だと信じざる負えなくなるように、僕はまるで数百年この村で生きてきたと信じざるを得なくなってきたのだ。



「一つ聞きたいことがあって出てきたのよ。聞いてもいい?」



「いい……です」まるで関節を絞められたかのように、ユージェは白旗を挙げるほかなかった。



「ユージェ、あなた、私……というか、この身体を殺す気?」



「ッ……」



 ユージェはすでに硬直していた身体をさらに強張らせた。圧力が高まり過ぎて震えだし、水風船が破れて水が漏れだすように、彼女の表面から何かあふれ出てしまうのではと思わせるほど力んでいた。



「あなたは、無駄な会話をし過ぎたわね……。私が出てくる前にこの子を殺すべきだった。そうすれば私をいないものに出来たのに」



「そ、れは……」



「でも、迷ってるんでしょう。現にあなたは両方から依頼を受けている」



「……! なんで」



「長老院にとっては聖樹を守るためにあなたを利用した。あなたはこの村で居場所を作り続けるために上の声を聴き続ける以外ないものね」



「……そっか、エロデさんはあっち側か」



 エロデは笑っていた。二人の間で何か探り合いがなされたかと思いきや、会話はやんでしまった。僕は見守るほかなかった。



「ふふ……あなたの能力も素敵だわ。立派に成長したわね。ありがとうね」



 エロデは彼女の耳元で囁いた。つぎの瞬間主導権を返され、僕は浮上する。



「ご、ごめん」



 咄嗟に、ユージェに抱き着いた状態を解き、身をひるがえした。



「……今のあなたはユキ? それともまだエロデさん?」



「僕だよ……祐樹だ」



「……サンの質がより変わってきている……」



 ユージェは僕のことをいろいろな角度から矯めつ眇めつ(ためつすがめつ)する。



「ユージェは、僕を殺すのか?」僕の一言で、彼女は動きを止めて、視線をそらしたままこちらを見なくなった。



 僕は、エロデが殺した4人のことを思い出していた。鈍い感触。手に残る不快感。動かなくなった屍。



「……」



「黙っていてもわからない」



「殺す……と言ったら?」



 殺される、としたら、どうするだろう……。僕は正直、この数時間にいろいろな刺激を得すぎて、頭がパンクしそうだった。僕の中にいるエロデという女が人を殺した、僕はそれを止めることもできず、却って肯定してしまった。そして僕は失っていた記憶を取り戻して、少しだけ自分勝手になった。その結果、暫定的に生きる目標だった男に戻ることに価値を失い、僕はこの世界を見てみようか、というあいまいな気持ちが残っているのみとなる。ふと思う、別に死んでも問題はないのではないだろうか。むしろ、人を殺すことを止めることもしなければ、見過ごしてしまい村への悪意を放置しようとしている人でなしさを自覚し自己嫌悪している葛藤から楽になれるチャンスではないか。僕は村が滅びることに何の未練もないけれど、僕が接した民たちから嫌われたくないという気持ちは胸の内に残っていた。だから、その一人であるユージェに殺されるなら、罪悪感が少し払しょくしそうだと思う。それに、これから長く生きるとして、多くの失敗、多くの罪を犯すのではないかという疑念が沸く。僕はその都度自己嫌悪に陥るのだと思うと気が滅入る。自分を守る方法は、最初から自分がそれを体験する立場にいないことが一番楽な気がする。



「殺されてもいいかな、と思う」



 そう言ったら、ユージェは一瞬目を見開いて、また目を閉じた。



「帰るわ。エロデさんによろしくね」



 彼女が何を思ったのか。わからない。僕の返答が彼女を落胆させたんだろうか。

 聖樹と一体化するという大義名分もない僕が、命を投げ出すような浅はかさを曝け出したことに軽蔑しただろうか。あまりよくわからない。



 ここまで来て、僕は疲れていることを自覚する。

 寝よう。



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