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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
52/65

第42話 ☆ / ほんと、思い出した。

2/15分はこれまで。

      ☆


 一度だけ、フラれてから彼女とご飯を食べたことがあった。



 この場面が僕の中で何か要となっている。

 僕の心はざわつき、居ても立っても居られない。どこか穴に入ってしまいたい。



 それはひどく自分勝手なエゴに直面させられるからだ、と最初に言っておく。



 予防線を張れば張るほどに、恥ずかしさはいや増していく気がする。でもできれば見たくない。逃げたいと思う。そんな白昼夢にも表れなかった、記憶の最奥にしまっておきたかったものだ。



 ちなみに、彼女と食べたのはタイ料理ではなかった。インドカレーでもない。いや、インドカレーはただのノリだ。特に伏線とかでもない。むしろインド料理よりベトナム料理屋の方が好きだ。タイ料理とベトナム料理って全然違うけど、似たような場所に出店しているなという印象だけで話している。

 ベトナム料理といえばチャーとか生春巻きが思い浮かぶ。特に生春巻きは好きだ。

 どうでもよいが、生春巻きとナンの生地の違いについて考えてみたけれど、薄いのと厚いのと違いがあるなあという浅い感想しか思いつかなかった。



 実際、薄くて中身が透けて見えるのが良い。色鮮やかな見た目は、味への期待を募らせる。

 誰かに聞いたけれど、生春巻きの生地って、ライスペーパーって言って文字通り米で出来ているなんて聞いたとき、意外だなあと思った。もちもちした歯ごたえを想像した時、ボロボロとこぼれるおにぎりと断然違うなあと思ったものだ。シャキシャキとした野菜やぶりっとしたエビと合わせて食べると食感が気持ちいい。そしてものによると、生春巻きの生地は、大量生産する時、つなぎでタピオカのでんぷんが入っているとかいないとか。米に行ったり、タピオカに行ったり、しょっぱいのか甘いのかどっちかにしてくれ。いや、コメもでんぷんで甘みがあるか。おかず含めしょっぱいのか甘いのかというだけだった。

 ここまでつまらない話。以上。



「ふーん。で何の話だっけ」



 元彼女は、皿に目線を釘付けにしつつカニクリームのパスタをくるくる巻いている。

 手を止めずに、食べることに夢中だけど、こちらに気を向けているのはありありとわかった。意図して目線を外しているような気もする。それを言うなら、僕もちらちらと彼女のことを観察しながら、マカロニサラダをつまむ。



 僕の料理はまだ来ない。



 なんとなく写真映えの良かったサラダと、なんとなく興味の惹かれた一尾まるまる乗ったエビドリアを頼んだ。エビの調理に時間がかかっているのだろうと考える。

 僕は彼女の問いに答えようと、話題を考える。僕はいったい何のために元彼女との会食などセッティングしたのだろうか。それっぽい話題の切れ端を摘まみかけ、摘まみかけては切れ端が水に濡れたトイレットペーパーのように溶けて、姿を失う。そうして、僕は口をぱくぱくしていた。言葉が出そうで出なかった。誓っていうが、生春巻きやナンがかみきれなかったわけではないのだ。まだ僕の料理は来ていない。



「……」



 彼女の食は進む。もう半分しかパスタは残っていない。

 僕は残り半分を食べきった際の、彼女との間に降りるであろう、沈黙のカーテンを、どう開くべきか、そしてどのようにこの場を切り抜けるか、考えようとした。

けれど、お腹が減って思考が回らなかった。サラダは食べ終わってしまったのだ。



 ああ、早く来ないかな……エビドリア。

「今日は寒いね……」



 僕は窓を眺める。雨が降る。台風の予報を知らせるアナウンサーの声。ラジオはじーじー、砂嵐を背景に声を届ける(テレビじゃなくラジオが置かれているのは店主のこだわりらしい)。窓に滴る雨露。まるで僕らを、何か決定的な会話をするまで逃さないと言わんばかりの天気だった。木々がゆれるのを、濁ったガラス越しに見え、外はあいにくの……、とよくわかる。この箱のような洋食屋から逃がさないと目を付けられているのかもしれない。いったい誰にだろう?



 「そんなことわかってる」

 彼女はご機嫌斜めらしい。まあ、そうだろう。僕もそんなにいいわけじゃない。英会話教室で、はうあーゆー?と聞かれても、あいむふぁいん、と返せないほどに調子が悪い。主に精神面。言葉が続かない。彼女に対して何を言えば嫌味にならないだろうか、気分を害さずに言葉が伝わるだろうか、と懸念ばかり駆け巡って、全然言いたいことがまとまらない。



「その……、誕生日おめでとう?」



「ん、ありがと。祐樹もね」



「ども」 



 最近、年を取った。夏の終わり。彼女とも誕生日が近くて、去年は誕プレ交換をした記憶がある。まだその時にもらったトートバッグは使っている。キャンバス地に一匹のペンギンの絵が入ったかわいい奴だった。僕のプレゼント? 恥ずかしいから言わないでおく。



「去年は、大変だったね。誕生日会」と彼女。



「ケーキがキャンセルされたんだっけ?」



「そうそう。予約してたケーキが、別の客がキャンセルしたのと間違われて、って奴」



「テンパった店員さんが、なぜか勘違いでキャンセルされなかった方の客のケーキに、無理やりろうそく20本立てて、渡してきたんだっけ。それもチーズケーキのホール」



「なんでホールケーキって思ったけどね。誕生日なのはバレてたんだっけ? 私たちはカットされたケーキを三つずつ、選んだのにね」



「三つセットが何かの記念日用で、用途アンケートに答えてたんじゃなかったっけ? まあそれはいいよ。量でいえば三つずつも、なかなかに多かったけど」



「無茶やったよね。大学生のノリは怖い。結果的にホールケーキのろうそくを祐樹が吹き消したのがハイライトだった」



「いやいや、なんで吹き消したところ……もっとよかったところあったでしょ。チーズ嫌いなのに一口目すっごい顔つきでほおばって」



「余計なことを思い出さないの! ……レモン風味がクセを消していたもの。結果的においしく食べられたんだからいいの」



「鼻摘まんでうぇえって、苦手っていう前振りに対して、そのあとすぐにおいしい!って叫んだ時は、食べられるんかい、って感じだったけど。まあ、チーズケーキはおいしかったけどさ。味に飽きちゃったけどね」



「いいじゃない。つぎの日の朝ごはんもそれになったんだし」



「だから余計に飽きたんだよ……もう当分チーズケーキはいいやって思ったね」



 思い出話は、とても良い話題になってくれる。

 繰り返しする話は、傍からは冗長だけれど、関係の中では色褪せない話題であった。だが、まあ一つの休符記号のようなもので、ピリピリした本題からわずかに気をそらす程度の効果しか持たなかった。



「こないなあ、エビドリア」



「遅いね」



「お腹減ったけど、パスタ頂戴よ」



「嫌よ。パスタとドリアでドリアを選択した自分を恨め」



「くっ……」



「私も、それくらい恨んでいるんだけどね」



「……」



 彼女は決して僕を見ない。ある意味、彼女は優しい。気持ちを言葉にして僕に見せてくれる。一瞥をくれないのは、彼女の心細さか。僕なら、一瞥どころか、姿さえ現すのも難しいだろう。

僕みたいに、普通は、見せてくれなどしないのが当然のことなのだ。目の前から消えてなくなる。関係性と共に、消えて、それに対し、消えたことを思い、後悔の渦に身を沈めるのが本来だ。



「結局、何がいけないの」



 彼女は、最近よくこれを言う。そして、僕は黙る。

 僕は答えがないから、答えることができない。

 何がいけないとか、何があればいいとか、そういう話ではない。

 ただ、答えるには、抽象的すぎる。いや、僕がその感情に向き合いたくないのかもしれないし、それを彼女に開示したくなかった。



「好きな人ができた……」



「嘘だね。line、私以外と連絡とってないじゃん」



「えっ」



「カマかけだけど。図星?」



「……」



 いや、まあ。彼女は僕より頭がいい。すこぶるいい。こういう所では切れる。僕は隠し事も嘘も付く事も出来ない。



 ただまあ、彼女以外の人と連絡は取っているよ……。と数瞬後に思って反論しようと思ったけれど、その時気配がして、遮られてしまった。



 お待たせしました……。



 そんな控えめな声がして、待ち望んだエビドリアが運ばれてきた。

 僕は会釈して、受け取る。うん。彼女には僕の建前がウソだと断定されたままになってしまった。まあ、あの後言い訳しても言い訳がましいだけだけれども。



「うわーおいしそうだなー」



 普段全くしない手を合わせたいただきますをして、僕は食べ始めた。



「……」



 彼女は、食べ終えたパスタの皿とフォークをきれいに片付け、ただ僕のつむじを観察しているようだった。だから、僕はずっと彼女にきれいなつむじを鑑賞させてあげようと思った。



「……」

 冗談。静けさが怖い。沈黙は嫌いだ。もしここで他人の顔を見たとして、つまらなそうな顔をしていたら、僕は悪いなと思う。笑っていたら、嘲笑されて馬鹿にされていると感じる。仲が良ければいいけれど、そういうのが気にならない仲になるには、どうすればいいのかわからない。彼女とは、付き合っていたころには気にしなかったけれど、別れた後は気まずさの方が大きくなっているのを感じる。どこまでが許せる仲で、どこから気を遣う仲なのか、その線引きは、自分でも自分のことがわからない。

 スプーンを、おく。ため息をついた。はあ。僕は彼女と目を合わせる。すこし彼女の目が泳ぐのを感じた。



「はっきり言うけれど、何があっても、僕は君と復縁するつもりはないよ」



「……」



 僕はあきらめて本音を言葉にし、そして彼女は、息を吐いて、目を瞑る。



「それを言うためにここに呼んだの?」



「うん。思い切って縁を切ればいい、とか無視すればいいのだろうけれど、それができないのは申し訳ない」



「はあ……。弱いね」



「ごめん」



「やめて。私はそういうことを聞くために来たんじゃない」



 ぐっと握りしめた手が白みだしている。



 僕は逃げ出したくなる。なぜこの場にいてしまったのだろうか。もしかすると断るつもりで、もうずるずると話をするのを止めようと思って、なぜか彼女とのご飯をセッティングしたのだったろうか……。あいまいだ。良く思い出せないけれど……僕はここに来て思い直すけど、ここに来るべきではなかったなと思う。そもそもなぜ彼女を誘ったのかといえば、……どうしてだったのだろう。よく考えると、僕は誘っていないような気がするのだけれど。



「というか、僕、君のこと誘ってないよね?」



「はあ……。ようやく突っ込んでくれた。ほんと、私のボケをスルーするくらい、私に興味無くなったんだから。そのくせ、私の顔色ばかり見てる」



 ボケ、というのは、この回想が始まってから、最初に言った「何の話だっけ?」というセリフのことだったのだろう。彼女は僕をジト目で見る。ジト目、というものを僕は人生で初めて見た。眠くなさそうな半眼。器用なものだ。



「私は、嫌だよ。理由も示されず、詰まらそうな顔をされるのは」



「でも、振ったでしょう」



「そうだね。まずったわ……。策略にハマったというべきか」



 彼女は右手を顔に当て、演劇風にセリフを回す。



「別に、僕は何かに陥れようとしたわけじゃあない」



「でも、別れたいっていう意図通りに進んでいるのは癪」



 にらまれる。彼女は続ける。



「はっきり言うけど。意固地になっているわけじゃあないから。別れたくないって目的のために迫っているわけじゃあない。祐樹は、多分『好きじゃなくなったのに付き合うのは申し訳ないから』『一度ぞんざいに扱ったのに、また付き合い始めようとするなんて誠意がない』みたいなことで悩んでるのかもしれないけど、そんなことは気にしない」



 好きじゃなくなって付き合うのは申し訳ないと思っているはあるけど、それで別れようとしたわけではなかった。



「僕は、一人でいる方が気楽なんだ。だから、ぶらぶらしてた。そうしたら、君が怒った。それで終わりでよくないの? 僕が悪いんだよ」



「うん。わかってる。それで怒った私が短気だったの。そういうところを気を付ければいいんでしょ」



「気を付けるとかの話じゃないんだけどな……」



 僕は彼女のことを嫌いになったわけではないのだ。ここまで引き下がられると、思い切って振っておくべきだったと思うけれど、過去の自分にその強さはないことは重々承知している。今もないのだけれど。

 彼女は言葉を重ねる。僕はそれに頷く。でも使い古されたスポンジのように、言葉はしみ込んでいかないのが目に見えてわかるらしい。



 そうして、彼女はさらにイライラしたように言葉を叩きつけてくる。

 僕は、申し訳なく、でも、どうしようもなく、彼女に無理だということを伝える。

 これは意志の力ではどうしようもないものだ。



 僕のせいだ。僕が彼女に合わせる努力をあきらめたから破綻した。

 彼女は僕との仲をそれなりに気に入ってくれていたのだろう。僕はその彼女の平穏を支えるべきだったのだろうか。人助けと思ってもう少し彼女に寄り添えばよかったか?

 でも、僕には恋愛が面倒になっているという事実のみが横たわっていた。



「ねえ、聞いているの」



 彼女はそう言って、僕の眼前へ手を伸ばしてきた。

 伸ばされたそれを、僕は思わず叩き落としていた。



「あ……」



 悪気があったわけじゃない。びっくりしたからはたいてしまった。ただそれだけだ。少し、彼女の手が皿に直撃して、カニクリームが飛び散った。彼女の白いレースの袖口にオレンジ色の斑点が飛ぶ。



 僕はなぜそう思ったのかはわからないけれど、レースのしみから食べ物を想起した。春巻きだ。薄い灰色がかった透明の生地の中に、パプリカや人参や大葉などの色鮮やかな具材が入っている図を想起した。



 そして袖口のレース生地の隙間から覗く白い手が柔らかそうに見えた。



 生春巻きの生地のもちもちした触感がリフレインする。場違いにもおいしそうに思った。



 僕はそんな阿呆な思いに気をとられている間に、彼女を気遣うタイミングを逃してしまった。

 ブスッとした顔で次のように言った。



「もういいよ」



 席を立って帰っていった。

 僕は店員さんに会計しながら、助かったと思っていた。その後ベトナム料理屋を探そうかと思ったけれど、近くにめぼしい店はなかった。夜の街を歩きながら少し考えている。



 僕は今後彼女の誘いを全部断って、完全に距離を取る。

 結局どうして彼女を遠ざけるのか、自分自身わかっていなかったんだけれども、単純に、遊ぶ約束をして、その約束に対して気が乗らない自分がいるということが素直に大きい。



 付き合って当初は、恋愛のロマンスに充てられて、少し面倒でも、遊んでよかったと思っていた。けれど、それも薄れてきたときに、彼女と待ち合わせに向かうことが義務的になり、さらにはつらくなっていることに気づいた。気が重い。彼女の前で彼女とであったころから貫いてきたキャラクターを保つのがきつい。



 僕は別に狙って何かロールプレイングをしているつもりはないんだけれど、誰かと話すとき、何か素の自分以外の骨格を纏う。そうして、人によってそれを使い分ける。わずかな違い。この人とはアニメの趣味を話し、この人とはスポーツの趣味、この人とはバイト仲間、この人とはゼミでの会話……。全て似ていて、それでいて異なる振る舞いだ。だからこそ、僕は異なるコミュニティの友人らと一堂に会したら、何もふるまうことができなくなる。あちらを立てればこちらが立たない。コミュニケーション能力が不足している。あれもやらなきゃこれもやらなきゃと希望を高くしていたら、RBGの設定もすべて255にしてしまったみたいだ。頭が真っ白になって、動けなくなってしまう。



 付き合い始めは、ああ、これで僕のすべてを見せられる相手ができたのか、と安堵したものだった。それでも、数週間、数か月と経つ頃に、ああ……、やはり彼女には彼女にこう見せるべきだ、というロールを無自覚に形成していることに気づいてしまい、気づいたからこそ、気が重くなる自分がいた。

 僕は、遮られる感覚が苦手なのだ。できれば、気づかないまま彼女と付き合っていたかった。あるいは、恋愛という、すべてを曝け出せる相手がいる幻想に浸ったまま、それに憧れたまま、現実を知らないで生きて行けた方が良かったのかもしれない。



 最後に僕に残ったのは、気を許せるのは僕自身だけだったというオチだ。



 僕は誰かを好きになる必要なんてなかったんだ。

 僕が好きなのは、僕自身だ。

 僕を認めるのも僕自身。

 僕によって褒められたいからこそ、僕は努力する。

 僕が芸能人をかっこいいと思い、彼のやっていることを真似するのは、結果的に、僕にかっこいいと思ってもらいたいから。



 僕が誰かに親切にするのも、僕が自己満足を享受するためだ。

 ある意味何事も自己満足である。

 僕は僕自身であるから楽しいのだ。そういう自己の満足である。

 



      ☆




 ああ……ああ……あ……ア……。



 頭が痛い……。僕は僕自身にこだわっていた人間だった?

 待ってくれ。なんだ、これは。この記憶は本当に僕の記憶か?

 そうだ。という内心の訴えが聞こえる。なぜ、そこまで自分を愛することを受け入れようとしない?



 ナルシストという響きが嫌らしいからだろうか? 自分大好き、という陰口が叩かれた情景を見たことがあるからだろうか。



  そういう、自己保身的に、他者の評価を気にして行動を決めることこそが自己愛の結晶ではないのか。僕の記憶と結びつき始めている内心の叫びが聞こえる。神話については良く知らないけれど、ナルシストという名前は僕にとって嫌な響きがあった。ここでいう『僕』とは、彼女を作る前の話、つまりなぜだかわからないけれど記憶が消された今の僕の話だ。



 あるいは。自分を好きだと肯定する人間には、他人を利用し、切り捨て、平然としている自己中野郎しかいないと思っているかもしれない。僕は。



 でも、内心の声、つまり恋愛の幻覚から覚めた一年後の僕から見ると、それは本当に自分を愛している場合とはいいがたい、という反論が出る。すべてのナルシストは自己中で、他者を足蹴にしているか? そんなことはないだろう。



 その根拠として、他者と敵対することは、自分にとって利にならないとすぐにわかるからだ。敵対行為というのは消耗を呼ぶ。その消耗を呼んだうえで何かを得られるならば、必要なコストではあるだろう。けれど、自分の権威を見せつけたいとか、他人にイライラするからとか、自分の中の不満への溜飲を下げたいからという理由だけで、他者を攻撃するものは、社会において敵を作り、結果的に相手に攻撃される口実を作っている点で、自分の評価に傷をつけているからこそ、自分を本当に愛していないといえる。



 自分のことが本当に大切であるならば、周囲に露骨なヘイトを与えない。ナルシストであるということも隠すかもしれない。もしその言葉がその社会において不名誉ならば。

 でも、まあその点は、自分の性格を隠して、曲げて他者と接するという『嘘をつき続ける』という労力に見合ってないと感じるタイプの人間であれば、ナルシストを公言するかもしれないなとも思う。



 結局、記憶の中の僕が自分を好きだというのは、生活・行動習慣などを総合的に見た上で自分の不利な結果を呼ぶものを排除し、利益を増やしていくことに忠実であるべきだという姿勢のことだ。まあ、でもみんな当然していることだろう。でもそれを自覚して動くというのはなかなかしないんじゃないかなと思う。だってみんながやっているのと同じことをすれば安全だから、常識的だと言われている行為をする……その行為が本当に自分自身に利をもたらすかどうか、厳密に考えて行為する人は多くない気がする(厳密に考えると述べたけれど、結局すべて経験による主観的判断によるところじゃないかな、厳密や絶対などありえないのかもしれない)。多数派の威を借り、常識というベールをかぶせ、空虚な根拠に説得性があると誤認する。



 人によっては経験による印象で、そういうことするの、やめるよ、ってなると思うけど、大多数においては、みんながしている行為を止めるときっぱり言うのは難しい。

 僕の考える自分を愛する姿勢は、この場合、多数の中で意見を通せるタイプかどうか、もしそうではないならどう動くか考えることである。意見を通せる強さと世渡りのうまさがあるならば、それを突き通すことが自分のためになってくるし、一方で大多数に紛れるしかないという人もいると思う。そういう人の中で、もし所属する多数派が誤った選択を取っていると思ったら、無理に意見を言わずに一度その集団から離れて誤りの不利益から避けようとするか、その誤った選択肢を取っていると気づいた瞬間から、選択肢の結果起こる不利益を想定してあらかじめ予防線など不利益を最小限にできる措置を講じておくことが必要だろう。



 これを卑怯と考えるだろうか。王道なら集団に影響を与えて救え、などという人はいるだろうか。もちろん集団の舵取りをして、軌道修正できるカリスマ性があればそれでいいのかもしれないけれど……。結局何が言いたいのかといえば、人それぞれ自分の強み弱みにあった方法や道順で、自己の不利益を回避し、利益につなげていくしかないという身もふたもない話だ。 

こういう観点から、ナルシストについて考える時、自己中だと批判される行為を取ることは、本当に自分が大好きであると思っているならば、結果的に言えば、自分に不利を呼ぶことになりかねず、嫌うべきものである。



 その文脈上において、僕は恋愛を忌避することを決定づけた。

 ある人は言うだろう。たった一人と付き合ったくらいで、恋愛が良いもの悪いもの、だと決めつけるのは早計だと。それはわかる。

でも、僕の恋愛への好奇心は、中学生みたく恋に恋しているだけなのと同じことだと気づいたし、恋愛がなくなって、僕が誰かに寂しい、恋しいと思うこともなくなった。他者の存在が、僕の生活習慣に不要だなと気が付いてしまった。



 人は一人では生きられないとは言うけれど、僕は一人で生きたい。

 完全に一人は無理だ。山の洞窟に籠るか、と言われたら、そういうのは望んでいないと答えるだろう。だから、少なくとも社会的なふるまいをしていかなければならない。あまねく短絡的な発想は身を亡ぼすと考えるべきだ。

そのために他者に気を遣うのは当然の成り行きであるし、僕は平穏に暮らすためにはそうせざるを得ない。



 しかしながら、僕のパーソナルスペースにおいては、できるだけ他者の介入を避けたいというのは、実現し得る欲求だった。できるだけ僕のタイムスケジュールは僕のその時の気分に任せたい。モチベーションが高い時は他者に合わせても良いけれど、常にその余裕はなかった。物事は最低を基準に考えるべきだ。



 恋愛をすれば、好きな人と一緒に生活するというものが、どれほど僕の心を満たすものかと思ったけれども、それほどでもないな、と思った。だから、僕はやめようと思ったのだ。探せば僕がすべてを曝け出せる相手がいるかもしれない。そんな運命の相手……都合の良い鏡のような相手が。

でも、それを探す労力をかけるほど僕は暇じゃない。いや暇なんだけれど、心の余裕はない。もっと自分にとって楽しいものは別にあると思ってしまうのだ。



 ここまで考えて思う。必要なのは、僕自身の行為が、絶えず誰に向けて行われているか、を意識することである。



 何をするにも、僕は僕自身のために物事を行っていると認めるべきではなかろうか。

それを恥ずかしげもなく認めることができる時、僕は、以前よりももっと呼吸が楽になる。息の吸い方を忘れたとき、僕はどうするべきだろう。鼻呼吸か口呼吸かどちらだったろうか、口の開き方はどれくらいか、舌はどこにどのように仕舞っていたか、何秒吸って何秒吐くのだろう、息を吐くときと吸う時の境目は息を止めるべきか止めないべきか、一度息を吐くなら、肺の中の二酸化炭素をすべて吐き出さなくてはいけないだろうか、そもそも僕の呼吸は肺に到達するのか、胃の方の気道に流れてしまわないのだろうか、それはもったいないのではないか……。





 考えれば考えるほどに、理屈にとらわれて、本来の感覚を忘れる。

 でも、自分のためだと肯定すれば、一応一つの基準は設けられる。

 息を吸ってはいて、生きることができればいいのだ。

 呼吸の作法や効率の優劣によって、自分は何が変わってしまうだろうか? 多少生きづらい。でも生きている。まずそれでいいではないか。気になるなら、後で呼吸器科の医院にでも診察を受けに行けば……。



 それで収まる。気になれば調べるなり誰かに聞くなりして考えればいいし、考えることで日常生活に支障が出るのならば、それは僕のためにならない。やめようと思えるきっかけになるのではないか? そうやって思い切って思考放棄した時、ようやく感覚的に呼吸ができる気がする。



 ……と、そんな自己啓発みたいな薄っぺらい話を盛り続けてきたけれど。



 僕はそこまで考えて、納得した。

 ああ、僕は自分のことを大切にしているなあ、ということに。

 そうして頭痛は嘘のように引いていった。



――――――――――――――――――――――――――――



 現実に戻る。ビレアの森で未だ正体不明の彼女が敵の兵隊らを殺害した、というところに話を戻そう。僕は彼女が人を殺したことに肯定した。殺すことに抵抗を持っているけれど、ここにおいては仕方がない状況だと思い、思考に居座る彼女のことを攻めることは出来ないと自戒する。ただ、すこしだけ、彼女のことを、僕の中に現れてすぐの時は、もっと優しい人だと誤解していた。僕を聖樹から連れ出して、戦場に立たせる、勇気の象徴だと。



 そう思っていたから、彼女が人を殺した時に、止めるべきなんて甘いことを想起したのだ。前世にいたころ、僕が元彼女に対して接した冷たい振る舞い。本当はそれでよかったのだろう。ハッピーエンドとは異なるけれど、はっきりフる勇気のない僕は、彼女に対して外堀を埋めて、彼女の方から逃げ出すよう示すしかなかった。当時は、たぶん、それが、彼女が僕という貧乏神から解放される救いの一手だとすら信じていたのだろう。



 そう思い、僕はかつての倫理観から、彼女が殺人を犯すべきではない、彼女が罪の償いをしなければいけなくなる、というような社会的な罰則や良心の呵責から助けようとしていたのかもしれない。

けれども、ここは、異世界である。僕の常識とは異なるのだろう。僕の助けは意味をなさない。でも……。



 もう一つだけ。僕が彼女を助けようとする、独りよがりな理屈がある。

つまり僕は、僕が彼女を嫌うことを避けさせようとした。

僕の見る世界において、僕の評価は絶対の評価だ。だからこそ、僕が好きでいるうちは、僕が嫌なことをしようとも、彼女を思ってのことならば、彼女は幸せだと都合よく解釈する。でも僕が嫌う相手だと見なすことは、この僕が見る世界において、不幸なことだと僕自身が錯覚している。極論でいえば、僕が彼女が幸せだとおもうならば彼女は幸せなのだろうと、解釈して片付けることができる(不幸せな彼女に気をもまなくてよくなる。僕自身解放される)。

 


 つまり、僕は彼女が殺人を犯したことで、彼女に気後れし、あまつさえ、彼女を避けようとするほどに、近寄ってほしくないほどに、彼女を嫌悪している。腕が男の身体をあっさりと突き破ったとき、脳内で自分の腕を二度見したし、彼女のことも二度見した。まじか、こいつ、って感じ。

そしてその彼女と関係性を持っている僕は彼女に対して何かをしてあげなくては気が済まない。最初に抱いた印象から、単なる振る舞いを見て印象を真逆にすることに抵抗を持っている。ただ嫌ってさようなら、というのは逃げなのではないか、と考えている節がある。素直に嫌って距離を置きたいという想いもある。でも……、彼女を嫌うことも、かまってやることも、どちらに行っても自分の利己的な考えに過ぎない。どちらに行っても自分を満足させられない。後悔する。ふむ……どちらを選択することがわずかでも僕にとっての満足につながるだろうか……。



 ああ、そうだ、ここまで来て思う。はっきり言おう。僕は彼女が嫌いだ。これほどまでにややこしい相手は、決別してしまった方が精神的に楽だろう。

 そして僕は、僕のことが好きで好きでたまらない。

 その感情による針の振れは、天秤をわずかに一方へ傾けた。

 その方針を実行するのは後にするとして。少し様子を見ようと思う。


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