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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
45/65

第36話 喪失感にばんそうこうを貼りたいのだけれど

2/13分はあと一話投稿します。

 僕は、現実感に乏しいままに、外に連れ出された。そして村の外れに向かう。どうやらテスェドさんは、聖樹の付近に埋葬されることなく、遠くで埋葬されることを望んでいたという。普通は意見は通らず皆共同の墓地に埋葬されるのが普通なのだが。さすが英雄だな、とミネさんが皮肉っていた。


 民家のあるエリアを抜け、畑が古い聖樹から放射状に延びるエリアに移ってきた。土の香りと、休耕地の伸びきった雑草が、田舎ののどかさを思い起こした。



 畑も途切れた、村の隅に来た。木々が雑然と伸び、その隙間から結界の痕跡がわずかに感じ取れる。村の形を円の図形だと思えば、その円の線上付近に、少なくない民が集まっていた。

かつての戦争で聖樹を守った英雄の呆気ない最期に、村の民たちは言葉にならない呻きを漏らし、その魂の行方に黙とうをささげる。



 長老院選出を期待されていたからか、早すぎるという声が漏れて聞こえてくる。

僕は、彼らから何かが立ち上っているような気がした。それはただ風になびいているはず木々を、さらに揺らす。黙とうする民の熱量が揺らめき立って、何かエネルギーのようなものを発散していると錯覚した。



 僕は棒立ちのまま、その状況を白昼夢に侵される頭でぼーっと眺めていた。

 個人個人お別れが済むと、やはり仰々しい儀式もなく、民たちは墓地を離れていく。テスェドさんに特にお世話になった人は、何か供え物を彼の埋まった場所においてから立ち去っているようだった。

人が減り、視界が開けると、僕は明確に彼の墓地の輪郭を認識した。



 苔の生えた地面が盛り上がっている。地面が硬かったのか、地下空間がうまく確保できなかったのか、はたまた単なる更地にすると、英雄の眠る墓と地面が見分けがつかなくなることを恐れ多いと思ったのか、そこは盛土が目印になるように加工されていた。



 「なぜこんなに早く埋葬が済まされたのかの」



 院長が呟く。さすがに瞑想ばかりしておられず、聖樹を抜けて出て来ていた。

 埋葬はクレーマーの男の時も早かった。だから僕はこの村の文化だと思って、死亡確認から埋葬までが早いものだと思っていた。



「何でも屋の嬢ちゃんがその辺詳しく聞いているって言っておらなかったか?」とミネさんに尋ねる。



「そうね。テスェドの身辺に異変が起こって医者を呼ぶ際に、あの子が近くにいたから、医者を連れて来てもらったのよ。わたしは医者が死亡を確認したら、他の医者や奥の幹部への伝達に急いだから、現場は担当医とその助手にユージェをつけたっきり、ノータッチだからねえ」



「それならば、その子か担当した医者に話を聞いてみよう」



 二人は言うが早いか、墓地を後にしようとした。

 僕は自分の感情が、自覚できていなかった。僕自身、生まれ変わってからの感覚を思い出せば、お世話になった者の死に対して、ひどく悲しみ、取り乱すはずである。



 しかしながら、どこか遠い現実の話をしているような錯覚を覚えて、僕は立ちすくんだまま、無感情だった。面倒な感覚が先立つ。僕はそれをおかしいとどこかで思っているのだが、それでも、そういうものかもしれないな、と妥協するような感情もわいていることもまた認めていた。

立ちすくんだ、という点でいえば悲しみがないわけではないのかもしれないけれど、それは全体としては僅かしかなかった。僕は現実をテレビの向こう側の話としてしかとらえておらず、夢の中に閉じ込められていた。



 その様子を見たミネさんは僕が言葉にならないほどの悲しみに打ちひしがれていると勘違いしたのか、そっと腕をつかんでこう耳打ちしてくれた。この場から離れて気晴らしした方がいいわ、と。僕は彼女の提案に抵抗することもなく、腕を惹かれて、彼ら二人の跡に続くことにしたのだった。



 

 二人はユージェの下に行くらしい。僕はひどく心が乾燥していた。だからか、



「寝たい」



 とだけ漏らして、それは、二人にとっては何か琴線に触れる訴えだったのだろう、



「構わん、ゆっくりやすめ」



「無理しないのよ」

 と、気遣った声音で言ってもらえた。



 二人に若い聖樹の下まで、送ってもらうと、僕は木の中に入り、瞑想している長老院の民らを尻目に、部屋に戻った。自然のエスカレーターから降りる時、部屋に目の死んだ男がいた。あの男だ。僕にテスェドさんの危険性を男。今となっては僕は彼に対してそれほどの嫌悪感を持たなくなった。これは好意的になったというより、視界に入らなくなっただけだと思う。



 僕は会釈して彼の脇を通り抜け、寝床に寝転んだ。

 そういえば、なぜあの男はこの部屋にいるのだろう。ここは仮にも長老院院長の根城でもあるはずなのに。



 あの男は、そういえば、前の聖樹のところにも配置されていた。テスェドさん以外に、ほとんど人がいなかった聖樹の内部空間。最初、村に通されて、古い聖樹に案内された時、他の戦士団の者たちもそこで暮らしているのかと思ったが、テスェドさんの付き添いの時だけで、翌日からは一切戦士団は姿を見せなくなった。



 それなのに、あの男だけは、僕と生活圏の一部を共にしていた。

 もしかすると、巫女としての僕のお守があの男の仕事だったりしてな……。

 ほとんど冗談だと思いながら、僕はまた、眠り、またあの居酒屋で飲んでいる、偽? の夢を見る――。




 何日が過ぎただろう。

 僕は日を数えることを止めた。カレンダーなどというものはここになく、僕はこの村の暦を知らないから、僕が生まれ変わってから何日が過ぎたのかもあいまいになっていた。



 聖樹の内部空間に差し込む陽光の変化だけが、僕に時間という概念を与えてくれる。

 僕は相変わらず寝ては置き、たまに用を足しに畑の方へ行き、院長と挨拶して、また眠る、というような生活をしていた。

 テスェドさんの死に立ち会った話を、院長はユージェからしっかり聞いて来たらしい。院長は、隔離小屋について何一つし知らない僕のレベルに合わせ、瞑想の合間合間に一から語ってくれた。




 村の外れ、確かあれは、畑が密集している辺りの中でも、テスェドさんの墓とは反対の方向に隔離小屋はあった。ほとんど村の結界が小屋の壁に接しているような状況で、小屋自体は、横に長く、奥行きの無い、細長いものだったと思う。ここは民家と違い、床が上がっていない。何棟かあった物置小屋を横に並ばせ、壁をぶち抜き一つにくっつけられたような作りだった。そこで、十名前後の病人が、感覚を開けられ、ござの敷かれた床に寝かせられていた。



 高床式ではないから、湿度が高く、寝苦しかっただろう。病人にその仕打ちはどうなのだと思うかもしれないが、病流行初期に快適な民家を作ろうと意気込んでいた建築屋の面々が、流行にビビッて、急ごしらえの建物を建てて最期、ここに寄り付かなくなってしまったからだった。長老院からは、ダメ出しのように、接触禁止のお触れが出され、結局住宅状況は改善しないまま放置されていた。



 そこでは基本的に病人が病人の手当てや看病をする。病に感染していない医療従事者はいない。だから、ろくな手当が見込めず、それでもなんとか患者たちは助け合って生活していた。アコンの民は、年齢が上がるにつれ、生物としての生理現象が薄くなるために、想像よりはきつくないという。けれども、トカゲのしっぽきりのように見捨てられた状況は精神を蝕み、屈辱が付きまとっているはずだった。



 だがアコンの民たちに最も痛烈に突き付けられた不安の原因は、病の特徴にあった。



 サンの使用ができなくなる。



 その一点のみにおいて、アコンの民は本能的な恐怖を覚えた。

 古い伝統を信じる者にとっては信仰すべき絶対的な聖樹。また新しい世代の者にとっては、義務を払う代償に力を与えてくれる存在。



 その村の象徴から与えられるサンという力。

 これを与えられるということは、絶対的な存在から認められるということであり、自らが絶対的な優位を得ているという肯定感と優越感が得られるのだった。



 生まれてすぐにサンを供給され始め、50を過ぎたあたりから、それを利用して、基礎技能を扱えるようになり、100をすぎ、成人の儀を済ませたあたりで、サンは固有の能力を開花させる。それが民にとってのアイデンティティであり、尊厳の生き写しであり、財産そのものだった。それが、扱えなくなる……奪われるという恐怖。四肢をもがれるに匹敵するほどの屈辱だというのだ。それならば死んだほうがましだ。聖樹への義務は聖樹を存続するために命を捧げることだ。彼らは、聖樹とのつながりを認めてくれ、サンを与えてくれるならば命を惜しくないと思っているのだろう。命より重い。



 それが失われる恐怖。

 その恐怖を少しでも感じ取った者は、病が流行し、それが感染し得る場所には近づきたくないという本能に従ってしまうのも仕方ないだろう。アコンの民が薄情というわけではないのだ。生物として道理だ。人間も好き好んで有害ガスが充満するところへ行こうとは思わないだろう。



 この隔離小屋には、十人前後の病人が臥せっており、2~3人の改善した病人が、村に戻ることを許されるまで病人の身の回りの世話をしていた。食べ物をあまり必要としないとはいえ、少量何かを食べることや水分補給をしたくなったり、身体を拭きたくなったり、小屋の掃除をして衛星状態をよくすることなどを助け合っていた。ミネは、そこに定期的に訪れ、世話の手伝いをしたり、医者の方針に従って病状を観察したり、病人を起こして村外調査に赴いたりした。



 臥せっている民たちの間を流れる空気は、諦念。病を患うことで、サンの扱いに障害が残ってしまう。それにより以前のような生活ができなくなるかもしれないこと。それはある意味でいえば、死にも似た結末が待っているということだった。



 民たちの心中は計り知れない。けれど想像するならば……。

 もし本当にサンを失う可能性があるならば、サンを扱えるうちにもっと習熟してくべきだったという後悔、またどうして病にかかってしまったのかという不運を呪う……そしてなにより日々身体を蝕む苦痛と、サンを扱えなくするという流行り病への恐怖。それらがぐちゃぐちゃと混ざり合い、結局民たちは、聖樹を信仰し、いつか聖樹に身を捧げることになるならば関係ない、と聖樹への義務という大義名分に集中することで不安に蓋をするのだろうと、長老院院長は想像を挟んだ。



 聖樹信仰を宗教として習慣的に行っているのは、一定の世代以上であり、若者は信仰や祈りということに対して否定的ではあるが、それでも、病にかかり、病状がそれなりに重くなるものは、皆信仰を表に表して、聖樹にすがっているということだった。



 聖樹にすがる彼らは、ミネさんの診察や村外調査にひどく協力的だった。ミネさんは長老院と医者の命を受け、聖樹と村を存続させるという大義名分を負っていた。であれば、ミネさんに協力することは聖樹に身を捧げることと同義であり、彼らの精神は献身という行為により、不快な雑念を排することになる。



 あるいは、内なる信仰心に集中したものは、外界のことに興味を失って、どうでもいいと思っているだけかもしれなかったが。



 そういった、信仰心が高まる環境下で、一人現実を見据えている者がいた。

 テスェドさんだ。



 彼は、ミネさんとユージェによれば、無言でいるのは他の病人と同じだったが、食いしばる様に苦痛に耐え、信仰心とはかけ離れたような、現実世界に挑みかかる視線で虚空をにらみ続けていたそうだ。



 彼は、それでも反抗的ではなかった。彼が隔離小屋にいた期間は4日間ほどであったが(僕は白昼夢にとらわれている間に!)、ミネさんの診察と調査、そしてユージェが看取るまで、自棄になることもなく、ただただ何かを待ち続けているようだった。



 話しかければ論理的に返答が来る。これは、他の者たちが何かにつけ聖樹が救ってくださる、聖樹と一緒になれば失われたサンを取り戻すことができる、と信仰心ににじませた返答になりかねないのに対して、ずいぶんと平静なものだった。



 彼は四日間を湿気の不快な横長の小屋で過ごした。ミネさんは彼にも調査に協力するように命じ、彼はそれに従った。そうして、四日経った朝、ミネさんが奥の付き合いがあり、隔離小屋に出向けなかった時、代理でユージェが訪れ、彼の死亡が確認されることとなった。



 ユージェのが院長に語ったところでは、朝訪れたときにはテスェドさんは目を閉じて寝ているものだと思っていた。けれど、ミネさんがいつも朝に検診すると決めている時間になっても、起きなかったそうだ。普段なら検診の時間より早く起き、時間にルーズなミネさんに逆に検診の時間だと教えてくれるほどだったのに。



 ユージェは、ミネさんからというか彼女を通じた医者の方針に従って、寝ている彼の様子を確認した。そして、わかったことは、息も心臓の音も、サンも、すべてなくなっていたということだった。



 まぎれもない死という概念がそこにあった。

 そうしてユージェはテスェドさんを小屋の外に運び出し、医者を呼んだ。医者は出来るだけ小屋の中の病人に近づかないよう命じられていた。なので、おそらく松果腺が欠損したことにより、流行り病が移らないと推測できる状態のテスェドさんのみに立ち会えるように彼女は彼を小屋の外に連れ出したのだった。





 村内の医者の一人が小屋の近くまで訪れた。彼は少し不機嫌そうだった。乗気ではない素振りの医者にユージェは、腰抜けが、と思っていたそうだ。ちなみにこの医者は僕があったことのない医者だという。



 ユージェは、知人の死に気が高ぶっていたのか、医者に詰め寄って早く見てくれと、頼んだ。それに応じたその一人の医者は、彼と聖樹のパスは切れているし間違いなく死んでいると、診断を下した。その後はミネさんを呼び寄せて、ミネさんが僕たちに伝え、今に至る、というわけだ。

 



 ……。



 と、ここまでが院長が語ってくれた話だ。ただ、なぜテスェドさんが病にかかったのか、襲撃があったときにどこにいたのか、ということは、全く情報がなかった。ミネさんが診察した時には、そのことについて一切答えなかったらしい。



 僕としては意外だと思う。あのテスェドさんが語らないことがあるなんて。そもそも、僕がおかしいな、と思うようなそぶりをする人じゃなかった。言いたくないことを誤魔化すにしても、もっとスマートにやるイメージなのだ。だから、露骨に答えない、という印象に、なぜなのかとも思う。



 それとは別に、

 「テスェドさんはなぜ、人体実験と揶揄していた病人による調査に、何も文句を言わなかったんだろう」



 聞いていて特に疑問に思ったことはこれだった。



 「実際に受けてみて、民にこれ以上病気が広まらないように、そして殺虫剤の被害を抑えるためには、必要悪だとわかったのだろうか」



 いや、そんなはずはないと思う。1000年弱生きた彼の意見を変える衝撃が、たとえ死をもたらす病であったとしても、病を実際に患って調査をする立場になったことで発生したとは思えなかった。

 でも僕は、彼の個人の命を優先する意見を、この閉鎖的な村で突き通し続けていた原動力を、知らないのだった。



 そう思うと、知らないのに、なぜ彼がそれを突き通せるのか、結局主観的な判断になってしまい、彼がどう考えていたか、正確なところは全く判断できないな、と改めて思う。



「彼は、どうしてそこまで村の主流の意見と異なる立場をとっていたのだろう」



「それは、あやつが、情を持ったものを聖樹への義務によって失ったからじゃよ」



 僕の疑問には院長が答えた。

 そっか、僕は今若い聖樹の寝床にいたのだった。白昼夢に浸り過ぎて、場所を見失っていた。



「情を持ったもの?」



 僕は目をこすりつつ、声のした方に首を向けた。



「テスェドは自分の子供、とおもっていたらしいけどな」



 やはりというか、彼は壁に対面し、瞑想の片手間の返答だ。



「自分の子供……。この村では聖樹から民は生まれても、民から民は生まれないのでは?」



「そうさな。子供なんてありえない。それでも、自分のサンを捧げて、それを聖樹が受け取り、結実することにより生まれるのじゃから、それは半分自分の子供だ、なんて、テスェドは過去に主張していたことがある。馬鹿な話じゃ」



「でも……、見たことはないですけど、聖樹に結実したこどもは、時間も勝手に生れ落ちて、地下の養育施設に入るんですよね、自分の子供がどの子か見分けがつかないと思うんですけど」



「そこがじゃな、あ奴は能力の結実に、自分独自の色を混ぜ込んだといっていた。だから、20を過ぎて地上に出てきた子供に、自分はすぐ見分けがついたと」



「色……」



 それはどういうものだったのだろう。色。結集する時に何かを変化させる? 何かしら変化させた結集をサンにささげて、それが要素となって生まれてきた子供……?



「といっても、後でテスェドが言っていたことだが、その子供がとてつもなく聡明だったそうだ。単なる親ばかでないならば、あ奴の言う通りなのだろう。色を付けて、その色を養育施設で育つ間に濁らせることもくすませることもなく、維持し続けていたのは、その子供の努力によるものだった」



「サンに付着した色を、維持する努力なんてあるんですか?」



 僕には理解ができない。



「ああ、普通サンを扱うのは50を過ぎてからじゃし、能力を開花させ、サンの質をいじくれるようになのも、100に近づいてからようやっとなのが、民の平均じゃ。それなのに、色を維持するだけ、とはいえ、サンの質を生まれてすぐに意識することができ、なおかつそれに手を加えることができるとは……常識の外であるほどに高い技量でサンを扱えるような子供じゃったそうな」



「テスェドさんは、その子を見て自分の子供だとわかって、どうされたんですか?」



「んや、どうもしなかったな。ただ、その子と一緒に暮らしていただけ。サンを操る才能があったから、テスェド自ら指導をしたそうだが、子供と一緒に暮らしていたのはあ奴200歳に満たない時。わしもまだ戦士団の中堅、若手の中で一人の子供に執着する変な奴がいる、という認識でしかなかった。戦士団は自分を鍛え、戦いがあれば、村外に戦いに行き、村を警護する。かつては今より戦乱の時代で、村外の戦いも多かった。だから不定期で忙しい身じゃ。まあ暇なときは暇だったからのお。その間にその子との生活を楽しんでいたらしいの」



「へえ」



 僕は彼の意外な一面を聞いたような気がするが、……それでも、初めて会った僕に対して面倒見が良かったことを思えば、認めた子供に対して愛情をもつのも、至極当然だなと思い直した。



「その子が、ある時死んでしまうのじゃ」



「え」



 院長のぽつりとこぼしたセリフに僕は耳を疑った。それくらい彼の低いテンションと似合わない言葉だったような気がした。



「そうさなあ。いまのテスェドのように、急に亡くなった。あれは何でだったか。わしもあまり覚えておらん。ただ、あ奴は自分が聖樹の義務を優先しすぎたからだ、とかなんとか言ってひどくふさぎ込み、そしてある時間を過ぎたあたりから立ち直ったかと思えば、戦士団の誰よりも修練に打ち込んだのだ。わしもその熱意に感化されて鍛錬に一層励みだしたのはいい思い出じゃな」



「……そうなんですか」



 そこなのだろうか。彼の意見の源流とは。



「詳しく思い出せたりしませんか? その子供がどうして亡くなってしまったのか」



「わからんなあ、巫女さんには悪いけど、無理なものは無理じゃ」



「そうですか……」



 手詰まりだった。院長が知らなければ、他に聞く相手がわからない。もしかすれば長老院の他の誰かが知っているかもしれないけれど、僕に院長のように話をしてくれる相手がそう簡単に見つかるかわからない。僕の知人でいえば、あとはメルセスさんが可能性があるけれど、今は彼女とはあまり話をする気分ではなかった。



「あ、でもその子の名前だけは思い出した」



「それは?」



「エロデ、といってたかの」



 そうして、彼は瞑想に戻るし、僕の思考はまた夢に戻り、いつもの無音が部屋に戻ってきた。



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