第35話 夢と現が混ざり合う迷子
2/13分は後2話投稿します。
平日18時 土日祝18時投稿
二度寝した夢もまた、居酒屋のシーンだった。そして目が覚めてもその夢からは覚めない感覚に陥った。
――『ふーん。大した理由がなく別れたねえ。随分チャラい男になったってこって』
いつもならば夢なんて、起きて数時間もすれば短期記憶の容量からつまはじきにされてしまうのだけれども、何の未練があるのか、僕はあの飲みの夢のイメージを払しょくできずにいた。
夢と現実の狭間にいるような感覚。こんなことははじめてだった。
――『わかれた……? 彼女?』
まあ、少しばかし気が散るだけで、日常生活を送ることは出来る。集中力がない、って悩みを抱えていた友人がかつていたけれど、彼はなんとかっていう病気のせいにして、自分は悪くないってのたまっていた。彼曰く、何らかの刺激があるとやるべきことが頭からすっぽり抜け落ちて、新たな興味の方に関心が移っていってしまうらしかった。僕は新たな刺激がこようとも、居酒屋の彼と差しで飲んでいるイメージが居座って、跳ね返してしまう。かつての集中できない友人とは真逆の、無駄なことに集中せずにいられない病気だった。なんとも使えない病だ。
――『結局、恋愛に飽きたというか、恋愛が想像していたのと違ったというのがあると思う』
僕がぼんやりとして、あらゆるモノに対して集中力を無くしてから、時間がたった。予定されていた巫女のお披露目の日も来たが、何ともぬるっと式が過ぎていった。
僕はそのお披露目に際立って準備したわけではなかった。一週間ミネさんとユージェが施した立ち振る舞いがどこまで形になっているか不明だが、夢に侵されたまま、無意識の振る舞いで式に突入することになった。
式に際して、セリフなどというものは簡単だった。というのも、長老院の中で記憶に干渉できるものがおり、そのものから、台本として巫女の宣言内容を脳内に付与され、僕はその言葉を、集中することなく発話することができた。おかげで、その能力の効果が切れた後、僕が何を語ったか全く覚えていない。こっぱずかしいことだったらどうしようかと、一瞬思ったけれど、僕の関心は、飲みの夢のイメージに戻っていた。
――『お前が悪酔いしたら、ダメージ来るのいつも俺なんだよ』
ああ、なぜ僕は男との飲みのイメージにこれほど焦がれているのだろう。夢の中ではかつて彼女がいたといっていたではないか。彼女と飲んだ記憶にしてくれ、まだやる気が出る。
――『いちおう付き合ってたからそれなりに配慮してたつもりなんだけど』
文句を言っても状況は変わらなかった。
僕の宣言は、どうやら、長老院の別の民の能力によって、聖樹とパスのつながっている者たちに資格・聴覚映像として届けられたらしい。だから聖樹の部屋にこもって朗読しただけでよかったのか。流れに身を任せていたけれど、おめかししてどこかの式場に行く、などということは一切なかったから、巫女としての宣言する式は流れたのかと思っていたほどだ。
――『……おまえ、ショックで頭おかしくなったか』
そして、便利能力がすごい。いつでも民に一斉メッセージが送れるなんて。独裁政治にはもってこいのプロパガンダ能力だ。そう思ったけれど、頻繁には使えないらしい。巫女のお披露目、だとか、成人の儀だとか、緊急事態だとか、特定の時にしか使われないらしい。事実、能力を使用した何名かは、すぐにサンが枯渇していたそうな。長老院の者らの枯渇。それもテスェドさん級に高い位置にサン貯蓄の飽和点があるはずの者たちが数人だ。燃費が悪くてかなわない。
――『だからわざわざ、うまみの少ない恋愛関係を構築する苦労と、自分の時間を割く労力が負担に思えてやらないんだと思うよ』
ぼやっとしているうちに、民の生活は流れていく。わずかに、巫女としてお披露目した後は宴会とかやるのかなとおもってちやほやされることを期待してはいたのだけれど、なぜかそういうものは無いのだった。そのことについて院長に質問したと思う。確か「集会を開くことより、聖樹に祈る方が喜びだ」とかなんとか返された気がする。僕はあまり人が信心深い有様を信じられない気持ちでいる。この村には何名聖樹に祈るものがいるのだろうか……。
――『……いや』
僕は、遠隔で巫女としての言葉を述べた後、村を長老院の護衛と共に歩いて、実際の姿を民に見せていた。院長は聖樹で留守番だ。彼は子供のお守より自分の瞑想を優先した。
実際村を歩いていると、聖樹のついでに、巫女にも祈りを捧げる民草が確認できた。老人の方が多かったけど、それなりの中高年層にも確認できた。では、院長の言う、祈りの方がいいというのも本当なのかもしれないと改める。まあ、ちやほやされる期待はあったけど、実際大勢でわいわいするの嫌いだし、人酔いするしな……とも思う。
なんだかんだで、聖樹信仰は主流なんだってことも再確認された。聖樹信仰を嫌っていても、聖樹への義務はあると思っているのが普通らしいし、人権うんぬんなどはやはり流行らないのだろうなとも、ぼやっと考えていた。
――『はいはい。じゃあモテ男のために、非モテ大学生の感覚をアドバイスしてあげましょう』
村中を練り歩く。村の外には出なかったけれど、勤務中の戦士団のところにまで赴いた。捕虜を捕まえてあるのだろうな、という厳めしい木材の施設が村のはずれにあることを初めて知った。戦士団の中にはじろじろ僕のことを見てくるものもいたけれど、特に不平不満を浴びせられることもなく、長老院の護衛らと立ち話をする程度で立ち去ることになった。僕は会釈しただけだった。
村中に顔をだして、姿を見せる一連の行事は終わった。特に何もなかった。僕は白昼夢に侵されていただけだし、護衛の者たちも特におしゃべりなものらではなかったようで、僕に視線を何度かくれた後、業務を遂行する機械になっていた。結局僕一人、護衛4,5人の一行で散歩しただけだった。
――『あーあ。かわいそうな彼女さんだわ。こいつほんと興味ない奴には冷たいのなんの、露骨だしな』
僕は、夢の内容に集中力を削がれるようになってから、どこかふわふわした感覚で過ごしていた。僕は僕自身が動いているのを、第三者の立場で見ているかのような状況だった。
例えば内気な時のメンタル管理にはもってこいの精神状況だった。内省し放題! といいつつ、現実感が乏しいということは、熱中する気力がそがれて、楽しさも半減するだろうなということもある。これではやる気が上がるわけもない。ただ時が過ぎるのを眺めているだけのようだった。
それでも僕はこの状況の改善の方法を知らないし、ずっと脳の容量を占めている夢が何を示しているのかも皆目見当がつかないのである。
はあ、これじゃあテスェドさんに面会できても、何も話せなくなってしまうなあと思った。正直今の状況だと、悩みすらどうでもよい状況なので、僕は何もする気が起きないし、必要性に駆られることが無かったのだ。
浮かんでは消え浮かんでは消える。気持ちはそちらにばかり移ろっていく。なぜ居酒屋で男と二人なのか。うん。わからない。でもそれイメージが居座っているのだからしょうがない。しょうがないってなんだ。居座るな。邪魔だ。僕の頭の中だぞ。
自由にさせろ!
そのように強く白昼夢に対して不満を抱いたとき、夢の質が変化した。脳内で流れる夢の中の二人の人物の声が混ざり合い、何か別の意志に操られたように発話しだした。音声の使いまわし。イントネーションが機械的に弄られ、元の素材の言葉たちがつぎはぎされ、言い方がわざとらしく加工されたような音が、僕に返事をしてくるのだった。
――『……いや』
僕に向かって言っているのか……? ともかく自由にさせてもらうぞ。
――『知らね』
知らないということはないだろう。僕の頭なんだから。
――『それなりに配慮してたつもりなんだけど』
なにが? 僕の集中力を奪うこと?
――『ああ、そうだよ』
全然配慮されてないよ。いい加減な奴だ。
――『誰がいいかげんじゃ』
じゃあ解放してくれよ。うざったいんだよ。こういう邪魔が入るのは。
――『そこで飄々としてらんないのが、中途半端な野郎だよな、お前』
喧嘩売ってんのか。堂々としろって言われても、こういう風に心の中をかき回されてんじゃ落ち着いちゃいられんよ。
――『いやそんなことはいい。そもそもそこまで飄々としてらんないよな、お前』
……はいはい、そうですね。じゃあそういう注意すんなよ。わかってるだろ。僕の頭の中にいるなら。
――『珍しく現実を認識してんなアって褒めたいね』
なあもう怒っていいか。さっきから何を言いたいのかわかんないよ。
――『はいはい。じゃあお前のために、納得する理由をアドバイスしてあげましょう』
納得? 何が?
――『記憶にございません夢を見る理由だよ』
それは、調子が悪いからとか。寝不足?
――『嘘だな。実は気になって気になって仕方がねえんだ』
……。
――『恋愛に飽き、面倒くさくなったことだよ。記憶にございませんか? 相手に興味がなくなったんだろうな。女捨てた。中途半端だよな、お前』
それは、本当に僕のことなのか。本当のことか?
――『ショックで頭おかしくなったんじゃないんだよ』
ショックじゃない。
――『夢じゃないんだよ』
そうなのだろうか。
――『ふうん。それが、今の自分の気持でもあるわけ? 知らね?』
知らない……。
そこで、対峙していた音声が途切れた。夢の残滓はまだ思考にこびりついてはいる。今の問答は何だったのだろう。僕は何を夢にもとめているのだろうか。
わからない。
でもどうしても考えてしまう。考えずにはいられない。それは片恋のように僕をそこに執着させる。執着するということはそれに何かを求めているということだ。恋ならば、相手を求め、食欲ならば、お腹を満たすか味わわずにはいられない衝動がある。睡眠欲ならば、瞼が落ち、気づいたときには夢におちているだろう。
では、夢を見ずにいられないのは、その夢に落ちることを、望んでいるのだろうか。
でも、睡眠欲とは無関係だ。そうだ。眠りたいとは思わない。しかし、夢のような抽象イメージを浴びている。その抽象イメージとは、僕に無関係で、非日常だろうか。
僕はその夢のような抽象されたものを、経験した記憶はない。でも本当は……。
そこに答えがある?
――『そんなとこ』
夢が応えた気がした。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ずっと部屋にいる。僕は寝転がり、院長は瞑想する。変化は、たまにミネさんやユージェ、長老院の誰かが挨拶に来る程度だった。僕はボケっとして、外部に興味を示すことが薄くなっていたし、テスェドさんは集中を増して、あまり人と話さない。
だから際立って大きな変化があったかはわからない。けれど、陽の差し込み具合で何日か経っていっているのだろうということはわかった。
そういう意味では外部の流れは早い。一方で僕の内面がゆったりしている。
ある時、部屋に入ってきたミネさんが慌てているのがわかった。
事件が起きたらしい。劇的な事件だ。しかし僕はひどく他人ごとに聞こえている。
どれくらい劇的か。本来であれば僕は慌てふためき、絶望に近い悲しみを覚えるであろう事象なのだ。
それというのは、テスェドさんの死が確認されたということだった。




