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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
42/65

第34話 民の身体と襲撃の秘密

2/12分は第34話まで。

第34話は2ページにまたがります。

 僕はその後若い聖樹の上まで登り、風通しの良い部屋の窓から外を眺め、その光景を堪能した。アコンの村と森と、地平線。前の聖樹のてっぺんに上ったときと変わらない雄大さがそこにあった。



 僕はでも、すぐに飽きて下に戻る。

 そうして、院長との共同生活に甘んじることにした。彼は部屋の整理を終えていた。

 自慢の筋肉にものを言わせて、家具(敷布と大小それぞれの木箱だけだが)を部屋の隅に追いやり、部屋の壁に、つまり聖樹の体表を見つめて瞑想を始めていた。



 彼との生活は、瞑想する彼をインテリアのごとく許容する生活であった。

 僕は彼が追いやった隅の敷布の上でゴロゴロしていた。物音はしない。僕の呼吸音が、心拍がやけにうるさく感じるほどだ。



 僕はボーっとしている。あお向けで広いホールの部屋の天井を眺めている。木目の渦に意味を見出そうとする。しかし、具体的な形も何もない。ただの木目である。

 気分転換というわけではないが、なんとなく院長の瞑想姿を見る。僕の方からは彼の背中が見える。その様子は存在かが薄れて、とても小さな背中があるのみだ。老人が心細くいる、という哀れさはなく、神秘的な雰囲気を持った仙人に近いのだろう。



 気づいたら、ミネさんがいなかった。僕がてっぺんからかえってきたときには一緒だったけれど、寝転んだあたりで、彼女の存在を見失った。暇になったからどこかに遊びに行ったのだろうか。



「ミネなら、環境保全の仕事に行った」



 院長が背中を向けながら話した。そういえば彼は地獄耳だった。僕は疑問を口の中で声のない独り言でも漏らしてしまったのだろうか。そうなれば、頭で疑問に思っただけで無意識に声帯が動き、声を彼に届けてしまうことになるのではないか。



「お前さんの疑問が手に取る様にわかるわけではない。お前さんは意外と声に出しているよ」



「え、まじすか」



「まじ」



「似合わないですね」



「のじゃ、とかいっておけよお年寄り、なんて思っとるなキサマ」



「いえいえ全然」



 この老人は意外にノリが良かった。僕の思考に合わせてくれる。……やっぱり独り言を読まれている気がする。



「そういえば、ミネさんの仕事って環境保全って言うんですか」



「そうじゃよ。知らんかったかね」



「たしか、ユージェがそういう仕事が、村のメインの業務の一つだって、言っていた気がします」



「主な仕事かどうかわからんが、それなりに民の中で尊敬される仕事さな」



 責任も伴うがな、と彼はぼそり付け足す。



「それはどういう仕事で?」



「簡単に言えば、『奥』の警備隊じゃ」



「警備の仕事は、テスェドさんがやっていたんですよね」



「ああ、あれは戦士団での者のなかで実力を認められたものが付く仕事さ。奥のものの中で戦いもできる、というものがやるのが環境保全」



「似てますね。じゃあミネさんは強いんですね」



「戦士団の下っ端には勝てるだろうけど、中堅には負けるだろうよ。だが、環境保全という仕事は顔が効く。ただの警備隊と違う業務が彼女の顔を広くし、それなりの自由を彼女にもたらしているのじゃよ」



「警備隊と違う業務?」



「ああ、それは、村の外に出て、異変があればそれを調査し、できれば改善のためのサンプルを、奥の中でその異変に対して専門に仕事にしている者に持ち帰る仕事。戦士団出の者は奥の者から敬遠されていたり、そもそも奥の中のしきたりなんかを理解できないから、そこを橋渡ししてくれるのが、環境保全の役割なのじゃ」



「では、今回医者をしている者とミネさんが深く話をしていたのは……」



「ああ、医者に流行り病のサンプルを持ち帰るのため、彼らの要望で動いていた」



「……医者より長老院が主体で動いていた気がしますが……」



「ああ、ミネには、長老院の命も受けて動いてもらっているよ」



「……流行り病にかかった者を実験して、病について調べているのも」



「長老院が命じて、ミネが主体におこなっている。医者も突かせたいが、医者を万が一でも病にかかる環境に置くわけにはいかんからな。先代巫女の二の轍はふまんよ」



 うっすらと想像は出来ていた。彼女がなぜ村の権力者と対等に話せていたのか。彼女は流行り病の前線に出て、病の秘密を持ち帰り、医者に提示し、そして患者を利用して病状の特性を調べていた。



「とはいえ、実験とは外聞が悪い言い方をするんでないぞ。あれは多くの民を守るために致し方ない措置である」



 彼の背中は微動だにしない。



「おおかた、テスェドの影響か。あ奴はアコンの村で育ったにもかかわらず、人間のような考え方をする。村の存亡より、個人の尊厳を大事にする。あの悪癖さえなければ、長老院でも、儂の側近として重用しようものを」



 その声に本当に惜しい、という彼の思いが現れていた。

 彼はそれきり言葉を発しなくなった。言いたいことを言い切ったのだろう。僕も特に質問をすることはなかった。



 ミネさんが病気の者を村の外に連れ出し、病の症状についての調査を行っていた。

 その事実を聞いて、僕は怒りが沸く、と思ったのだけれど、どこか遠い現実を見ているようで、まだまだ現実感に乏しい感覚のままでいた。

 その怒りの薄さは、彼女が僕に嘘をついていたことに対しても寛容にさせた。ミネさんは隔離小屋に手紙を届ける仕事なぞしていないといっていたけれど、十分におつかいをこなせる立場にいたのだった。まあ、そもそも手紙がないから届けられないし、僕にわずかでも希望を持たせないようにするならば、白を切りとおすために嘘の一つや二つ仕方ないか、と他人ごとのように思っていた。



 彼女との関係性といえば、巫女の立ち振る舞いの矯正指導を一日だけしてもらい、その後古い聖樹から避難の手引きをしてもらった。ただそれだけだ。

 僕は彼女のことを悪くも良くも思っていなかった。少し豊満だなとは思った。テスェドさんの見舞いに行くのを止められたときはむかついたけれど、岩を殴り削る脅しに屈して僕は逆らう気が失せた。そもそも、彼女の行動は村のためを思っての行動だし、結局僕が病にかからないようにしてくれているともいえた。彼女はなんだかんだ他人のために動ける者だ。そしてその彼女は医者と長老院の命を受けて、自分の感染の危険を顧みず、人体実験を遂行する。方法がどのようなものかわからない(もしかすると本当に非人道的なのかもしれない)けれど、彼女に対して敵意はわかない。それは僕が彼女に対して何も被害を受けていないから、なのかもしれない。



 テスェドさんと話をして、彼が人体実験を許すことは出来ない、と感情をあらわにしたときに共感した、民の身体を弄ぶ者らへの敵愾心が、敵だと思っていた長老院とその関係者の輪郭を知り得たことで霧散した。



 僕は刺々した感情を他人に向け続けることに慣れていない。もしかすると、自分が嫌な気持ちを抱えてまで他人のことに関心をもてないだけなのかもしれないとも思った。



 またもや天井の木目を眺める時間がやってくる。

 僕はテスェドさんといる時には、テスェドさんの肩を持ち、長老院側の者たちといれば彼らを悪く言えないと思う。



 優柔不断だ。

 少しテスェドさん側の表現をしているのは、どこかで個人の尊重の考え方の方に重きを置いているからだろう。それでも、アコンの民の考え方を見ずに切って捨てるようなことはし難かった。



 ユージェにこう言ったことがある。

『弟が病にかかって、弟の命を村のためだといって消費されたらどう思うか』

 枝葉は異なるが、大体こういうことだった。彼女は気にしない、ということだったけれど、僕は気にする。とはいえ、弟もユージェも村の民だ。いざという時に命を差し出すというのは、ジャコポ曰く義務にあたるのだから、覚悟もあるだろう。

 

 

 覚悟がある人らがそういう実験にあたるならば、それは仕方ないんじゃないのか。

 そういう思いが少しずつわいてくる。

 僕は村のことを知らなかった状態から、少しずつ、ユージェたちとの社会勉強を経て、肌感覚で彼らの生活を知った。

 そうなると、彼らは彼らの文脈があり、それをぶった切って、命が大事だといえなくなってくる。

 そう思うと、昨日ユージェに行ったセリフが恥ずかしくなるんだけれど。まあそれは置いておこう。

 僕の意見は、立場をあちこち行ったり来たりして、定まらない。

 テスェドさんに会えばまた変わるだろう。



 一つ確かなのは、僕自身は、村の人間ではないのだ。

 聖樹との関連性から巫女という役職を与えられるに至っているが、僕は村のために命を投げ出すことは出来ないということだけだった。



 これだけは、優柔不断の中でも、流れて行かないものだ。

 少しずつもやもやとした自己の考えの輪郭がはっきりしてくる。

 僕は、自身を村のためにささげたいと思わない。けれど、村の人々は、村に義務の心を持っているならば、好きにすれば、という旨だ。



 そう思うと、少し視界がさえた気がした。

 僕がこれからやることは、いかに巫女とはいえ、村の義務を突っぱねる方策を探すことと、病=殺虫剤という脅威をいかにはねのけるかである。



 そこまで考えて、ふと疑問が沸いた。

 ここまで僕は割り切って考えていただろうか。こうも容易く優柔不断の中の芯を見つけられただろうか。いままでは感情というまとわりつく物体を解きほぐすのにもっと手惑い、果てにはそれ自体に絡めとられて、冷静さを失っていたのではなかっただろうか。



 特に思い出すのは、クレーマーがおじいさんとなり、最期の瞬間まで僕に恨みを残し、先代を賛美したあの死に際である。

 彼については恨みくらいしかなくて、正直に言えば死に対して同情はそれほどなかったけれど、それでも、彼に詰め寄られて恐怖したし、彼のような病にかかった人らを、使いつぶすかの如く、放置し、病状を深刻化させ、それを観察して原因を突き止めようという姿勢にも恐怖を覚えていた。

 僕が恐怖している対象が、真実ではなく僕の妄想かもしれないという指摘があれば確かにそうかもしれないけれど、クレーマーの男を老人にまで陥れ、僕のもとまで歩かせることを黙認したのは、実験をやっている長老院側の仕業には違いないはずだ。



 それを行っていることが発覚したミネさんに、なぜ僕はあの時のような恐怖と感情の高ぶりをぶつけようとしないのか……。落ち着いていることに疑問を持つのだった。



 疑問といえば、ミネさんと医者が言っていた、テスェドさんに面会できない理由だ。上記のクレーマーの男においては、感染はない、と医者自身が判断した。

 しかしながら、テスェドさんに関しては、かかる可能性があるから面会は認められないと来た。

 この差は、サンの枯渇にあるという。

 だが、それだけでは納得いかない。サンが枯渇するというのはほぼ死を目の前にした状況ではなかろうか。そのままいけば、僕はテスェドさんの死を看取る以外、面会できないことになってしまう。

 なぜサンが枯渇するかしないかで感染するかしないかがわかるのか。その仕組みの原因はいったいどういうものなのだろう。

 


 そうして、その先の思考は遅々として進まなかった。

風車のようなハムスターの乗り物みたいに、走っても走ってもグルグルその場で回転が速くなり、しかしながら、少しのバランスを崩してその回転が空回り、自分の方が思考の渦にのまれてしまうかのような、そんな状態に陥っていた。



「なにを悩んでいる」

 一声が、空回りを止めるきっかけとなった。

 僕は率直に悩みを質問にしてぶつけることにする。



「なぜ、テスェドさんには面会は出来ないのでしょう」



「病を二度と巫女に届けて死なすわけにはいかんからだ」



「僕が巫女でなければ?」



「無為に民を減らそうとは思わない。お前さんが敵視している病の調査手段は民を犠牲にするとはいえ、今無傷なものに傷を負わせるつもりはないよ」



「では、昨日一人の男が僕の前で死んだ。そいつは病に侵され、老人となっていた。そいつとの接触は医者曰く、感染しないと長老院の情報から判断されたといっていた。それはいったいどういうことなんですか」



「ふむ……」



 壁際の老人が初めて身じろぎした。僕は仰向けに転がって、目線だけで彼の姿を視界に収めていた。



「それは、ミネや医者からは聞いていないのかな」



 その声には探るような含みがあったと思う。



「はい」



「はあ、まあ、仕方がないのか。いやまあ、甘い。ぬるいといった方がいいのか……」



 急に独り言に切り替わるのがわかった。



「どういうことですか」と僕は彼の没頭を遮るように言った。



「なにが甘いんですか」



「なに、あやつら……ミネらは、自らの弱点をさらすのを怖がっているという話だ。それを巫女相手にだ。ミネは指導する立場にいるはずなのに、教えられる側に自身の手の内をさらすことができないのは、何とも情けないことこの上ないな」



「あの、……もう少しわかりやすくいっていただけるでしょうか」



「ああ、悪いのう。なんだかんだ文句を言っておいて、儂もためらいがあるのう。精進が足りん。これからいうことなんじゃが、サンに習熟の浅いお前さんにとっては、何をそんなことを、と思うかもしれない。けれど、一度サンに手練れた者ならば、口に出すのも心もとなく感じてしまうような、アコンの民が抱える弱点の話じゃ」



「弱点」



「そう。それが正常に機能せずして、アコンの民にいられないような繊細な話じゃ。だからこそ、これを他者に、たとえ身内であろうが、言葉として口からだしてしまうこと自体、避けたいと本能的に思ってしまう。落としたら割れてしまいそうな宝石を、傷つけたら大変な損失だとわかっているのに、誰かが何気なく弄んでいたらば、ひやひやするじゃろう。アコンの民にとって、その弱点は、口に出してそれを意識する自体、存在が損なわれてしまう、あるいは誰か聞いていたら狙われてしまうというような恐怖心が先に働くものなんじゃ」



「それというのは……」



「うん。まあ仕方なし。お前さんもサンを身に付けたら自然とわかるようになることじゃが、あえて言明すればの、ここじゃ」



 そういって、彼は頭の頂点を示した。



「頭の中のほんの一部にある、松果腺という部位。これが、我々がサンを司り、サンを身体に蓄積するようになる場所じゃ。腕輪とは別にの。これがきちんと働くことによって、アコンの民は身体を聖樹とのパスでつなぎ、サンの芽吹きを得るのじゃ」



「じゃあ、僕にもその松果腺というものがあるのですか」



「ある。サンに慣れてくれば、サンが枯れて、芽吹くサイクルで、身体のどこを起点に、あふれ出すのかを察知できるようになるわけじゃな」



 アコンの民の弱点であり、サンを使う要の部位。それが、具体的に身体の一部にあることなど、想像もしたことが無かった。

 そこで僕はハッとする。僕の前で死んだ男が、医者に確かめられたとき、サンが完全に枯れているといっていなかったか。枯れているということは、サンが身体に残っていなかったということ……。



「もしかして、では、松果腺というものが、うまく働かなくなった時は、サンが枯れてしまうんですか」



「そうじゃの。サンを使うことがままならなくなり、身体にとどめておくのが難しくなる。松果腺の欠損状況にもよるが、深刻になれば聖樹とのパスも切れかかり、腕輪の貯蓄に頼るほかなくなるだろう。そうして、最期には、サンを失う」



「じゃあ、感染するかしないかを判断するのは……、松果腺が無事かどうか」



「うぬ。現状、流行り病についてわかっていることといえば、そこの要素じゃ。敵の殺虫剤は、アコンの民含め、サンによって強化された生物の、松果腺に影響を与え、果てにはそれを破壊する。つまり、殺虫剤は身体に有害なものをもたらし、一般に出回っている発熱、関節の痛み、嘔吐、神経痛、などの症状をもたらし、老わせ、果てに松果腺を壊すに至り、サンを失うわけじゃ」



 では、あの死んだ男はもう身体を殺虫剤という平気で十分に蝕まれた末路の状態だったということだ。そこに至るまでに受けた身体の不調はいかほどの辛さだったのだろうか。



「サンを失う……」

 サンを失うことへの恐怖は、実は先ほども確認した。サンを失うことと言うより、聖樹を失ったときのジャコポたちの反応である。彼らは古い聖樹が倒れ、死んだときに、おそらくパスを切断され、新しい聖樹とのパスにつなぎ直される瞬間、混乱状態に陥ったのだった。



「アコンの民が本能として恐れるのはそこじゃ。聖樹を信仰するのも、聖樹がわれらにサンという大きな力を与えてくださり続けるからじゃ。それを永遠に得ていたい。取り上げられたくないという思いは誰にもある」



「聖樹については、気になることがいっぱいあるんですけど……」



「なんだ、同室になった好だ、何でも言ってみなさい」



「では……」

 僕は気になっていたこと、わからなかったことを一つ一つ聞いていく。考えがまとまらないことも、院長は辛抱強く聞いてくれ、僕の話を纏めてくれさえした。



「ふむ、一つ目は、流行り病が移るというのは、どういう理屈か、か。難しい質問よな」



「すみません」



「ほおん。まあ儂は医者のような知識をもっとらん。だから、答えは知らん、じゃ。ただ、付け加えるなら、あの医者は空気中のナニカか、と考えているようじゃったな」



 空気感染……。ウイルスか何かなのだろうか。殺虫剤というものは、体内に入ってきて、脳の一部を破壊してしまうなにか……? そんな物騒なものが作らているならば、アコンの民や聖樹だけでなく、人同士の戦争でも猛威を振るいそうだと思う。



「なるほど。ありがとうございます」



「なに。で次の質問はなんだったかの」



「はい――」

 僕はまた言葉を重ねる。



「ほお。どうして聖樹が折れたか、かね。敵の襲撃によるものじゃが」



「僕は敵の襲撃を見ていないので……あと、捕虜もどこにいるのか気になるところですね」



「捕虜については民に危害が加わらないところ、とだけ言っておく。いたずら心を起こされて会いに行かれても困るからのお」

 と釘を刺された。まあいったところで戦士団の面々が通さないがの、ともこぼしていた。



「で、なんだったかの、ああそうじゃ、聖樹が折れたわけか」



「敵の襲撃から何時間もたってから折れたじゃないですか。おかしくないですか」



「まあ、そうかもしれんの」



「殺虫剤が聖樹を死に至らしめるのに、時間がかかったということなんでしょうか」



「ふむ」



「聖樹にも松果腺のようなところがあって、それを破壊する殺虫剤をかけられた。でも聖樹の松果腺は、普通の生物の持つ者とは何かが違い、耐えていた、とか」



「別に、聖樹以外のサンを操る生物も、殺虫剤をかけられてすぐに死に至るわけではないから、時間差があってもおかしいと思ないんじゃないかの」



「そういわれれば、たしかに。でも、何か気になるんです。ずっと揺れていましたし。そもそも、敵は聖樹に殺虫剤をかけることを行ったんですか?」



「不甲斐ないことじゃが、戦士団の包囲の隙を突かれてな」



「戦士団は何名いて、何名で守っていたんですか」



「今現在前線に出る戦士団は200名ほどじゃの。あの時は警備として70名ほどが散開して村の周囲を探っていた」



 数は500年前の戦争時と変わらないことが分かった。



「70人いる中を突破……」



「なんでも、敵は、10人弱の群れで最初村の東方から侵攻してきた。戦士団の3名の小隊にあたり、そこで殺虫剤の効力を知らないものが、まんまと餌食になったのじゃ。それは三名の内一名が他の小隊に知らせたり、他の小隊の遠隔で戦況を知りえる能力をもつ者が知らせたりすることで動揺が走った。その結果、東方に村の周囲の戦士団の意識が強く咲かれた。おそらくその際に、何らかの方法でサンによる察知の目を盗んで一人の者が村まで突入したわけだ」



「結界は破られなかったじゃないですか。それはどうしてなんですか」



 話しをしている中で、結界の防衛機能が働いていないことを見落としていたに気づかされた。



「ああ、そのことじゃが……、民の察知をかいくぐる技術と同様、何か身体の気配のような者、サンに影響し得る生命力のようなものを一切漏れ出なくする方法があるらしいのじゃ。そうとしか考えられない」



「捕虜になっている者から情報を得ているんですか」



「いや……。残念ながら、まだじゃ」



 ここまで聞いたけれど、敵に関しては全然わからないということしかわからなかった。



「そっか……これは最後の質問なんですが、テスェドさんが治る見込みはありますか」



「……わからんのう。医者の方で進展があったらすぐに伝えさせよう」



「そうですか……」



 聞きたいことはあらかた聞けた。

 けれど僕は質問しているうちに、何を探しているのかわからなくなったような感覚に陥っていた。

 現状僕には、明日の(正直何やるか知らされていない)巫女としての宣言の式をやるということと、テスェドさんの見舞いをどうするか、という二つのことが目下の課題だった。



 巫女としての式は、もう頭から考えることを放棄している。流れに身を任せているといっていい。巫女として生まれ変わったから、その仕事を少しでも引き受けてみるというのは自然なことだと思ったし、一生縛られるわけではないと聞いたから、まあいいか、というのが本音だった。なによりミネさんたちに聞いても全然イメージがつかないのだからやってみるほかないだろう。



 それよりも、彼の安否が心配だ。彼と話すことで僕がこの世界をどう渡っていけばよいかを考えることがしたかった。その第一歩として、この村での思想の違いを、テスェドさんとどうするか相談したかった。

 残念ながらテスェドさんと容易に話せる状態じゃなくなってしまったという現状、彼と面会できないことはかえって、彼の松果腺が保たれていることを意味するから安心材料ではあるのだが、病状が治る手段までは院長の話では見えていない。

 そこで僕のこれからやるべきことの構想は霧散する。ふわふわとして具体的なレベルにまで落とし込めていないことが、僕を不安にさせた。

 不安にさせるといえば、ずっと気になっていたことを院長に聞き忘れていた。

 村では折れた聖樹について、そして聖樹が折るほどの敵襲が、これで終わりかもわからないはずなのに、それを不安がる様子もないということだ。



 院長はまた瞑想に入ってしまった。おそらく僕の怒涛の質問をさばいたことで、一仕事終えた、と油断しているだろう。多分。こちらへの気配の探る雰囲気などが、先ほどより薄くなっている気がした。

 そこまでかんがえて、なぜ僕は院長の気配の探り方を察することができているのだろうか、と疑問に思った。僕はサンの扱い、特に察知の扱いはへたくそだった。この身体に生まれ変わって、何か慣れてきたのだろうか。ここ最近、結集の練習もおろそかになっていたから、伸びる要素などないはずなのだが……。

 面倒臭いという感情が僕を包み込み、身体から力が抜けた。僕は少し休む。


    



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