第31話 崩壊の始まり2
あと一話投稿します。
僕はふっと目を覚ました。何かが、おかしいことに気が付いた。
部屋が揺れているような気がした。地震だろうか。
僕は寝床から抜け出して、揺れる床をサーフィンするように両手を広げてバランスをとる。木々がゆれている。
しかし、そう思って僕は僕の思考にツッコミを入れる。聖樹の内部空間であるこの空間は、実際に聖樹が揺れていても、揺れるはずがないのではなかろうか。
そう思うと、すこし、不安になってくる。
なぜならば、揺れるはずがないものがゆれるということは、揺れないはずの機構が壊れ始めているということだからだ。耐震設計のされた建物が振動に負けて崩れる時は、耐震設計が壊れる時だからだ。
僕は立っていられずに、地べたにへたり込む。ああ、ここは崩れてしまうのではないか、という恐怖に駆られて、必死に地面に掌を伸ばしてバランスをとろうとする。地面を感じて少なからず安心を得ようと必死だった。
僕があたふたしていると、部屋にミネさんが駆け込んできた。
「無事ね」
声が切迫していた。
「あ、お久しぶりです……」動転して変な挨拶をしてしまう。
「あ、散髪してもらったのね、スッキリした……って、挨拶はあとあと。現状を説明するわ。落ち着いて聞きなさい」
落ち着きがなくそういった。
何やら物々しい様子だった。彼女の口から出る次の言葉を、僕は知らず緊張しながら待ち受けた。
「戦いが起きた。聖樹が崩壊するわ」
「は?」
聖樹が、崩壊する?
「今起こっている振動も、聖樹が最後の抵抗をしているところなのよ」
僕は何も言えなかった。
いう言葉が見つからなかったというべきか。
地震は絶えず起きている。留まることを知らない。
「そして、聖樹が死ぬとき、聖樹の内部にいるものがどうなるのか、誰も知らないの。だから、早くここから出るわよ」
僕は回らない頭ではあったが、ミネさんの言葉を入力されて、動き出さなくては、と思った。彼女はすぐに僕の手を引いて、動き出す。僕は引かれるまま、部屋を後にした。
聖樹の外側にでたら、揺れが収まった。僕は数分揺さぶられ続けていたせいで、かえって逆方向に振動している余韻があるような錯覚をもたらしていた。
「……腐っている」
聖樹の根元が、スポンジ状に無数の穴が開いているように見えた。元来細かな木々が緻密に絡み合い一本の巨木になったと僕が錯覚したこの聖樹は、死に際することでそれを維持する力を失いつつあるようだった。ボロボロになり、みすぼらしくなっていく。
僕はそれを見て、ギョッとした。背筋が泡立つようだった。
無数の穴だらけの木の肌。大きいのに中身のないようなスカスカな中身のなくなった物体。それはこの世のものとは思えないほどの気味の悪いものに覚えた。醜悪、と言っていいような、とてつもなく気持ちの悪いものが凝縮された存在に思えてしまった。
「ほら、ぼさっとしないで、行くよ」
「え、どこに」
「医者のとこ」
医者といえば、昨日あったあの男だろうか。
彼女についていくと、村の異変がわかってくる。聖樹から外に出た時点で、地面が抉れ、家々の一部が破損していた。でも人がいなかった。街中に向かうにつれ、人がぽつぽつと現れ始め、怪我を負っている人々が見かけられるようになった。
「夜中の襲撃か」「なぜか外回りの警戒に引っかからなかった」「それどころか何人か戦士団でも負傷者が出たぞ」「怖いな」
まばらにいる民たちはそのような声を漏らしていた。
ミネさんは目的地に着くまでに状況を説明してくれた。
「今日の明け方、深夜に敵の襲撃があった。例の隣国が派遣している殺虫部隊さ。人数は3人程度だった。森の見回りをどういうわけかすり抜けたのさ。村を荒し、そして、聖樹の一本に殺虫剤を吹きかけ、村の中の戦闘により死んだ。見回りに出ていなかった戦士団と奥の民らが協力し合って鎮圧した。けれど、敵の装備がそれなりに強く、けがを負ったものがそれなりにいる……」
僕らは医者のいる医院へ到着した。高床式の住居に入らない人数が路上で、布を下敷きに横たわっていた。
「昨日ぶりですね」
医者が話しかけてきた。
彼は生真面目そうな顔をして言う。
「お元気ですか?」
「いえ、僕のことよりも……」
「戦士団の負傷者の状態はどうなんだい」
ミネさんが問う。呑気な話をしていられるか、という声音だった。
「ここにいる方々は問題ありません。重症であっても、足を撃ち抜かれた程度です。ほかの医院にいる民は、私は存じ上げませんが」
どうやら医者は彼だけではないらしい。ここにいる彼の仲間らしき民らは、今もせっせと負傷者の手当てをしていた。
彼らは何やら、ドロッとする液体を患部に塗り込み、そしてその上から蓋をするように薄く切られた生肉を押し当て、布を巻いて固定していた。骨が折れた者には肉の上から更に木の棒を括り付け、布で巻いて固定している。
「気になりますか?」
「はい。どういう治療方法なのかなと」
「この液体はハチミツです。そしてこの肉は、鮮度の良い草食動物の生肉。液体を傷口に流すことで、抗菌作用を期待します。生肉は簡易的なかさぶた替わりですね」
そういって、医者はいったん微笑む。
「ここまでは民の民間療法です。そして医者の役割を負ったものは、さらにハチミツと生肉にサンを混ぜ込ませ、劇的な回復に試みます。仕組みとしては、サンの混ぜたハチミツを傷口に塗り込むか、服用させることで、患部にサンを伝達し、患者の記憶を基に、元来健康であった状態に復元するという技術があります。同様に生肉は、外傷により肉が抉れてしまった部位に張り付けて、記憶を基に身体を復元させる能力を医者と名乗るものは持っているのです」
僕はその説明に感心した。僕の知っている医学とはことなるものであり、魔法みたいな回復技術が村の医療には存在するのか、と納得した。
僕の反応をよそに、患者を診て回っていたミネさんは、次のように言葉を洩らした。言葉は医者に尋ねる物だった。
「……やはり撃ち抜かれていたのか」
「はい、大変珍しい、状況です」
「ありえない、と言い換えてもいいじゃないのかい」
「ええ、でも、隣国の兵器も進化していますし」
「私が見たものは、そんな物騒なもんじゃない、ちゃちな奴だったけどね」
僕は思わず聞いた。
「撃ち抜かれた? ありえない、っていうのはどういうことなんですか」
「ああ、それはね」と医者が丁寧に答える。
「ここにいる戦士団の怪我の重いものは、深夜に襲ってきた敵の銃弾によるものだ。しかし、本来、戦士団に所属するものとなると、人間が一人で持ち運びできる兵器の銃撃程度では外傷は受けるだろうが、貫通とまではいかない、というのが今までの常識だった。それを覆す新兵器を隣国が開発したか……」
「それか、負傷した奴がサンを使えない未熟ものだったかさね」
それをきいたここにいて起きている者たちは、鋭い視線を彼女に投げかけた。
「それは言い過ぎですよ」と医者がたしなめる。
「本来なら、銃撃を受けるのもおかしな話さ。戦士団は正面衝突を避け、蔭から敵を狙うやり方をメインにしてるんだ。それを的のように当てられたんなら、戦士団としての前提が崩れることになるからね」
「……はあ、そうですね。でも、彼らが落ち度しかないわけではないんですよ。彼らのサンの状態には、おかしな痕跡が残っている」
「ああ、それは私も知っている。敵の殺虫剤だ」
「なんだ、知っていての言い草ですか。負傷した人がかわいそうだ」
「その殺虫剤にかかることも私は疑問視しているんだがね」
「それはあなたが、敵の攻撃範囲のはるか外から攻撃できるからでしょうに……」
ふつうの民たちはそれなりに接近いないといけないんですから、と医者は愚痴っぽく言った。
「あの、殺虫剤ですか……」僕は再び聞いてみる。
殺虫剤といえば、隣国で被害が発生していた巨大アリに対抗するために生み出されたといわれる兵器だと聞いている。それがなぜ今出てくるのか。
「ああ、巫女様には、あまり聞かせていい話でもないような気がするのですが」
医者は僕を見て、少し遠慮がちに提案する。
「なにを言っているんだい。巫女だからとか、か弱いからとか言ってたんじゃ生きれる奴も生き残れないよ。かわいそうだなんてことはないさ。逆に教えてあげないことの方がかわいそうだよ。生きるための情報が少なくなるってことはね」
「はあ、まあそうですね。昨日少し、死者を前に動転されていたようだったので、こういった話題は苦手かとおもったので……」
どうやら彼は僕の様子をみて、気遣ってくれたらしい。
「大丈夫です。聞かせていただけませんか」
「……わかった。」
彼はまだ迷いがあるように見えた。
「殺虫剤のことはどこまで聞いていますか」
「テスェドさんから、サンによって強化された、アリを退治できるほどの兵器だと聞いています。隣国の殺虫部隊が扱っているとか」
「ほう。大まかにはご存じのようだ。そこに少しだけ、補足していただきましょう」
そういって、彼は少し息を吐いた。まだどこかためらいが見える表情だった。それは僕に対するためらいか、それとも、現実に対する飲み込めない戸惑いか。
「これは、我々アコンの民にも通用します」
その声の意味を理解するのに、少し、時間がかかった。
「……それは、アリと同様に、殺虫剤によってアコンの民も殺されてしまうということですか」
「その通りです。言い難いものなのですが。とはいっても、その効き目は、何らかの影響により効きやすかったり効きづらかったりするみたいなのです」
「殺虫剤の効き目ですか」
「はい。一見、サンを長いこと扱ってきた者は膨大なサンの総量とその技量によって、多少の殺虫剤を封じ込めてしまい、被害を少なくできる……そう思いました。サンの技術と総量を誇る戦士団ならば、アリという野生の生物に効いても、それほど効き目がなく、殺虫剤を扱う敵兵にも戦っていける、と希望測を持っていたのですが」
「ということは、サンの量と練度には、直接的に殺虫剤を防ぐことに関係はなかったと」
「はい……。」
「それはどうして……」
わかったのか、と聞こうとしたら、ミネさんが会話を継ぐ。
「戦に出て、一番技術があり、年長者がそれにやられたからだよ」
え、と僕は生返事することしかできなかった。
視線がミネさんのところに固定された。
「彼はいまここにはいない。別のところに隔離されている」
彼、とはだれか。
僕には戦に出る年長者という言葉から思い当たるのは一人しかいない。
もうわかり切ったことじゃないか。
彼に会いに行かなければ。
以前、流行り病にかかった者らは、村のはずれに隔離されているという話を聞いた。ならば、村の境界線付近をぐるっと回ればいつか、隔離小屋にでもぶつかるのではないだろうか……。
僕はその場を無言で去ろうとした。駆け出したかった。横たわっている負傷者とそれを手当てする者たちにぶつからないように気を付けることは出来なかった。それくらい、衝動が僕を突き抜け、居ても立っても居られないようにさせられたのだ。
医院を抜け、家々を抜け、平野にまで出てきた。
僕がここまで気がかりだと思う人物はそう多くない。
彼とは――、
「まて」
その一言と共に、僕は肩をグイ、と捕まれ、走っている姿勢を崩して転んだ。
声はミネさんのものだった。
「テスェドがやられた場所には行かせられない」
「なんで」
僕は後ろに向かって吠えた。その「なんで」とは「どうして止めるんだ」ということと「どうしてテスェドさんが」という意味、そして「どうしてミネさんが追い付けるんだ」という体型的な疑問を一緒くたに発露しようとして失敗したものだった。
僕を止めた彼女は、しかし思ったほど近くにいることはなかった。彼女自体ははるか後ろに存在し、つかまれた感触だけが僕の肩にこびりついていた。
「混乱しそうだから、最初に言っておくが、これが私の能力だ。方向さえ合っていれば、距離を無視して、物理的に干渉できる能力だ」
彼女はこちらに向けて腕を伸ばした。掴む動作をする。すると僕の肩に圧がかかった。また、
「向こうを向いてみなさい」
と言って、彼女と僕を繋ぐ直線上、僕が彼女とは反対方向の直線上を向いたとき、村のはずれに転がった岩があるのがわかった。
「よっこいしょ」
彼女が緩慢な動作で、何かしたのがわかった。すると、同時に、視界に収まっていた岩の中央が、抉れて、何割かが破片となり、地面に零れ落ちた。
「え」
と僕が振り向くと、彼女が緩慢な動作で振り下ろした拳を戻すところだった。
「こうやって、その場で殴れば、直線上のどこかに着弾させられるわけさ。あと、ちなみに今しゃべっている声も、お前直接に直接浴びせかけるイメージでしゃべっているから、声が聞こえるわけ。お前の声は聞き取れないけれどね」
と彼女は殴った手を痛がるようにぶらぶらさせながら言う。続けて、
「テスェドのもとにやれないのは、殺虫剤の効果がわかったからさね」
「効果がわかったから、行ってはいけない……? 危険があるってことですか」
彼女は、聞こえないわ、というようにもう一回言ってくれと頼んできた。僕は同じことを何度か叫んだ。
「そう。簡単に言うとね、殺虫剤こそ、流行り病の原因ではないか、と判断がなされたんですよ」
遅れて歩いて来た医者が説明した。彼は大きな声で叫んでいた。ゴホゴホと咽た。
僕は彼の様子を見て、さすがに距離が遠いなと思ったので、彼女らのもとに帰った。落ち着きを取り戻している。テスェドさんのもとに追うことが賢明ではないことを、肌感として悟ったのを自覚した。
「で、テスェドさんに何が起こったんですか」
「彼は、サンを失った。そして全身の節々の痛みや倦怠感に襲われたというんだ」
「サンの消失と、全身の節々の痛み、倦怠感」
僕は繰り返し言った。これは、一番初めに流行り病について聞いたときに教わった症状だった。
「もしかして、嘔吐などは……」
「嘔吐は聞いていませんよ」
「あ……そうですか」
噂で聞いたことがある症状がすべて当てはまるわけではないらしい。
「彼については、サンによる医療的処置の活性化も、サンの授受も不可能になったみたいで、彼の苦しみを和らげることは出来なかったんですよ。アコンの民は、今までサンの万能性を過信していた……」
医者はなにやら、深く恥じ入る様子だった。僕から見て、アコンの村の医者がどのような医療技術を持ち、処置することを可能としているかわからないけれど、今まではサンに頼り過ぎていたからと言って、それで対応できていたのだから、問題はなかったのだろう。ここ数百年は平和で、数百年前の戦争や争いが頻発していた時期に比べれば、負傷者に対する処置に迫られる機会も減っていたのだろう。が、それでも村の救命機関としては、問題もなく成立していたのだろう。ここ数日間の社会見学で、とりわけ医者に対する批判もなく、むしろ医者に対して、民たちは一定の尊敬を向けていたと思う。
ただ、今回の殺虫剤=流行り病の病状が、彼らの持っていた知識から外れるもので、対応が追い付いていないだけなのだろう、とは素人目に考えるところだった。
「そういえば、その、亡くなった先代巫女様の時と比べて彼の症状に目立った者はないんですか」
僕は、すこし深入りかな、と思いつつも、あえて気になったことを聞いてみた。すると医者は、特に嫌な反応をすることなく、答えてくれるようだった。
「そうだね、あの時よりも、病の進行は緩慢に見える。先代様は、身体的にそもそも限界に近い状態を、サンで成立させていた。その支えを外したのだから、一気に崩壊して当然だった。それに比べては、テスェドさんは、外見が老人と言えど、まだ限界ではないのでしょうね。サンの気配が失われて、身体の痛みや倦怠感等が現れるにとどまっている状態です」
「あの男はそう簡単にくたばる魂じゃないよ、先の戦争を乗り越えた英雄でもあるし。信じて回復を待ちな」とはミネさんの言葉。
「はあ、そうですね……。一目見るだけでも厳しいのでしょうか」
目の前の二人に、目線でも彼の状態を見たいという意志を伝える。
「昨日看取った男の時は、どうして罹らないと言えたのに、今回の場合はあってはいけないんですか。その差がわかりません。たしか、接触に特殊か特殊じゃないかの違いがある様に、言ってましたけど」
と医者の方を見ていった。
「そうですね、確かに、昨日の男の場合には移らないという長老院の判断をそのまま利用し、埋葬まで行いました。それというのも男の姿が、老人の姿に変わっており病を発症する後と前の姿に変化が明確にあったからです。今現在、病が移らないという状況証拠としては、患者の姿形が発症前と発症後で明確に老いた形で変化し、患者が保有すると思われるサンの総量が枯渇したと判断できたときのみに限ります――」
僕は説明に口をはさむ。
「サンが枯渇しているかどうかなんですか? あの先日亡くなった男は、枯渇していたから、大丈夫だった? でも、あの男はすでに老いの症状が出始めている時に、僕に文句をつけてきたんですよ。村の民たちの前で。テスェドさんも彼の様子に、病が移るからと恐れる様子もなかった」
「そうですね、私としましては、それはまず、その男が病の患者だと長老院の方があえて公表していなかったから、民がおそれなかったというしかないですね。テスェドさんが男の症状を知っていてどうして見逃していたのかは、私の方ではわかりかねますが……」
「結局僕にも感染していないんですよ?」
「それは結果論です。彼との接触で感染しなかったからと言って、テスェドさんとの接触で感染しないとは言い切れませんよ」
「……」
「話を戻しますが、現状、確実に病が移らない場合は、患者のサンが枯渇しているという条件が必要です。テスェドさんの場合は、病のせいか急激に枯渇に向かっているようで、腕輪の総量も心もとなくなりつつありますが、姿形に老いが発生した様子が見られないので、様子を見ているという状態なのです」
「でも、テスェドさんはもともと高齢ですし……」
そこまで病で変化する余地があるのだろうか。昨日亡くなった男は顔にしみや斑点がどっと出ていた。テスェドさんの顔には、しわが多勝ったものの、もともとそのようなものは出ていなかった。病的な老いの痕跡がこれから現れるというのだろうか。
「ともかく、テスェドの面会は駄目よ。これはあなたが感染しないためでもあるんだから。感染するというのは、彼が生きる気力を残しているからだってこの医者も認めているところだわ。だから信じて回復を待って頂戴」
逃げ出してもさっきみたいに追い付けるし、何なら岩みたいに砕くわよ、と吐き捨てて彼女は医者との会話を始めた。
なにやら無理やりに、ミネさんに会話の糸口を切られてしまったような気がする。会話はそこで終わり、医者とミネさんは、先代巫女の症状についての振り返りや、長老院のメンバーは新しい聖樹への避難を終えたかどうか、など、現状についての確認の話を始めてしまった。
「暇だ」
僕は彼らの話からはぶられてしまい、やることが無くなった。明日の巫女宣言のことで何かミネさんから指導があるのかもしれないが、僕自体が何かをやるなどは全くと言って聞いていない。
だからと言って、テスェドさんに話に行くこともできなくなってしまった。一見僕を放置しているように見える彼らだけれど、僕のことは気配で察知しているらしい。一度忍び足でその場を離れようとしたけれど、肩をつかまれてしまった。彼女は振り向いて険しい表情を向けていた。それであきらめた。
住居が枯れかけていることを思い出した。そういえばなぜ聖樹は揺れて、崩壊を迎えているのだろう。
振り向けば、今も小刻みに揺れる聖樹を見ることができる。まだ、崩れないのか、という考えもできるだろうが、あの揺れの中にずっといたくはないので避難できたのは、よかった。しかしながら、こうもあれが粘っているのを見ると、聖樹を枯らす何かといまだ聖樹が戦っているのかもしれないと、想像させる。
そもそも、何が原因で聖樹が崩落しかかっているのか。
「単純に考えれば、襲ってきた殺虫部隊が、殺虫剤の兵器を聖樹に打ち込んだ、とかなんだろうけど」
医者とミネさんは話をしながら、医院のところまで戻っていく。僕もそれになんとなくついていく。
手当されている負傷者を見ると、十人前後であった。奥に所属している者らも含めているとはいえ、少数の人間がアコンの民をこれだけ攻撃し、聖樹までその矛を届けたというのだから、驚きだ。しかも、ここにいるのは比較的軽症のものであり、殺虫剤をもろに受け、病を発症させたものは隔離されているのだ。それらの人は何名ほどいるのだろうか。テスェドさんと共に一つの場所に置かれているのだろうか。後で聞いてみようと思う。




