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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
31/65

第25話 社会見学をしよう

2/8分はここまで。

 翌日。朝からユージェがいた。彼女はミネさんに口車で負けて初日から僕の監督役をおしつけられたらしい。



「あのばばあ、ちょっと揶揄われたからってすぐねちねちいってきやがって……」



「口が悪いなあ」



 巫女としての振る舞いを覚えさせる監督役の言動ではない。まあ別に僕もそこまで意識高いわけではないからいいけれど。



「今日はユージェが朝ごはんを?」



「テスェドさんは森の見回りだってさ。数日はピリピリしているかしらね」



 敵が現れる可能性があるのならば、仕方のないことだろうと思った。



 彼女の料理は甘口だった。玉ねぎのような透明な野菜が十分に煮え溶けたスープも、素材自体の旨味が出ているために口当たりが良くなっていた。

 スープと硬いパン。単純だ。



「今日も雨が降っているんだ。ぬかるみが増えていると思う。森を見回るのも大変でしょう」



 ユージェはパンをちぎりながら独り言ちる。僕はその言葉をぼーっと聞きながら、確かにと思った。



「ユージェは、今日は何をしているの」



「ああ? お前の監督役だろうが。話聞いてなかったのかしら、頭沸いてんのか」



「口が悪いなあ。いや、そういうことじゃなくて、本当に僕のそばでじっとしててもつまらないでしょ」



「そういう仕事なのよ。ついているのが仕事。じゃあ、あたしが何かするって言ったら、あんたの方が私の都合に付き合ってくれるってこと。そうすれば確かに監督している体にはなるわね」



 彼女はいい案が思いついたぞ、という風に口角をあげる。



「いいね、ユージェの一日に密着してみようかな」



「……ほんき? って、あんた暇だものね」



「暇かどうかは置いておいて、ついていく時間はあるね」



「それを暇って言うのよ」



「じゃあ、ついていきたい」



 なんとなく、自分がぼーっと日々を過ごすより、誰かの生活を共にすることはましなような気がした。まとわりつかれる彼女には申し訳ないけれど。



「ふうん。なんか、変に意固地な態度だな。いつもボケっと、流されるように生きているのにね」



「え、そんな風に見られてたの」



「あって数日しかないけど、ユキは、あんまり他人に興味ないのものだと思っていたよ」



「え、あんまり言われたことない……」



 前世でも、それなりに人間関係は寂しくなかったと思うけど。



「いや、まあ、この環境に来て、心を開いてない、ってだけならまあわかるわ。自分から何かアクションを起こすというより、言われたことに応えようとするのも感心だけど、ただ従っているだけなら、子供でもできるわ。だって、あなた最初にこの村に就いたとき、テスェドさんに孫になれ、って言われて、そのまま居ついているじゃない。なに、テスェドさんに一目ぼれでもしたの? ふつう孫になれって言われて、そのままいつかないでしょ」



「えー……」



 まあ、たしかに、変な誘い文句だったけれど。

 行き場のないところを彼に助けられたのも事実なのだ。



「テスェドさんの言い回しが気になったのは否定しないけど、別に行き場のない僕を客人として歓迎してくれたのは、確かだし、滞在させてくれるお礼として何か役に立てたら、という気持ちはあるよ。巫女になるなんて思いもしなかったけどね」



「ふうん。じゃあ、行き場がここ以外にあったら、テスェドさんの誘いを断って村から出て行く? それとも言われたままこの村にいるかしら」



「うーん、どうだろうね。今は隣の国とのいざこざがあるみたいだし、それに際して巫女として何か僕がやるべきことが、あるような雰囲気だから、とりあえずのこるだろうけど、それが終わったら、その行き場とやらに行くかもしれないね。というか僕は隣国かどこか自立できる行き場を探しに行くつもりなんだけど」



「へえ、そっか。じゃあ流されて生きているように見えたのは、あたしの勘違いかな」



「まあ、行き場をさがすって、抽象的な目標だし。なかなか自立できる方法は見つからないよね。助けてくれるっていう人がいたら頼っちゃうから、それでふらふらしてて自分が無いように見えたのかな」



 他人にどうみられているかはわからない。



「ふーん。まあいいや」



「興味ないやん」



「まあ、あんただって特にまだ何もしていないじゃない。なんか経験があってこういうことしてきたんだーって言う話聞かせてくれるならおもしれーってなるかもだけどさ」



「まあ、生後一週間ですし……」



「だろうね」



 僕たちは、部屋を出ることにした。今回はインナーのような下着姿にはならない。あれは昨日の僕の動きを見るためだけの衣装だったらしい。

 


 僕は、彼女の何でも屋としての仕事を手伝うことになった。どうやら僕に社会経験を積ませるという名目で監督役をこなせば、同時並行で仕事をこなせる、と閃いたらしい。

 僕としては、村の生活をより間近で見られるので異論はなかった。

 彼女がご飯の料理をしてくれたので、片付けは僕がするといい、食器を重ねて持った。持ちきれない飲み物用のコップ類は彼女にフォローしてもらった。



 そうして、聖樹の中の一階にある水洗い場に向かった。今までテスェドさんが料理を運び、片付けていたのはここだったのか、と驚くとともに、何度も一階に来たのに、見つからなかったのはどうしてだろうと首を傾げた。



 確かに聖樹の一階の間取りとしては、中央にツタのエレベーターがあり、それ以外は、木箱すらもない、大広間のような、開放感のある場所であった。しかし、よく見ると壁面と同じ模様の間仕切りが裏口(つまりは第二の聖樹のある方につながる出入口)のそばに存在した。そこの裏に木の台と大きな四角と丸い木桶が置いてあった。そのわきには、料理道具やごみの入った袋が置かれていた。

 食器を洗おうとして、水はどうやって出すんだろう、と思ったら、ユージェが壁面に結集した腕をかざして、右にひねると、何もない空間から水が流れ出した。



「は? ファンタジー」



「いまさら何言ってんの。この空間は聖樹が生み出したものだろうに。水くらい聖樹が生み出せる」



「えー、聖樹って万能……もしかしていつも食べている食料は」



「いや、食料は村で作っているものだよ。というか、水分は聖樹が根から吸い上げた物らしいし。だから聖樹は井戸の役割を果たしているにすぎないのよ」



「はあ」



「はいそこ」



「あ、すみません」



「あと、さっき『は?』っていったのも減点ね。もっと柔らかく返事しなさい」



 うぇ厳しい。もう指導は始まっているようだった。



 僕は、彼女から水の出し方を習い、何とか水を出しながら食器類を洗うことにした。木の台に備えてあった布を使って汚れを拭う。



「ははは、全然水量出てないじゃん。逆にちょっとしか出せないの難しいと思うわよ」



 彼女は何がツボなのか知らないけれど、僕がうまく水が出せていないことに爆笑していた。



「え、だって右にひねっても水量上がらないんだけど」



 ちょろちょろと、少し心もとないかなという程度の水量が木桶に流れている。



「サンの量も増やしながら、空間に裂け目をこじ開ける感じで」



「わかないなあ」



「まあ、ユキはそんなに家事しないでしょ。巫女だし。気にしなくてもいいんじゃない」



「巫女として能力不足なのはどうかと思うけど」



「っかー、まじめねえ」



「真面目というか……。まあ今はあきらめるよ」



 そういって、彼女が出す水量を借りて、食器洗いを済ませた。

 たまった水はどうするのかと思うと、彼女は水を出した時とは逆に、水底に向けてサンを結集させた腕を左に回転させた。すると、溜まった水が栓から流れ出すように、渦を巻いて姿を消しだした。



「便利だなあ」



「まあ、聖樹の中だけね。普通の家は、川とか他の井戸から水を汲んでこなきゃだからね」



「火はどうするの?」



「大体家の裏側に火おこし用として、レンガ造のかまどがあるから、そこで。火炭係ってのが村にいて火を管理しているんだけど、朝昼夕と定期的に火口を供給してくれる。その頃に、必要な人は火をもらってきて、かまどで火を使うわけ」



「聖樹の裏側にもあるの?」



「そうよ。感覚的には、この壁の向こう。そこの入り口から出たらあるわ」

 と彼女は顎で指し示した。おしとやかでも何でもなかった。



「そっか」



 残った残飯や、料理の際に出た生ごみは、ずた袋にまとめて入れた。水以外は定期的に畑に捨てに行くらしい。

 水をぬぐった食器は木桶の置かれたテーブルの隣、何も置かれていないテーブルに逆さにおいて、乾かして置き、二人で外に出た。

 


 外は土砂降りだった。



「ほらいくよ」



 ユージェは僕の手を引き、雨の中走った。ためらいがちな僕は彼女の行動に驚いたけれど、一度頭をシャワーに濡らしたら、すべてがどうでもよくなった。



 びちゃびちゃと濡れ、足元はぬかるみにとられないように、ついていくので必死だ。

 右に左に、ユージェは出来るだけ水たまりでないところ、浮島を探してジャンプを繰り返す。僕はそれについて跳ぶ。跳ぶ。跳ぶ。

 濡れる衣類は重くなる。肩や背中にピタッと麻布が張り付き気持ち悪いけれど、ユージェは何も感じないのだろうか。

 と、そこで彼女は一つの家の階段を上がり、軒下に雨宿る。隣に僕も追い付いた。



「ここ、が最初の仕事場」



「仕事はいいけど、ずぶ濡れなのどうするの」



「ずぶ濡れなのはみんな気にしないよ」



「風邪ひきそうなんだけど」



「じゃあ余分に仕事して乾いた布を借りようか」



「そうさせてほしいな」



 そういって、彼女は扉を開けた。おばちゃん、と声を出すと部屋の奥から、きたね、と返事があった。



「助っ人を連れてきたんだ」



「あら、ずぶ濡れじゃない。これ使いなさいよ」



 おばさんは僕らが交渉する前に布を出してくれた。それに甘えて二人は体を拭いだす。



「ほら、服着ているといつまでも濡れたまんまじゃないか。脱いじゃいな。私が乾燥させてあげるから」



「あー、いつも悪いねおばちゃん」



 ユージェは慣れた風に、タオルで髪を拭きながら返答した。彼女はばさっと勢いよく服を脱いでグルグル巻きのボール状にしておばちゃんに渡す。



「ほらあんたも、服を脱ぐんだよ」



 そういうおばちゃんは強引に僕の着ていたワンピース状の麻布をめくりあげ、濡れた服を取り上げてしまった。

 横を見るとユージェがインナーの布も脱ぎ去り、全裸になろうとしていた。

 僕は思わず顔をそらし、そして脱ぐのも恥ずかしくなって、もじもじする。



「あれ、自分じゃ脱げないのかねえ。ほらほら」

 とみかねたおばちゃんは僕の背後からインナーまでを脱がしにかかり、気づけば全裸になっていた。



 ……。僕はいたたまれなくなってしまう。目のやり場に困るというのもあるけれど、今まで生きてきた常識でいえば、異性が服を着ていない場面に遭遇したら、糾弾される立場になり、恐ろしい結末になる、と自覚していた。だからこそ、その状況に追い込まれたら、僕は固まってしまい、僕は見ていないんだ、と身の潔白を証明しようと懸命に目をそらして体を反転させることしかできなかった。

 そのような常識と、さらにこの世界に来て、身体の性別が反転したことに、いまだ自己の常識との乖離は存在し、つまりは慣れていなかった。今後の生活にかかわるから、という大義名分を言い訳にし、自己の身体の様子を最低限確認する程度ならばぎこちなくではあったが、こなすことは出来た。しかしそこに第三者の目が入ると、僕は、悪いことをしているのではないかという気がしてくる。別に自分の身体を確認するだけなのだから、という理性の言い訳を額面では受け取れるのだが、常識という自分を縛り付ける鎖が、行動を感覚的に抑え込み、赤面させてしまうのだった。



 結局僕は、おばちゃんに衣類を取り上げられ、全身をタオルで拭うユージェの様子を視界に入れないようにし、自分の身体からも目をそらすように、目をつぶり、手に持っていたタオルで、おずおずと体を拭くのであった。



「ところで、助っ人ってなに」



 おばちゃんが、思い出したかのように漏らした。僕は、取り込み忘れていた洗濯物を取り込まなきゃという母親のことを思い出した。



「ほら、いまそこでタオル拭いている子いるじゃない、その子その子。巫女様なんだって~」



 ユージェが気の抜けた声で言う。



「え! 巫女様なのかい。うちなんかにきてもらっても何もできないよ! ああ、思わず衣装を脱がせてしまって申し訳ありません……」



 おばちゃんがすごい騒ぎを起こしだした。僕はユージェが堂々と全裸でいるから、あまり彼女らの方を向きたくないのだけれど、声だけでわかる、とてつもなく買いかぶられている雰囲気がある。



「や、あの、巫女になるっていっても、全然優れた者じゃないんで……」



「ひゃ~、お飲み物は何をのまれます? ご飯は? 身体をお清めなさります?」



「いや、そんな大層な歓迎しなくてもいいんで、というか、ユージェの仕事手伝いに来ただけなんで……」



「そうだよ、おばちゃん、こいつ巫女っていっても全然大したことないし。最近生まれたばかりの赤ん坊みたいなもんだよ。あたしの裸をみて恥ずかしがってるくらいだもん、ガキだよガキ」



「おい、ちゃっかりいじってくんなよ」



「事実だろ、うそだってんならこっちみてみろ」



「服着ろ」



 僕はユージェに口げんかで勝てる気がしない。



「まあ、そうね。なんだかよく見たらかわいらしい子じゃないか。振る舞いが年相応って感じね」



 その年相応は、見た目基準なのか、生後一週間のほうなのか……。



「だろー、だからそんなにかしこまらなくていいんだよ。それより、今日の仕事は何なの」

 とユージェは仕事の確認に入る。特に決まった仕事があるわけではないらしい。



「そうねえ、今日は雨も降っているし、任せるようなものは特にないんだけど」



「ないんだ。じゃあ来た意味なかったなあ」



「え、こういうこともあるの?」



「まあね、何でも屋は、困っている人に依頼をしてもらう仕事だから、なかったらないで仕方ないわね」



「え、でもそれって仕事の成果というか、報酬がゼロってことじゃん」



「うん。まあこの村だと仕事の対価を具体的にもらうというより、村の治安やコミュニティとしてのつながりを維持していくことが大事だから。こういう村での行いは、具体的な利益を得なくても、サンのパスを通じて聖樹に還元される。私たちは聖樹信仰の一部として仕事を行っているのさ」



 そういった後に、別に私たちは食料をたくさん食べなくても生きていける身体だし、最悪食べ物がない時でも、他の民らが聖樹へ上納した一部が配給として民に分配される仕組みもあるしね、と補足する。



「そっか。あんまり仕事を切羽詰まってやっているわけでもないのか」



「でも、やらなさすぎるのも問題だから。聖樹信仰としても仕事をさぼり続けることは、なぜだか聖樹にとって不良分子認定されてしまうのか、サンの供給が薄まってしまうんだ。年齢とともに食事などの生活するうえでの必要不可欠な度合いが低くなるのとは異なり、サンの重要度は上がっていく。みな、サンの技量を磨けば磨くほど、サンを日常的に頼っているからね」



「へえ、ユージェは、まだそれほど年取ってないでしょ? サンより食料の方がいいんじゃないの」



「だれがサンの扱いが下手だ、このやろ。というか女子に年齢を聞くんじゃないの」



「っち」



 はぐらかされてしまった。どうやら表情から、本当に言いたくないみたいだった。

予想では200歳くらいなんだけど。そういえば、テスェドさんと院長の喧嘩が数百年前にあって、それが起こったとき子供だったって言ってたなあ。



「はいそこ、変なこと考えないの~。おばちゃんが仕事ひねり出してくれたよ。巫女様のしごとぶりが見たいってさ」



「あらやだ。巫女様が頑張っているお姿を見るまではこの家から帰さないわよ」



 おばちゃんはノリノリで着替えを持ってきていた。

 見たことがある、というか、メイド服だった。ひらひらしている。さすがに前世でカリカチュアされていたようなコスプレ衣装じみたものではなかった。相対的に言えば地味だが、落ち着いていて気品のあるような気がする。見た目でいうと、黒のふんわりとしたワンピースに白のエプロンドレスの装飾がつけられたものであった。



「おばちゃん……そんなものどこで見つけてきたんですか……」



「近所の若い男の子がねえ、隣国のお土産って言ってくれたんだよ」



 隣国はいったいどんな世界観をしているんだ……。車が走っているからそれなりに技術がある国だった思ってたけど……。



「ほら、ほら、ふたりともこれを着て、私の家のお掃除でもしてもらいましょうか」



 おばちゃんが笑顔で腕を組んで仁王立ちしていた。

 この衣装を着るということに、この女性が何か他意を持っているんじゃないかと少し勘繰っているのだが、おばちゃんは全然下心のある視線をしていなかった。これがユージェとか、それこそメルセスさんだとかならば、僕の反応を窺っているような、ノリをするのだろうと自然と思うのだが、この女性はそういういとが見えない。ふとユージェを見ると、笑顔が引きつっていた。彼女もこの服装は予想外だったらしい。



「さあ、掃除してもらうわよ」

 おばちゃんの声が家に響いた。





「なあ、なんでこの格好なんだよ。ほかの着替えあるだろ」



 そういい、水を絞った雑巾で床を拭くユージェ。



「ああ、こういうメイドのデザインってクラシックっていうのかな」



 同じく雑巾で扉の泥を落とす僕。



 うーん。まあ、着心地は悪くないけど……。スカートへの抵抗はないのか、という人がいるかもしれないけれど、ワンピースの時点で半分スカートと同じ形状をしていたし、すーすーさでは変わらない。もうそこはあきらめていた。



「やぁーい、へんてこな格好しちゃって、もう様になってるね~」

 やけくそなのか、開き直ったのか、やや赤い顔をしてユージェがヤジを飛ばしてくる。



「はいはい……」

 いままで服装について弄ってこなかったのに、ここぞとばかりに弄ろうとしてくるのは、自分が恥ずかしい恰好をしているという自覚があるのかなと思う。そういえば、前世はメイド服なんてコスプレだから恥ずかしいって考えはよくあるものだったけど、ユージェはどうして恥ずかしいとおもっているんだろう?



「ユージェも似合ってる」と素直にいう。



「うるせえよ」



 攻撃の手が止まった。だいぶ気にしているようだった。自分より気にする人がいるとなぜだか気にならなくなる、ってことあるよね。僕はどうでもよくなっていた。



「ほら、手え止めないでよ、お仕事頼んでるんだからね~」

 とおばちゃん。



「さっき、巫女様に恐縮してたくせに~。なんで巫女様にこんな服着させて掃除させてんの。やばいよ」



「あんたが助っ人っていって仕事させたんでしょ。その服はいい服じゃない。汚れてもいいような頑丈な作りで」



「まあ別に気にしないですけどね」



 僕らはグダグダと雑談しながら作業を進める。

 おばちゃんは、僕たちに仕事を割り振った間、何をする予定なんだろう、と疑問を抱いた。



「あの、おばちゃんは今日はお仕事されるんですか」



「うん、まあ雨の日はやらないから、今日は休みだね。家政婦さんが来てくれて楽ちんだよ」



「はあ、じゃあいつもは何を?」



 ユージェの視線が一瞬こちらを向いた。ちゃんとユージェは指導係も行っている。



「いつもは、乾燥係かな」



「乾燥係?」



「ほら、ここにあんたらの脱いだ衣類があるだろう、こうやってこうさ」

 といって、彼女は床に広げた衣類に掌を当て、撫でるように隅から隅まで手を衣類の表面上を滑らせる。

 すると、水の膜が取れていき、水滴に反射していた光の色が消え、麻布独特のざらざらな表面がハッキリと見えるようになった。



「え、すごい」

 僕は思わず雑巾を放り出して、彼女の仕立てた衣類の様子をまじまじと見つめるのだ。

 近くで見れば、まさに雨に濡れた事実ごと消え去ってしまったような、キトンがそこにあった。



「そんな大層なもんじゃないよ。急ぎじゃなかったらかまどの火で乾かせば事足りるんだから」



「急にやってくれるのがおばちゃんのいいところなんですね!」



「ふふ、まあそうかもね。触ってみていいのよ」



 言われたままに、それに触れる。触り心地は、着ていた時のまま。ただぐしょぐしょだった水分がさらりと消えていた。まだおばちゃんが何かの能力を発揮していない部分は濡れたままだった。その境目は、わざと一部だけ濡らしたかのようにくっきりと乾湿が分かれていた。


「土砂降りの日は、わざわざ乾かしに来てもまた濡れるのがわかり切っているからねえ。雨が止んだ日は繁盛するだろうね」

 と彼女は乾燥係としての日常を少し垣間見せてくれる。


「どういった能力なんですか」



「これはねえ。私にも細かい説明は出来ないんだけどねえ。どうやら水を吸い取る力みたいなの。手を当てたものの水分を取り去る。おかげで私は口以外からも水分補給ができるわ。簡単にね。おかげで熱中症になったことないわね」



「なるほどお」

 僕は、局所的だけどずいぶん便利な能力だなあ、と思った。主にこういった雨の日など、余分な水分の多い時は、それを取り去ることができるのは、湿気による不愉快な感触を解消できる。



 あ、でも、と思うことがあった。



「雨の水分を吸収したりして、汚れまで吸収してません? お腹壊したりとかは大丈夫なんですか」



「んー、大丈夫なんじゃない? 私のお腹が強いのか、純粋に飲める水分だけ抽出しているとか」



 なるほど、ということは、もしかしたら、能力で水分を吸収したら、残るところには汚れなどの不純物は吸収されずに残っているということか。



「あの、おばちゃん、服、洗いました?」



「なに言ってんの、まだ洗ってないわよ」



「じゃあ、あらってからもう一回水分吸い取ってもらえません?」



 そういって、僕は衣類の乾燥しているに鼻を近づけてみた。少し汗のにおいや雨の匂いが残っている気がしたのだ。



「わかったけど、拭き掃除終わってからね」



「はい」



 僕たちはきちんと掃除をこなし、壁までピカピカにした。

 途中ユージェに、屈んでいる時は、つま先立ちのまま膝を閉じて内またにかがめ、と指導されたり、雑巾を拭くために腕をあげる時は、肘を胸に沿わせるように移動させ、脇を甘くしないなど、指摘されたりもした。

 あまり民家をじっくり見ていなかったからだろうか。ここの民家には竹製の板が敷かれていた。聖樹の部屋は木の材質だった。天井を見上げると柱は木材だが、要所要所に竹が編まれたような壁が設えてある。この森にも竹がなっているところがあるのがわかったのと、家に使われる材質に優劣があるのか、ただ木材が足りないから竹で補ったのか気になった。



 掃除してどのくらいかかっただろうか、気づけば雨は小雨になり、おばちゃんは飲み物とカットフルーツを用意してくれていた。

 外側も拭こうか迷っていると、ユージェが外はまた今度にすれば仕事がまたもらえるぞ、といった。ずるがしこいのか、そういう商売なのか、彼女は楽しそうに言うので、僕はそっか、としか言えなかった。



「ほらおたべ」



 おばちゃんは僕たちの仕事ぶりに満足したようだった。僕らは拭き掃除の他に、自分らの衣類も、近所の池から水を汲んできて手洗いもしておいたので、それはおばちゃんが乾かしてくれていた。しかしおばちゃんは、

「今日は、またほかの家にもお仕事に行くんでしょ、そのメイド服でいきなさいな」

 といい、乾燥させた服を返してくれなかった。



「ふざけんな。こっぱずかしいかっこで外歩けるか」

 とユージェが反論するが、



「さっき水を汲みに外に出ていたじゃない。あれができるなら別に半日くらい外に仕事に出てもいいでしょ」



「よくない」



 という言い合いがあったが、結局おばちゃんの熱意に負けたユージェが引き下がった。なんでも、外の掃除をわざとしなかったことはおばちゃんには見透かされていたみたいで、それを見逃してやるから、という話だった。おばちゃんつよし。



「まじかよ~、なあ、あんたもなんか言いなさいよ」



「まあ……別に」



 僕は普段の古代ギリシャ風ワンピースもなかなかに恥ずかしかったから、別にどちらでも変わらないと思っていた。



「けっ。なんだよ。着て仕事してくればいいんだろ」

 と拗ねてしまった。



 でも、おばちゃんが用意してくれた、マンゴーやイチジク、スイカ、バナナ等に似た果物をカットして盛りつけたものをみると、目を輝かせてくらいついた。



 おいしそうにほおばる姿はかわいらしく、僕もとなりでごちそうになるけれど、たぶん一人で食べるよりおいしいんだろうな、と思っていた。

 味はそのままマンゴーやイチジク、スイカ、バナナという味だった。



「おばちゃん、又次は外の掃除もするからな」



「はいはい、期待しているよ。つぎは巫女様は来られるのかい」



「うーん、僕としては来たいと思います。でも巫女の忙しさがまだわからないので何とも」



「そうだねえ、時間があったらいつでも来なよ。仕事じゃない時でもさ。この子の失敗話でも聞かせてあげるよ」



「あ、勝手に人のいないところで人のこと吹聴すんな」



「楽しみにしていますね」



「ああ、仕事が終わったらまたよりな。服を交換してあげるからさ」



 僕とユージェは彼女のもとを離れ、別の仕事先に向かう。掃除終わりに小雨になった雨は、フルーツをごちそうになっていた間にやんでいた。空は曇りで地面はぬかるんでいるけれど、これから悪いことばかりじゃなさそうだなあ、と思いが浮かんでいた。



「なあ、なんで服を洗い直すなんてしたんだ? おばちゃんがスッと乾かしてくれただろうに」

 とユージェの質問が来る。



「いや、だって。おばちゃんが水分を吸収する能力があるって言ってたけど、雨でぬれた服にまとわりついた汚れはそのままらしかったから。水だけ吸収されると、汚れの濃度とか高まってより汚くなりそうだったし」



「へえ、よく初対面で人の能力の特性を把握できたな」



「偶然だよ。なんとなく。僕はちょっと汗かいてたかなって気にしてたんだけど、汗のにおいは落ちてなかったからね」



「ふーん。ユキって汗臭いの」



「こら、印象が悪いことを言うな」



「私は汗なんて書きませんけどね」



「それは嘘。というかおばちゃんって、乾燥係って言ってたけど、普段はどんな仕事なの」



「今日みたいに、雨が降ってやんだときとか、濡らしてはいけないものがぬれたり、衣類を早く乾かしたりしたい、って人がおばちゃんを頼ってくるんだ。そういうお客相手に、おばちゃんは能力で水分を抜き取ってあげているんだって」



 ふうん、衣類以外にも対応した、コインランドリーの乾燥のみバージョンみたいな扱いな気がする。



「結構重宝がられているみたいだよ。お客さんは聖樹に乾燥係のおばちゃんのことへの感謝を捧げるし、村にはなくてはならない存在みたいだ」



「お客さんて代金を払うんじゃなくて、仕事してもらった人への感謝を聖樹にささげるんだ?」



「うん。代金て、貨幣経済が敷衍されているところだったらいいけど、この村ではお金は使えないからね。唯一なくては困るものは聖樹から供給されるサンだよ。ある意味勤労の義務はサンの供給という権利を得るための対価になっているともいえるわね」



「はー、聖樹への感謝が、他者を通じてなされることが、サンを得る権利になると」



「まあ、例外もあるけど大体そうね」



 どうやらこの村ではサンの獲得権利のために働いているらしい。



「ミネさんが働くように言われたのは、サンの供給がなくなるよ、っていう心配の声があったのか」



「ああ、ミネさんが行きの指導係になった理由の一つではあるね」



「他に何があるの?」



「本人に聞きな」



 彼女はそのままぐんぐん進んでいく。つぎは何屋さんなんだろうか。



「次はどこ?」



「そうだねえ」



 ユージェは、口ぶりのわりに迷わず進んでいく。高床式の民家が立ち並ぶ路地をすり抜けていくメイド二人。外を歩く民たちが振り向く。ユージェは先ほどまで恥ずかしがっていたのに、もう割り切っているみたいだった。



「次は床屋よ」



 そういって、彼女はとある民家の前に立ち止まった。決して赤と青の線がグルグル回るポールが立っているわけではなかった。



「お邪魔するわね」



 勢いよく扉を開くと、店主が一人。



「らっしゃい。今日はカット?」



「客じゃなくて、仕事。なんかない」



「んー、ないねえ」



 今まであった中で一番気軽な感じで、挨拶が始まった。この感じは中高の同級生同士の雰囲気に似ている。



「あれ、そちらはお客?」店主は僕に目を向けた。



「いえ、ユージェの仕事をお手伝いに」



「あれは、次期巫女様よ。社会見学ってわけ。先にごますっといたら」



「へえ、巫女様ね。ごますっとくのもいいけど、髪のカットさせてもらっていい?」



「へ?」



「いやー、ね。この村のほとんど全員の髪の毛を切る機会がある私としてはさ、切ったことのない人を見ると、一度切っておこうかなって」



「あー、たぶん人間の社会で言ったら、かわいい女の子がいたら声掛けとこうぜ、みたいな? ちゃらいね~」



「人間の常識は知らないけどね。かわいいのは確かだねえ」



 ユージェがいまいち理解のできないたとえ話を引き合いに出し、それに適当に乗っかる店主。



「あの~なんてお呼びすれば」



「ああ、私のことは何とでも。この生意気女と同じように砕けた感じだと嬉しいねえ」



「あんたいつの間にあたしのこと生意気だと思ってたのよ」



「最初からだよ」



「ああ、初めて奥で戦士団の戦闘訓練してたあんたのことを軽く締めてやったときからね」



「はいはい、昔のことをいつまでひきずってんの」



「これは擦り切れるまでこすっていくつもりだけど」



「あの、店長さんも奥で戦士団希望の訓練をされていたんですか」



「店長? ああ、まあこの美容院で働いているのは私だけだから店長でもいいけどね。でもそれだとこの村の仕事しているほとんどが店長ってなっちゃうけど」



「美容院だって……くすくす……床屋で十分よ」



「おい、美容院と床屋は全然違うからな。髪切る以上にいろいろ美容のこととか気にするのが美容院なんだから」



「あんたのとこで美容について気にしている客なんて見たことないわよ」



「私が気にしているからいいんだよ」



 美容院と床屋の違い……、この人も隣の国に観光に行ったんだろうなと思った。美容院が隣国にあると仮 定するならばだけれども。



「ああ、そうだね。さっきにしつもんだけど、私は戦闘に向いてなくてねえ、奥に配属されて。そのあと戦士団に入ろうと思ったんだけど、まあこの子の言う通り、奥の女の子にもぼこぼこにされちゃうくらいセンスなかったからさ。やる気なくしちゃって、髪を切る仕事を始めたんだ」



「やーい弱虫」



「うるせえ、今なら負けないかもしれんぞ」



「どの口が言うのよ。今のあんたは昔のあんたにも負けるでしょうが」



「うーん。たしかに」



 納得しちゃうんだ。



「なんで髪を切る仕事を?」



「ああ、私のサンの開花がね、一度切ったものを切らなかったことにする能力」



「切らなかったことにする……?」



「ここに木の枝があるんだけど、これをはさみで切ってみようと思う」



 よく都合よく木の枝あったな。



「ちょっと切りづらいけど」



 ぽきっと、木の枝の、さらに細い部分をはさみで切った。店長は木の本体と切り分けられた小枝をそれぞれ両手で(左手ははさみを持ちながら)つまむ。



「これを、切らなかったことにする」



 そこには、摘まんだ人差し指と親指から、白い湯気のようなものを立ち上らせる店長の姿があった。



「ほ」

 ほ、っといった瞬間、瞬きしたような気がして、気が付けば枝は、切断面を失っていた。



「ほら」



 ほんとうに彼の言うとおりだった。

 ほんらいは切れたままの二つの部分は、そこに一つという存在としてあった。



「ほぼ失敗することが無いよね、髪の毛切ることは。これのおかげで」



「ほかの能力はないわけ」

 ほんのすこしも間を開けず彼女が茶々を入れる。



「ほっとしてんじゃないわよ。うまくいったからって。ほかのはないの」



「ほれぼれする能力だろ。切ったことをなかったことにする能力。いつまでも切っていられるんだから」



 本当に彼は自分の能力を気にいっているようだった。ユージェは毎回この話を聞かされているという。能力を発達させることもなく、昔から一定の能力らしい。



「ということで、ユキはこの男に紙を切られて、立派になってらっしゃい」



「なにがということなんだ……」



「お、巫女様の髪型をセッティングさせてもらえるとは」



 店長は静かに興奮していた。



「じゃ、あたしは昼ごはんの用意をしておくわ」



「いつも悪いねえ」



「それは言わない約束よ」



 二人の距離感がいまいちわからない僕だった。





 散髪は30分ほどで終わった。僕の髪の毛は肩までもともとあったのだが、それが顎のラインまで切りそろえられ、櫛でとかされ、枝毛やハネがなくなり、まとまっただけで見違えるような印象を持ったそうだった。鏡がないので、わからないけれど、ユージェの反応は満足そうだった。



「ありがとう」



 なぜか店長がお礼を言ってきた。



「いえ、こちらこそありがとうございます」



「君の髪質は少し太いけれど、癖もなく切りやすかった。すこしだけボリュームが出すぎてしまって、ハネが出やすいのが難点だけれど、寝る前にきちんと水気を切り、朝はきちんと櫛でとかせば、きれいな髪型に見えるはずだ。頭の形も悪くないしね」

 そういって、小さめの櫛を渡してくれた。



「ありがとうございます」

 僕は特に言うべきことが思いつかず、感謝の言葉を繰り返すのだった。



 日々の髪の毛の手入れはわからない。これはミネさんに後で確認しようと思った。ユージェは自分で作った料理をつまみ食いしてうなずいていた。



「さあ、お昼ごはんにしましょう」



 彼女の言葉で甘口の昼ごはんが始まった。

 


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