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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
25/65

第19話 高いところから降ってくる

2/6分はこれまで。

「なんでこんないたずらすんだよ……」



 僕は心から愚痴っていた。



「あー、なんでだっけ2号よ」



「2号っていうな。そうだなあ、おれが初めて仕掛けたときに、ねえちゃんのかかりっぷりが面白くてなあ、いつもこんなすまし顔なのに、顔を真っ赤にして助けて~って叫んでて」



「はい、嘘。あたしが喚くわけないじゃない。あの時はひっかかったけど、すぐに脱して、あんたを逆に縛り付けてやったんじゃない。その時の顔ったらなかったわ。お姉ちゃんお姉ちゃんって泣いて」



「どうだかね。おれよりねえちゃんのほうが引っ掛かってるくせに」



「デマは良しなよ。あたしは数回しか引っ掛かってないわよ。あんたは数十回じゃない」



 姉弟の喧嘩が止まらない。



「自分で仕掛けてなんで自分で掛かってるんですかねえ」

 これは僕。



「ああ、それはね。俺が姉ちゃんに仕掛けても、たいてい初めは座らないんだ。一度目の失敗がきいてるんだろうね。で、床の一部がネズミ捕り状態になって、一日とか二日とか経つんだ。それで、どちらかが完全に忘れたときに、気を抜いて引っ掛かるわけ」



「気が遠くなるだろ」



「そうよ、床の一部が使えなくて、歩くのも避けるために困るんだから」

 というのはお姉ちゃん。



「どうやって生活するの」



「ご飯の時とか、あえて木台はネズミ捕りのそばから離さないで生活するの。だから、木台には、ねばついてない方のスペースに早い者勝ちで座って、座れない方は離れた位置で食べるか立って食べる。食べにくいわよ、立って食べるのは。早いもの勝ちっていう要素が、ねばついているほうへ座ってしまうミスを誘発しているといえるね」

 弟が解説する。



「どんな競技だよ……」

 この姉弟は、よくわからない戦いをいつまでも繰り広げているようだった。それに巻き込まれた僕はいったい……。



 呆れて毒気が抜かれていた。



「ところで服貸してよ。これじゃ外歩けないんだけど」



「え~帰らなければいいじゃん。泊まっていきなよ」



「テスェドさんに何にも言ってないからなあ」



「ああ、たしかに。あの人過保護だからなあ」



「さすがに心配させるのはね」



「じゃあ、用意するからちょっと待ってなさい」



 彼女はお茶を一口飲んでから部屋を出た。



 それに対し、ぽつんと立たされる僕。全裸で。



「うーん。姉ちゃんと一緒で絶壁だなあ」



「うるせえぞ。女子の胸をガン見すんじゃねえ」



「なんか女子って感じしないんだよなあ。なあ、お姉さん、女っぽいしぐさ強制されるのっていやじゃね?」



「強制されるのは嫌だけど……って何の話だよ。弟君は姉ちゃんに女っぽい振る舞い強制されてんの。かわいそ」



「弟君いうなし。かわいそでもないわ。あんたならわかってくれそうだけど」



「まあ、そりゃあ」



 もともと男だし。



「普通の女の人は、全裸になったら、上か下か隠すもんだよな」



「た、確かに……」



 なぜか、僕はギクッとなる。自分の振る舞いが無造作なことに気づいた。苛立っていると雑になる性格なのだ。



「きゃ、きゃ~」

 胸の前で腕を交差させ、太ももを内またにする。

 わざとらしくふるまってみると、弟君が笑っていた。



「似合わなっ」



「……。やってて恥ずかしくなってくる」



 僕は無理な態勢を解いた。頬をかく。



「まあ、そんなことはどうでもいいんだけど」



 彼は、床に正座して木台に胸を当ててもたれかかっていた。

 台の上に両腕を重ねておき、その上に、頬をのせてぐでーっとする。なんだが小動物みたいでほほえましかった。



「弟君は、仕事していないって言ってたけど、どうして。お姉ちゃんに養ってもらってんの」



「ぐいぐい聞いてくんなぁ。言っとくけど、おれは成人してないの。お姉さんがよそ者とか別に気にしないけどさ、この村では成人の儀を通らなきゃ働けないし、戦士団に入るには、森の生物を倒せるくらい強くならなきゃいけないの」



 だから、年が若い俺は悪くないの。

 そう言いたげな彼だった。



「ふーん。何歳?」



「20歳くらいかなあ」



 前世含めたらだけど。



「え、タメじゃん」



 彼は突っ伏してた体勢から顔を起こす。



「タメ? まじ?」と僕が聞く。



「まじまじ」と彼は肯定した。



 けれども彼は半信半疑で見つめてくる。



「っつか、おれのことより、あんたのが意外過ぎ。巫女がどうとかって、姉ちゃん言ってたぞ。偉い人は年寄りじゃねえのかよ」



「ん~、僕も巫女がどんなものか知らないんだけどさ。年寄りじゃないっぽい」



「うえ~、なんだ、さっきまでお姉さんとか言ってたわ、ばっかみてえ」



「ふふん。お姉さんだぞ~」



「いや、同い年じゃん」



「巫女様だぞ~」



「すげー」



「ふふん、敬え敬え」



「巫女様~、足揉んで」



 彼は木台に腰かけ足をブランブランさせる。



「てきとーだな、おい」



 といいつつ、暇だから、彼の足元にひざまずいて、揉みしだく。



「お~いいぞいいぞ~」



 彼は興が乗ってきたのか、足を組んで僕の前に突き出した。お茶まで飲んでいる。



「ここがいいのか~」



「そこそこ」



 誰かの歩みで床がきしむ音がした。簾のような間仕切りが部屋を僕たちのいる居間と別の部屋を分けていたのだが、間仕切りの脇から居間に入ってきたのだ。



 ユージェだった。



「なにやってんの、あんたら」



「あ」



 たたんだ衣類を持った姉がいた。姉が見たこともないような形相でこちらを見ている。

 なんて顔をするんだ。いったい誰が彼女にそんな顔をさせたんだ。

 視線は僕と弟を見ていた。



 そうか。ぼくたちだった。

 


 弟が全裸の女に足をもませている情景がそこにあった。



「いやちが――」



「ったく、馬鹿なことしてないで、服着なさいよ。風邪ひくわよ」



 と思ったけど、姉は全然動じてなかった。



「……いやこの村暑いし。大丈夫じゃない」と僕は言ってみる。すると姉弟はそれに反応して会話が始まる。



「うわ~こっども~。そうやって余裕こいて汗拭かずにいて、熱出して馬鹿を見るんだよ」



「って、言うけど2号も数年前まで風邪ひいてたじゃん」



「それ言わない流れでしょ」



「いや言うでしょ」



 姉弟は、僕がいようがいまいが絶えず話を続けている。くだらない会話。何気ない言い合い。それが彼らにとって自然であり、息をするような日常の添え物なのだ。



「そういえば、お父さんお母さんはいないの」



 何気なく気になったので、口にした。



「なに、お父さんお母さんって」



 その返事をしたユージェの無表情さが怖かった。僕は地雷を踏んでしまったのかと一瞬恐怖する。



「……いや、君たちの両親だけど」

 と、ごまかすこともできず続けた。



「いないよ」



 今日はね、と言ってほしい。



「今日はってこと」



 何とか口に出した。



「いや存在がってこと」



「……」

 ……。



「その、ごめん」



「え、何がごめんなの」と弟がきく。



「いや、気分の悪いことを聞いたかなって」



「弟よ、この人はよそ者だから、たぶん誤解しているぞ」



「ああ、そっか。おれたちのことそんなに知らないんだっけ」



 二人は見合って何かに気づいたようだった。



「えっと、何が」



 何を言い合っているのだろうか。



「だから、アコンの民に親っていう存在はいないんだよ。強いて言えば聖樹かな」



「は? 親がいない? みんな孤児ってこと」



「近いっちゃ近いけど、違うわ」



「えと、でも君らは姉弟じゃあ」



「うん。姉弟。でも血がつながっている姉弟ってわけじゃあない」と弟。



「この村の子供は、サンが結実してできるんだ」と姉。



「結実」



 どこかで聞いたな。そういえば、ジャコポが、植物の一生に喩えて、サンの充実から枯渇までを表現しているといっていた。

 サンが充実し、能力を使えるようになることを、芽生えと呼び、能力を発動することを開花、サンが枯渇することを、枯れた、といった。

 その中で、実を結ぶというのは何を指すのかと僕が質問した時、子供が産まれることと答えていた。

 この姉弟が言ったことはまさしくそれだ。しかし親がいないとは一体。



「聖樹が親なら、もう片方の親は誰にあたるの」



「それは、この村の民の誰でもさ。でも、能力を十分に使える人に限る。」



 つまりは、誰がサンを結実させ、その結果誰が生まれたかを意識しないから、親と言う概念が曖昧になったと言うことか。



「能力の扱いが十分ってどういうこと」



「なんて言ったらいいだろうね。例えば、サンの能力を開花した時、能力については手探りで、試してみないとわからない状態にいるじゃない」



「ああ」

 僕もなんでルートビアが出せるかわからなかったし、未だに何につかえて、ルートビア以外のものが出せるのかどうかも分かっていない



「その状態を進めて、しっかり自分が何の能力をもっているか、自覚ができて、使いこなせるようになった時、サンの扱いが格段にうまくなり、結実することもできるようになるんだって」



「抽象的だなあ」



「まあ、あたしも又聞きなんでね。できる人は感覚で理解できるから、経験者に聞いてみればいいんじゃない」



「ちょ! 姉ちゃん、結実のことは人に直接聞くのははしたないっていうだろ、コイツが間に受けて突撃したらどうすんだ」



「え~、別に変なことじゃないと思うけど。あんたは恥ずかしがり屋なんだから」



「恥ずかしがり屋とかじゃねえよ。常識だろ」



「常識って。裸の女に足揉ませる奴が言うんじゃないの」



「こいつと話していると女って忘れるわ」

 と彼は僕のことを指さす。



「ああ、あんたも思うのね。この子男だって自覚しているそうよ」



「やっぱり。じゃあ別に常識がないわけじゃ無くね」



「精神的に男だからって、問題ないわけないだろ、品を考えろ」



「じゃあ人の結実っていう秘密をずかずか聞きに行くんじゃねえよ。品っていうならどっちもどっちだろ」



「お、自分の行為も品がないってわかってんじゃない」



「すげえ自爆技つかってくんな、ねえちゃん。ブーメランをものともしない。さすが頭の出来が違うな」



「褒めるな褒めるな」



「けなしてんだよ」

 また、やいのやいの口げんかが始まった。キャッチボールが早すぎて、割り込むことは出来ないし、なんだか黙って席を外すこともしにくい。なので、ぼけっと突っ立って彼らの口論を聞いていた。




「まあ、男扱いの方がいいっすけど。服着るかな」



 とぼそっと呟いたけど、特に何も変わらなかった。床に置かれた服を勝手に着始めた。まあユージェは文句言わないだろう。




 服を着たところで、二人がこちらを見ていることに気づいた。



「服借りたよ~」



「ああ、いいわよ。そのために持ってきたし」



「ま、こっちのほうが落ち着くなあ。男だろうが女だろうが、真っ裸の奴が家にいるの不自然だわ。だから姉ちゃんも寝る時は服着てくれ」



「ノーコメントで」



 二人は暇があるとすぐに茶化しだす。止まらないようだ。姉弟は、思うが儘口論を繰り広げ、ひと段落すると、姉が優勢になったのか、お茶のお代わりを弟に要求して、弟は嫌々ながら、コップを三杯もって部屋を出て行った。ちなみに僕もいただいた。紅茶のような風味の少し薄味のものだった。

僕は気になったことを聞いてみることにする。



「あのさ、さっきの続きだけどさ。結実で子供が生まれるのは、どういうことなの。聖樹が片方の親で、もう片方が、誰かってことだけど」



彼と彼女の具体的な片親というのは、彼らは知っているのだろうか、という疑問もあるが、これは口から音を形作る気がしなかった。



「ああ、それはね」とユージェが返す。



「高まった技量のサンを基に開花させ、結実まで至ると、聖樹にその一部が吸収されるらしいんだ。聖樹はアコンの民のサンの結実した結晶を得て、それを文字通り、枝葉の先の実と為すんだ。子供は、聖樹の果実のように生まれてくるんだ」



「え。ってことは今も子供が聖樹に果実としてくっついていたり、するの?」



「あー、もしかして人間が腹の中でずっと成長するみたいに、長いことどこかで成長しているって考えているわけ? アコンの民は人間の何倍も寿命を持つから、長いこと果実のままだとか」



「ああ、ちょっと」



「まあ、大体あってるけど、それを知ることはないよ。赤ん坊として育つのは果実になる前……果実になるのは、生まれる直前の一瞬だけだから。大体は、聖樹の中で育てられる。具体的にどこだかは知らないけど。どっか。そういえば、ユキも聖樹の中に住んでいるんだっけ」



「うん。まあ赤ちゃんとは一緒に暮らしていないけどね」



「ふふ、赤ちゃんがいたら驚くね。あそこって、長老院の民たちが住んでいるんでしょ? 顔合わせた? 長老院の方々って全然人前に現れないからさ。何しているんだか気になるんだよね」



「え、そうなの? 長老院っぽい人全然いないけど。テスェドさんとメルセスさん、他二人くらいしか、中で顔合わせないよ」



「えーそうなの。聖樹の中って普通入れないからさ。腐っても巫女なのね」



「要らない役職なんだけど……。そんな重大なとこだったなんて。やっぱ最初からテスェドさんが巫女狙いで迎え入れたのかー。はめられたー」



 僕はガックシと膝をつく。



「あっはは。まあ普通の奴は出来ない経験よ。どうせ、戦士団にも奥にも属していないよそ者扱いなんだから、この村に寄与する義務もないわよ。巫女の特権だけもらって、それなりにテスェドさんの依頼こなしたら、逃げちゃえばいいのよ」



「そうできればいいなあ。村を出て隣の国に行くとしたら、ユージェはいい案あるかい」



「いい案ねえ。最近はあんまり外出てないからなあ。今は病気もあるし」



「そうだった……。病気を何とかしないと、逃げるに逃げられないか」



 結局、巫女の仕事が何なのかわからなければ、どれくらいテスェドさんの要求にこたえて、いつここから出て行くか、という計画も立てられない。

 僕はこの村から出たら、どこに行くのだろう。そしてこの第二の生は何を目的に生きていくべきだろうか。もともと、前世も壮大な夢があるわけでもなく、のんべんだらりと日々を過ごす大学生に過ぎなかった。僕はやる気もなければ、際立った能力があるわけでもない。好きなものはルートビア。そしてところてんが夢を叶えてくれる、なんて状況になっても特に望むものはなかった。



「そういえばさ、ユキの前世は、親がいる世界だったんでしょう」

 とユージェは尋ねる。



「うん」



「あなたは親からどうやって生まれてきたの?」



「どうやって、って……その出産して?」



 性行為をして、妊娠して、出産して、そんな保健体育的知識が浮かぶ。



「出産?」



「ああ、女性のお腹にいる赤ちゃんが外に出てくることだよ……、両親は大学かどこかで出会って恋愛して、結婚して、時期が来て出産って感じだったかな?」



 別に大した恋愛譚でもなかったと思う。覚えていないということはそういうことだ。



「恋愛か。アコンの民にはそういうのはない。そもそも恋愛ってなんだ? 人間の国に行ったとき噂でよく流れていたけれど。あんまり理解できない。でさ、親ができて、子ができるには恋愛って必要なの」



「さあ」



 どうだろう。僕は恋愛してみたいという気持ちはあったけど、結婚と子供については想像したことが無かった。



「あなたはこの村で結実することと、その……恋愛して結婚して子供を作るって流れ、比べてみてどう思う」



 結実のイメージがわからない。



「どう思うって言われても、結実についてまだそんなに知らないんだけど」



「結実は、村の民が、一定の熟練したサンの結晶をため込んで、十分に大きく結集させて、それを聖樹の根っこにしみこませる。それは数日間かけるんだったかな。あたしはまだやったことないんだけど……で、それが十分に聖樹に染みこんだら、その民は聖樹とのパスに祝福されたような温かみを感じ、聖樹に感謝されているような気がするらしい。そうして長い時が経った頃、子供が実って、高いところから降ってくるんだ」



「降ってくる……?」



「子供のころは、子供は高いところから降ってくる、ってあなたは教わらないの?」



「うん、まあ……? キャベツ畑に落ちているとかなら聞いたことあるかな」



「畑に落ちている。おかしいわね」彼女は笑う。



「木に成るってのも大概だけど」



「そうかな? まあ、あたしたちは、昔子供のころに高いところからアコンの村に降ってきたんだ、って教わるんだ」



「誰に?」



 親がいなければ、子供は教わるも何もないだろう



「先生に」



「へえ、学校があるんだ」



「学校?」



 学問を教わる学校、というのはなさそうな気がするけど、どこに先生はいるんだろう。



「降ってきて、民たちは、ほんとにそれを信じているの?」



「最初はね。実際に結実の様子を見れば、ああ、降ってきたんだ、って実感しながら、降ってくるっていう比喩をみんな理解すると思うんだ」



「へえ……」コウノトリが運んでくる、っていう比喩に近いのかな、と思ったら、実際にどこかに果実として実って、それが地面に落ちてきたりするのかな。僕の頭の中には、聖樹の広がった枝葉に、子供がテルテル坊主のようにぶら下がっている絵が浮かんだ。半ばホラーである。



「うーん。じゃあ、この村で結婚というのは? 子供を作らないなら、そんな関係必要ないのか」



「うん。結婚って言葉は、隣国に遊びに行ったときに、かろうじて聞いたことがあるくらいかな。人間じゃないからね。でも、結婚っていう名前じゃないけど、深い関係性はあるね。名前は無いんだけど、パートナーっていうのかな。ただ付き合う、ってわけじゃなくて、気が済むまで一生一緒にいるって感じ」



「へえ、アコンの民は子孫を残すこととパートナーは関係ないんだよね」



「うん」



「……性的な関係性を結ぶというのは、パートナーの役割に含まれる?」

 言いよどんだのは、下世話な話を女子にする勇気がなかったからだ。この性分は治ることはないだろう。



「無い。というか、性的な関係を結ぶって、何するの?」



「え?……え?」



 僕は耳を疑った。さっきまで子供を作るとか、作らないとかの会話だったのに、そもそも前提の行為について聞いてくるとは……でも、あれ。



「そっか。僕の常識は、出産して生まれるということだけど、ユージェたちはその必要が無いんだ……だから、わからない」



「なにぶつくさ言ってんのよ。わからなくて悪かったわね。でも、あたしは村の中じゃ比較的人間の文化に明るい方よ。それでわからないんだもん、仕方ないじゃない」



「そうだね。僕が悪かったよ……僕の方はアコンの民の結実について何もわからないんだから」

拗ねかけた彼女に、謝りながらなんとか話を続けてもらう。



「で、その関係に成ったらなにすんのよ」



「性的な関係っていうのは、その……僕にとってはすごい恥ずかしいことなんだけど、男と女が、交わることなんだ……正確に言うと、女性がもつ凹部と男の身体についている凸部が組み合わされるというか」



 言葉にして生真面目に説明するのが、恥ずかしすぎて、すごく遠回しなような、直接的なような、あいまいな説明になってしまった。



「ふうん。あたしと……今のあんたにもついている凹部ね……。股のあれかしら」



「うん……その行為が終わると、女性は妊娠して、子供はその穴から出てくるんだ……」



「へえ……すごいわね。私たちの身体に、もう一人大きな民が入るなんて全然想像できない!」



「僕はよくわからないんだけど、出産する女性は死ぬほど痛いらしいんだ。男なら耐えられないくらい」



「それって、命が危ないんじゃない?」



「そう。体力をとても使うし、古い時代は、それで命を落としてしまうことも少なくなかったらしいんだ」



「それは……言葉が見つからないわね。わざわざ人が子供を増やすために、自分の身を危険にさらすなんて。相当覚悟がなくちゃ出来ないでしょう」



「だからこそ、子供に対して愛着がわくって人もいるらしい」



「ふうん。そっか。アコンの民は、子供に対してそんなことを思ったことはないね。でも、村の一員になってくれる、これから育つ奴らだから、かわいがってやろうか、っていう親しみがある程度だ」



 近所の知り合いの子供、親戚の子供みたいな感覚だと思った。



「でも、そう思うと、あたしたちは、全然その、性的な関係を結ぶことは想像も出来ないな。そんな危険のある行為なら、やりたくもならない。なんで人間は好んでやるんだ? 気持ちいいとか満たされる、って噂で聞いたけど、そうなのか?」



「……僕は知らないけど、そうらしい」



「なあんだ、つまんね。知らないのかよ~」



 生き恥を晒すとはこういうことなのか。やめてほしい。童貞なのをそんな純粋にせめたてないでほしい。胸が苦しい。



「なあ、あたしもそういうことをすると気持ちよくなれるのか?」



「ぶっ」



 純粋の好奇心で、とんでもないことを聞いてきやがる。



「ユージェ、そういうことを聞くなよな。男に襲われるようなセリフだ……」



「その辺の男なら、返り討ちにしてやるぜ!」



 まあ、そうなのかもしれないけどさ……。



「本当に、アコンの民は、性的な関係の……性行為をしないんだよな?」



「うん。あたしが聞いている限りではやる奴はいない。そもそも知られていないし」



「でも、もしかしたら、こっそりやっている人がいるかも……」



「そんな楽しいことを見つけたなら、この娯楽の少ない村では、すぐにみんなに広まるよ。そうじゃないんなら、そうじゃないってこと」



「そっか……」



「さっきから気になっていたけど、なんで、そんなに恥ずかしそうに言葉を濁しているんだ?」



「性的な話は、僕たちの故郷では、おおっぴらにしづらい恥ずかしい話だったんだよ。下手にそういう話をすると、嫌がられて、文句を言われるくらい」



 セクハラとかね。



「なんで? 自分たちが生まれてくる行為でしょ。」



「まあ、そうなんだけどさ。裸を見られるのが恥ずかしいのと一緒だよ。というか、弟君は結実について聞くのがはしたない、って言ってなかったっけ」



「結実について聞くのがはしたない、っていうのは、人の能力をずけずけ詮索するな、ってことだとあたしはおもっているけど。だからあんまり関係ないわ。でもまあ、裸を恥ずかしがる民もいないわけじゃないから、そんなもんか。うーん。ここの民が、本当は性行為とかいうことを、パートナーくらい仲良くなった人同士で出来るとしたとしても、そんなに流行らなそうな気がするな。お互いの存在を感じるのは、別に特別なことをする必要がないって知っているからね……。アコンの民は、基本的に性的関係を結ぶ、という欲を持っていないんじゃないかな。人間は恋愛関係になった時に、性的関係性を結ぶんでしょ」



 驚きだ。性欲から解放された生物がこの世にいるなんて。でも、このアコンの民は単為生殖でもない。聖樹という大きな親木に、自らのクローンを接ぎ木しているようなことなのだろうか。



「そうだね。それがうまくいかないから、別れるってこともあるみたい」



「ふうん。別れるきっかけが多くて、おちおち安心できないわね」



「まあ、でもみんなが合わないわけじゃないし」



「まあそうでしょうね」



「あと、パートナーは一生一緒って言ったけど、気が合わなかったら、離婚……別れる、っていうのは出来ないの」



「いや、できるよ。ただ、百年単位で一緒にいた人と別れた人は、次にパートナーになることにハードルが上がって、あんまり別の人とパートナーになって一からやり直すことは少ないって聞いた。なんだか、もう共同生活を一からする気力が起きなくなるらしい」



「へえ。なんだか、さっぱりとした別れなのかな」



「いや、別れる時にはたまに殺し合いのようなこともあるみたい」



「それは、怖いな。サンによる戦い?」



「そうだね。戦士団に所属する者同士の喧嘩なら、特にひどいわね」



「ふーん。もちろん穏やかな別れ方もあるんだよね」



「もちろん」



 離婚のような、パートナーの別れの時は一体二人に何が起こるんだろう。その別れ方が善くても悪くても、次のパートナーを作ることには影響が出ないのだろうか。二度三度とパートナーを変えることが無いというのは、理想的ではあるが、実際にみんなそうといわれるとあまり理解できない。が、百年以上を裕に生きる者らの気の長さを想像するのは難しい。



「ユージェは将来、パートナーを作ってみたいと思うの」



「パートナーを作ること自体にはあこがれはないよ。なんて言うんだろうね。人間は恋愛したいっていうけど。それとは違うんだ。それ自体に憧れは無い。二人の関係が進むうえで、自然と関係がそうなっている。だからその関係性になることが目標っていうのは、無いんだ。あんたは何で恋愛したいと思うの」



「え、っと恋愛したいって言ったっけ」



「恋愛への興味がありそうなそぶりしていたから。親が恋愛で結婚したっていうことをさも当然のような口ぶりで言ってたし。ユキもそういう将来を見据えているのかなって」



「するどいね。そうだね。してみたいとは思う」



「してみたい。か。あたしの身近なところではさっき言った「パートナー」っていう関係だけど。それと比べると理解しがたいわ。恋愛をしてみたいってどういうことなの。誰かを好きになって、一緒にいることが当然。って気持ちならわかるんだけど」



「……さて、どうなんだろうね。僕はその相手を欲しいって思っている」



「いないのに、思っているの」



「うん。いつかそういう相手と出会いたいなあって」



「それって、不毛じゃないの。いつか、なんて。いつかで会えるかどうかなんてものに、願いを掛けて、心の容量を割いている。非効率だわ。やるかやらないか単純にして、生きていく方が楽だろうに」



「そうだね。楽か楽じゃないか、って考えたら、楽じゃないかも。ユージェの言う通り、そもそもないものを、あるはず、なんて思いこむことは」



 はたして、僕は無意味なことを考えているのだろうか。でも恋愛に見る憧れ、興味の感情はごまかせない。



「楽じゃないことを、好んでやっているの。どうして」



「どうしてだろうね。でも、恋愛することで、大人になるというか、恋愛していない状況より、前に進んだ気がするんだ。ほかの人はみんなやっているってことで」



「他の人がみなやっているね。そんなあいまいな基準を追いかけていたら、自分が何をやるか、やらないか、迷ってしまいそうね」



「そうなんだよ。実際迷っている」



 僕も性別で迷っている。僕は恋愛、特に異性と付き合いたいから、それも自分が男として付き合いたいから、男に戻りたいと思っている。それは嘘ではない。しかし、ユージェとの話を聞いて、もし僕自身が目の前のことを受け入れて、恋愛を迷妄として片付け、それにこだわらない場合、僕はこの身体を受け入れることになるのだろうか。



「あたしだったら、ユキと恋愛してみても、いいわよ」



「え……?」



「だって、こうやって出会ってるでしょ。そして別にあたしはユキといることを嫌じゃないと思っている」



「でも、出会って一日もたっていない。それに、僕は女の身体をしている」



「ふーん。そういうことでためらっているんだ。うけるね」



「ユージェは、恋愛するか、しないかで考えたら、してもいいって思ったってこと?」



「そう。単純にね」



「僕は単純には割り切れないよ」



「割り切るか、割り切らないか。まあそこは単純じゃない、ってことくらい、あたしの頭でもわかるわね」



「お、単純な頭なのに」



「誰が単細胞じゃ」



「僕は、男に戻りたいんだ。無理かもしれないけど。そして、恋愛をするなら、女の子と男としての自分で付き合いたいんだ。これはわがままだ」



「ふーん。その願い叶えばいいね」



「うん」



「で、その女の子、って誰なわけ。例えば、あたしと比べてどう違う? どんな子」



「……」



 彼女は、僕の目を見抜くように見つめてくる。



「そうだね、優しくて、思いやりがある子だったら、いいかな」



 僕はユージェと比べて、というのを無視して、答えた。



「ふーん。あいまいね。そんな子、そこらにいくらでも転がっているじゃない。あたしだって、あんたには思いやりを見せていないけれど、弟にとっては思いやりのある優しい姉ちゃんをやれているわよ」



 まあ、彼女は思いやりがあると思うし、弟はそれをきいて嘘だ、と言いそうなセリフではあったけど、確かに彼女が言いたいことはわかった。



「言葉じゃ、どうにでもいえるってこと?」



「だれしも、そんな特徴持ち合わせているってことだよ。みんな言語を使う生物だ。大体、同じようなことを考えるさ。育った境遇と経験で差は出るだろうけどね」



「そうだね」



「結局、誰か、なんて思っているうちは、そんなもの絶対に来やしないと思うんだけどね。ユキが求める人は、すでに近くにいて、すれ違っているかもしれないってね」



「じゃあ、ユージェでもあるかもしれないんだな」



「あー、さっきはいいよっていったけど、やっぱなし。あたしの頭単細胞って言ったやつとパートナーにならないって決めてんだ」



「おい。それこそだれだっていうかもしれないだろ」



「ああ? 何言ってんだ。この世には、あたしのことを賢くてかわいい超すごいねえちゃんって言ってくれる弟だっているんだぞ」



「いやうそだろ」



「いや、言ったね。というかあいつは単細胞とか、馬鹿なことは一切言わないぞ」



「あーそうなんですか」



 あれ、言ってなかったっけ。



「いってたでしょ」



「じゃれ合いは数に入らないわ」



「僕のも冗談なんだけど」



「気に入らないから無し」



 ええ……。まあ人間関係ってそんなもんか。



「じゃあ、弟と付き合うとしたら?」 

 となんとなく聞いてみたら、



「え、人間って姉弟じゃ付き合わないでしょ。パートナーなら弟でもいいけどね」

 と答えられた。弟は、あくまで弟として溺愛しているらしい。パートナーは恋愛とちがうから、いいらしい。というかすでに姉弟としてパートナーみたいな関係なのかもしれない。



「じゃあ、ユージェも、馬鹿なことを言わない人が現れて、恋愛話を持ち掛けられたら、付き合うかもしれないってこと」



「いたら、付き合ってもいいわね。もちろん、その点以外にも、あたしの眼鏡に叶えばだけど」

 でもね、と彼女は付け足す。



「そういうのを、探す、っていうのを、アコンの民はやらないのよ。私たちは別にパートナーがいてもいなくても、いいの。実際、子孫を残すなら、自分の能力を上げて行って、聖樹にささげれば、それでおしまいなんだから。単純なことよ。誰かと出会わなければ、なんてタスクは人生において決められていないわ」



「そうなのか」



 人生におけるタスクか。確かにそうかもしれない。僕たち人間は、世間体もそうだが、生物的には、子孫を残すために、異性を探している。でもどうやらアコンの民は違うらしい。別に生物の仕組みにどちらが正解というものもないだろうけれど、アコンの民の方が、気楽な気がした。人間もわざわざパートナーを作らなければいけない、わけでもないけれど、世代によっては、それを期待されるし、そうでなかったら心配される時代もあっただろう。まだ残っている部分もあるのかもしれない。



 それに対して、重荷を感じていないか。僕は、恋愛に対してあこがれだけで、それを追い求めていた。なにか、男らしさという、世間体を見ていたではないか。でも、それを世間体だ、とこき下ろしてスッキリした気になっても、無意識に相手を探している。根本的な解決になっていない。



「悩んでいる、真剣な表情」



 気づけば、彼女が僕の横に立っている。彼女は僕の頬に鼻がふれそうなくらい近づいていた。



「あなたは、私の目を見ながら悩みを振り返ってみて。それを私に打ち明けてくれる?」



 僕は彼女の言葉に耳が心地良く揺れるのを感じる。悩みを振り返るというが、悩みを考えるほどの緊張感が解けていく気がした。

 彼女の瞳がよく見える位置にあった。その色は黒く澄んでいて、手あかがついた表現だが、吸い込まれるような気がした。



 ああ、ユージェのまつ毛長いな……っ!

 あれ、近くね?



「ちょっ、ちか――」



 現状の状況を、再認識した僕は、思わず彼女を突き飛ばして距離を取った。彼女の顔を近くで見て恥ずかしくなっていた。僕はなぜ彼女のことをじっくり見つめていたのだろう。というかなぜ彼女は僕のことを見つめているのか。やめてほしい。



 グルグルとした思考に焦り、だが、突き飛ばしてから、乱暴なことをして申し訳なくなる。



「ご、ごめん。急に近くにいたから――」



「へぇ」



 彼女は口元を三日月に割った。ニヤッとする。

 何を思ったか彼女は一歩ずつ歩いて近づき、再び僕の近くに立つ。

 僕は再びあたふたし、突き飛ばすこともできず、身をよじる。



「あ、えっと、ユージェさ……ん?」



「ふうん。ああ、こちらこそごめんなさいね。少し気になったことがあったのよ」



「へ、へえ。そっか。それはわかった?」



「ええ、わかったわ。十分に。ありがとう」

 と、彼女は蠱惑な笑みを浮かべて、つんっと僕の頬をつついた。



「あ、ああ。それはよかった?」



「じゃあ、聖樹まで送っていくわ」



 よくわからない雰囲気のまま、特に僕はどぎまぎしながら、その家を出た。



唐突ですけど、化物語って面白いですよね。

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