第18話 新たなつながり。つながりのひろがり。
2/6分はあと1話投稿します。
僕は、右手と左手に、交互に結集を行う。昨日行ったときと変わらない進行。結集する腕を見、力を入れ、脱力し、微調整し、ようやく完成する。この五段階を延々と繰り返す。少しずるして、腕を見ないでやろうとか、力みと脱力する状態の微調整をせずに、一発で完成する感覚を探ろうとか、そういう効率を計ろうとしているけれど、結局集中が切れて、五段階を一々やることになる。
「はあ、疲れた」
僕は、全く進歩しない技術に、精神的に疲れを覚える。まあ、一日二日で出来ることなら、ここの人らが100年かけて成人の儀に挑んだりしない。
僕は川沿いの、石が転がっているところを探す。赤土質で川沿いのほんの一部にしか石ころがある場所は無いのだが、川の中を見ると、苔が生えた岩がいくつかあり、その下に手ごろな石が見える。
僕は腕まくりをして、水中の石を拾った。よし。形がいい。
「ほい」
アンダースローで、水面に45度の角度をつけて投げる。
ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ、じょぼ。
3回跳ねて、水に沈んだ。
難しい。前世で子供のころはもっとできたと思ったけれど。
僕は、また石ころで、とくに丸く薄いものを探して歩く。
見つけたら、川が緩やかな流れで、広い場所をめがけて、アンダースロー。
石切りを繰り返す。回数は3~6回を行ったり来たり。
無心で投げた。
思考は定まらず、彼女のことを思い出しては、顔をしかめて、考えを消す。
テスェドさんが、僕に半ば強制的に巫女をやれと提案した場面を想起する。
それと同時に、戦争の話を聞かせてくれて、でも僕がサンで出来る基本技能という初歩的なことをまだ聞いてないといったとき、気が回らなかったことを恥ずかしそうに謝っていたことを思い出す。どこか抜けている彼の印象だ。
そして、また僕は、メルセスさんが優しく衣類を着せてくれて、この村を自慢げに話していた誇らしそうな顔も浮かんでいた。
僕は、誰の、どの一面を信じていいかわからなくなっていた。
ジャコポにも巫女について聞いてみようと思う。
僕のここでの交友関係など、これ以上広がらない。誰かに頼るのが、間違いだ、という向きがあるかもしれないが、この世界、ひいてはアコンの村の常識を、部外者が一人で考えるより、村のものの意見を聞いた方が早いのは事実なのだ。知らないことは考えられない。言葉として存在しない事柄を考えるのが難しいのと同じで。
拾っては投げ、拾っては投げを繰り返していたら、肩が痛くなってきた。準備運動もせず、投げ始めるからだ、と自分に呆れたが、まあ仕方のないことだと開き直った。
「面白いことをしているね」
誰かの声がした。僕は振り返る。
土手の上に、髪の長い女が立っていた。もちろん褐色で堀がふかい。
「何をしているの」
「水切り」
「みずきり?」
「平たい石を投げて、水面を跳ねさせる遊び」
「へえ」
「君は? 僕って許された人以外、接触すると怒られちゃうらしいんだけど」
テスェドさんとかメルセスさんとか以外。
「大丈夫よ。そんなことよりあたしもやるわ。水切り」
彼女は下りてきて、僕の隣に立つ。彼女は僕と同じくらいの背丈で、僕の腰くらいまで髪の毛を垂らしていた。
「石はこれ」
僕はストックの一つをあげた。
「ふうん。えいや」
彼女は無造作に投げた。上投げで。
ぼちょん。跳ねずに沈む。
「ああ、投げ方があるんだ」
僕が見本にアンダースローする。
ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ、ぱしゃ、ぼちょ。
「へえ」
彼女は言葉少なに理解して、同じ動作で投げた。
ぱしゃ、ぼちょ。
「お、一回跳ねたね」
「うーん。同じにできないわ」
「まあ、コツがあるから。僕もできない方だけど」
「へえ、コツって?」
「水平に対して、45度石を起こした状態で投げる」
「45度?」
「これくらい」
手のスナップを効かせて、地面との角度を見せてあげた。
「へえ。えいや」
彼女は投げた。返した腕に、花の文様の入ったリングが躍った。
ぱしゃ、ぱしゃ。ぱしゃ、ぼちょ。
「わ~」
目を輝かせえて喜んでいた。
彼女はその後何度も石を拾っては投げ、拾っては投げた。
僕は彼女のためにストックをせっせと用意した。
彼女は10回くらい跳ねさせられるようになると、急に、
「あきた。面白かった」
と言って、野球選手が肩の調子を確認するように、肩を回した。
「すごい上達したね」
「あたしだからね」
「君はだれなんだい?」
僕は最初の質問に戻った。
「ユージェよ。あんたはユキね」
「糸田祐樹っていうんだけど」
「長いわ。ユキでいいでしょ」
「いいけど、誰に聞いたの?」
「メルセスさんよ」
「はあ」
少し頭痛がする。
「調子悪いの?」
「ちょっとメルセスさんと喧嘩しちゃって」
「えー、じゃああたしの敵ね。メルセスさんの敵はあたしの敵よ」
「うわ」
彼女はいきなり水を掛けてきた。
「やめろよ」
「じゃあ喧嘩するのを止めなさい」
「喧嘩って言ったけど、そんなわかりやすい感じじゃないんだって」
「わかりやすいとか、難しいとか、知らないわ。やるかやらないかじゃない」
「単純だなあ」
「そうよ。この世は単純な方が楽だから」
「へえ」
「だから、水切りも、単純な遊びで楽しかったわ。教えてくれてありがとう」
「敵に礼をするのかい」
「感謝する相手に敵も味方もないわ。言いたいから言う。単純でしょう」
「そう単純に割り切れないだけど……」
「面白くない男」
「……え? メルセスさん、そんなことも言ってたの」
「あの人は何も言わなかったわ。名前以外ね。話してて口調もしぐさも弟とそっくり。男っぽいじゃない、あなた。それだけよ」
「へえ……」
「会ってみる? 弟と。見た感じユキは友達少ないでしょう」
「……交友関係が少ないのは確かだけど」
メルセスさんとはまた違った感じで僕の壁を越えてくるなあ。
「じゃあ、ついて来なさいよ。こっち。家に招待するわ」
「え、ちょっ」
ユージェは急に僕の腕をつかむと引っ張って、土手を上がっていく。
聖樹の裏側にある、もう一本の若い聖樹。
その周辺を囲む家々に連れてくる。家は木造の高床式だった。屋根は骨格が木材で、その上に乾いて茶色くなった椰子の葉の群れが葺かれている。テスェドさんの話にも出てきたが、季節によって豪雨が降るそうだし、湿気もすごい。地面に床が接しているのより住み心地はいいのだろうなと思った。
民家のある通りにはそれなりにアコンの民がいる。多くが足元まで裾があるタイプの衣類を来ていた。奥の民たちなのだろう。数人ひざ丈の人たちも紛れていた。でもテスェドさんに率いられていた戦士団の民たちと比べるとどこか雰囲気が違う……。
民たちは、僕を見ると、さっと目をそらし、複数人で会話をしている。なにか話題があるようだ。以前村に来てすぐに、こちらを遠巻きに見て、拒絶の雰囲気を出していた時とは、何か異なるものを感じていた。
ユージェは僕をとある一軒家まで連れてきた。階段を上がり、入り口に向かう。
「さ、入って」
「お邪魔します」
僕が入口を潜ると、床に一人の女の子が座っていた。
「ねえちゃんお帰り」
「ただいま。客を連れてきたわ。飲み物用意しなさい」
そういいながら、彼女はサンダルを脱いで脇に揃える。僕もそれに倣って、靴を脱いだ。
「えーいつもおれじゃん。たまにはねえちゃんがやれよ」
「あたしは仕事してるじゃない。あんたが蕾の内は、茶くみはあんたの仕事よ。早く成人の儀が来るといいわね」
「うえー」
「あれ、弟さん?」
嫌々ながらにお茶を汲みに出て行ったのは女の子じゃなかった。彼は線が細く、髪の毛がユージェと同等に長かった。髪型はあまりこだわりがないのか、たぶんユージェが自分と同じように切ってあげているのかもしれなかった。
「そうよ。ユージェ2号。かわいいでしょ」
「おい、弟を勝手に2号扱いすんな」
弟は壁の向こうでおそらくお茶を作りながら文句を言う。
がやがやと騒がしい。
「ほらね、あんたとそっくりでしょ。振る舞いとか。外見はこんなに愛らしいんだけど、しぐさと口調のギャップがいいわね」
あれ、メルセスさんとおんなじ香りがするんですけど……。
「あの、やっぱり帰っていいかな」
「だめよ。あんたには聞きたいことがあるんだから」
「え? 聞きたいこと?」
「ええ、次世代の巫女様の意見を聞こうかなと」
「……その話、もう村中に広まっているのか」
「まあね。テスェドさんが発表したよ、今朝。巫女候補を連れてきたって」
そういった彼女は僕に木台に着くように勧める。僕は彼女の言葉を咀嚼するのに手こずっているうちに、為すがまま座っていた。
そういえば、昨日テスェドさんが僕に巫女を受けろといった後、村に周知するといっていたことをかすかに思い出した。そんなに急いでいるのはどうしてなのか、と文句を言いたくなった。
「どんどん話が進んでいく」
拒否するつもりはなかったけど、早いなと思う。まだ何をするか聞いていないのに。
「巫女になって、権力を得たら、何をするつもり?」
「え、巫女って実際に権力を持つの?」
「そうよ。あんまり聞かされてないのね」
「巫女になれって言われたの、昨日の夜だし。それ以上聞いてないし」
「はあ、テスェドさんも無茶するわね」
「君からも、止めてくれよ。僕は巫女なんて担がれる柄じゃない」
「知ってる? 神輿は軽い方が扱いやすいのよ」
「僕は力がないし、戦う気もないから、担ぎやすいだろうな」
「そうやって他人ごとだと思っていると、痛い目見るわよ。軽い神輿を多くの人が自分の有利な方向に引き入れようとして、引っ張り合いになって、結果としてちぎれてしまうかもしれないわ」
「怖いこと言わないでよ。そんなにモテたくないなあ」
「あなたは見た目だけなら魅力的見る人もいるんだから、形だけの権力も備わったら、誘拐されるわね」
「うっそだー。こんなちんちくりん浚ってもなあ」
「え、だっていまも、すでに浚われているじゃない」
「え?」
聞き間違いかと思って、ユージェの顔を見ると、彼女は笑っていた。
僕は立ち上がろうとして、床から立てないことに気づいた。
「おい、何をした。放せ」
「暴れないでよ。慌てても無駄だって」
彼女は未来でも見ているのだろうか。僕は疲れて、へたり込んでしまった。仰向けに寝転ぶ。
と、着ていた麻布の羽織とキトンのような一枚布で出来たワンピースがはだけて、身動きが取れるようになった。
どうやら、床のとあるスペースに強力な粘着剤が付いており、衣類が固着していたようだった。座ったときに気づけよ、自分。でもゆったりしたワンピース状の服がそれを気づかせなかったらしい。衣類にはその接着剤によってゴミや塵が絡まってしまって、べちゃべちゃで汚い状態だ。思わず服を脱ぎ捨てた。すっぽりとした形状だから脱ぎやすくて、脱ぐことに精神的抵抗をも忘れさせた。
「あら、乱暴なこと」
「これで自由だ。なんで僕を浚うんだ」
「聞きたいことがあったからよ」
「それは何だ」
僕は乱暴にされて、気が立っていた。彼女は床に、正座を崩した形で膝をそろえて座り込んでいる。ゆるんだ態度のままだ。
「答えろ」
「うーん。なんか、思った以上にまじになっちゃったなあ」
「なにを言っているんだ」
「いや、あのね。浚ったって言ったの冗談」
「じゃあ、さっきの拘束はなんだんだよ」
「ああ、あれね……」
と彼女が逡巡していると、
「ねえちゃん、引っ掛かったみたいだね」
茶の入ったコップを三つ器用に持った弟が入ってくる。
「ああ、やっぱりねえちゃんはくっつかないかあ。でもいい感じに引っ掛かってくれたねえ」
彼は話しながら、お茶をローテーブルに置いた。そのあと、ニコニコしながらこちらを見てくる。
「……。おい、こいつのいたずらか。おまえとこいつが共犯で僕を浚ったとかじゃなくて」
「つまりは、そういうことね」
「浚ったのは、冗談なんだな」
「ああ、まあね」
「紛らわしいわ」
だんッと地団太を踏む。
「おーい、お姉さん、なんで全裸なの」
「お前のいたずらのせいだよ」
怒鳴った。いや、疲れてかすれていたかもしれない。
正直あんまりどういう声を出したか覚えていない。
 




