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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
23/65

第17話 嫌い嫌い大嫌い

2/6分は後2話分投稿します。

「おい、起きろ」

 と女性の声がした。



 うっすら目を開けると、メルセスさんがいた。



「今日もやるぞ」



「え、と何を……あ、稽古に付き合ってくれるんだっけ。メルセスさんはやる気なかったんじゃないんですか」



「ん?何の話だ。それよりお前、気配の察知ができるようになるまで、結集の練習にいいことを考えてきたんだ。ちょっと実験台になってくれ」



「ええ、と僕の訓練じゃないんですか? 僕が実験台になっても……」



「言い訳はいいから行くぞ」



「いいわけじゃないんですけど……っ!」



 また彼女にお姫様抱っこをされる。

 ということは。

 彼女は僕を持ち上げると、時間がもったいない、という風に、エレベーターに駆け寄り、ツタに見向きもせず飛んだ。



「あ~~~~~~~~~」

 自分の声をこれほど情けなく感じたことはない。





「言いかけげん慣れろよ。二回目だろう」



「慣れるか! 急に抱えるのやめてくださいよ!」



「え~、抱き心地良いんだけど」



「ヒェ……」



 なんだろうか、急に寒気がして二歩三歩、後ずさりしてしまう。



「まあ、冗談はさておき、今日は結集の練習だ」



 場所はいつもの河原。今は昼を過ぎたころ、日光が地面に熱を伝えきり、一日で一番気温が高くなる時間帯。それでも、風が強いためか、いつもより涼しい日だった。



「あのおっさんから、モンデリゴの話を聞かされたそうじゃないか。良くあの長話に付き合ってたもんだ」



「えと、戦争の話は聞きましたけど」



「戦争で、モンデリゴが披露した遠距離攻撃だ。やつはあれを狙撃っていってたけどな。狙撃はかなり高度な技術を使っているよ」



「あの、話が見えないんですけど、順を追って説明していただけません? 訓練の話じゃなかったんですか。それが狙撃がどうだって」



「だから、訓練の話をしているじゃないか。モンデリゴの得意技、狙撃。あれは、奴が体内で結集を使えないことを苦にして、せめて銃撃できるだけでも、とわずかな結集を、血のにじむような努力で可能にしたんだ」



「英雄モンデリゴとよく話していたんですか」



「英雄ねえ。まあ、やつとはよく話した。なんせ、結集の練習相手になったのは私だ」



「ほお」



 メルセスさんは、過去にモンデリゴの特訓に付き合っていたらしい。英雄の様子がテスェドさん以外の話で聞けると思うと少し興味が出てきた。



「モンデリゴさんの能力はどういう様子だったんですか」



「そうだねえ。奴は、結集に関しては全く才能のない奴だったけど、自分の能力についてはあり得ないほどのポテンシャルを秘めていた。普通結集ってのは、体外より体内の方がうまくやりやすいんだ。そして、遠距離攻撃するために弾丸を創り出す能力も、普通は身体に接する部分でサンを結集させ、それを弾に変えて打ち出す。あいつの空中に弾丸を創り出してそのまま発射するってのがおかしいんだ」



「それは、すごいですね」



 すごいのだろうけど、体内でより体外がむずかしいか……。本当だろうか。



「すごいってもんじゃない。おかしいのよ、やつは。普通に近距離で飛ぶ攻撃を打てても、体内で結集して防御を固められないんじゃ、使い道ないな、とか言い出してな。多くが使う普通の遠距離攻撃能力は、指先に結集したサンを打ち出すのがよくやるやり方なんだけどさ。奴は、肉弾戦は無理だな、って言って、身体に全く触れない空中で結集を練習し始めるわけだ。身体でできるようになってからやれよ、って思ったけどな。それができちまったわけよ」



「へえ……、じゃあ僕も意外な方法で擬態ができるようになるかもしれませんね」



「まあ、希望を持つのはいいけどよ、みんながみんな英雄になれるとは限らないからな」



「そうですね。で、僕は今日は何をするでしょうか」



「とりあえず、英雄の真似してみろ」



「は? みんながみんなできるわけじゃないって?」



「それは一から特訓することが前提の結集の話だろ。ユキはもう能力を開花してんだ。その能力を、体から離れたところでやってみろ。空中とかでな」



「はあ。よっと」



 そうして、僕はメルセスさんの頭上に、アルミ缶を一本降らした。



「ほお、上か」



 彼女は無駄な動作なく半身分、後ろに下がり、僕の出したアルミ缶をつかむ。が、思いのほか力が入ったのか、彼女にとってアルミ缶はやわらかいものだったのだろうか、指がアルミニウムを突き破り、ルートビアの炭酸は落下とキャッチの振動で暴発することになる。



「あ……」



 その声はどちらのものだったろう。僕は自分の息が漏れるのを感じた。もしかするとふたりとも呆けた声を漏らしていたのかもしれない。



 彼女はその場で少し放心していた。もしかすると自分の読みが外れたり、想定外のことが起こったりすることに弱いのかもしれなかった。

 僕は思い切って、ジュースを頭にかぶった彼女に話しかけることにした。



「いやあ、惜しかったですね――うげっ」



 彼女は一瞬で姿を消したかと思うと、僕の顔すれすれまで拳を突き出していた。



「いやあ、あんたのおかげで、私が随分鈍っていることを確認できたよ、ありがとう。ユキ」

 口調がいつもより優しいのに、僕は全くうれしくなかった。彼女は口角が上がっており、満面の笑みだ。ただ、青筋が見えなければい良かったなあと、ひたすらに思う。



「あの、僕も狙ってやったわけじゃないんです……」

「ああ、狙ったなら、私は気づいているからな。狙ったのは私の頭上に降らせたところまでだ、いい度胸じゃないか」



 あ、この人、一度キレたら止まれないタイプか。ちょっと待ってほしい。いたずら心だったんだよ。



「そうね、いたずらで反省しているものね」



「そこまでわかるなら許してくださいよ」



「ふふふ……」



 ちょ、っと。顔面の前で握りこぶしを開かないでください。ただでさえ圧が強いのに、顔をつかまれるように掌で面前を覆われると、とてつもない恐怖なんですけど。

 彼女は掌と笑顔をスッとひっこめて、怒鳴りはしないけれど、力強くこういった。



「身体から離れたところで、開花できるなら最初から言え!」



 できた。いや、まあ。この異世界に飛ばされて、すぐに襲われたと思いこんだ多肉植物の聖草(せいそう)を相手にしたときも、自分の身体から離れたところでポンポンとアルミ缶呼び出してたしな。



「いや、だってこの前、僕のできること言ったら、いじめてきたじゃないですか」



「ああん? 仕返しか、いいぞ、おまえ、私に喧嘩売ったこと、後悔させてやろうじゃねえか」



 彼女の両腕からあからさまに蒸気がたった。



「あ、すみません、ごめんなさい、出来心だったんです。許してくださいなんでもしま――」

 といった僕の顔の横を拳が掠めた。目に見えない速さだった。



「へえ、なんでもするっていったな?」



「――せん」



 しません。



「おい」

 やけに通る、低い声だった。一瞬川のせせらぎが聞こえなくなって、彼女の声しか聞こえなくなったかと思った。



「いや、一回だけならメルセスさんの言うことに従いたいなあ……」



「よし、いいだろう。今日の特訓は特別に最後まで付き合ってやるからな」



「わーい……」


 彼女はべとべとになった服を脱いで川で水を含ませ、顔の汚れを拭い落とすのに使っていた。

 彼女は上に羽織っていた麻布を脱いだせいで、キトンのような一枚布しかなくなり、どこか煽情的な下着姿の印象だ。僕は思わず顔をそむける。



「はあ、ったく。せっかくユキがおっさんからモンデリゴの話を最後まで聞いたってんで、どれだけ奴がとんでもなかったか、体験させようと思ったら、ユキも意味わかんねえ手順でサンを習得しやがって」



「いや、これは習得してたというか……」



 ところてんからのもらい物なんですけど、とは言えなかった。

 僕のつぶやきは聞こえなかったようだ。



「じゃあ、今日も昨日と一緒だ。私の腕の擬態を見抜けるようになるまで見に徹しろ。あるいは、自分で結集の練習でもしてみろ。サンの開花はスムーズなのに、サン自体を操作する技量はまだまだだって聞いてるぞ」



 彼女は僕に背を向けながら、身体を拭っている。

 その情報は誰から聞いたのだろう。ジャコポが話したのか。いやジャコポと一緒にいたところをテスェドさんが見ていたらしいし、そこから伝わったのかな。



「まあ、そうですね。僕は奇跡的に開花だけうまくいっただけの後は素人ですからね」



「普通は、開花が偶然できるなんてのはあり得ないんだけど。なんで結集が苦手なのに、開花は楽にできるんだよ。意識的なものか?」



「結集はちょっとずつ練習しているんですけどね」



「数日の練習じゃ話にならんよ。一日中やったって一年以上かけないと」



 アコンの民は気が長いものだ。



「僕の場合すぐ枯れて、一日も練習できないんですけど」



「お前は、そっか、まだテスェドのやつに腕輪をもらってなかったな」



「まだですね」



「そういや戦争の話を聞かされた時、その腕輪がどうしてできたのかも聞かされたか?」



「いえ、それに関しては」



「はー、あいつ自分がドジ踏んでモンデリゴに助けられたところはあんまり蒸し返されたくなかったのかねえ」



「えーっと、どういう意味ですか?」



「ああ、この腕輪についての話な。テスェドの奴、モンデリゴに助けられたあと、枯渇してモンデリゴの手当てができなかったことをひどく悔やんでたんだ。そのあたりから、何か一人孤立して能力をいじくってたと思ったら、この腕輪をみんなにつけてほしい、って言い始めたんだ。最初はけったいな洒落道具かと思ってたけど、あいつが真剣にみんなに付けろというから、みんな根負けしてつけ始めたわけさ」



 メルセスさんは一息ついて、僕の反応を窺った。



「はあ」



「つけ始めたらさ、これが案外人気になってな。この腕輪にはサンの貯蓄機能がついてたんだ。え、それは聞いたって? ならわかるだろ。テスェドは自分の失敗を反省してこれを生み出したらしいってことさ。馬鹿真面目なんだよ」



「頑張り屋ですね」



「ものはいいようだ。これを創り出した時は、戦士団の仲間に感謝されたみたいだけど、ちょっと経ってもまだグジグジしてたことがあった時は、さすがに根に持ちすぎだ、ってからわかれてたなあ」



 彼女は馬鹿にするようなセリフだったけど、言葉に温かみがあった。



「じゃあ、その腕輪がもらえたら、その腕輪にサンを込めて、練習量を増やしますよ」



「腕輪に結集させるのも、それなりに技量が問われるからな。まあないものを言ってもしょうがない。気にすんな気にすんな」



「はい、そうですね」



「でも、まあ話は戻るけど、結集がお粗末だよなあお前。開花の時見たくさっとやってくれりゃあいいのに。そうすれば指導も楽になる。ったく開花ばかりスムーズにやりやがって。特異なのはやっぱり巫女だからかねえ」



「遠慮なくつっこんできますね」



「巫女のことか」



「……はい。正直嫌なんですけど」



「まあ、そうだろうな。さっきテスェドに聞いたら、歴史の長話を聞いてた時に、巫女のことは一切触れようとしなかったらしいじゃないか。どうしてだ」



 メルセスさんは、脇に麻布を抱えて、振り返る。僕を見つめているらしい。



「どうもこうもないですよ。ただ、巫女をやれって話が現実じゃなかったらいいなあ、って思って後回しにしてたら、話の流れから触れる機会がなかっただけです」



「普通は、ふざけんなって文句言いそうなもんなのに。私なら、ついて三日の村で村長やってくれとか言われても、無理って言って無視してどっか行くけどね」



「無視も、勝手にどこかに旅立つのも、僕に力があればやってましたよ」



「力ねえ。やる気の間違いじゃないの」



「……なんですか。僕を責めたいんですか。そもそもやれって言われて、何をやるかすら聞いてないんですけど。僕も三千年くらい村にいつかないといけないんですか」



「はあ……。テスェドのやつ。いざって時に照れて、肝心なことを言わねえ」



「何がですか」



「はっきり言っとくと、私はユキの事を責めたいわけじゃないよ。責められるべきは私やテスェドさ。普通、村に来てすぐの奴にこういう大役を頼むべきじゃあないことは重々承知さ。むしろこの仕組みをどうにかしたいのさ」



「仕組みをどうにかしたい?」



「テスェドはさ、今の長老院の、伝統的な方針を変えようとしている。お前も聞いたろ。アコンの民は、聖樹を守るために喜んで身を捧げるって。そしてお前のように、生まれてきてすぐの者に責任のある役を押し付ける」



 ったく、生えてくるとか、巫女の継承権とか、あいつはどこでそんな情報知ったんだよ……と愚痴っていた。

 メルセスさんもやはり巫女について詳しくは知らないのだろう。



「メルセスさんは巫女について昔から知っていたんですか」



「いや、初耳だよ。さっきテスェドに聞かされた。知ってたら、ユキと一緒に水浴びした時に、男が巫女とかwwwwwってバカにしてるって」



「おい。いま普通に馬鹿にしてんだろ。僕でもわかるぞ」



「ぶははは。巫女に向いてねえ。もっと優雅なふるまいしてみろよ」



「ぐぬぬぬぬ」



 それは自分でもわかっている。巫女っていう属性が付くような人生を歩んできたつもりはない。



「結局のところ、テスェドの言葉は、嘘だろって思ったけどな。聖樹とユキのパスの太さを見るに、巫女でなくとも何かしら聖樹にとって重要な役割を、ユキは背負わされている」



「あ~ちょっと根拠出ちゃったよ~」



 僕は独り言のように呟いた。



「どうだ、あきらめがつくか」



「あきらめも何も、認めるしかないじゃないですか」



「逃げることだってできるぞ」



「僕がこの世界の土地勘もツテもないこと知っているでしょ」



「でも飲み物はいつでも出せるじゃないか」



「そうですね。のどを潤すしかない能力ですよ。こんなんで、一体何を巫女として果たせるのか」



「巫女としてやることはそう多くないらしいけどな」



「知らないんでしょ」



「ああ、知らない」



「もっと詳しく、前もって相談してくださいよ。僕が生えてくる前に」



「それは無理な相談だ。生まれ変わる前のお前がどこにいたのか知らないしな」



「冗談ですよ」



「ああ、知ってる」



「つまらないですよ」



「そうか」



「……嘘であってほしかった」



 僕は乾いた笑いが出るほどに、イラついていたのかもしれない。後で思えば、この言葉を吐露するの

は、気持ちを隠せるだけの余裕を失っていた証拠だった。



「私は嘘はつかないよ」



「そうですね。メルセスさんは人の感情が読めるくせして、それを逆手にとって信じやすい嘘とか、ずけずけと人の心に立ち入るようなこと言いませんもんね」



「……」



 強い旋風が起き渇いた赤土が舞う。風の音に彼女の声はかき消され、僕は何を返事すべきか一瞬分からなくなった。



「あ……、すみません。僕の方が言い過ぎました」



 僕は愚かだ。彼女が言葉にしない、しなくてもいいことまで口に出す。たまに他人にやってしまう。ずけずけと踏み込むのは僕の方だ。自分の嫌なことを、自分は時々忘れてやらかす。

 ああ、彼女に言ってしまった。彼女がどう思っているかはわからない。でも、気にしているならば、指摘されたくないことだろう。僕は思ったことを自制する余裕がなかった。僕の心はささくれ立っている。ヤなことが砂嵐のように僕を取り囲み、風と土に殴られ、瑞々しい心を削っていってしまったようだ。気持ちはざらついて、想いはかさかさだ。他人に配る思いの柔軟性もない。水気を失って、のどがカラカラになっている。



「いや、いいさ。君は充分に傷ついた。反省している。私を心配しているんだな。優しい子だ。自傷するのは悪い癖だけど、ユキの美徳ではある」



 僕は赤面した。僕が踏み込んだのと同じくらい、彼女は僕の心に立ち入った。それは、僕にとって救いであり、その痛みは恵みの雨だった。彼女は僕が反省という無間地獄から救い上げるためのクモの糸を、たらしてくれたのだ。



「ふふ。私から、君へのお願いだ。さっき君は一回くらいなんでも言うことを聞いてくれるといっただろう」



 しかし、救いのクモの糸が引き上げる先が、常に極楽で、地獄よりも良いとは限らない。

 彼女のセリフは止まらない。僕はその言葉を聞きたくないと思った。



「はい」

 それでも頷くしかないのだ。



「テスェドを助けてやってくれ」



「……はい」



 その時、感情は反転した。彼女が垂らしてくれたクモの糸は、やはりというか、僕を絡めとるものだったからだ。



 彼女の言動は欺瞞に満ちている。彼女の見せる優し気なほほえみは、どこか無理があって、僕じゃないどこか遠くを見ようとする笑みだと感じた。



 その様子を、偽善だと思った。僕は思いこんでしまったのだ。

なぜ、あなたは、自分を卑下してまで彼のために動くのか。そして僕を心配する風であって、どこか僕を見ていない。そして彼女自身のことも顧みない。

 彼女が感情の色を見る能力とその観察眼をもっているという前提で僕は考えるならば、わざわざ僕が納得しかけているところで、念を押すように、巫女を受けろという必要はないではないか。それも、テスェドを助けろ、だ。なんなんだ。僕にとっての彼の印象を損なわせないようにしたのは、なぜだ。彼女自身が余計なことを言う、という振る舞いをしてまで僕のテスェドさんへの情を食いつないでおきたかったのは、なぜだ。



彼女の顔をちらりと見やる。



「……」



 彼女はひどく怯えた顔をしていた。どうしてだ。僕が怯えた顔をしているから、彼女も同じような表情を無意識でしているのか。それとも、僕が怒りに滲んだ表情をしているから、彼女は怯えているのか。僕は自分の表情が今他者からどう見えるのかわからない。わからないけれど、不快感が沸き上がってきているのは確かだった。

 正直、彼女の表情も、態度も、見ていて辛かった。なぜそんな表情をするのか。それは僕にテスェドさんを助けることを、受け入れてもらいたい、その期待と不安感からか、それとも、僕が彼女に否定的な感情を抱いていることが筒抜けでそれが嫌だからなのか。いや後者はないな。ただ僕が彼女に不快感を覚えること程度で、彼女は僕に怯えなどしないだろう。そんな性格じゃないはずだ。

 


 では、もし僕の前者の予想が正しいなら、僕が彼女に抱く感情は、同情だ。それでいて、嫌悪感だ。彼女はテスェドさんのために、彼に知らせずに行為をする。人のために、人にわからないように献身することは、一見素晴らしいことだ。でもその素晴らしさは、献身を受ける人が、それを見抜き、献身を受け入れる準備があることで成立するのだ。双方に気持ちのすれ違いがあれば、もう、それは押し付けになるか、あるいはただ無駄な気遣いをするかわいそうな人だ。伝わらない思いは、自己満足にすぎない。自己満足で満足なら、それでいい。そこに突っかかるのは僕の幼さゆえだ。


 

 以上の言葉を映す僕の心は、やはり彼女に見られている。ああ、僕が彼女に不快感を持ったことを彼女は充分に察していることだろう。僕はもう、彼女の顔を見れず、下を向いた。彼女はどんな顔をしているだろう。でも、見たくない。これは彼女と対立するのが怖いということもある、けれど、それ以上に彼女を見れば見るほどに、僕の不快感は増すと思うからだ。なぜ僕が彼女をいじめているような構図にならなければいけないんだ。力関係ならばいじめられるのは僕の方だ。加害者の自覚など持たせるな。

 


 繰り返し言おう。僕は彼女の顔をもう見たくなかった。だから、ここで彼女と別れて自主練習をすることにする。一人練習をしますと告げたら、彼女は何も言わず、聖樹の裏側の家々の方に帰っていった。

 これ以上メルセスさんと一緒にいたら、彼女のことを嫌ってしまう。彼女はずるい。僕が考えすぎることまで、すでに見抜いている。当然だ。ぐちゃぐちゃな心情を彼女は色で見ているのだから。キャンバスに塗られた雑多な色は、すべて混ざると黒くなる。僕の心情は陰鬱で、苦々しい灰色。

 


 何がそこまで嫌なのかといえば、僕が巫女役を受けるということは、時間の問題だったはずなのに、僕が巫女役を受ける心持を、彼女は人工的に弄ったことだ。たとえ僕がそのおかげで前向きになろうとも、テスェドさんへの不満や巫女役への後ろ向きな感情を封じ込める彼女の意図は気に食わないと思った。僕の感情は僕のためにある。

 


 僕は彼女のことを誤解していた。彼女は心を読めるからこそ、一線を引いてプライバシーを尊重して僕に接してくれるのだと思っていた。しかし違うんだ。彼女は人のパーソナルな部分にあからさまに踏み込まないけれど、その外側から感情を揺らして、少しずつ他人の感情に人工的な影響を加えていくんだ。そうして僕が巫女役を受け入れることに、テスェドさんへの同情心を介在させることを仕向けるように、人の気持ちを陰からコントロールしようとしている。彼女はずっと僕との距離感を計っていた。計るということはもう、彼女の中では無意識となってしまった行為だったのだろう。人の心を読めるから、どう動けば他人と衝突せずに関係を築けるかということや、他人の感情の推移を予測するなんて、答えの知っているテストみたいでやりやすいだろう。

 


 僕は彼女のことを嫌いになりそうだけれども、彼女のことをかわいそうに思い、同情した。彼女は他人の感情を動かすことを可能とするだろうが、彼女自身が他人に心を許すことはあるのだろうか。

 もし、僕の子の推測が正しければ、彼女は他人と心地よい関係性を築くことにおいては、絶望的だ。テスェドさんにも、頼って心を開くことは出来ないだろう。




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