第16話 ☆
2/5分はこれまで。
「テストおわったー」
「ガチで終わったわ」
「やばいやつね」
「やばいなんてもんじゃないね。単位がやばい」
「やばいんじゃない」
「まあやばい」
頭がやばいな。
よくある定期試験が終わった。前期の終わり。夏休みの始まり。
ゼミに配属されたことで、発表の準備も重なり、中間試験など危うい橋を渡ったのも、数週間前の良い思い出だ。彼女とはゼミは異なっていた。授業日も結構食い違っている。それでも、コンビニはもちろん、授業終わりやバイト終わりなどに時間をとって集まっていた。
「休みはどうする?」
「どうって……」
僕はなやむ。いつも休みは何をしていただろう。
「海は行きたくない。塩辛いから」
「泳げないのね」
「泳げるよ。泳げるけど、口に入ったときしょっぱいし、喉乾くのが嫌なんだよ、海」
「うまく飲まないように泳ぎなさいよ」
「それができたら嫌だなんて言い出さないよ」
「じゃあ泳げない方じゃない」
「泳いでるじゃん。口に塩水が入っちゃうだけで」
「泳いでいるところ見たことないから知らないし。泳げないんでしょ」
「なにおう。じゃあ海行って証明してやるよ。泳げるってとこを」
「ふーん。じゃあ来週海ね。レンタカーと水着準備しておいて。レジャーシートとか場所の候補挙げとくから」
「わかった……っていかないからな!」
結局、行った、海。
まあ、海に行ったことは、確かに楽しかったんだけれど。
僕はすこし、面倒な気分になっていた。
簡単に言えば、人に合わせるのが面倒になった。
なぜだろう。楽しいから何かをするし、わくわくするからそれについての計画を立てる。僕らはそうして、余暇を楽しむはずだ。でも、僕はすこし自分が楽しむため、というより、誰かの機嫌を損ねないように、行動をし始めている気がした。
事実、僕がその不満をうっすらと自覚し始めたその夏、じわじわと行動面に現れ始めた。
「ねえ、line未読無視するのやめてくれる?」
「あーごめん、課題が忙しくて」
「いま夏休みで課題なんてないだろ」
「あれ? そうだっけ」
連絡がおろそかになり、彼女の声が刺々しくなる。
またある時は、
「ねえ、今日は何食べよっか」
「なんでもいいかなあ」
「ずっと漫画読んでんじゃん、こっち向いてよ」
「いまいいところー」
「じゃあ勝手に決めちゃうよ。いつも嫌だって言っていたタイ料理屋さんに行ってもいいのね」
「いいんじゃない?」
そういって、連れていかれたタイ料理屋さんで、彼女はパクチーのたくさんのった紫色の下ライスと鶏肉のナニカを食べていたけれど、僕はにおいにつられて知らず知らず顔をしかめて白米にまだ近い、味のついてないタイプのタイ米を食べた。
「ねえ、文句があるなら言ってくれない? おいしかったならおいしいとか、まずいならまずいってさあ」
「あんまり、好きじゃなかったなあ」
「……はあ、私が好きで行ったんだし、祐樹が反対しなかったんだから。盛り下がること言わないでもらえる?」
「いや、なんか言ってって言ったじゃん」
「本気で言ってる?」
彼女はその一言をいったきり、僕の顔を一切見ずに歩き出してしまった。そのまま彼女は家に帰った。僕は、何気なくほっと息をついて、家のベッドに寝転ぶ。鼻に抜けるパクチーの香りが脳裏にこびりついて、神経がイライラした。
またある時は、
「ねえ、ちょっと電話していい?」
とlineが来たのに対して、
「ごめん、バイト中」
という返信を夏休みの後半の3週間くらい繰り返した。もちろん電話以外でも会うには合うし、その時にも盛り上がりはしないけれど、それなりに対応していた。
でも、ある時、
「ねえ、電話嫌いなの? 私に時間を使うのがいやなの?」
と唐突なタイミングでメッセが来て、僕は未読で半日くらいスルーした。彼女は送信を取り消した。
そのメッセから、彼女と三日間くらい会うことが無かった。いつもは二日に一度はどこかしらで顔を合わせていたけれど、それを機に、べったりという表現が僕たちの関係から消えた。




