第16話 質問の答えをようやく聞ける。二本目の聖樹のこと。
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「あの時のことを思うと、未だに腹立たしいよ。自分の未熟さに」
テスェドさんは回想して、悲痛さに声を震わせる。
僕は彼の言葉尻から一連の話が一息ついたと知り、声を出すことを許されたような感覚に陥る。のどが少し乾いていた。
彼は、木台に肘をつけた腕を見下ろしていた。
「ところでモンデリゴの持つ能力は結局どういったものだったんですか。遠距離攻撃だということはわかったんですが」
「ああ、彼の能力は、彼自身がひた隠しにしていたから判然とはしないが、推測は出来る。サンを固形化し、射出する能力だ」
「サンって固形化できるんですか」
僕は思わず声に出して疑問を問うた。
「ああ、というか、ユキもしているじゃあないか」
「は、はあ? ……あ、アルミ缶か」
「あるみかんというのはしらないけれど、飲み物とその容器だ。君はサンをそのまま変質させて、それらを創り出している。君のは飲める液体と、液体を覆う特殊な加工がされた金属だ。そう思えば、小さな弾一つや二つ、簡単なものだと思わないかな。まあ、モンデリゴの創った弾丸がどのような構造をしていたかはわからないがね」
「そうですね」
その通りだ。物体の大きさでいえば、よほど小さくて済むから、材料としての消費量は減るんではないだろうか。ただ、弾丸の中身に細かな細工があれば燃費も悪くはなるだろうが。
「付け加えて言えば、固形化とか物質化とか私たちが呼んでいる能力は開花でしかできない。開花が何かを物質化する能力でない場合は、その民は固形化を一生味わうことは出来ないんだ。サンを結集させて、何かを形作るということは出来るけどね。これはサンを押し固めただけで固形の物質を生み出してはいない」
ほら、といって、彼は弾丸に似せたサンの集合体を空中に浮かべた。僕にもそれが察知できるようにわかりやすく煙が浮かんで見えていた。
「じゃあ、モンデリゴの能力って外れでは……」
「まあ、そうとも言えないんだよね、これが。簡単に言うと、私が作る時は、サンを体外に生み出す、それを維持させる、形を作る、そして発射するための方向と速さを意識する……と行程作業がいくつか入るけど……」
「彼は開花をするという1工程で終わる」
僕は自分の開花が何の意識もせずにできることを思い出していた。
「そうだ。話を戻そう。彼の能力は、弾丸の中身がどのようなものか、を度外視すれば、シンプルな能力だよ。空気中に、サンを結集させて、弾丸を作り上げ、それを狙ったところに、発射する、というもの。こういった力は別段珍しくない。現に、今の村に何人か同じ能力を開花させるものがいるだろう。それにさっきも言った通り専用の開花をしてなくても、結集の応用で出来る現象だ。
発射する速度というのは、能力を扱う者の技量による。球を飛ばす構造は、大砲の構造と同じく、筒状のサンを構築して、内部でサンを火薬のように爆発させ、弾丸にしたサンを飛ばす構造やパチンコのように、弾状のサンをサンで作った伸縮性の有る物体、あるいはサンを使わずゴム製のひもで手動で飛ばす方法、など、扱う者によってさまざまな工夫がある。大砲を再現するのは、威力が高い反面、サンを大きく消費したり連発が難しい、一方パチンコの構造は、消費が少ないが威力が低い、とかね」
「は、はあ」
後半は早口で解説され、いまいち飲み込めなかった。まあ、弾丸を飛ばす開花を持つ者も一様には説明できず、サンを弾にして飛ばすのにいろいろな工夫があるんだとはわかったが。開花として、意識をせず能力を扱うことが出来ようとも、意識しない部分の工程もまた人それぞれ変わるということだろう。
「では、モンデリゴはどうして、珍しくもない力で英雄になるほどにまで強くなれたんですか」
「ふむ。それは彼の能力的な欠陥にあると私は考えている」
「能力的な、欠陥?」
「彼は、結集を苦手としていた」
「え、でも、弾丸を創るのに、結集を使うんじゃなかったんですか?」
「それは、そうなんだけどね。彼が苦手なのは自身の身体への結集だよ」
「身体に結集するのは苦手だけど、弾は創れたってことですか」
「そうだね。もしかすると、弾を創り出すのにも、最初は苦労していたかもしれない。まあ本人が寡黙だったから、全然詳細は私には伝わってこなかったのだけれどね。でも、私は、彼が身体をサンで固めて、身を守っていたところを見たことが無い」
「え、とサンって、身体に結集させると身を守れるんですか」
「おや、まだサンの三つの初歩技能について聞いてなかったかい」
「はい」
「おかしいな、メルセスが擬態まで稽古したって言ったのだが」
稽古してもらったけど、結集の感覚を自分で発見して、擬態は見て盗め、ってノリで全然知識面で教わってないよ。あの人適当すぎだろ。
「あの、教えていただいていいですか」
「まあ、そうか。一から教えるのは私の役目、彼女は助っ人だもんね。そうかそうか。君にはまだ基本技能の効果を具体的に話していなかった。昔話を優先しすぎていたようだ。ごめんね」
彼は視線を横にずらし、ばつが悪そうな表情を見せた。興に乗って語り過ぎて、基本的な説明を怠ったことに気づかなかったことを反省しているらしい。すこしかわいらしいと思った。
彼は一つ謝ると、一息ついてからサンの技術について解説を重ねた。
「サンによる技能で私たち民たちが共通して使えるものは、サンを結集させること、気配の察知、擬態、の三つしかない。この基本技能の三つ、このうち、結集は身体の一部か全体にサンをまとって、肉体の脆弱性を補う効果を持っている。察知は、サンの流れをサンを使い感知することで、敵の動きを把握する。擬態は、サンの動きを、技術によって目立たせ無くし、敵の感覚の盲点を可能な限り突くことで気配を消す。以上が簡単な説明だ。特に結集について詳しく言えば、結集することで、力が増すわけではない。頑丈さが増すだけだ」
彼は僕に向かって腕を伸ばしひとさし指突き出す。そこにはわかりやすく白い靄が立ち上っていた。
僕は何気なく指に触れ、彼が折ってみろ、というから、戦々恐々としながら、指を関節と逆方向に曲げようとして、全く動かないことを知る。
テスェドさんは、軽快な動きと口調で、老いを感じさせないが、姿形は白髪交じりのおじいさんである。地球の高齢者なら、わざわざつかまなくとも、転んで折れてしまいそうな、ほどの年嵩であった。しかし、その指は頑健そのもの。僕はコンクリートの塊をつかんでいるかのような感覚を覚えた。軽さと頑丈さを兼ね備えていた。
「筋力が上がることはない。私が君を軽々と持ち上げられるという機能は結集によって得られはしないよ。でもこれほどの防御力を持っていれば、人間の攻撃など、よほど良いものを食らわなければ耐えられる。たとえ戦争で疲弊していてもだ」
それなのに、モンデリゴは、人間との一騎打ちに敗れた。
それは、彼の技能的欠陥を表すものではなかったのだろうか。
「では、彼はこの村においてはひどくもろい存在だったと」
「そうだね、だから、おそらく彼と肉弾戦の練習でもしたら、子供でさえ彼に勝つことは難しくないだろうね」
「でも、彼は戦いでは英雄だと」
「そうだ。それが、なぜだか、君には想像がつくかい」
テスェドさんは、お茶目にウインクして、僕に考える余地を与えた。
しかし、僕は全然確信の得られる答えには至らなかった。
「ええと、彼は成人の儀では隠れていたので、何か隠れる特殊な技を発明したとか」
「うん、発明していたらそれはすごいことだね。でもそうなると彼は英雄というより発明者として名を刻んでいただろう」
「う、それは、確かに」
僕は眉間にしわを寄せた。
「でも、考え方の方向性はほぼあっている。まあ成人の儀のエピソードを聞いていれば隠れることに特化しているのは、察しやすいだろう」
テスェドさんはそう言って、僕が理解するのに追い付いているかを心配したのか、こちらを見やってから、続けた。
「彼が得意としていた擬態は、身体に結集をまとえなかったからこそ、高まった技能だと私は考えているんだよ。彼は、身体に結集させるという基本技能を、周囲ができるから頑張ろう、という発想をあっさり捨てた。できないことは出来ないと考えたのかもしれないね。能力に必要な、身体外での、弾丸という最小限の大きさと強度だけを結集させる技術さえ得たら、もうそれ以上は、結集という技術の向上をする発想はポイ、だ」
彼は掌を左右に振って、ばいばいというような動作を示した。
「潔いですね」
「そう、普通はなかなかまねできないよね。人より劣っていて、それがみんなできる、って能力ならなおさらね」
「そう、ですね」
ぼくは、自分ならどうだろうと、考えた。僕が大事だと思うもので、未だ僕ができないと思っている物。これから努力して身につけなければいけない、と信じ込んでいるものを、
自分には必要ないものだ、と切り捨てることはできるだろうか、と。
悩む僕をテスェドさんは見やり、少し間をおいてから話を続ける。
「彼は、彼自身がどうすれば戦闘で生き延び、敵を倒せるか明確なビジョンがあったのだろう。彼はそのビジョンに沿って、必要な能力を育てた。それが隠れたところからの狙撃につながる。私は、彼の擬態を本当に巧みだと感じていた。というのも、おそらく民が無自覚の内に自然と結集し、身を固めているサンの薄皮一枚ですら、彼は常にまとっておらず、それが私にとっては彼を無存在そのものに近づけるのを手助けしていたのだろうと思う。
ふつうサンを持つものは、何らかの力みや発散する流れを漏らしている物なんだ。それは、サンを持たない人間も似ている。彼らは気配に鈍感だ。サンを持つ我々からしたら、サンが無くとも読みやすいことこの上ない。
でも、モンデリゴには、サンが結集することが無いと感じていたし、力みも漏れもなかった。自然体で流動的すぎた。もしかしたら、結集できないからこそ、わざと身の表面に帯びるサンですら、すべて体外で弾丸の材料にするか、材料にしない時はもったいないことにならないように、厳重に体内にしまっておくことを訓練していたのかもしれない。結局、結集がへただったからこそ、反対に擬態への執着とその練度が上がり、戦士団の誰にも見抜けないほどの精度になっていたのかもしれないと、私は考えている」
「そうなんですか」
僕は、彼の能力の使い方を考え付いた彼の思考回路に興味を持っていた。もし、彼が日にジュース五本しか出せない能力だったら、どう扱い、敵に勝つ算段を得ようとしていただろうか、と。
もしかすると、戦いをあきらめて戦わないことも視野に入れているかもしれないな、と僕は苦笑が漏れていた。
「どうしたんだい? 急に吹き出して」
その態度にテスェドさんは不思議がったらしい。
「いえ、ありきたりなもので英雄に成り上がる彼でも、ジュースを出すことしか能のない僕の能力をもっていたら、戦うことをあきらめていたかもしれないなと思いました」
「君は、それほどまでに、自分の能力を過小評価しているのかな」
テスェドさんは、意外なことに、茶化しもせず、真剣な目で見てきた。
「いえ、過小評価しているつもりはないんですけど、僕の能力をもっていたとしたら、戦いだけがすべてではない、と考えて、何か別の道を探していたかもしれないなあ、と思いまして」
「ふむ。たしかに、彼なら、わざわざ戦うことに固執することすらしないかもしれないね」
テスェドさんは顎を撫でながら、うなづいた。
「そういえば、戦争はその後、どうなったんですか。アコンの村がどう復興していったのかも気になりますし」
「うん。モンデリゴが、私を助け、私が彼を背負い村の医者の家にまで行ったところまでは話したね。そこで彼が息を引き取ったことを確認し、私は、意気消沈していた。本来はメルセスや戦士団長のところに加勢に行くべきだったんだろうけど、身体がいうことを聞かなくて、医者の家の内外で死傷者が横になっている脇で、地面に座り込んでいた。今考えると、聖樹がサンを放出しメルセスや戦士団長を強化したから、サンが枯れた私が行ったところで足手まといになっただけだろうなとは思う」
「メルセスさんたちは、すぐに帰ってきたんですか?」
「すぐってわけではなかったな。朝日が昇るころには、帰ってきたと思う。彼らは一夜通しで戦ったのに、気力が十分だという感じだった。一万の敵は、すべて倒したんじゃなくて、本命の村を襲う者たちの敗北と、陽動の大隊の指揮官を倒されたと敵方が悟ったときに、降伏の意思を伝えて来てね。サンの強化によって普段の数倍の勢いで殲滅してはいたんだけど、半分弱の2000名は残っていたかな。敵は頭を失い混乱し、少しで勇気のある者らが降参を申し出たという流れに、他の戦意を喪失した大部分が従ったようだった。2000人もいたら暴れだしそうなものだけどね。森の中の無数の生物や大きな聖草に囲まれていることも恐怖の原因だったのかもね。本来数日はかかるだろう殲滅戦が、一夜で終わってしまったんだ」
もちろん、逃げだしたものもいる、とテスェドはいうが、そういうのは全て遠距離からの攻撃で殺してしまったらしい。
「敵はたくさん残っているでしょうに、それだけ陽動作戦に自信をもって攻めて来ていたんですね」
「だろうね。実際アコンの村もかつてないほど疲弊した」
「残った敵の処遇はどうされたんですか」
「アコンの村の結界が壊され、村の位置を把握されてしまったからね、すぐには帰せないよ。ああ、殺しはしないさ。殺して、敵の愚かな王に警告してやるのもいいかと思ったんだけど、長老院はそう決定しなかった。捕虜の処遇は長老院が最終的な判断を下すことになっているよ。戦士団の管轄は戦争中の行いに限る。これが戦争が終わっておらず、一時的な捕虜の処遇を決める場合ならば戦士団にその権利が任せられるんだけど、戦争は敵の降伏で終わってしまったからね。で、長老院は殺しはせず、村で管理して生かすこともしなかった。敵の記憶を奪い、噂に尾ひれをつけたものを信じ込ませて、返した」
「え、記憶を消す能力もあるんですか」
「あったね。今はもうそれを操る人はいないんだけど、当時の長老院のトップがそれを持っていてね。もちろん一人じゃサンが足りないから、奥の中に他者のサンを他者に移し替えるという能力をもった者のサポートを得て長老院のトップが五千人、つらそうにこなしていたよ」
と彼はなぜかいたずらが成功した子供みたいな笑い方で話した。
「幸い、メルセスたちのサンは戦争終了時でもあふれんばかりだったからね。戦争で負傷したものを除き、殲滅戦に参加していたあふれるサンの持ち主約160名分を補給しながら、長老院のトップが枯れては芽吹き、枯れては芽吹きを繰り返して記憶を消していった。一度に5~10人纏めて能力をかけ、記憶の消去と改ざんをしていく。全員が終わるのには、一日ぶっ通しだったんだ。彼はあまりよそ者を中に入れておきたくなかったのか、休まず最後までやり遂げていたよ」
何だろう、テスェドさんはそのトップの人に恨みでもあったのだろうか。口調が軽かった。
「敵が帰国した後に流れた噂は、『森にうかつに入れば、たとえ大国だろうが、一万の軍勢だろうが三日と立たず追い出される。森に入った記憶はなく、ただただ恐ろしい片鱗を味わった感覚のみが残り、二度と森に近づけない呪いがかかるだろう』というものだったらしい。事実その一万の軍隊を送ってきた大国は三日と立たずに兵が逃げ帰り、周囲の国から笑いものにされたそうだ。その愚かな領主は、自棄になり、馬鹿にした国々に喧嘩をうり、兵士たちの士気も低いまま戦争が勃発しそうになったところを敵国と手を組んだ内部の者が、革命を起こして、領主を殺して新たな国を創ったそうだが、最終的に手を組んだ国に陥れられて、国が丸ごと無くなってしまったらしい」
愚かなものが上に立つと、愚かな方向へ舵を切り、奈落へ突き進んでしまうようだ。
「そうなんですね。結局その国は無くなってしまって、あるのは、この村が恐ろしいという噂だけと」
「ああ、そういうわけで、その国がついえて以降は、この村にもよほど大きな国は襲ってくることはなく、世間知らずな盗賊くらいだったな。近くの山を縄張りにする山賊らは、耳が早いのか、森の近くに広がっていた縄張りを放棄すらしていた。そんな時期があって、今までこの村は平和で、戦闘から離れている」
「いいことですね」
「いいことかな。いざという時はもろいぞ」
テスェドさんは、怖いことを言う。
「まあ、でも退屈な日常というのは振り返ってみればいいものかもしれないね。私が戦士団に入ってから上位の民に追い付こうとむしゃらに鍛錬した日々やモンデリゴらの若い才能を脅威と見て、さらに訓練を重ねた、500歳ころまでの一生、より、あの大戦争後の気の抜けた日々は、密度も薄く、時間の経過も遅かった気がするけど、それでも精神的には穏やかな生活をしてきたな、と振り返って思うよ」
彼の普段の切れ者という怜悧な印象は身を潜め、温和なおじいさんという雰囲気を放っていた。その様子に、僕は何を声掛けすればいいかわからず、自然と口をつぐんでいた。人間の何倍も生きるものにとって、満足した思い出話というのは、とても幸せな時間だろうな、と思う。
「ああ、置いてきぼりにしてしまったね。個人的な感傷だ。おいぼれの特権として見逃してくれ」
照れて目を細めていた。
「じゃあ、話を戻そうか。ってそうか。この歴史の授業は、君が聖樹の子供の聖樹がどうして生えたか、を聞くために始まったんだっけ。じゃあそちらがわかりやすいように話さないとね。ごめんねずいぶん話が大きく膨らんでしまった」
2日ほど前のことだったので、すっかり話し始めのきっかけを忘れていた。
僕が気になったのは、聖樹の裏側にある、民家の集合地の中心に立つ、もう一本の聖樹の起源だった。
「そうでしたね。僕もいろいろな話が聞けて面白くて、つい最初のきっかけを忘れてましたよ」
苦笑した。彼も笑っていた。
「うん。聖樹は、自分以外の同種の木を創った。今まで話してきたことでとくに戦争の流れというのは、君の質問に答えるための前提知識だったと思ってくれ。戦争によって聖樹は、焼けたり、傷を負ったりし、今までにない生命の危機を感じ取っていたと思う。そして私が村の残骸を捧げ、ビレアの森にも敵国の兵士や味方の死傷者の血肉、森の生物の死骸などが多く転がった。それらを、ビレアの森に広がったサンを媒介に吸収した聖樹は、分身ともいうべき子供を創ることにしたらしい。それが、村に生えている二本目の聖樹だ」
「聖樹が花粉を蒔いて種を残すのは、よくあるということを聞きましたけど、そのような通常のこととは全く異なる方法だったということですか」
「そうだね。通常花粉を飛ばして、っていうのは、別の木々が受粉することになり、種をつけ、それが地に落ち、新たな植物になる。それらは聖樹のような、サンを生み出して誰かに能力を与えたり、サンによる大規模な空間構築ができたりするわけじゃあない。けれど今回のは、聖樹自身が花粉を蒔き受粉もした、というものに該当する。聖樹が持っていた特定のサンがそのまま種となり、村に拡散された。その中で、何が条件だったかはわからないが、育った唯一の芽が大木と化して聖樹と同等にサンを操る大木となったのが聖樹の子供の大木だったわけだ。分身ともいえる。」
「でも、聖樹は昔からこの土地に生えていて、身の危険を感じていなかったんですかね。聖樹が身の危険を感じて分身を創ったとして、聖樹の数が増えるわけですよね。でも今ある聖樹は二本だけ。その戦争時のような代替わりは昔から行われてきたんだったら、二本以上聖樹が数を増やしていると思うんですけど」
「そうだね。私も千年しか生きていないから聖樹が昔に分身を創ったことがあって、その後その二本に増えたものがどうなったか、というのはわからないけれど、二本以上に増えていないところを見るに、新たな聖樹を創り出した古い聖樹は、数百年で枯れてしまうんじゃないかな。今はその枯れるまで衰弱している期間なのかもしれないね」
「はあ。それでも、サンを使って結界や聖樹内の別空間ができる余裕があるのは、とんでもない力ですね」
「そうだね。もしかすると、新たな聖樹にサンの使い方の手本を見せているのかもしれないね。十分に新たな使い手が育まれてからその一生を終えるとか。」
「動物と同じだ」
「うん。アコンの民も100年間は子供の期間だってことを考えると、寿命が少なくとも十倍以上ある聖樹は、1000年以上子供の期間がある。まあこれは私の妄想話だ。植物と動物を一緒くたに考えるべきではないのだろうが」
「面白いと思います」
「くだらない話に付き合わせたね。まあ、私の考えだと古い聖樹は後数百年か過ぎれば枯れてしまい、新たな聖樹が村の唯一の聖樹となるわけだ。長老院の多くがそう見ている」
「なるほど」
僕は当初の目的の質問の答えを知ることができ、満足した気持ちになっていた。
長い話を聞き、頭が心地よく怠くなっている。これを整理するには少し休息が必要だと体が言っている。瞼が落ちそうだった。
僕は彼に少し休みを取ってもいいですか、長い間話を聞かせてくださりありがとうございます、と告げ、彼が、いいよ、僕も仕事に出よう、と許諾してくれたので、甘えることにした。
僕は寝床にうつぶせに飛び込んだ。固い。




