第15話 500年前の話
2/5分は後2話投稿します。
敵の砲撃の音が村に聞こえる。彼らはビレアの森でサンを授かった生物を相手に戦いを始めているらしい。そう、この村はビレアの森の生物らに守られていた。成人の儀では大人になるための指標として、民の前に立ちはだかる存在は、普段は森に入ってくるよそ者を排除する万人の役割を担ってくれている。
当時のアコンの民は今以上に戦闘というものが身近にあった。森に迷い込んでくる盗賊や近くの山を縄張りにする山賊なんかがいる時代で、それ以上に今存在する隣国現れる前の時代であり、ビレアの森に隣接する地域は、統一支配をもくろむ諸国が群雄割拠する時代だった
そこで、とある一国が支配地域を少しでも拡大しようと森に進軍してきたというわけだった。
振り返れば、彼らの勢力は5千を超えたとか。
当時としては、ありえない人数だった。アコンの村は戦えるものが200人いたかどうか。
テスェドさんは、戦士団の中堅にあたるポジションにいて、戦士団長は、900歳ほどの身体の大きな白髪の男だった。彼はテスェドさんから見ても判断力に長け、信頼に足る男だったそうだ。
敵である大国は愚かな王が率いているんだな、とその戦士団長が目を瞑りこぼしていたことをテスェドさんにとってひどく印象的だったという。
群雄割拠の諸国が狙う土地というのは、森から見て東側の広大な平地で、それはビレアの森に接しているが、森を支配下に置いたところで統一の助けにならないと考えられていた。森は入り組み、街を築くには不便、野生生物は他地域の非にならないほどに強い。アコンの村にとってはこの上ない要塞のような立地だが、外からの侵略者にとってこれほどまずいところはなかった。
それなのに、5千の軍勢を投入した国家の王は、聖樹と聖樹の持つサンという力の魅力に憑かれ、それがあれば平野を統一できると考えていたらしい。
当時諸国に小さくだが轟いていたアコンの村のうわさといえば、
『平野の西に小さき森あり。その森に生命の象徴たる聖樹は立つ。聖樹は周囲の生物を使役し、力を分け与えるという。聖樹に与えられる力は「サン」。サンを与えられた動物は、爪は鋭く躰は大きく、身のこなしは目に留まらないほどだという。又サンを与えられた人型の生命体は、強大な力を得て、一騎当千の活躍をする戦士、たちまちに怪我を治す癒手、心を読む感応士となるという。かの者らは、その森から一歩も出ることなくひっそりと暮らす。彼らに手を出さなければ牙をむかれることはない。しかし、一度手を出してみれば、それすなわち身を亡ぼすと思え』
というものだった。
これは長い間、サンのうわさに惹かれた盗賊や、ビレアの森を縄張りにしようと戦いに来た小国を返り討ちにしていたら自然と広まっていった噂だ。負けて逃げ延びたものが吹聴していたらしい。
それを、とある一国の王は、小国だからだめなのだ、大きな力でねじ伏せてやればよいと、多くの人員を導入したわけだった。
そういった背景を持った進軍だった。
アコンの民たちは砲撃の音を聞いてから5分と掛からず戦闘の体制を立てる。
アコンの民の戦闘方法は、ゲリラ戦だった。
森のなかで、擬態を使い、身を潜め、投石や弓を放ち、背後からスニークして首を斬り、すぐ姿を隠す、といった戦法を取り、数の優位を跳ね返す。普段は1千ほどの敵が襲ってきたらかなりの多さだと判断されるのだが、今回は、五倍は規模があり、敵を倒しても倒してもきりがなかったとテスェドさんは回想している。
だが、戦士団長の判断力が優れていたおかげで、今回の戦争において、ゲリラ戦は効率的な戦いを導き出した。というのも、もともとアコンの民は、ゲリラ戦を基礎にはしていたが、後半になるにつれ、身をひそめることをおろそかにし、サンに強化された防御力に任せてごり押しするものが目立った。しかし、モンデリゴの存在が、戦士団長の判断を変える。戦士団長はモンデリゴが徹底的に身を潜め、安全地帯から敵を攻撃する姿勢を、邪道と見ず、それを積極的に取り入れ、今回の戦争までにそれを部下に徹底したのである。おそらくこの判断が無ければ、この戦争はより被害の大きいものになっていただろう、とテスェドさんは補足した。
敵は数台の投石機や砲台を引く後方の部隊、弓を構える中位の部隊、槍を持つ騎乗兵と剣と盾の歩兵が前方を占めていた。詳しい数は覚えていないが、前方の兵隊だけで普段襲ってくる敵襲と同じ圧を感じたそうだ。
彼らは隊列を組んで組織だって、進行してきた。
彼らは、サンによって強化された犬や、猿、鳥のような生物群に襲撃されていたが、数により交代しながら、対処していた。別方向から、動く植物、聖草も襲い掛かっている。かの動植物らが進行を食い止めているのだった。
そこにアコンの戦士たちは、初撃として、地面に干渉して穴を創る能力をもつものや、テスェドさんのように植物や、岩、金属類を構成して地形に障害物をおくもの、沼をつくるものなど、敵の行く手を阻み、視界を遮り、地の利をさらに優位にする能力の開花を一斉に行うところから戦端が開かれた。
能力を大規模に使うのは消耗が激しいため、最初の一撃にとどめ、連続使用は難しかったが、戦況を作るためには十分だった。それ以降は身を潜め攻撃する。
アコンの民らは5~10人ほどのグループを作り、隠れたところから、敵を叩いていく。穴に落ちて混乱した敵、形成された植物群に絡みつかれて行動を阻害された敵、岩や金属が隆起し隊列を崩された敵、沼にはまった敵、等に遠距離から投石や弓、固形化したサンを発射して遠距離攻撃する能力で攻撃を仕掛けたり、動植物への対応に焦っていたところに横やりを入れたり、等々、嫌がらせに徹して、なるべく責められない立ち回りをし、長期戦を覚悟して、敵を消耗させ、こちらの被害を減らしていくことを第一にしていた。
そのあと数十分ほどたったころ、森では異変が起きていた。
森に火が付いた。
火事が広がっていく。
豪雨のおかげで湿っているのに! とグループの誰かの声が漏れるのをテスェドさんは聞いたらしい。
敵軍の後方、投石機が周囲に何かの物体を投げるたび、それが着弾して火の手は大きくなっていった。
そこで、わずかに動揺が走り、サンの擬態を鈍らせたものが、砲撃や敵の弓に落とされた。
戦士団の長がいち早く「投石機を落とせ」との伝言を、班員の中で身軽なものに託し、他班に周知させた。後方付近に潜んでいたアコンの民は、迂回し前方の剣兵らをほうっておき、木々の上から投石機や砲台の操作手を狙う。火の手が上がった際に動揺したが、その数瞬を超えてからは皆機敏に行動し、敵を打ち取る。
敵は湿気の多い森ですら焼くほどの焼夷弾を、数発撃ったところで、投石機を失うこととなった。
アコンの民は、落ち着く間もなく敵を狩っていく。しかし、火の手は強く、ゲリラ戦の機動力を削がれて、戦士団長は状況が悪いことを悟った。
冷静に振り返れる今では、戦士団の多くが火を恐れてパフォーマンスを一時的に落としたことを分析できる。当時は森自体に聖樹とサンの価値を見出して襲ってきた敵が、その価値を損ねるような真似をしないと考えていた。だから森自体を汚す行為に、民たちは恐れを覚えたのだろう。
また、単なる放火程度なら、雨による勿論、サンの与えられた植物の耐久力が通常の植物より跳ね上がっているこの森では造作もないことだと思われていた。
それを燃やすほどの焼夷弾。いまですらその焼夷弾の秘密はわかっていない。それの残骸を拾い内容物はある程度分かったものの、捕虜に管理方法や製造法を聞いても、一人一人断片的な知識しか持っておらず、包括的な焼夷弾の秘密についてはわからずじまいだったという。
恐ろしい火の威力だった。こればかりは、アコンの民たちも食らえばひとたまりもない。文字通り手を焼く代物だと感じ恐れを抱いた。
しかしながら森での放火は、行動を阻害する。小回りの利かない大群にとって愚策もいいところだった。なぜ敵はそんな行動に出たのか。それはすぐにわかることになる。
アコンの民は、負傷した味方を回収しつつ、戦況を立て直すために、少し後退することとなった。
その間にも、森の生物やサンの与えられて歩くようになった植物である神草らが、敵と対峙し、民らの後退を容易にしてくれていた。
しかし彼らにも火の手は重くのしかかり、敵味方関係なく、燃え広がる森というのはつらい戦場だった。
退避し、人員を改めてみれば、けが人は10人、内、6人は肩や腕を負傷し戦闘が続けられなかったという。
5千の敵の50名ほどを倒すうちに、二百の味方の内6人が戦闘不能になる。1%:3%と被害の割合としては、不利な状況だった。
その時、メルセスさんが戦士団長に何やら耳打ちをした。その後、彼女を筆頭に、モンデリゴ含めた5人ほどの戦士たちが、別行動をとる。メルセスさんは当時200歳程度、モンデリゴの一期前に成人の儀を通過し、戦士団に入っていた。
一端退いたが、それでも、体制を立て直し、団を纏める長が喝を入れ、再び戦へ突入する。覚悟した今度は火にも動じず、最初の不意打ちほどの負傷者も出ず、数を減らしていった。
反対に相手も山火事の痛手を負っていた。サンを宿して燃えづらいとはいえ、森の中で火を使うのはご法度だ。それを破った敵軍に報いが下ったのだ。そうアコンの民は調子づき、攻勢を強めていった。
戦は一日を通しても終わらなかった。多くて二千の敵と戦った時は、昼から始まり夜になるころには敵を殲滅しきっていた。
それが五倍。多くて五日間、ぶっ続けで戦い続ければ三日を終える前に終わるだろうが、体力は五倍の量を一度に平らげられるほど続くことはないだろう。
僕は、負傷者が急激に増えていないことに、アコンの民の強さを改めて確認するが、それでも数日戦い続けなければならないだろうこの戦争の気の遠くなる戦況に、僕は聞いていて辛くなっていた。どれほど厳しい戦いだったのだろう。
夜になっても火は燃え尽きずあたりを煌々と照らす。敵は前方の軍勢を退かせ、中位の勢力に弓を予備の剣に替えて戦い始めた。前方で体を張っていた者らを下げて休ませる算段だろうが、明かりのせいで眠ることも、隠れて避難することも難しかった。
日の照り具合で、森のどこまで火の手が広がったかが把握できたが、普通の森ほどには一気に火の手は広がらず、小規模な山火事だったそうだ。最初の焼夷弾による引火を最後に、炎は勢力を拡大することはなかった。それだけビレアの森の木々が燃えにくいことがうかがえる。それでも、最初に戦の火ぶたが落とされたこの戦場はまるで、火柱が戦場だと誇示するように、そこに炎を残し続けている。まるで、人々の視線をそこに釘付けにするかのように……。
そのとき、第二の異変をアコンの民は悟る。
このまま戦っていけば、体力的につらいが、戦を制し、相手を圧倒し駆逐することは不可能ではない、と思い始めたころだった。
背後で結界が決壊した。
テスェドさんは、普段意識しない聖樹とのつながりが、ひどく濃く感じられる錯覚を覚えた。この聖樹とのつながり、というのは、聖樹に能力を授けられた時にも感じたものだという。
普段にない、聖樹を強く感じさせるサンの蠢きが民たちを恐怖させた。
身体が勝手に動くようだった。
村の教えだ。末端を切り捨ててでも、本体を守れ。
本体とは聖樹であり、末端とは民である。
皆、聖樹を守らねばならないと思った。
敵を攻めるのを止め、我らアコンの民は、アコンの村に戻っていく。
村に着いたとき、村を覆う結界が燃え尽きていた。
どうやら、先の戦場で燃え続ける火と同じ炎をぶつけて、聖樹が作っていた村の境界を消し去ったのだろう。
敵は一万弱の本体に比べればほんの僅か100名足らず。それらが、昼間の放火騒ぎに乗じて身を隠し、村の本拠地を探して彷徨っていたのだろう。
メルセスさんは、能力で敵の狙いが別にあることを悟ったのだった。しかし、敵の行動がそれ以上読めなかったのは、メルセスさんの能力が当時そこまで精度が良くなかったのか、敵の戦場での高ぶりが感情を読むことを困難にしたか、はたまたその両方があったのだろう。
結果として敵の侵入を許してしまった。メルセスさんは、そこで敵の行動を察知し、それ以上被害を拡大されることは防げたようだったが、痛手は痛手であった。
メルセスさんらもまた、聖樹を守らねば、という思いで混乱していた。その彼女や、敵の本体を叩くのを切り上げ、戻ってきた戦士団長らを正気に戻らせたのは、村で看護にあたっていた巫女だった。巫女は、あわてることはない、聖樹を守るのは大事だが、まずは敵を村に近づけるな、と静かな通る声で告げた。その声に、戦士団は聖樹の危機に動揺してはいけないと、意識を持ち直したのだそうだ。事実、村の境界までアコンの戦士団は撤退し、敵の戦力の本隊は村まですぐそこというところまで進軍を許すことになる。
村の中では、メルセスさんを筆頭に五人と、村の中でも非戦闘員ながら奥で修行していた者らが十名前後加勢して守りを固めている。しかし、ゲリラ戦という地の利をすて、聖樹という弱点をさらけ出し、平野で物量を押しとどめるのは至難の業だった。
これほどまでに敵の侵入を許したのは歴史の後にも先にもないことだ。
数十名の敵は、ほとんどが剣一本を携えて、接近戦をしていた。しかし数名が小型で簡易的な焼夷弾の投石具を持っており、それが村の家や作物を焼き、黒煙は立ち上る。
テスェドさんらが振り返れば、遠くに砲台や弓を抱えた部隊がこちらに進軍しているところで、もう少しで遠距離攻撃の圏内に入ってしまうところだったという。
長を含め、戦士団の大部分は、敵の足止めに戻った。戦士団長はテスェドを別動隊の責任者と決め、10名でメルセスさんと合流するように指示した。
テスェドさんは、メルセスさんとアイコンタクトを取り、数十人の敵の後ろから攻撃を掛けた。こうして、村の中での戦いは、敵100名弱 VS アコンの民の正規団員15人+非戦闘員20名という図になった。
テスェドさんは、できるだけ焼夷弾を放てる奴から倒していった。
それでも、こちらの被害は増えていく一方だった。戦争に参加した非戦闘員も、参加できず、小屋や聖樹のもとに逃げた奥の者たちや子供らも、敵の流れ弾に当たったり、敵に斬りかかられたりし、被害を増やしていった。敵は散開し、村を荒らす。メルセスさんとテスェドさんらも手分けして、敵を撃破する。しかし平地で隠れることもできない場での戦闘は、人数差が結果に如実にあらわれ、敵戦力を削ぐ前に、村の被害が大きくなるばかりだった。
テスェドさんは心を無にして、敵を斬り、殴り飛ばし、駆除をすることだけに神経をとがらせたという。もう余計な感情を頭から追いやるほか、その場で体を動かすことができなかったそうだ。
この乱戦は、そう長くは続かなかった。
百名足らずの敵勢は、テスェドさんとメルセスさんの部隊15名と、非戦闘員の二十名の計35人が、気づけば17名にまで数を減らしたところで、ようやく狩りつくした。
被害は甚大だ。
戦闘に参加せず村の中に隠れた民も、殺され、道端に数名の死体が横たわっていた。それを見て、感情が追い付かない。現実だと思えなかったという。
テスェドさんが生まれて五百年と少し、敵戦力が襲ってきてもすべて返り討ちにした。その間村に傷はつかなかった。まして村の形が外界に露見したのも初めてだ。
もちろん、テスェドさんが生まれる以前の歴史ではそういうこともあったとは聞くが、それが自分の代に再来するなんて思ってもみない。
民だけではない。聖樹にも火が燃え移り、それはしつこい蚊柱のように、払っても払っても、まとわりついて離れず、火勢は収まらなかった。
聖樹に火が付いた。それは戦闘中の、敵兵による焼夷弾の効果である。
敵は聖樹を欲しているはずなのに、聖樹を攻撃した。その意図はわからない。でも、もしかすると、敵の中にこのままでは敗北を悟り、どうせ死ぬなら目の前の財宝を敵の手からはじき落として死んでやろうと、そんな自棄を起こしたのかもしれなかった。焼夷弾は、一発だけでなく、同様の自棄を起こしたのか複数名が弾を飛ばし、聖樹には大きな炎の舌が絡みつくことになった。
その火は、ビレアの森を焼いたのと同様、サンで強化された植物をも焦がす。
聖樹本体と言えど、免れることはなかった。
聖樹の命が途絶える。
そう実感した。そう感覚した時に、多くの民が、聖樹の生命を回復させなければという気を起こした。戦士団を始め、接敵している民らはその場を動くことができなかったため、その焦る感情を、獲物に乗せて敵を切り、殴り、倒すしかなかったが。
良心の声が、聖樹を助けろ、と脳内をこだまする。
戦闘に参加しない奥の者たち、子供たち、の中には、落ちていた刃物を拾い、進んで首を切り、聖樹の幹に民の血肉を捧げたものがいた。一人決行したら、タガが外れたかのように、複数名がつられて自害したと、民の目撃者の証言を後で聞いた。刃物が無ければ、頭を聖樹の幹に何度も打ち付けて気絶した者もいた。
聖樹は、完全に燃え尽きることはなかった。
複数名の人柱によって捧げられた、血肉と、サン。
それが、聖樹を活かし、聖樹の生命線を太くしたのだ。
しかし、それでも延焼は甚大な被害を生み、聖樹とのつながりがもうほとんど感じ取れないほどに、その命は風前の灯火を迎えていたそうだ。
テスェドさんは、この時、メルセスさんと残る戦士団10名(ほかの5名は戦闘不能)に、戦士団長の応援に行け、と命令した。それというのも、メルセスさんの能力は、戦士団長の判断の助けになり、戦況を有利に進められる能力だからである。証拠に今日の村への強襲を察知していた。
一方でテスェドさんはいらないものを集めて、植物にする能力がある。この力で聖樹の身体を構築し、延命を図るつもりだった。この作業にそれほどの人数はいらなかった。
メルセスさんは少し逡巡したが彼の命令に従った。
彼女が、戦いに出た後、テスェドさんは作業に移る。
兵士が持っていた武具、荒らされた農作物や小屋の残骸、そして敵味方の亡骸を聖樹の麓に集めて、能力を発現させることにする。生命の抜けた亡骸は、テスェドさんは冷酷にも『要らない』ものと見なして、それを、聖樹を延命させる植物という需要のあるものに転換してしまう。そうするほかない。この論理には、情は介在しない。
テスェドさんが無情な作業をこなそうとしたところに現れたのはモンデリゴだった。彼はメルセスの後を追うことを拒否し、テスェドさんにも彼女にもバレないレベルで擬態し、テスェドさんの計画がどのようか見定めていたようだった。
その後、彼とテスェドさんの間には多少の言い合いが合ったが、テスェドさんが折れ、モンデリゴと共に材料を集め、延命の儀式に入る。
その作業中に、テスェドさんはモンデリゴを眺めてこう思ったという。
彼がいなければ、この材料の内、アコンの民の数の桁が違っていただろうと。モンデリゴは、村の平地での乱戦で、散開する敵を正確に屠っていった。手が回らない部分はあった。しかし、彼の手の届く範囲で民を救った。能力によって敵を射抜く。襲われた奥の者たちに弾丸や刃物が届く寸前に。それは成人の儀の焼き直しだった。かつてのビレアの森の生物にいる位置に、敵勢力が取って替わり、守られる民は年齢関係なく、成人の儀で守られた者らと等しく彼の庇護下にいた。
成人の儀の時と異なるのは、彼が陽の下にいることだった。彼はその技量をいかんなくん発揮した。アコンの民たちは、彼の戦いぶりを見て、戦後にようやく彼の成人の儀での活躍とこの戦争の姿を重ねて、彼の正当な能力の評価を下し、英雄ともてはやすことになる。
しかし、彼を英雄たらしめたのは、その実力だけではなかった。
彼は、当時すでに中堅だったテスェドさんをすら、守りぬいたのである。
テスェドさんは、材料を集め終えると、能力の使用の準備に移った。
戦闘で高ぶった精神を努めて収めなければならないほどに、大規模で繊細な作業を要求される予感を彼は確信していた。
それは、焼け落ちそうな聖樹の、身体の再構築。できる限りの材料を用意したが、それはたかが知れていた。
彼は、両手にサンを集中し、普段自分の身体と同じ程度の大きさの規模でしか能力を発現しないのだが、その数十倍の大きさ、そして聖樹という生命力の塊を緻密に再現するのは骨が折れるどころの話ではなかった。
足元に転がる材料が一つずつ光の粒になって、消え、彼のサンと混ざり合い、聖樹の幹や枝を覆い、修復を始める。
修復を始めれば、もう止まれない。止まらなかった。テスェドさんは我を失う。聖樹を助けることが、私の生まれてきた意味だ、そんな良心の声が聞こえた。
テスェドさんは持ちうるサンをすべて費やし、足元に並べた材料を隈なく、聖樹の血肉へと捧げた。捧げれば捧げるほどに、聖樹は存在感を増した。いや、回復したというのが正しい。
大木を見上げれば、サンを吸収したせいなのか、枝葉が生い茂り、普段は見かけない色合いの芽をつけ、それが急速につぼみを大きくしていった。聖樹は生命の危機に陥ったためか、回復したサンを、聖樹内で凝縮したかと思うと、それを枝葉に広げていき、サンが充実したところから芽が出てつぼみになり、そして花が開いたのである。テスェドさんは気力を振り絞ってサンを捧げながらそれをじっくり見て、きれいだ、と思ったらしい。普段ゆっくりのはずの芽吹きから開花までの植物の成長が、何倍もの速度で行われたためか、走馬灯を見ているのかとも錯覚したらしかった。
満開に花が開いたとき、凝縮されていたサンが一挙に放出された。それは今現在戦っている戦士団のもとへ、民と聖樹をつなぐ薄弱としたパスを伝って。供給されていく。
後からメルセスさんに聞いたところによると、そのサンの授受により、敵を殲滅するスピードは、戦い初めのころより増して、体力が有り余るほどだったという。
その反動に、テスェドさんのサンは根こそぎ持っていかれるところだった。サンにとどまらず生命力までも吸い上げられている気がする。彼の身体は血管が浮かび上がり、筋肉はやせ衰えているような印象を受けるほどだったらしい。
彼は全身全霊でサンを送り込み、聖樹のサンを回復させた。聖樹が生命力に満ち、アコンの民とのパスがしっかりとつなぎ直されたとき、テスェドは意識を失った。倒れ伏すとき、モンデリゴが肩を支えてくれた、と微かに感じたという。
ここでの記憶は、一時的に消えていた。テスェドさんは寒気を感じて目を覚ました。
彼は身体何か覆いかぶさっていて、重く感じた。誰が私を押しつぶそうとしているのか、と思い、覆いをどかす。べちゃ、と何かぬるい水分に触れた気がするが、気にせず、押しのけた。
顔を見れば、それは、モンデリゴだった。モンデリゴだったものが私を覆いかぶさっていた。そして、もう彼はそこにいなかった。
テスェドさんは声にない悲鳴を上げたそうだ。そして、周りを見渡す。すると、すべていけにえにささげたはずの敵兵が、胸を撃ち抜かれて倒れていた。
テスェドさんは悟った。敵兵が隠れていて、聖樹を再生させる儀式が終わったところを見越して、襲い掛かってきたんだ。己の気配察知に隙が生じていたことを恥じた。悔やむしかなかった。そして、彼をモンデリゴが、守り通したのだ。
モンデリゴはもしかすると、テスェドさんが気絶していたことを理由に不利となり、致命傷を負ったのかもしれない。彼は持ち前の能力でとどめを刺したが、それでも、命と引き換えだった。
無駄と知りつつ、モンデリゴの手当てをする。でも手当てしようにも、サンによる救護の技術はなく、そもそもサンが枯れている。
必死で、彼を背負い、村の医者がいるところまで運んでいったが、彼の命が零れ落ちることは覆せなかった。覆水は盆に返らない。でも嘆かなくてはやっていられないことは世の中に五万とあるものだ。
戦は、その後数時間たって終わり、テスェドさんはその間青い空を見て呆けていたという。




