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第1話 チートもハーレムも、そんな都合のいい話大嫌いだ。

 僕は今、色鮮やかで毒々しい花々が点々とするジャングルにいる。信じられないと思うけど、僕は空想上の生物に騎乗して森を進んでいる。空想上というか、見たことも聞いたこともない魔物のようなそれ。



 またがるのは自立歩行する肉食植物だった。食虫植物特有の、虫をおびき寄せる腐敗臭のする液体の入ったツボのような器官と、飛んできた羽虫をぱくりと飲み込む両開きの口のようなものを両方備えた厳つい生き物。蚊や虻は寄ってこない。獲物を挟み込む部位には植物らしからぬ鋭い牙のようなとげとげがあり、もしかすると虫でなくとも、ちょっとした哺乳類などかみ砕いてしまいそうな攻撃力のある見た目だった。

 


 そんな物騒な生き物にまたがる僕は、一体どういう状況にいるのだろう……。

 


 思い出すのは体感で数時間前のこと。地球で死んでしまった大学生としての最後の自分の記憶だった。


 


 ……。




 「あー、くそ、なんだあいつら。痴話げんかなら人前でやるな。家に帰ってやってろよ」


 とある通学路の一遍。僕はとぼとぼ歩きながら愚痴っている。というのも、途中立ち寄ったマクドナルドでカップルが浮気で喧嘩していたのを見かけたからだった。

 


 「なんだよ、浮気相手ありの三者面談って。家でやれ」


 ポテト食べていたら、急に男が怒鳴った。僕が振り向いてみたら、男がすごい形相をしていたのだった。なんだあれ、と思った。どうやら彼女にいちゃもんをつけてくる対面席の女を、男が攻撃しているのだ。



 「それで終わってたら、まだ良かったんだけどなあ」



 途中で反対だって気づいた。


 横にいる女が浮気相手で、彼女が席の向かい側だということに。

男は、浮気相手をかばって、彼女を攻撃していたのだ。



 「うーん。かわいそうだったなあ。別に僕がとやかく言うことじゃないけど」

なんかむしゃくしゃするんだよな。別に、あの彼女がどういう気持ちでそこにいたとか知らないけど。


 「んで、イラっとしたから、ポテト丸呑みして、帰ってる途中ってわけ」

一体誰に説明しているのだろう?


 「喉乾いたな」


 

 帰宅途中、いつも立ち寄る公園がある。誰もいない静かな公園。結構な広さなのに近所のジジババどもが子供がうるさいとか言いやがって、公園で球技禁止にして子供らを追い払いやがった。



「これってヴィレバンに売ってたんだな。沖縄しかないのかと思ってたわ」

リュックサックから取り出したのは茶色いアルミ缶にAとWのアルファベット。プルタブを開けて一口。


「あ~うま」



 この薬品臭さがたまらない。鼻に抜ける風味が好きだった。これを世ではルートビアと呼ぶ。

落ち着いたら、またさっきのこと思い出した。

本当は味方の彼氏が、別の女かばって怒鳴ってくるって、やばいな。僕に彼女がいて、そういうこと言ってきたら、泣いちゃうな。



「あ~やってらんね~。彼女ほし~」

僕ならあんなことしない。ちゃんとむきあってみせる。多分。


「彼女いたことないからしらんけど」

気づいたら、ルートビアが空き缶になってた。ぺこぺこ凹ませたり戻したりした後、近くのゴミ箱を見つけたので。


 「おりゃ」

 と投げた。缶は外れた。


 

 くすくすくす。

 子供の声が聞こえた。って珍しい、いたのかよ。



 「やっべ恥ずかし」


 

 おもわず、拾いにいく。結構遠くまでころがっちゃったな。

 

 公園の門を飛び出て、少し先に缶が落ちてた。



 「ふぅ、よっと」

 屈んだとき、クラクションが聞こえた。



 「あ、やば」

 世界が遠くなる――。




 

 あれ、なんかよくわからん感覚。浮いてる?


 「は~い、異世界転生の時間だよ~」


 「何だお前」


 「だから~転生~」


 「いきなりだな! 僕はさっきまで公園にいたんだけど、あんたみてなかった?」


 「公園から飛び出して跳ねられて死んだって」


 「死んだ?」


 「死んでここに来たんだよ」


 「死んだら話してないでしょ」


 「だから~死んだ君は転生するために一旦ここにいるんだって」


 「は? というか、死ぬとき走馬灯見えた気がするんだけど、いや、車が僕の背中あたりに突撃した結果、頭から壁に激突するとか、実際あるんだな」


 「なんか、死んでアドレナリンでも出てるのかな、すごい口数多い人だな~」


 「アドレナリン? そうかもね、自分じゃわからないけどぱにくってるかも」


 「のわりに落ち着いて話すよね。まあ、死んでて身体なんてないから身体機能のこと言ってもしょうがないけどさ」


 「え、身体無いの? いましゃべってるのに?」


 「我思うゆえに?」


 「われあり?」


 「わかってんじゃ~ん」


 「いや! 僕は僕としてここにいますけど!? というかさ、こうやって自分がいることは生きている証拠じゃないの」


 「じゃあ、私含めて、周り見てみてよ」

 

 と、そこで、僕は自分が言葉のキャッチボールにだけ集中していて、誰と話しているか、どこにいるか、ということを意識していないことに気づいた。いや、目をつぶった状態で、イメージ上の相手とだけ話している感覚だった。



  僕は初めて、話し相手を見た。


 「どうだ~い」


 「うわ、なんか半透明、ところてん?」


 「食べ物で例えないでくれよ~」



  ここは真っ白い空間で、そこにぽつんと僕と、半透明な誰かもう一人がいる、という状況だった。


 

 「糸田祐樹、20歳。地方の高校から進学した都内の大学生。文学部、サークルは軽音サークルに一年だけ入って辞め、今は学校と家の往復」


 「……」


 「そんな不審者のような目で見ないでよ。死んだからここにきて、君のことは全て知っているということさ。地獄の門番も死者の生き様を評価してどの地獄に送るかって審判するじゃない」



 まあ、それはおいといて。



 「ともかく公園は?」


 「公園はないよ。だから、死んだって言ったじゃない」



 僕は思わず自分の手をみた。手がある。透明じゃない。握ってみる。ルートビアの缶を握ってへこましたことを思い出した。



 「うわ」


 音がなったと思うと、僕はアルミ缶を手でへこませていた。


 「ここだと、イメージが現実になるんだよ」


 「……なんで?」


 「どうしてだと思う」


 「そうか、僕はひかれた衝撃で気絶して、そこで夢を見ているんだ。ここは夢か。だからイメージ通りに何でもできるんだ」

 

 

 だったらこいつが僕の情報を知っていることも不思議じゃない。


 

 「ああ、これじゃあ信じてくれなさそうだなあ、ま、当然か」


 「ルートビアの中身よ……戻れ……。お!液体が入ってる!」


 「幸せそうだなあ。そんな飲み物より、何か夢とか、望みとかないの? 転生するんだから、かなえてあげるよ。特典っていうやつ」


「今度は、なんだよ。悪徳勧誘かよ。金ねえよ」


「対価は要らないよ~。ただ、君は本当にこれから、別の世界に行くことになるんだ。だから、そこで私を楽しませてくれればそれでいい。そのための餞別を与えようという話だ」


「あ~、頭いてえ意味わかんねえ」


「それは死んだせいじゃないね。バカだったのか。ごめんなさいね」


「じゃあもっと簡単に言え」


「きみ、ちがうせかい、いく。わたし、きみに、ぷれぜんと」


「あい、あんだすとぅっど!」


「こんぐらっつれーしょん!」



 なんだろう、さっきから、へんなノリに付き合っている気がする。いや、僕はしたくてしてるわけじゃないんだ。なんだか、そうしないといけないような、空気を感じるというか。



「じゃあ、ほら『ぷれぜんと』はなにがいいのかな。強い力を手に入れて、他人に羨まれるチートでも、美男美女を侍らせるハーレムでもいいよ」


「そうだな……」



なんでそんな露骨なんだろう。強い力とかモテたいとか、その、エゴまるだしやん。



「不服そうな顔してるのは何でなの」とところてん。


「いや、願いを叶える、って言われてじゃあ最強の~とか女にもてる~とか他力本願なこと、言うだけでこっ恥ずかしいし、なんか嫌」


「ふぅ~~、人格者だねえ、でも、ここに来る人らはちゃんと来世があるってわかったら現金な態度でも何でも、自分に利益になる願いをいってったよ」


「まあ、なにフェミニスト気取ってんのとか言われそうだし、地力じゃなきゃみたいなこだわりが無意味なのはわからんでもないけど」



なんか、しこりがあるというか癪に障るんだよな。



「ふ~ん。まあ願いは強制される物じゃないからねえ」



 そこで、僕はルートビアをさらにへこませた。無意識のうちに力が込められていた。



「どうしたの」


「いや、なんでもない」



 僕はすこし、迷った。強い力も、モテることも、なぜか、現実味が無かった。ま、僕にそんな人並み外れたものを持ってた記憶ないし。仕方ないな。新しく欲しいかといわれると、そんな興味ねえや。



 よく考えると(よく考えなくとも)道端で宗教勧誘にあって、入会したら幸せになりますよ、と言われて、はいそうですかと馬鹿正直に入信する奴はいない。



 でも、僕は「チート」「ハーレム」という言葉にわずかに惹かれているのを感じた。普段はこんな問いなんか興味ないって一蹴しているはずだ。



 これはなぜだ。自分でその言葉を反芻すると、違和感があった。魅力的な言葉なんだけど、どこか胡散臭く、宗教勧誘的なんだ。



「欲しいものって言ったら、もう一回ルートビアが飲みたいくらいなんだよね……」

「なんで?」



半透明のそいつは、すごく純粋な声色で聞いてきた。



「好きだから」


「そっか」



納得いってないようだった。


「というか、チートとハーレム、ってなんでそれ提案してきたんだ?」


「こういうところに来る人はみんなそういうの好きだって、友達が言ってたから」


「友達いるんだ。友達もところてんなの」


「ところてんじゃないよ。ふつうのやつだよ」


「ここにきてから何がふつうなのかわかんないんだけど……」


「えーでもみんなすきだとおもうんだけどなあ、力をもって、敵をなぎ倒して、かわいい子を救って、何人とも遊んで、いいおもいしまくりだよ~」



いいおもいねえ。何人も侍らせるといいおもいになるのか。そういえば、モテ男が、浮気相手を庇ってたの見てイラっとしたなあ。彼女かわいそうだったなあ……。


「いや、いいわ。侍らすとかごめんだわ。まじないわ。チートもハーレムも、そんな都合のいい話大嫌いだ」


「ほほぉ……」


 あれ、なんかさっきまでと違う笑み……?


「いったねえ。じゃあ、君、こういうのに興味あるかい」


「こういうのって?」


「運命の人と必ず結ばれる、ってやつ」


「ああ、それなら、いいかもね。なんか急に眠くなってきたな……」


「いったね………。じゃあ、もう一つおまけで、その運命の人と出会えない可能性を無くしてあげる条件も

つけて挙げるから、行ってきなよ」



そんな声を聞いて、僕の意識は途絶えていった。



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