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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
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第14話 歴史の授業

2/4分はこれまで。

 僕は薄明りに目を覚ます。

薄い瞼の裏にすかす朝の陽光は、染みるような痛みと熱を脳に情報として伝え、意識の覚醒を手伝うことになった。


 どうやら思考が、ある程度の方針を定めた後、うすぼんやりとして来て眠りに落ちたらしかった。

上体を起こして、伸びをした。背筋が伸び、酸素が肺を膨らませる。

 やはり日は東から昇る。



 僕は以前この星も地球と同様に自転しているんだ、と気が付いたけれど、この星は、太陽を中心とする太陽系のように、太陽にあたる星がある惑星系なんだなあということに驚いた。多分宇宙というものが、この世界にもあるし、そこでは、僕の肺は膨らむことをせず、機能することなく死に至ってしまうんだなあと自然に思う。



 日を見たことでまた一つ疑問が浮かぶ。

 はて、昨日の夜、僕は月を見ただろうか。



「はあ、荷が重いなあ」



 僕は昨日、テスェドさんに巫女の継承者であることを告げられ、いまいち実情を知らない巫女職に、莫大な権力が乗っていることだけを知り、大きな権力への不安と、村に縛り付けられるかもしれない閉塞感に、居心地が悪い。

 寝る前に考えたことを、まとめてみる。これは思いのほかあっさり終わった。睡眠が思考を整理するとは本当らしい。



 問題点

・僕が巫女の継承者となること

・巫女はこの村に縛られるのではないかということ

・村を出るにしても、テスェドさんの協力が必要であること

・テスェドさんの協力を得たいならば、巫女になることは受け入れざるを得ないということ。




 テスェドさん以外に頼れない原因は、ジャコポが人質に取られているからだ。もちろん現実テスェドさんがすぐに彼を害することはないだろうと思うが、僕を巫女にするという彼の利点を失えば、彼の中でジャコポの優先順位は下がってしまうだろう。その結果、ジャコポの身の安全より、優先度の高いことが発生した場合容易に彼の味方の立場を捨ててしまうことになりそうだった。




 また、疑問点としてはこうだ。

・なぜ先代巫女は簡単に病にかかる状況にあったか

・巫女の継承条件を知る人が限られ過ぎていないか

・本当に僕が巫女の継承者に選ばれているかどうか


 という三点だった。



 これらはひとまずメルセスさんやジャコポに聞いてみるのがいいかもしれない。

聞いたら最後、何か取り返しのつかない状況になることもあるまい。


 僕は寝床から出て、木台に向かった。相変わらずテスェドさんはいつ食事を用意しているんだろうか。昨日の朝食の時間に、明日(つまり今日)以降、朝は木台に料理を置いておくから、テスェドさんがいなくとも、食べ始めてよいとのことだった。



 今日の朝ごはんは芋がごろごろした黄色いスープとナッツや豆類の盛り合わせ、赤い色の冷たいお茶。

毎回色鮮やかでおいしそうだ。



 木製のスプーンですくいあげて少しずつ食べた。

 お茶は葉や土独特の青臭さが残る味わいだったが、甘さがあり、癖に慣れれば飲みやすかった。

 平らげて満足したところで、テスェドさんが現れる。



「おはよう」



「おはようございます。きょうもごちそうさまです。おいしかったです」



「口に合ったようなら何よりだ」

 彼は破顔する。



「手料理をふるまうかいがあるね」



「え、テスェドさんが、料理してくださっているんですか」



「そんなに驚くことかな」



「え、と。自分では食事しないとおっしゃっていたので」



「昔取った杵柄だよ。昔は一時期料理にはまっていたことがあるんだ。それにこの村ではいい野菜を育てている。産地直送だよ」



 それは意外だった。いや、テスェドさんなら、なんでもできそうな雰囲気はあった。しかし自分で食べないというのにその趣味を維持しているのには素直に驚く。



「さて、今日は英雄譚の続きを披露しようかな」

 テスェドさんは、僕の反応を見て機嫌をよくしたのか、さらに知識を披露することに乗り気になったようだった。



「ぜひ」



 昨日の巫女のことはみじんも触れずに、まるで一日前の朝と変わりないような出だしだった。

 僕はそれでいいと思う。本当はその話題に触れなければいけないのだけれど、気が重い。いざ巫女の話題を出されても身構えてしまうだけだった。それを話題の枕として使われても、窮屈なだけだ。と現実逃避する。



「ええと、昨日はどこまで話したかな」



「成人の儀で、モンデリゴは隠れながら、他者と生物の仲裁をして、それでいて生物を倒しても姿を現せない、っていうとこまでですね」



「ああ、そうか、それで君が気配の察知について聞いて、メルセスが君に指導してあげたんだっけ」



 そういう流れだった。そういえば、昨日僕がテスェドさんに聞こうとしていたことは数百年前の戦争についてだ。それを聞くためのモンデリゴのことをまず聞いていた。話が大分遠回りしていたなあと思い出した。



「じゃあ、成人の儀をうまく切り抜けた後のモンデリゴの話をしよう」



「戦争の話までいきそうですか」



「まあ、もう少しだ。長話で悪いねえ」



 そういって、彼は少しだけ生えているあごひげを撫でながら、咀嚼するようにぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。



「モンデリゴは、成人の儀を受ける多くのアコンの民を助けたのち、儀の終了間近に、一体のサンの影響を受けた野生生物を堂々と姿を顕わして狩って見せて、戦士団に入団する最低限程度の実績を明確な自分の手柄として示した。そうして彼は戦士団に入団した」



「モンデリゴの実力はすでに知れ渡っていたんですか」



「入団すぐには、実はわかっていなかった。成人の儀での行いはまだ当時明るみに出ていなかった。彼の擬態は、多くの戦士団員の中でもすでに見切れるものが数少ないほどのレベルに達していたからだ」



 それほどか。メルセスさんの話で行けば、75歳前後で自然と出来始める擬態。それを25年かけ、それなりに仕上げて成人の儀に挑む、というのが通常のアコンの民の技量だろう。それなのに成人の儀の時点で、戦士団として百年以上活動してきた者らに通用するモンデリゴの擬態。何という才能だ。おそらく75歳という基準よりもよほど早くから擬態を使い始めることができたのではないか。でも、そこで疑問が生まれる。若いころから実力があるならば、小さな村だ、噂が立つのではないか。



「モンデリゴに限らず、成人の儀を受ける前の若い人たちの技量というのは、村で噂になることはないんですか。ましてモンデリゴのレベルではなおさら目立ちそうなんですが」



「それが、不思議なことに、若いうちに傑出したものがいると、噂にすらなっていなかった。幼くとも彼の立ち振る舞いをみれば誰かしら気づいてもよさそうなのに、だ。私としても未熟を恥じたよ」



 彼は昔を馳せて、恥ずかし気に、悔しそうに語る。昔を思い出すだけで感情の隠し切れない動作をするほど、彼の評価はテスェドの中では高いのだろう。



「そんな彼が、初戦で功績をあげ、そして、夭折することになる舞台が、君の求める数百年前の戦いだよ。」



 僕は、彼の言葉を飲み込むのに、時間がかかった。かつて、あったといわれるその戦争は、僕が軽々しく、聞きたい、と口にすることができたほど、軽いものではなかったと、考えを改めることになる。歴史の教科書に、〇〇年、△△の戦い、この戦争で、××側の軍勢が勝ち、□□が命を落とした、という記述を見て、僕は受験勉強のためにそれを丸暗記していた。かつて事実として人が死んだことを、僕はただの文字列の情報として処理していたのだ。それを、事実の出来事として知っている人物から、聞くことになる、かつてなくなった英雄の人柄を聞いたうえで、それを知ることは文字列として処理するには感情が乗り過ぎている。



 僕はモンデリゴが過去の人だと知って、話を聞き始めたが、いざモンデリゴの素性を知り、そのうえで死んだと聞けば、心が揺らいだ。人の死に慣れていないのは、僕自身の擦れていないところで、場合によっては自慢できるところであり、自身としては恥じ入るところでもあると感じた。



 「あの戦争のきっかけは、今でも鮮明に覚えている。あれは、私が500と少し年を取ったころ、モンデリゴは150程度になったころだったろう。異常に湿気が多く、肌にまとわりつく暑苦しい日だった」



「暑い日……」



「そう。豪雨が去ってすぐの日、川の水量も増え、青葉は活気を増して、緑は毒々しいほどに色鮮やかだった」



 テスェドは目を閉じ、一呼吸する。過去のことを瞼の裏に鮮明に思い出しているようだった。

 僕は彼の話に引き込まれていった。もう返事すら返す余裕もなく、彼の話に食い入るように聞いた。その話は過去のことではあるが、異世界の現実を、厳しさを示しているようで、僕はそれを肌で感じ取らないと、と思ったのかもしれない。



 夢中で聞いた。まるで昨日起こった現実かのように思えるよう、想像力を働かせて。



誤字脱字編集 2/5

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