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【完結済み】チートもハーレムも大嫌いだ。  作者: 多中とか
本章 異世界にて、惑う
15/65

第11話 勢力図を知る。

2/3分はあと1話分投稿します。


平日18時、土日祝12時投稿予定。

 エレベーターを降り、一階の玄関口から外に出たとき、僕は、あれほど嫌っていた目の腐った男のことを忘れていたことに気づいた。

 ジャコポとともにいるととても落ち着いた気分になる。波長が合う人というのはいるものだな、と思った。安心が、嫌なことを忘れさせた。



「ここだ」



 僕は彼を、練習場にしている川辺まで連れてきた。



「ここでなら、人も来ないし、ゆっくり練習できるだろう」



「そうだな」

 彼はそう言って、屈伸運動をしだす。大きい身体が上下に揺れて、ゆったりとした動きに、親しみがわく。

 しっかりと下半身の筋を伸ばして、準備は万端だった。



「ジャコポは音について知っているの」



 というか、この村や隣町はどのくらい地球の常識と一緒なのだろうか。もしかして、この世界の声は、音波という形式ではないだろうか。そのような仕組みと全く異なる世界なら、そもそもお手上げだ。



「うーん。私はわからないんだな。そもそもこの村では隣の国で行われる教育っていうやつがされない。抜け出してきた友人が言うには、隣の国では学校ってところでいろいろ教えてもらうらしいんだけど」



「ふーん」



 どうやら隣の国には学校があるらしい。地球とおなじ自然法則かどうかはさておき、何かしらの法則がこの世の摂理として存在することは明らかだろう。サンも少なからずそれに従っているはずだ。

 日が東から上り、西に沈む。昨日気づいたことだけど、地球の自転の方向とこの星の自転の方向が変わらないということだ。公転しているかどうかわからないから季節があるかはわからないけれど、重力があること、光が僕たちに視界を与えていること、太陽が惑星最大のエネルギー源であることは前世の常識と変わらないはずだ。



 そこまでの知識が、ジャコポの能力やひいては僕たちが使うサンにどうかかわってくるかはわからないけれど、僕は一介の大学生が持ちうる知識程度の発想で、ジャコポの音を発さなくする能力の使い方を考えてみようとする。



「ちょっと口元に手を当てて、声出してみて」



「おう」



「あ゛~って。できるだけ濁らせてな」



「あ゛~」



 うん。やっぱり吐息が振動している感じがする。この世界でも音は波であり、振動になっているのだろう。



「なんかびりびりするね」

 とジャコポが感想をいう。そういった後も「あ゛~」と出し続ける。



「じゃあ、音を消す奴、使ってみてくれない」



「ああ、わかった」

 と彼は相も変わらず、手を口で隠しながら、「あ゛~」と出していた。



 音が消えた。



 口を開け、口元を掌で隠す彼は、行儀のいい坊ちゃんがあくびを隠しているように見えた。



 「ふぁ~」



 あくび想像したら、あくびが出た。



「音消しても、びりびりするのは変わらないぞ」



「え、まじで」

 と僕は彼に近づいて、



「ちょいと屈んでよ」



「お、おう」



「能力使って、声出して」



「あ、ああ」



 僕は彼の口元に手をかざし声を出してもらう。彼は子供だなあというあきれ顔をして見せた。なんだか馬鹿にされている気がする。なぜ。



 手をかざし続ける。うん。全然振動が感じられないぞ。



「声、出してるかわからないんだけど」



「出してるんだよなあ」



うお、急に振動した!



「なんか、僕から見ると声を出している時だけ振動しているから、能力使ったって言われても、使ってなくて話していないのと一緒なんだな」



 本当に、声を出す痕跡が消えていた。

 じゃあ、こういうのはどうだろう。



「こっち来てくれ」

 といい、僕は彼を川の浅瀬付近まで連れていく。



「水を叩く」



 水辺にしゃがみ、バシャバシャと水面を叩いた。

 掌が、水の硬さに驚く。水しぶきが飛び、足元を濡らした。



「やってみ?」



 彼は隣に屈んで、同じようにバシャバシャとたたき出した。

 手が大きいな。僕のサイズ感は全て縮小スケールにされてしまったかのように錯覚する。男のままだったら、もう少し彼に見劣りしない大きさでいられたのだろうか。



「また能力使ってもらっていい?」



 バシャバシャ。音が消えた。

 音が消えたのに、水しぶきは上がる。水面を揺らす波紋は、川の水面を伝っていく。

 それでも、僕のもとまで音が届かない。



「……ひとつ気になったんだけど、ジャコポはジャコポ自身が出している音は聞こえているのか」



「あ? ああ、私自身は私の声も、水面を叩く音も、聞こえるよ」



「じゃあ、どうやって能力を使っているってわかるんだ? 音が能力を掛けたときだけ、何か変に自覚されるとか」



「うーん。音の振動が、遠い感じがするんだ。耳に何か綿が詰まったような」



「へえ……」



 もしかすると、気圧で鼓膜が圧せられる感覚に似ているのかもしれない。高速道路で車がトンネルを通ったときに耳がキーンとして違和感が発生するあれだ。多分。



 彼はサンをどのように使い、他者への振動を隠し、一方で自分の出した振動を、気圧の変化した状態の音として受け取っているんだろうか。どういう構造だろう。



「仕組みがわかれば、僕の声の振動も消せそうなのにな」



「仕組みなんて考えたこともなかったな。聖樹は信仰すべきもの。聖樹に与えられた能力は神聖なもの。だから、それをいじくりまわそうだなんて、無礼だ、なんて上の人に怒られそうだ」



 はははと乾いた笑いを、ジャコポはした。



「でも、サンの能力を強化できる、みたいなことを僕に示したのはテスェドさんだから。テスェドさんって上の人?」



 彼は自分の能力で出せる木や植物の種類の範囲を広げていったと言って僕に修行の意味を示したからね。



「え、ええ? 本当か……」



「ん? どうしたの」



「いや、テスェドさんは、上の人とは反対の立場に立っているけれど……」



 テスェドさんが上に近い? そもそも上って何のことなんだろう



「その『上』、っていうのは結局何なんだい」



「『上』っていうのは、……『長老院』のことさ」



 彼はセリフの後半を、周囲を見回して、声を潜めて、言った。もう少しで聞き取れないほど小声だった。もしかして能力を使っているんじゃないかって疑うほどに。



「『長老院』ねえ」



僕もつられて声を小さくして呟いた。



「その『上』ってのが、聖樹の信仰を取り仕切っているところなの」



「そうだね。君に少しアコンの村の体制の仕組みを教えよう。本当はこういう秘密はまだ年が若い子供、というか、君の場合はここに来てからの年数といっていいか。とにかくここに来て日の浅い人に話すべきじゃないんだろうけどね」



 だから、僕から聞いたってのは秘密にしておいてくれよ。彼は相変わらず小声で僕に言った。話は続く。



「アコンの村は、聖樹への信仰を管理する『長老院』、狩りや戦を司る『戦士団』、村の生活を支える『奥』の三つに所属する者らで分かれている」



 彼は三本指を立てる。あ、メルセスさんが言っていた『戦士団』だ。そういえば完全に忘れていた。



「普段はそれぞれ仕事をするんだけど、有事や節目の行事の際に、それら三つの所属に分かれて行事を執り行うんだ。わかりやすいのが、戦時中だ。矢面に立つのは『戦士団』。中の生活を維持するのは『奥』。村の決定を取り仕切るのが『長老院』って感じかな」



 政治の話だ。僕は理解するのが大変だった。村には、多くの民がいるということだったが、その人たちが何かしらの所属を持っているという。それが『長老院』『戦士団』『奥』。彼らはその三つが仕事というわけではないが、いざという時にその所属に従い国難を乗り切る。



 つまり、普段行う仕事が、高校生の勉強にあたるなら、この三つの所属とは運動部や文化部といった部活動にあたるということになる。皆等しく、個人の持つ仕事をしつつ(個人の進路に合わせた勉強をし)、そのうえで仕事の合間や、節目の行事に際した時に三つの所属に従ってそれぞれ村の存続のための役割(運動部や文化部の活動)をおこなうのだ。



「成人の儀を通過した者たちは『戦士団』か『奥』に配属されて村の内と外の管理をする仕事を割り振られるってわけだ。『長老院』は、『戦士団』と『奥』のなかで1000年を超えて生きたものであって、多くの功績を村に寄与したと認められたものが50~100年に一人だけ選出される決まりとなっている」



 ふむ。うなずくだけで精いっぱいで、思考がぐるぐるしている。『長老院』は、部活動ではないけれど仕事が大変でめんどくさそうな『生徒会』という位置づけかな、と個人的に想像した。



「基本的に『戦士団』と『奥』は対等な関係性なのだけれど、この村では万能の能力をもった者が貴ばれる。『奥』は戦闘が不得手なものが行くっていうのが、みんなの評価というか印象で言い伝えられてしまって、いつしか『戦士団』に入れなかった落ちこぼれが『奥』にいくんだって、蔭口まで叩かれるようになってしまった」



 彼は『奥』に所属する一人なんだけど、これには辟易している、ということだった。運動部の中で文化部を下に見る奴がいたかもしれないな、と僕は高校時代を思い出していた。



「多分、成人の儀に戦闘がうまくできないと見なされたものが、『奥』に所属することになる状況も、そういう偏見を創り出している原因だと思う。救済のために、『奥』に所属し雑務を受けながら、戦闘訓練を積むのが、戦闘が不得手な『戦士団』志望の若者の通る道だから」



「ジャコポも訓練を受けて『戦士団』に入ろうとしているの」



「いや、私はあきらめたよ。昔は、村の英雄になりたい、って多くの子供と同じようにモンデリゴさんに憧れた時期もあるけどね。私は『戦士団』に入りたいほど戦いたいと思っていないと気づいたから」



 僕個人の感想としては、彼にとても共感する。本当はやりたいと思っていないことを、周囲の期待を自分の欲望と勘違いして突き進もうとしてしまうことはよくある。



「テスェドさんは、次に『長老院』に選ばれるだろうと目される民の一人なんだ」



 あと数年でその『長老院』選出の儀は行われる。選出の儀は成人の儀と共に行われ、その催しがある期間は何日もお祭り騒ぎだという。



「普通『長老院』は、聖樹を守り、聖樹を神聖視し、それを民に敷衍するのが役目だ。そしてテスェドさんは次期選出されると噂されるほどの人物。それなのに、冗談でも長老院の伝統を破るようなことをいうなんて……」



 彼の顔色が曇った。テスェドさんへの期待を落とすようなことを言ってしまっただろうか。それならば申し訳なかったと思った。



「――やはりさすがだ!」



 あれ?



「テスェドさんは違うなあ。村の雰囲気を変えるならあの人しかいない」



「あ、あの、信仰深くないことはいいの?」



「いや、聖樹を信仰する宗教があるって言っても、若者の多くはあまり信じていないよ。もちろん聖樹は僕たちにサンという力をくれる素晴らしいものだって認識はある。だから村のために仕事をするし、多くの民が尽力をすることにも表立って反対はしない。でも形式的に、敬え、疑うな、っていう上の圧力には辟易していたところなんだよ」



 最近では上が村の方針を簡単に握りたいから宗教を利用しているんだ、なんて声もあるくらいだし。

 彼はそんな風に愚痴る。



「じっさい、ここ数百年上の方針は変わっていないのだけれど、長老院と言えど、一枚岩ではなくなってきているという噂だ。彼らの中にもテスェドさんに好意的な者もいると思う。そして体制を変えるよ動かしてきたのは民たちだ。特に若者たちだ。隣に大きな国が建国され、民たちは時たま村を抜けて、遊びに行く。村の狭い世界しか知らなかった人々が、世代交代の早い人間の国の社会を知り、それに憧れを持つ。そうして人々が、聖樹の在り方に疑問をもち、その風潮を広めることで、ついには長老院の中にまでその革新の風は入り込もうとしている」



 彼の言う風とは、テスェドさんのことだろう。



 村の伝統は時代遅れになりつつあるらしい。

 『上』という言葉は、長老院の中でも、特に伝統を重んじる者らを揶揄する言葉となっているから、長老院と上という言葉をあからさまに結びつけないようにね、と彼はひそひそ話す。



「ジャコポも隣の国へ言ったことがあるの」



「わたしは無いさ。ともだちが教えてくれただけ。行ってみたいけど、上が表向きは村の外と交流を持つな、ってルールを敷いている。見つかれば私だけじゃなく家族も村での立場が悪くなるからね。見つからない自信がなくちゃ遊びになんていけないよ」



 彼は自嘲気味に言う。その声は、メルセスさんでなくとも、羨望の色に満ち満ちていることがたやすく理解できる声音だった。



「でも、そんな閉鎖的な村も、テスェドさんが長老院入りして、内部改革してくれれば、あと百年もすれば、私も堂々と外の世界を見られるかもしれない。外に行って、ビレアの森にいない小鳥たちの様子が見られれば、うれしいんだけど」



 恥ずかしそうに頬をそめ、大柄な男がいう。純粋な夢の形がそこに現れている。僕はそれを応援したいと思った。



「さあて、ジャコポの能力の可能性を探してみようか」



「ありがとう、でも君のほうはどうなのさ。私の能力の仕組みを語った口調で、君自身のことも教えてくれないか」



 僕はきょとんとした。彼はじっと僕の目を見つめている。僕は一瞬たじろぐ。他人が僕に興味を持つ、という至極当然のことを僕はたまに忘れることがある。



「あ、ああ。じゃあ……何が気になるんだ?」



 僕は、いつも自分が気になることを、他人の会話から抜き出して質問することが多い。その形式でいうと、僕自身の事柄はひどく当然のこと過ぎて、何も引っ掛かることなくつまらないものだという自覚がある。僕が一人で自分語りができるタイプではない。相手の自慢にかぶせて自慢することは出来るけど。



「まだ、あの飲み物は出せるかい」

 と彼は優しくたずねてきた。



「朝も練習してたし、もうサンの容量切れ? 限界だ」



「そっか。サンを使い過ぎた時、この村では枯れたって言うんだ。植物が芽を出して開花し実を結び枯れるまでを、サンの循環に例えている」



 枯れたサンが充実することを、サンの芽吹き、という。サンの能力を使用出来るようになることをサンの開花。サンが消費されて疲弊することを、サンが枯れた。能力以前に、サンが使えない子供の時は蕾だと言われ、村では多くの子供が50歳くらいまでは蕾だよ」



 実を結ぶのはなんなの?と僕が冗談混じりに聞くと、子供が生まれることと答えた。実を結ぶことが子供の誕生で、サンが使えない子供が蕾と形容されるならば、子供たちは、サンが使える者たちをどういう視線で見るのだろう。僕自身はこの世界に来てすぐに使えるようになってしまったが、子供たちは早く使えるようになりたいと思うのだろうか。早く大人になりたいと思う子供のように? サンというのは子供にとって少なからず憧れの対象なのかもしれないと思った。



「サンが枯れると、すごい疲れるよね」



 そういって、彼は僕の腕のあたりを覗き込んできた。



「ん? どうした」



「いや、君はここにきたばかりだったか……とおもって」



「うんまあ」



「この村の民はね、これみたいな腕輪をしているんだ」



「あ、テスェドさんの」



「そうそう。テスェドさんが作って、長老院が配布している腕輪さ。民は皆、これにサンが枯れたときのために、余剰分を保存しているのさ」



「へえ。じゃあみんな使い放題なんだな。きえーうらやましい」



「使い放題って程じゃないけど」

 苦笑する。彼は続けて、

「まあそうだね。この腕輪にためるにもサンの技量が高ければ高いほど多く貯められるらしいから、熟練者は、君にとっては使い放題に見えるかもね」



「えー、じゃあジャコポは」



「私なんか、爪の先くらいさ」



 爪の先という表現がどれっぽちを表しているのかあまりよくわからなかったけれど、彼は謙遜の表情を浮かべていた。



「まあ、ないものは仕方ないわ」



「そうだね、じゃあ君は万全の体調からはどれくらい能力を発現させられるんだい」



「五回ってとこ。さっきは、三回出して限界だった。朝の練習で使い果たして、数時間昼寝して芽吹いた?回復したのが、6割ちょっとだったってことだね」



「へえ、もう自分の使えるサンの総量を把握しているだ。すごいね」



「すごいのかねえ。能力自体が数えやすいってだけだと思う」



 回数少なすぎるしね。



「まあ、確かに一回の消費が大きいのかもしれない。アコンの民も五回ほどの開花で枯れてしまう能力は稀だね」



 うーん。飲み物を生み出すだけで大きな消費になるかしらん。やっぱり持っているサンの総量が少なすぎるんだろうなあ。



「朝はどういうことをしていたんだい?」



「気配の察知。メルセスさんに教わっていたんだけど、彼女の右手と左手、どちらかにサンを集めるから、それを察知して、集めた方と同じ側の腕を挙げて知らせるんだ」



「基礎練習だったんだね」

 あれは基礎練習なのか。まあそうか。察知の技術は誰もが使えるものなのだろう。



「そうらしいね。でも途中から、擬態っていう技術が出てきて、全然察知できなくなっちゃって」



「へえ、そこが壁になっているのか。私は戦闘は出来ないけど、一通り技術は身に着けているんだ。君のサンが枯れているなら、私のサンの動きを見て、擬態を見破る訓練をしてみない」



「え、いいのか? でも君の技術を練習しに来たわけだし」



「遠慮しない遠慮しない。私のほうは、大分君の知識を参考にできたし、後は個人練習さ。情報代だとでも思ってくれ」



「あ、ああ。それでいいのならたのむ」



 そういって、僕と彼は向き合う態勢になった。

 彼は棒立ちで両腕をこちらに突き出す。

 ゆっくりと、左右の腕から白い靄が揺らめき始めた。



「右!」



 声と共に、腕を上げる。特に強く反応した腕の側を挙げる。



「へえ、一応逆の腕もサンを集めていたんだけど、気づいたかい」



「もちろん。反応が強い方を判断してみた」



「ふーん。サンを知って数日の者の感度じゃないね。すごいや」



「メルセスさんにも言われたんだけど、最初は気配の察知ってできないものなの?」

 僕は思わず首をかしげながら尋ねる。



「そうだよ。私なんて五十年ほどはサンが察知できなかったからね」



「え……五十年」



「ああ、生まれて五十年じゃなくて、サンについて知ってから五十年だ。まあ大体80歳くらいまではサンが使えなかった。長いこと蕾だったなあ。どうだ、才能のなさに参ったか?」



 がははと大げさに方を揺らして笑う彼。僕は驚いていた。80歳といえば、擬態ができ始めるとメルセスさんが言っていた年だ。



「それでも、君は技術を習得しているって」



「ああ、そうさ。時間はかかったけど、修行して何とかね。成人の儀には擬態ができるかできないかみたいな状況で挑み、サンに強化された生物に挑んでも返り討ちされそうになって、それからは逃げ回って一匹も倒せず、戦士団失格さ。当時は戦士団に入りたくて、日々仕事をしながら、奥に一先ず所属し戦士団志望として訓練を受けたり、暇を見つけてはサンの技術を磨いたりして、擬態や能力の開花、戦闘技術向上を目指して努力していたんだ」



 開花して、全く自分の特性を戦闘に生かせない能力であきらめたんだけどね、と彼が自嘲する。



「そんなことが……」



「だから、私は君がうらやましくてさ。噂に聞けば生まれ変わってすぐなんだろう? それなのに開花までしている君なら、すぐに擬態も身につけられると思っているさ」



「……頑張る」



 素直な感情の吐露に、感化される。

 できるだけやってみようとは思う。



「じゃあ、とりあえず、私の擬態を見せるから、違和感があるかどうかよく耳を澄ませてみてくれ」



 彼は真剣なまなざしで僕を見据える。彼のサンの察知の感覚は、彼の口ぶりを聞くに、やはりというか聴覚にあるらしい。今彼の集中を乱すのは申し訳ないから、答え合わせは後でにしよう。



 僕は突き出された彼の腕をじっくり見やる。彼の腕の周囲をまとう何かが、出ていると信じれば信じるほど、僕の目に何も映ってこないことが、ばかばかしく思えてくる。常識が僕自身を馬鹿にし、良心の声は愚かな行い、非効率な努力に、嘲笑を浴びせかけるようだった。



 それでも、理性の声に反するように、僕は意地でも、彼の腕を見つめ続けた。

 時間の流れが遅くなったような気がするほどに、見つめるのだった。



「……わからん!」



「あっはっは。暇すぎて笑ったよ。良く集中していたなあ。すぐにできないのは仕方ない」



 時間の感覚がわからないほどだった。

 彼に聞けば、三十分粘っていたらしい。彼は僕の集中力に押されて、擬態を解くに解けなかったそうだ。微動だにしない僕のことを少し心配もしていたらしい。



「ああ、疲れた。サンの気配を察知するのに、サンって消耗するのかな」



「基本的には、消耗しないと思うよ。サンを使ってより精度を高めて気配を察知する能力もあるらしいけどね」



「ふーん」



 僕は、少し考えていた。サンの擬態を見破る方法は、やみくもに回数を繰り返せば身につけられることなのだろうか。僕が擬態を破れないのには、何らかの原因があるはずである。それが単にサンの技術不足なのか、根本的に僕の努力の方向が間違っているか。それに検討をつけたいと思った。



 単なる技術力不足の場合は、僕のサンが芽吹き枯れるまで、能力の開花をもって、五回しか容量が無く、腕にサンをまとわせる基礎練習でも、一時間もすれば枯れてしまう。

 訓練する量が圧倒的に足りないのである。消費を抑えるか、総量を増やす方法があればいいけれど、ジャコポも言っていた通り、生まれ変わってすぐなのだ。この身体が調子がいいから忘れるけれど、本来赤ん坊でこの世に生を受けてもいいところを、大分楽させてもらえているのだから、高望みしても仕方ない、とあきらめるしかないのだろうか。



 一方で、努力の方向性を間違えていて、それを修正すれば擬態を破ることが可能になるのならば、サンの消費量についての問題は先送りできるだろう。ただ、こちらに関しては手掛かりがなさすぎる。



「あーあ、結局、誰かの擬態を見て、研究することが先決かあ」



「頑張るねえ」



 ジャコポは、考える僕をながめていたのか、やや手持無沙汰そうに、突っ立っていた。



「あ、悪い。つぎはジャコポの練習に付き合うぜ」



「お、ようやくか。じゃあ、君の提案した、他者の振動を消す、っていうのに挑戦するから、実験台になってくれ」



「わかったよ」



 僕とジャコポは、日が暮れて辺りが暗くなるまで練習を続けた。

 一つ分かったことがある。ジャコポのサンの総量が格段に多いわけではないのなら、僕の総量はとてつもなくちっぽけな量しかないということだ。

 ジャコポは、僕と聖樹の頂上付近の屋根裏部屋で出会ってから、3時間以上、間断はあったものの、能力を開花させたり腕にサンをまとわせたりして、サンの消費を続けていた。

 それなのに、暗くなって練習を終えようとしたところで、彼の表情には枯れた時の欠乏感を窺わせる不快なものは少しも見当たらなかったのである。



 ……はあ、練習して増やすしかないか。まあ、ジャコポも2、300年は生きているらしいしな。




グループが分かれていて、比較的能力値が高い方が低い方を見下すって、なんていう劣等生?

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